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「小夜子と天院」17

2015年11月20日 | T.B.2017年

 屋敷に戻ると、彼女は、先ほどの包みを取り出す。
 上の使用人に、それを渡す。

「これは?」
「宗主様の薬です」
「薬?」
「外の商人さんが、宗主様の薬を届けに来たと」
「外の……?」

 上の使用人は、首を傾げながら、包みを見る。
 奥へと戻る。

 彼女は庭へと周り、小さな部屋に入る。

 彼女は、ここで仕事をしている。

 暗い部屋の中で、
 ほんのちょっとの明かりで。

 あるときは

 運ばれてきた豆を
 手探りで、集め、
 手探りで、むく。

 あるときは

 運ばれてきた綿花を
 手探りで、集め、
 手探りで、紡ぐ。

 そうやって

 屋敷にやって来た頃は、ただ単に、与えられた仕事をやっていただけ。

 でも

 今は違う。

 仕事を、どんどん片付けて
 片付けて
 ちょっとでも、時間を作りたかった。

 彼に会うために。

 彼女は、腕に付けられた装飾品を見る。

 彼の装飾品を見て、微笑む。

「よく見えないのだけど」
 彼女が云う。
「この装飾品は、どれぐらい高位のものなの?」
「さあ?」
 彼が首を傾げる。
「その価値なんか、判らないよ」
 彼女が云う。
「ご自分の地位ぐらい判るでしょう」
「さあ?」
「……また」
「また?」
「いつもそう」
「何が?」
「はぐらかしてばかり」
「うん」
「嘘ばかりね」
「そうだね」

 彼が笑う。

「よく云われる」
「そうでしょ」
「嘘付きだって」

 彼女が云う。

「どうして、自分を隠そうとするの」

 彼は彼女を見る。

「どうしてだろう」

 彼が云う。

「君は俺の、本当の名まえを知っているけれど」
「…………?」
「俺のことを別の名で、呼ぶ人だっている」
「別の、名?」
「そう」
「別の名って、なぜ?」

「俺は、俺として、生きてはいけないからだよ」

 彼は、どこかを見る。

 どこか、遠くを。

「いつか」
「うん」

「いつか、判るのかしら」

 あなたのこと。
 自分が知らない、あなたのこと。

「知らなくたって、いいよ」

 彼が云う。

「俺は、自分を棄てられたらいい」

 そう思ってる、と。

 彼女を見る。

 どうして、そんなことを云うのだろう。

「だって、その方が、君と一緒に生きられるだろうから」

 そうなの?

 判らない。
 ……判らない。けど

「ありがとう」
「……何が?」
 彼が首を傾げる。
「そう云ってくれて、ありがとう」
「…………?」
「ここにいてくれて、ありがとう」

 判るのは
 ただ、あなたを好きと云うことだから。

 そうだ。
 彼を探しに行こうか。

 何をやっているかは、判らないけれど
 彼も、仕事を終えているかもしれない。

 彼女は、外へと出る。



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