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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「天院と小夜子」16

2015年10月02日 | T.B.2017年

 彼は、道の先に誰かがいるのに気付く。

 目をこらす。

 ああ。
 いつもの、……彼女だ。

 彼は、気付かれないよう、彼女に近付く。
 彼女を見る。
 彼女は、果物を抱えている。

 と

 彼女が突然、道の真ん中で転ぶ。
 彼女の足下に段差がある。

 彼女は慌てて、落とした果物を拾う。
 手探りの彼女は、なかなか果物を拾いきれない。

 彼女は、落ちた果物を探し続ける。

 彼は動く。

 遠くの果物を拾う。
 これが、最後のひとつ、だ。

「はい」

 彼は、果物を差し出す。
「落ちてたよ」
 その声に、彼女が顔を上げる。

 笑みを浮かべる。

 彼の名まえを呼ぶ。

「ありがとう。……いつからそこに?」
「今、来たところ」
「……進んでるわね」
「何が?」
「目の病気」
 彼女が云う。
「ほとんど、見えなくて」

 そして

「あなたがいてくれないと、本当にだめね」

 彼は、彼女を見る。

 そんなことないよ。

 きっと、大丈夫。
 ……俺なんか、いなくても。

 彼は、彼女の手を、握る。

「……どう、したの?」

 思わず、彼女は、彼をのぞき込む。
 けれども、視線は合わない。

「何かあった?」

 彼は、答えない。
 首を振る。

 ただ、彼女の手を、握りしめる。

「今からどこへ?」

 彼が訊く。

「墓地へ行くの」
 彼女が答える。
「両親のお墓参りに」

「そうか」

「これを持って、ね」

 彼女は、彼に先ほどの果物を見せる。

 彼は頷く。

 一緒に行こうか。

 彼は思う。

 けれども、まだ、やらなければならないことがある。
 今、一緒に行くことは出来ない。

「気を付けて行ってきて」

「気を付けて?」
 彼女が笑う。
「すぐ、そこだよ」

 そして

「いつも行っている場所だもの」

 彼は頷く。
 彼女の手を、離す。

 彼女が、歩き出す。

 ゆっくりと。

 彼は、彼女の後ろ姿を見る。

 そして

 彼女と反対方向へ、歩き出す。

 これが、

 笑っている彼女との、別れとなる。



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