TOBA-BLOG 別館

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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「小夜子と天院」10

2014年11月14日 | T.B.2017年

 この日の仕事をすべて終えると、彼女は、部屋の外へと出る。
 彼を待つ。

 あたりは、暗くなってきている。

 彼は現れない。
 彼女は、仕方なく、ひとりで屋敷の外へ向かおうとする。

「ねえねえ!」

 誰かが、彼女を呼ぶ。

 この声は……。

 ため息をつき、彼女は振り返る。

 宗主の息子。

「天院知ってる?」
「知りません」
 そう云うと、彼女は歩き出すが、宗主の息子が話しかけてくる。
「今日、何があったか知ってる?」
「知りません」
「天院が、僕の父さんに怒られてね。怪我をしてた」

 彼女は立ち止まる。

「僕の父さん。宗主、だよ」
「……存じてます」
「天院、怒られて怪我して、ね。どこかで倒れているのかも」

 その言葉に、彼女は振り返る。
 けれども、宗主の息子と目は合わない。

「怒られたって」

 彼女はいろいろ想像する。
 少し、焦る。

「そうそう。怒られたの」

 宗主の息子は、簡単に云うが、そう云う話ではないはずだ。

 宗主が怒る。

 つまり、怪我をするほどの、なんらかの、罰……?

「いつも、怪我だらけだからね」
「怪我……」
「君は見えないのだろうけど」
 彼女は息をのむ。
「父さんに怒られてばかりで」
 宗主の息子が云う。
「今日は、父さんに頼まれたことを失敗して」
「…………」

「筋が悪かったのかなぁ?」

「あの、」
 彼女が訊く。
「天院様はどちらに?」

 宗主の息子は、答えない。

 彼女は、宗主の息子を見る。
 宗主の息子は、彼女とは違う方向を見ている。

「あの……」

「……天院」
「え?」
 宗主の息子が呟く。
「あ。あー……、いたんだ」

 彼女は、宗主の息子と同じ方向を見る。

 誰か、いる。

 日が落ちて、彼女はますます視界が悪い。
 でも
 宗主の息子の言葉からするに、そこに彼がいるのだ。

「そんな怖い顔しないでよ、天院」

 宗主の息子が云う。

「この子、君のことをよく知らないだろうから、教えてあげたんだ」
 宗主の息子が、彼女を見る。
「ねえ、知らないでしょ」
「え?」
「天院が、この屋敷で、どう云う立場なのか、とか」
 さらに
「普段、天院が何をやっているのか、とか」

 宗主の息子は、彼を指差す。

「ほら、見てみなよ」
 宗主の息子が云う。
「出たねぇ。血」

 彼女は思わず、手で口を覆う。
 少し離れたところにいる彼の姿は、よく見えない。
 けれども、宗主の息子の言葉が本当ならば。

「父さんは、さ。天院に対して、いつも本気だねぇ」

 彼は、何も云わない。

「父さんは一番強いから」
 宗主の息子が云う。
「父さんが頼んだこと、失敗しちゃだめなんだよ」



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「規子と希と燕」7

2014年11月11日 | T.B.1961年


「いくぞ」

小さく放った希の声に皆が頷く。
白い熊は相変わらずこちらを見たまま動かない。
お互いに相手の出方を伺っている。

山一族が馬の手綱を引き、希・燕の前に立つ。
馬には山一族と規子。
後ろに乗り込んだ規子は静かにボウガンを構え矢の先を熊に向ける。

「全然、引かないわね」

熊の様子に規子は冷や汗をかく。
小さな熊ならば人の姿を見たり、攻撃の意志を見せれば逃げ出す物が多い。
「……俺たちの一族では」
山一族が言う。
「熊は……特に白い熊は神の使いと言われている」
「使い」
この状況では嫌な例えだ、と規子は思う。
「そりゃあ、おっかない」
ふと、会話に燕が入ってくる。
「―――出来た」
狩った獲物を運ぶ準備を整えた希、燕が2人を見上げる。
規子も思わず息をのむ。
「無事で」
「そっちもな」
それから、規子達は前を
希達は後ろを振り向く。

