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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「燕と規子」5

2016年03月01日 | T.B.1962年
「あら。燕じゃない」

燕に気付いた規子は
手をあげて応える。

「生きて会えてなによりだ」
「案外しぶといのよ、私」

規子と燕は
いつも通りの軽口を叩く。

「森の方はもう良いの?
 長い事出ていたじゃない?」
「一時的な交代だってさ」

二人は並んで歩く。
こうやって話すのは一月ぶり。

元々西一族は
男女共に狩りに出る。
武器の扱いにも慣れているし
実力があれば戦場にかり出される。

規子も燕も。

「交代が出来るって事は
 状況は優勢なのか?」
「どうかしら」
「戦いが長引くほど
 色々と、分からなくなっていくな」

何人の命を奪ったのかも。

「ねぇ」

規子が言う。

「以前私と班を組んでいた
 兄妹を覚えている?」

「あぁ、うん」

返事をしたが
燕はその兄妹についての
記憶が曖昧だった。

「矢を受けて死んだわ」
「……」
「最初に当たったのが兄の方。
 慌てて飛び出した妹にも
 矢が飛んできたの」

「規子は近くに居たんだ」

そう、と規子は頷く。

「弓矢が得意と言っても、
 私には飛んできた矢をはじき返すことは出来ない」

「仕方ないよ」

その兄妹は運が悪かったのだ、と
哀れむ気持ちは燕にもある。

けれど

矢に当たったのが
規子でなくて良かったと
まず、そう思った。

「だめね、こんな話。
 久しぶりに会えたのにね」

規子は、そうだ、と
燕に向き直る。

「しばらくは村に居るの?」
「次の招集がかかるまで」
「こんな状況だけど、
 近いうちに集まれたらいいわね。
 みんなでご飯を食べましょうよ」

ああ、と
燕は頷く。

「兄さん達にも声をかけるよ」

「良かった。
 楽しみが増えたわ」

もう陽は沈んでしまい
辺りは薄暗くなっていく。

「送るよ」
「ここで良いわ。
 早く帰ってあげなきゃ。
 奥さん待っているわよ」

「……そうだな」

「じゃあ、またね」

「規子」

燕は規子を呼び止める。

「規子は、山一族の村に行った方が良い」
「……またその話?」
「規子は選ばれたじゃないか。
 山一族との協定の証。
 西一族の代表だ」

燕の嫁が、
山一族から選ばれたように。
西一族からは規子が選ばれた。

「山一族には
 きちんと行くから大丈夫よ」

「そうじゃないだろ。
 規子は村の犠牲になるのだから
 せめて、戦いから離れて
 平穏に暮らすべきだ」
 
「犠牲になっているというなら
 あなたの奥さんだってそうよ」

そういう事じゃない、と
言葉を詰まらせる燕に
規子は言う。

「ありがとう、
 心配してくれて」

規子がいずれ
村を去るのだとしたら
せめて今のうちにと燕は想う。

いつもこの話は
はぐらかされて終わりだ。
燕は規子の背中を見送る。

「あら、泣きそうな顔。
 大丈夫?」

帰宅した燕を彼の妻が出迎える。

「会えた?」

燕は頷く。

「そう、よかったね」

彼女がぽんぽん、と
優しく背中を叩いてくれるので
燕はいよいよ泣いてしまうかと思った。

「大丈夫よ。
 貴方の大切な人は、誰も死なないわ。
 きっと、戦いも、もうすぐ終わるから」

そう、
規子は燕にとって
大切な人だった。


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