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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「規子と希と燕」6

2014年11月04日 | T.B.1961年

「……っ!!?」

規子は思わず出そうになった声を抑える。
熊を見たのは初めてではないが、今まで見た中で一番大きい。
恐らく西一族でも単独で狩りを行うほど腕前のある者が
数人は集まらないと狩れないだろうという大きさだ。

「こっちを見ている、気づいては居るな」

希が言う。距離はまだある。
「背中は見せるな」
狩りのたびに教えられてきた。
まずは自分の命を守る事。
敵わない獲物には手を出さない事。

山一族も馬を落ち着かせながら
後退の道を確認している。

「山一族」

燕が言う。
「もしもの時は、頼む」
山一族も頷き、規子の腕を引く。
「馬には乗れるか?」
規子が頷くと、乗るようにと目で合図を送る。

「さすがにあれはちょっとな」
燕が武器を構えらながらも呟く。
「山の主って所かな」

山一族は足元の倒したばかりの雌鹿を見る。

熊は本来なら木の実や芽を食べるが
味を覚えた者や、飢えた者は鹿も食べるという。
あの熊がそうじゃないとは言い切れない。

「これは、諦めるしかないな」

「ダメだ!!」

希が言う。
「狩りで成果を上げないと。
 獲物を持ち帰らないと」
「希、でも、今回は危ないから」

おかしい、と規子は思う。
この切羽詰まった状況ではあるが、
冷静な希が今回はやけに必死になっている。
むきになって山一族に突っかかって行ったのも
いつもの希らしくない。

「次じゃ、ダメなんだ」

「いいよ兄さん」

燕が言う。

「もう、決まってる事だから」

「何のこと?」
何か変だ、と規子は思う。
自分が知らない何かが今の希を動かしている。
そして、その理由は恐らく燕だ。

「よく分からないが、
 とりあえずこの雌鹿を持ち帰れたらいいんだな」
山一族が規子達に訪ねる。
「そうなれば、ありがたい」
希は絞り出すように声を出す。

「さすがにあれは仕留められない」
山一族が言う。
「俺もだ」
希が言い、燕も頷く。
「だけどまぁ、足止めがあれば
 ある程度安全な所までは、いける、か?」

山一族がちらりと馬に乗った規子を見る。


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