この日の仕事をすべて終えると、彼女は、部屋の外へと出る。
彼を待つ。
あたりは、暗くなってきている。
彼は現れない。
彼女は、仕方なく、ひとりで屋敷の外へ向かおうとする。
「ねえねえ!」
誰かが、彼女を呼ぶ。
この声は……。
ため息をつき、彼女は振り返る。
宗主の息子。
「天院知ってる?」
「知りません」
そう云うと、彼女は歩き出すが、宗主の息子が話しかけてくる。
「今日、何があったか知ってる?」
「知りません」
「天院が、僕の父さんに怒られてね。怪我をしてた」
彼女は立ち止まる。
「僕の父さん。宗主、だよ」
「……存じてます」
「天院、怒られて怪我して、ね。どこかで倒れているのかも」
その言葉に、彼女は振り返る。
けれども、宗主の息子と目は合わない。
「怒られたって」
彼女はいろいろ想像する。
少し、焦る。
「そうそう。怒られたの」
宗主の息子は、簡単に云うが、そう云う話ではないはずだ。
宗主が怒る。
つまり、怪我をするほどの、なんらかの、罰……?
「いつも、怪我だらけだからね」
「怪我……」
「君は見えないのだろうけど」
彼女は息をのむ。
「父さんに怒られてばかりで」
宗主の息子が云う。
「今日は、父さんに頼まれたことを失敗して」
「…………」
「筋が悪かったのかなぁ?」
「あの、」
彼女が訊く。
「天院様はどちらに?」
宗主の息子は、答えない。
彼女は、宗主の息子を見る。
宗主の息子は、彼女とは違う方向を見ている。
「あの……」
「……天院」
「え?」
宗主の息子が呟く。
「あ。あー……、いたんだ」
彼女は、宗主の息子と同じ方向を見る。
誰か、いる。
日が落ちて、彼女はますます視界が悪い。
でも
宗主の息子の言葉からするに、そこに彼がいるのだ。
「そんな怖い顔しないでよ、天院」
宗主の息子が云う。
「この子、君のことをよく知らないだろうから、教えてあげたんだ」
宗主の息子が、彼女を見る。
「ねえ、知らないでしょ」
「え?」
「天院が、この屋敷で、どう云う立場なのか、とか」
さらに
「普段、天院が何をやっているのか、とか」
宗主の息子は、彼を指差す。
「ほら、見てみなよ」
宗主の息子が云う。
「出たねぇ。血」
彼女は思わず、手で口を覆う。
少し離れたところにいる彼の姿は、よく見えない。
けれども、宗主の息子の言葉が本当ならば。
「父さんは、さ。天院に対して、いつも本気だねぇ」
彼は、何も云わない。
「父さんは一番強いから」
宗主の息子が云う。
「父さんが頼んだこと、失敗しちゃだめなんだよ」
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