TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「燕と規子」8

2016年03月22日 | T.B.1962年

燕は妻を連れて
規子の家を訪ねる。

「俺達が一番乗りかな」

いらっしゃい、と
規子は二人を出迎える。

「残念でした。二番目よ」

燕の妻は
バスケットを持ち上げる。

「ごめんなさい。
 準備に手間取ってしまって」

「予定の時間はまだ先なのだから。
 気にしないで」

それより、と
規子はバスケットの中を
覗き込む。

「ねぇ、これって山一族の料理?」

そうよ、と
燕の妻はバスケットの蓋を開ける。

「鶏肉を使っているの」
「美味しそう、
 今度教えてよ」
「もちろん。
 嬉しいわ」

燕は楽しげに話す2人を
一歩下がって見守る。

リビングには
もうすでに食事が並んでいる。

皆で食事を、と言ったものの
このご時世に
店で騒ぐわけにはいかない。

ならば、と
規子の家に集まることになった。

「俺達二番目って事は
 一番は兄さん?」

燕の言葉に
規子は首を横に振る。

「あなたの兄さんはまだ。
 恋人だけ先に行かせるとか
 どういう神経しているのって
 言っておいて」
「へいへい」

台所の奥から
兄の恋人が顔を出す。

「私が早く着きすぎただけよ」

燕はため息をつく。
女性が3人集まって
燕は1人、もてあます。

「兄さん、なにやってるんだか」

「時間を間違えてるのかしら?」
「そういう抜けている所があると
 逆に安心するわよね」
「何でも出来る人だからね」

そうかな、と
皿を並べながら燕は会話に入る。

「いや、案外抜けてる所多いよ」

ねぇ、義姉さん、と
兄の恋人に同意を求めると
彼女はあわてて顔を振る。

「まだ、私たち結婚していないのだから
 義姉さんとか止めて」

恥ずかしいわ、と
顔を赤らめる。

「あら、今のうちに慣れておかないと」
「でもそういう訳には」
「争いが終わったら
 すぐに式の予定でしょう?」

規子と兄の恋人が
話を盛り上げる中
妻の視線に、会話を間違えたなと
燕は反省する。

そうだった。


規子の好きだった人は。


迂闊だった、と
燕は反省する。

食卓の準備は整い
約束の時間を過ぎても
燕の兄はまだ現れない。

「……それにしても、
 本当に時間を間違っていないかしら」

兄の恋人が心配そうにつぶやく。
料理も温めなおしだ。

「俺、ちょっと探してくるよ」

燕が立ち上がったところで
家のドアを叩く音がする。

「噂をすれば、ね。
 私が出るわ」

と。家主の規子が玄関へ向かう。

「遅れた
 お詫びをしてもらわないとな」

わずかに立ち上がっていた不安に
皆が気を緩めたので
燕も雑談を始める。

そんな燕の背に、
兄の声がかかる。

「燕」

ほら、兄だった。

なんだよ、と
振り向いたところで
その表情に燕は
あぁ、良くない知らせだ、ぼんやり思う。


「招集命令が出たよ。
 また、戦場だ」

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