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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「天院と小夜子」20

2015年10月30日 | T.B.2017年

 彼は、医師に云う。

「彼女を、お願いします」

 医師は、ただ、驚く。
 彼が抱いている者が、血まみれだったからだ。

「名まえは、小夜子」
 彼が云う。
「彼女に親はいません」

「いったい何が」

 医師の声は震えている。

「もしや、砂に」

 彼は首を振る。
 再度、云う。

「彼女を、お願いします」
「でも、……その子は、もう」
「判っています」

 彼は、医師に彼女を預ける。

「墓地のはずれに、ひとつだけ、意図して置いた石があります」
 彼が云う。
「墓地に並ぶ墓石とは違う、ただの石なんですが」
 医師は頷く。
「その横に、彼女を埋めてやってくれませんか」

 彼は、動かない彼女の手を、握りしめる。
 目の開かない、その顔を見る。

「……少しだけ、待っていて」

 そう、呟く。

 医師に頭を下げ、歩き出す。


 東一族の村は、静かだ。


 何かを怖れているかのように

 ひっそりと。


 彼は、耳を澄ます。

 風が吹く。
 何かを感じて、彼は、水辺の方向へと走る。

 弓を握りしめる。

 走る。

 水辺近くに、誰かがいる。
 たったひとりで。


 東一族の宗主が。


「砂は、」

 後ろ姿の宗主が、云う。

「いたのか」

 その背中に、彼が云う。

「なぜ、小夜子を殺したのですか」
「……小夜子?」

 宗主が振り返る。
 彼が、血だらけなのに気付く。
 目を細める。

「砂の諜報員の娘のことか」
「砂の、……諜報員」
「まさか、その娘も砂とつながっていたとは」
「違う!」

 彼は声を上げる。

「小夜子は違う!」

 宗主は、彼を見る。

「小夜子は、」
「お前、自分の立場を考えろ」
 宗主が云う。
「失う命を増やすな」

 宗主の言葉に、彼は首を振る。

「小夜子には、東一族式の傷と蛇の毒が残されていた」
 彼が云う。
「小夜子を、……殺したのですか」

 宗主は、答えない。

「宗主様」

 彼が云う。

「答えてください」

 宗主は、彼を見る。

 いや

 見ているのは、その向こう。
 彼の後ろ。

「砂一族に、訊いてみろ」
「え?」



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