TOBA-BLOG 別館

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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「稔と十和子」4

2018年07月17日 | T.B.2003年

『こんにちは』

声こそ出ていないが
満面の笑みで十和子が挨拶をする。

「う……こんにちは」

これ以上失態をおかしてはいけない。

通常通りに
素っ気なくあしらわなくてはいけないのに
何となく、十和子に苦手意識が働いてしまう稔。

『この薬の量なんですが』
『先生、待ち時間って
 まだもう少しありますか?』
『今度の診察日なんですけれど』

至って普通の、
患者なら良くある質問なのだろうが。

「なんだが、グイグイ来る気がする」

変に意識しているせいだろうが。

「ふむふむ、」

帰宅後夕食時に
そこら辺を聞いていた弟の透が
ご飯片手に答える。

「俺、それ分かるかもしれない」

何が!?と
稔は慌てる。

裏の任務のことは、
高子医師はもちろん、家族にだって話していない。

「簡単な事だよ、稔」

もしかして、
自分の気が緩みすぎて
あちこちにばれているのでは。

「稔―――、兄貴は
 些細な事ですら、
 その患者さんから目が離せなくなっている」
「そうだな」

疲れているのだろうか。
先日村長の言った通り、
しばらく、裏の任務を休んでいた方が良いのかも。

食後のお茶を口に含みながら
今後の自分の身の振り方を考える。

このまま任務を続けるべきか、
あるいは、今さらだが
別の道を歩んでみても。

「兄貴は今、
 その人に、恋をしているんだよ」

稔はお茶を吹き出した。


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