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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「悟と諜報員」1

2015年11月03日 | T.B.2000年

狩りを終えて広場に戻った悟(さとる)は
自分の班に指示を出す。

「誠(まこと)と基紀(もとき)は
 獲物を捌き始めてくれ。
 直子(なおこ)は俺と報告に行くぞ」

分かった、と
誠達は頷いて獲物を川辺に運び始める。
悟は班長を務めるので
監督役に成果の報告に向かう。

「報告を終えたらすぐに合流する」
「早く来いよ。
 結構な大物だから手間がかかる」
「誠は仕留めなれているから
 いつもの事なんじゃないの」
「茶化すなよ、直子、
 お前も早くな!!」

はいはい、と手を振って
悟と直子は報告に向かう。
沢山の若者が狩りを終え
広場はごった返している。

2人は報告を手短に済ませると
誠達が待つ川へ向かう。

広場と川との間の人混みが切れる瞬間。
前を向いたまま悟は呟くように言う。

「山の動きはどうだ?」
「異常なし。
 こちらに侵入するという動きはないわ
 ただ、海となにかあるかも」
「海と山か」

答える直子も前を向いたまま。
唇の動きも最小限で
遠くから見れば2人が会話をしているとは気付かない。

「あそこへの侵入はかなり難しいから
 恐らくという所だけど」
「分かった、村長にはそう報告する」
「お願いね。そこは悟にしか頼めないわ
 村長の親族だから
 家に出入りしても怪しまれないもの」

「親族だから取り上げられている訳じゃないぞ」

「そう言う意味じゃないわよ。
 一番の実力者じゃない、東の担当よ、あなた」

ふふふ、と少し雑談気味になり
直子の表情が緩む。

だが、次の瞬間不安げな表情を浮かべた直子に
悟は違和感を感じる。

「何だ、気になることがあれば
 全て報告しろ」

「あ、ええ」

すこし口ごもりながらも
たいした事じゃないの、と、直子が言う。

「私、この前の潜入で帰りのルートを変えたのよ
 北一族の村に寄ったの。
 母の誕生日だったから、何か贈りものをと思って」
「……まぁ。逆にその方が
 出かけていた理由ももっともらしいけどな」

なんだ、怒られたのか?と
尋ねる悟に違うの、と直子は首を振る。

「知っていたの、村長。
 親孝行だなって、私が北一族村へ寄ったこと、報告する前に」

気にし過ぎかな、と
手を振る。

「ちょっと、考えただけ。
 いるのかな、もう1人、って」
「もう1人?」

「私たちを見張る役目の人」

「おいおい、居たとしても、
 直子はきちんと役目を果たしてる。
 村長だって褒めようとしてそう言っただけだ」

「そうね、
 ちょっと寄り道したから後ろめたかったのよね」
「なんだ、罪悪感があったのか」

気にするな、と悟は肩を叩く。

行こう、という言葉と共に
すっと2人は会話を止める。

「おーい、遅いぞ」

川で血抜きを行っていた2人が
姿の見えた悟達を呼ぶ。

「捌くのは頼むぜ悟。
 ナイフ裁きはお前に適うやつは居ないもんな」

ほい、と基紀がナイフを手渡す。

「頼むばかりじゃなくて
 ちゃんと見習いなさいよ基紀」
「あぁ、もう、
 俺は細かい作業が苦手なんだよ。
 どうせ諜報員にはなれませんよ」

獲物を押さえていた
誠がおいおい、と呆れる。

「お前、諜報員なんて信じているのか?」

「あら、分からないわよ
 実は私かもしれないじゃない」
ねぇ、と直子。
「無い無い、それは無いわ」
「失礼ね」

はしゃぎ始めた2人を制するように
悟のため息が聞こえてくる。

「おい、手が止まってるぞ。
 今日はこれが、終わらないと帰れないんだ。
 分かってるだろうな」

きびきび動く、と、悟。

「口を動かすなら手も動かせ
 ただの噂話だろ」

そうね、と
直子がにっこりと笑って言う。


「諜報員なんて実際に居るわけ無いんだから」


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