TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「天院と小夜子」18

2015年10月16日 | T.B.2017年

 東一族が、走り回っている。

 市場もすべて閉め、
 家の扉を、固く閉ざす。

 砂一族。

 西一族と同じく、東と敵対する一族。
 西一族とは休戦しているものの、砂一族とは、今なお、争うことがある。
 入り込んでは、東一族の宗主を狙う。
 女たちや、水を狙うこともある。

 砂一族は、大きな武器ではなく、毒を使うことを得意とする。
 それは、ほんの少しかすめるだけで、命取りとなる。

 彼は走る。

 走りながら

 先ほどの、従弟の話を思い出す。

 従弟は、目に病がある女、と云っていた。

 まさか
 まさか
 ……あの、彼女が、砂の諜報員?

 彼は首を振る。

 彼は、彼女を探す。
 どこへ行ったのだろうか。

 彼女は見つからない。

 目の悪い彼女が、そう、遠くへ行けるはずがない。

 けれども、
 もし、……薬を調達した砂一族が、彼女を連れて行ったとしたら。

 彼は、先ほど、彼女と話した場所へと来る。

 そこにも、彼女はいない。

 彼は、思い出す。

 そうだ。
 彼女は墓地へ行くと云っていた。
 そこに、まだ、いるかもしれない。

 会って、確かめなければ。

 いったい、何があったのか。

 なぜ、彼女が砂一族の諜報員だと、云われるのか。

 そして

 昔、彼が殺した砂の諜報員は、彼女の両親だったのか。

 彼は、墓地へと向かう。

 墓地にたどり着くと、彼はあたりを見る。

 誰もいない。

 彼は、焦る。

 東一族の誰よりも先に、
 そして、砂一族よりも先に、彼女を見つけなければ。
 彼女の命は、危ない。

「小夜子!」

 彼は声を出す。

「小夜子、どこだ!」

 彼は、墓地を走り回る。
 彼女はいない。

 なら、

 彼女はどこだ。

 いつも、彼女はどこにいる?

