TOBA-BLOG 別館

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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「山一族と規子」9

2015年10月13日 | T.B.1962年

カナタの横を通り過ぎる際に
馬に拾うことが出来たら良かったが
どうにも難しいらしい。

足を痛めているのかもしれない。

少しでも、と赤の気を引くため
矢を立て続けに射る。

「こい、こっちだ、
 こっちに来い!!」

うなり声を上げていた赤だが
やがてハヤトの方を向いて走り出す。

「そうだ、こっちだ!!」

ハヤトを追って走り始めた赤は
イノシシの本能からか
一直線に走り始める。

ハヤトの馬は足の速いほうだが
道無き山の中では
距離をだんだんと詰められる。

矢で威嚇を、と
背中の矢筒に手を伸ばして
矢を使い切ったことに気がつく。

おびき寄せるために
使いすぎた。

荷から補充するにも時間が無い。
ナイフを取り出し構える。
これが最期の一投となるタイミングを見計らねば。

我ながらやっかいな獲物を倒す、と
言い切った物だ、と
ハヤトは冷や汗をかく。

「上手くいってくれよっ!!」

山の中を明るい方に進み
木々の切れ目を目指す。

ぱっと辺りが明るくなる。

「はっ!!」

ハヤトは馬の方向を変えると自身は馬を飛び降りる。
囮となってまっすぐに走る。
直線上には崖。

直前で避ける事が出来れば
上手く谷底に落とすことが出来る。
そう考えていたハヤトだが。

崖の直前で赤は動きを止める。

賢い。
さすが歳を重ねた大イノシシなだけある。

「さて、どうする」

これ以上は危険だと分かっているなら
こちらには迂闊には近寄らない。
崖の端でハヤトはナイフを構える。

---が。
次の瞬間、赤はその大きく立ち上がり
巨体で足下を踏みならす。

「っ!!卑怯だろ!!」

崖の際に立っていたハヤトは
崩れた足下ごと視界が下に降りるのを感じる。

「くっそ」

とっさに手を伸ばし、
崖の壁面にはえる植物の根を掴む。

とりあえずの落下は免れたが
すぐに視線を上に戻す。

大きな鼻息と蹄の音が近づく。
崖の上から赤がハヤトを見下ろす。

「老獪め、俺の負けか」

こうなったら手傷の一つでも負わせなければ
山一族のミヤ家の血が泣く。

「………」

息の詰まる時間が続く。
もう一踏み、赤が踏み込めばハヤトは
谷底に真っ逆さまだ
その前に、どうにか。

でも、どうやって。

シュンと、横から矢が飛んできて
赤の目に当たる。

「え?」

咆吼をあげる赤に
ハヤトは片手に握ったままだったナイフを持ち替える。

狙うは、逆の目。

「届けよ!!」

視界を失った赤が、バランスを崩して
谷底へ大きく身体を傾かせる。

そこに後ろから更に数本の矢。

その巨体は咆吼をあげながら
ハヤトのすぐ横を通り抜け
真っ逆さまに谷底に消えていく。

はっとハヤトは短いため息をつく。

「……やったのか」

「ハヤト!!」

カナタが崖の上から顔を覗かせる。

「カナタ、無事だったのか?」
「僕の心配より自分の心配をしろ。
 今、何か掴む物を投げる」

カナタが投げた綱に掴まりながら
ハヤトは崖の上へと向かう。

「すごいな、ハヤト、
 『赤』を倒したんだ」

いや、と
綱をよじ登りながらハヤトは答える。

「あいつはなんたってここいらの主だからな、
 これで倒したかどうか」

それにしても、とハヤトは続ける。

「さっきは助かった。
 あの矢が無ければ今頃俺は死んでたぞ」
「いや、僕じゃないよ」
「そう謙遜するな」
「そうじゃない
 矢を放ったのは僕じゃない」

「お前じゃなければ、誰が」


よいしょ、と
やっと安定した地面に戻り
ハヤトは一息つく。

「おい、カナタ
 お前じゃないって一体」

「大丈夫?ケガはない?」

そこで、ハヤトはもう一人
綱をたぐり寄せていた人影に気付く。

「……お、ま」

「さっきの矢は、キコが放ったんだ。
 ハヤトを助けたのはキコだよ」

ハヤトは、そうか、と
差し出された手を取る。

「助かった。
 さすがだ、狩りの腕は健在のようだな」

えぇ、ありがとう、と
規子は笑う。


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