 彼は考える。

 彼は墓地を出て、走る。

「おい!」

 突然、呼び止められて、彼は振り返る。

 そこに、見知った東一族の者がいる。
 その者も息を切らしている。

「砂とすれ違ったか?」

 訊かれて、彼は首を振る。

「先ほど、砂の姿を見たんだ」
「いたのか?」
「今、追ってる!」
「待て!」

 彼は、その者を呼び止める。

「砂は。……砂は、ひとりだったか」

 その者が頷く。

 そして

「悪い。……間に合わなかった」

 走ってきた方向と、反対側を指差す。

「早く、行ってやってくれ!」

 その言葉に、彼は、目を見開く。
 勘付く。
 すぐに走り出す。

 まさか

 まさか……。

 彼が

 走った先

 その

 道の真ん中に

 誰か が、倒れている。

 あれ、は

「……小夜、子」



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「山一族と規子」9

2015年10月13日 | T.B.1962年

カナタの横を通り過ぎる際に
馬に拾うことが出来たら良かったが
どうにも難しいらしい。

足を痛めているのかもしれない。

少しでも、と赤の気を引くため
矢を立て続けに射る。

「こい、こっちだ、
 こっちに来い!!」

うなり声を上げていた赤だが
やがてハヤトの方を向いて走り出す。

「そうだ、こっちだ!!」

ハヤトを追って走り始めた赤は
イノシシの本能からか
一直線に走り始める。

ハヤトの馬は足の速いほうだが
道無き山の中では
距離をだんだんと詰められる。

矢で威嚇を、と
背中の矢筒に手を伸ばして
矢を使い切ったことに気がつく。

おびき寄せるために
使いすぎた。

荷から補充するにも時間が無い。
ナイフを取り出し構える。
これが最期の一投となるタイミングを見計らねば。

我ながらやっかいな獲物を倒す、と
言い切った物だ、と
ハヤトは冷や汗をかく。

「上手くいってくれよっ!!」

山の中を明るい方に進み
木々の切れ目を目指す。

ぱっと辺りが明るくなる。

「はっ!!」

ハヤトは馬の方向を変えると自身は馬を飛び降りる。
囮となってまっすぐに走る。
直線上には崖。

直前で避ける事が出来れば
上手く谷底に落とすことが出来る。
そう考えていたハヤトだが。

崖の直前で赤は動きを止める。

賢い。
さすが歳を重ねた大イノシシなだけある。

「さて、どうする」

これ以上は危険だと分かっているなら
こちらには迂闊には近寄らない。
崖の端でハヤトはナイフを構える。

---が。
次の瞬間、赤はその大きく立ち上がり
巨体で足下を踏みならす。

「っ!!卑怯だろ!!」

崖の際に立っていたハヤトは
崩れた足下ごと視界が下に降りるのを感じる。

「くっそ」

とっさに手を伸ばし、
崖の壁面にはえる植物の根を掴む。

とりあえずの落下は免れたが
すぐに視線を上に戻す。

大きな鼻息と蹄の音が近づく。
崖の上から赤がハヤトを見下ろす。

「老獪め、俺の負けか」

こうなったら手傷の一つでも負わせなければ
山一族のミヤ家の血が泣く。

「………」

息の詰まる時間が続く。
もう一踏み、赤が踏み込めばハヤトは
谷底に真っ逆さまだ
その前に、どうにか。

でも、どうやって。

シュンと、横から矢が飛んできて
赤の目に当たる。

「え?」

咆吼をあげる赤に
ハヤトは片手に握ったままだったナイフを持ち替える。

狙うは、逆の目。

「届けよ!!」

視界を失った赤が、バランスを崩して
谷底へ大きく身体を傾かせる。

そこに後ろから更に数本の矢。

その巨体は咆吼をあげながら
ハヤトのすぐ横を通り抜け
真っ逆さまに谷底に消えていく。

はっとハヤトは短いため息をつく。

「……やったのか」

「ハヤト!!」

カナタが崖の上から顔を覗かせる。

「カナタ、無事だったのか?」
「僕の心配より自分の心配をしろ。
 今、何か掴む物を投げる」

カナタが投げた綱に掴まりながら
ハヤトは崖の上へと向かう。

「すごいな、ハヤト、
 『赤』を倒したんだ」

いや、と
綱をよじ登りながらハヤトは答える。

「あいつはなんたってここいらの主だからな、
 これで倒したかどうか」

それにしても、とハヤトは続ける。

「さっきは助かった。
 あの矢が無ければ今頃俺は死んでたぞ」
「いや、僕じゃないよ」
「そう謙遜するな」
「そうじゃない
 矢を放ったのは僕じゃない」

「お前じゃなければ、誰が」


よいしょ、と
やっと安定した地面に戻り
ハヤトは一息つく。

「おい、カナタ
 お前じゃないって一体」

「大丈夫?ケガはない?」

そこで、ハヤトはもう一人
綱をたぐり寄せていた人影に気付く。

「……お、ま」

「さっきの矢は、キコが放ったんだ。
 ハヤトを助けたのはキコだよ」

ハヤトは、そうか、と
差し出された手を取る。

「助かった。
 さすがだ、狩りの腕は健在のようだな」

えぇ、ありがとう、と
規子は笑う。


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「天院と小夜子」17

2015年10月09日 | T.B.2017年

 いつも通り。

 やることを終えた彼は、屋敷へと向かう。

 途中、先ほど彼女と別れた場所を通る。

 彼女は、いない。

 彼は、屋敷へと歩き出す。

 何だろう。

 屋敷近くが、慌ただしい。

 ふと、
 彼は、後ろを見る。

 誰かが、いる。

 ような気がした。

 けれども、そこに、誰もいない。

 おかしい。
 何かが、おかしい。

 彼は、首を傾げる。

 従弟が、屋敷から走ってくる。
 彼の姿を見て、従弟が声を上げる。

「どこに行っていた!」

「いったい何が、」

「砂一族の諜報員だ!」

 彼は、目を見開く。

「砂の諜報員が、宗主様に毒を使おうとしたんだよ!」
「砂の?」
 彼が訊く。
「捕らえたのか」
「判らない」
 従弟が云う。
「俺も話を聞いたばかりだ」
「いつから入り込んでいる」
「それも、判らない。ただ」

 従弟が、彼を見る。

「この屋敷で働いていた、使用人らしい」

「使用人が?」

 従弟が頷く。

「使用人はたくさんいるから、俺には、誰なのか判らない」
「そうか。……逃げたのか?」
「今、追っている」
「なら」
「もう、捕らえているかも」

 従弟は、彼を見る。

「お前も追え」
「判ってる」
「お前の方が、専門だからな」

 従弟が云う。

「それと、薬自体を調達した砂一族も入り込んでるはずだ」
 彼が頷く。
「包囲網は」
「張ってある」

 従弟は武器を握りなおす。

「宗主様も、向かうと云っていた」
「そうか」
「使用人も、調達した砂も、猶予はない」

 つまり

 すぐに、息の根を止めても構わないと。

 彼は、再度頷く。
 歩き出す。

「あ、待て」

 従弟が彼を呼び止める。

「思い出した」

 彼が立ち止まる。

「その使用人の父親は、確か、砂に情報を流して殺されている」
 従弟が云う。
「表向きには知られてないけれど」

 彼は、思わず、振り返る。
 従弟を見る。

「そう。確か、目に病がある女だ」



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「山一族と規子」8

2015年10月06日 | T.B.1962年

「なんだ?」

「馬に乗れ!!早く!!」

ハヤトは立ち上がり、
カナタを急かす。

何かが近くに居る。

カナタが馬に跨がったのを確認して
辺りの様子を伺う。

「どこだ」

耳を研ぎ澄まして
馬と同じ方向を見つめる。

「……」

何かの音や、草むらの動きを見逃さない様に。

「ハヤト、一体?」
「静かに」

ハヤトは背負った弓矢に手を伸ばす。

「居た」

カナタが何も分からないうちに
ハヤトはある一点をめがけ矢を射る。

矢は遠く飛び離れた草むらに流れ込む。
と同時に
矢が刺さった一匹のイノシシがそこから飛び出す。

「追うぞ!!」

カナタが馬の手綱を掴み先に獲物を追いかける。
ハヤトもそれを追うように馬に乗る。

カナタの馬が近づくと
草むらから更にイノシシたちが飛び出す。

「群れだったのか!!」

目的は『赤』だが、
今日はそれも難しそうだ。
必要最低限の狩りとはいえ
もう一匹何か仕留めたかった所にちょうど良い。

「ハヤト、これは僕が仕留めるぞ」

カナタは自分の弓に手をかける。
ミヤ家のハヤトには劣るが
カナタも狩りの一族、山一族。集中して矢を射る。

その際に他の事がおろそかになるため
様子を見守りながらハヤトは辺りを見回す。

逃げるイノシシたちや
追いかけるカナタの馬の蹄の音は聞こえるが

それにしても、何かがおかしい。
妙に辺りが静まりかえっている気がする。

ハヤトの馬はあれくらいの獲物じゃ
こんなに興奮はしない。

「………?」

ハヤトはふと、頭上を見上げる。

カナタの鳥がある箇所で旋回している。
ここに獲物がいると教えている証。
先程、イノシシが飛び出した草むら。

「まさか!!!!」

「カナタ、気をつけていけ!!」
「え?」

ちょうど、カナタがその草むらに接近する。

咆吼こそないが
ドッっと、大きな足音と共に
巨大なイノシシが現れる。

「ひっ!!!」

まるで、カナタ達をその草むらで待ち構えていたように。

狩りを専門とする山一族でも、
おそらくは集団で狩りを行う西一族でも
仕留めるのは難しいとされる、
人をも襲うという赤毛のイノシシ。

「赤!!!!」

「まずい、近すぎる!!」

近距離からの突然の出現に
慌てながらも
カナタは構えていた矢を赤に向ける。

が。

大きさもあり、皮膚が硬いのか
上手く当たらず矢ははじき返される。

「う……わ」

そのことで完全にパニックになったカナタが
思わず馬の横腹を蹴り上げる。
駆け出せ、という合図だ。
だが、同じくイノシシに気圧されていた馬が
その突然の合図に前足をあげ立ち上がる様な
体勢をとる。

当然、弓矢を放つため手綱から手を離していたカナタは
馬から振り落とされる形となる。

「くっ!!」

ハヤトは立て続けに矢を放つ。
一手、二手、
そちらに赤が気をとられた隙に
カナタは後ろに後ずさる。

ケガの程度は分からないが
とりあえず意識はあり
少しならば動くことが出来るようだ。

だが、カナタの馬が逃げてしまったことが痛い。
人の足では走ったとしても
とても逃げ切れる物ではない。

ハヤトの放った矢は
上手く刺さった物とそうでない物がある。

「完全に鋼鉄の皮膚という事では無い、か」

柔らかい皮膚の箇所に
上手く当たれば、という所。
矢よりも、近くで槍や斧を使わなければ難しい獲物だ。
でも、それにはまず近寄っても安全な程
体力を削る必要がある。

「一旦引きたい所だが」

まずはカナタとの距離を離さなくては。

ハヤトはカナタの前を横切るようにして
赤の目の前に詰める。
そこでも矢を数本放つ。

「こっちだ」


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「天院と小夜子」16

2015年10月02日 | T.B.2017年

 彼は、道の先に誰かがいるのに気付く。

 目をこらす。

 ああ。
 いつもの、……彼女だ。

 彼は、気付かれないよう、彼女に近付く。
 彼女を見る。
 彼女は、果物を抱えている。

 と

 彼女が突然、道の真ん中で転ぶ。
 彼女の足下に段差がある。

 彼女は慌てて、落とした果物を拾う。
 手探りの彼女は、なかなか果物を拾いきれない。

 彼女は、落ちた果物を探し続ける。

 彼は動く。

 遠くの果物を拾う。
 これが、最後のひとつ、だ。

「はい」

 彼は、果物を差し出す。
「落ちてたよ」
 その声に、彼女が顔を上げる。

 笑みを浮かべる。

 彼の名まえを呼ぶ。

「ありがとう。……いつからそこに?」
「今、来たところ」
「……進んでるわね」
「何が?」
「目の病気」
 彼女が云う。
「ほとんど、見えなくて」

 そして

「あなたがいてくれないと、本当にだめね」

 彼は、彼女を見る。

 そんなことないよ。

 きっと、大丈夫。
 ……俺なんか、いなくても。

 彼は、彼女の手を、握る。

「……どう、したの?」

 思わず、彼女は、彼をのぞき込む。
 けれども、視線は合わない。

「何かあった?」

 彼は、答えない。
 首を振る。

 ただ、彼女の手を、握りしめる。

「今からどこへ?」

 彼が訊く。

「墓地へ行くの」
 彼女が答える。
「両親のお墓参りに」

「そうか」

「これを持って、ね」

 彼女は、彼に先ほどの果物を見せる。

 彼は頷く。

 一緒に行こうか。

 彼は思う。

 けれども、まだ、やらなければならないことがある。
 今、一緒に行くことは出来ない。

「気を付けて行ってきて」

「気を付けて?」
 彼女が笑う。
「すぐ、そこだよ」

 そして

「いつも行っている場所だもの」

 彼は頷く。
 彼女の手を、離す。

 彼女が、歩き出す。

 ゆっくりと。

 彼は、彼女の後ろ姿を見る。

 そして

 彼女と反対方向へ、歩き出す。

 これが、

 笑っている彼女との、別れとなる。



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