「走れ!!」

誰の物ともとれない声に
獲物を抱えた希と燕が走り出す。

と、背中を見せた希達に反応して
白い熊が走り出す。
ぐんっと大きな巨体が迫ってくる様子に規子は思わず身を震わせる。

早い。

「―――っ!!」

それでも、と放った矢はわずかに逸れ
近くの木に当たる。
「くっ!!」
山一族が馬の手綱を引き熊をかわす。

次の瞬間、それは規子達の横を通り過ぎる。
嫌な感覚だと規子は思う。
一瞬でも違っていたら今どうなっていたのか。

適わない獲物を相手にするのは
恐ろしいことだ。

でも、通り過ぎた熊がそのまま向かって行くのは
希と燕達の方向だ。

「待ちなさい!!」
規子は再びボウガンを構える。

「あんたの相手はこっちよ!!!」

規子が引き金を引く。

熊がうなり声を上げて立ち止まる。
規子が放った矢が後ろ足に当たっている。

「上手いもんだ」
山一族が言う。
「さて」
うなり続けたまま白い熊は規子と山一族の方に向き直る。
山一族は馬をなだめながらしっかりつかまれと規子に言う。

「次はこっちだぞ」

獲物を無事に持ち帰るため、
希と燕は獲物を運ぶ役割を請け負った。
ひたすら走り安全な所まで逃げる。

規子と山一族は2人を安全に逃すため
おとり、の役になる。
山一族の馬があったからそこ出来たことだ。

「頼んだわよ」
あぁ、と山一族は頷く。

「揺れるぞ、落ちるなよ!!」


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「天院と小夜子」7

2014年11月07日 | T.B.2017年

 少し昔の、

 鍛錬の途中。

 幼い彼は、木を見る。
 木の上に、花が咲いている。

 彼は、手を止めて、それを見る。

「おい、聞いているのか」

 かけられた声に驚いて、彼は振り返る。
「よそ見をするな」
 そこに、彼の父親がいる。
「ごめんなさい」
 彼の父親が云う。
「お前、試合ははじめてだったな」
「はい」
「今から行う試合。お前は従弟とだ」
「はい」

 彼が云う。

「精一杯頑張ります」

「いや」
 父親が云う。
「絶対に勝つな」
「え?」
「もう一度、云う」
 父親は、冷たい目で彼を見る。
「お前は、東一族の中で、誰に勝つこともない」
 彼は戸惑う。
 が
 父親は、彼に背を向け、歩き出す。
「でも、父さん」

 自分には、自信がある。
 少なくとも、相手の一方的な試合にならないはず。

 なのに?

 父親は、立ち止まらない。
 年長者の席に向かい、坐る。

 彼は、遠目で父親を見る。
 そして、横を見る。

 同い年の従弟がいる。

 従弟は彼を一瞥し、云う。
「お前、どれぐらい鍛錬したんだ?」
「どれぐらいって」
 彼は、考える。
「君と同じくらい?」
「ふうん」
 従弟が云う。
「俺とお前、どっちが勝つと思う?」
「それは、……」
 彼が云う。
「やってみないと判らないよ」

 ――絶対に勝つな、だって?

 自分には力がある。
 それを、父さんに見せたい。

 彼は、

 父親の言葉を守らず、

 従弟に勝つ。

 従弟を、打ち負かす。

「お前……」

 鍛錬のあと、父親は彼を呼ぶ。
「従わなかったな」
「……父さん」
 彼が云う。
「でも、見てくれた?」

 彼は、笑顔だ。

 父親は彼を見る。
 冷たい目。

「来い」
「え?」
 父親が歩き出す。
 彼は、父親に続く。

 やがて、屋敷内の、旧びた建物にたどり着く。

 誰もいない。

 父親は、扉を開ける。
 彼に、中に入るよう促す。

「東一族の宗主は、長男による絶対世襲だ」
 父親が云う。
「故に、余計な内部争いが起きないよう、呪術が存在する」
「呪術?」

 突然の話に、彼は戸惑う。

「家督が近い長男以外の者に、呪術をかける」
 そう云うと、父親は、自身の袖をまくる。

 そこに

 呪術の痕。

 彼は首を振る。

 まさか、

「……父さん」

 これを今から自分、に?

「お前が従わなかった、罰だ」
 彼の額から、汗が流れる。
「云うことに従え」

 彼の父親が、云う。

「お前はそもそも、存在しない人間だったのだから」



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FOR「小夜子と天院」10

「規子と希と燕」6

2014年11月04日 | T.B.1961年

「……っ!!?」

規子は思わず出そうになった声を抑える。
熊を見たのは初めてではないが、今まで見た中で一番大きい。
恐らく西一族でも単独で狩りを行うほど腕前のある者が
数人は集まらないと狩れないだろうという大きさだ。

「こっちを見ている、気づいては居るな」

希が言う。距離はまだある。
「背中は見せるな」
狩りのたびに教えられてきた。
まずは自分の命を守る事。
敵わない獲物には手を出さない事。

山一族も馬を落ち着かせながら
後退の道を確認している。

「山一族」

燕が言う。
「もしもの時は、頼む」
山一族も頷き、規子の腕を引く。
「馬には乗れるか?」
規子が頷くと、乗るようにと目で合図を送る。

「さすがにあれはちょっとな」
燕が武器を構えらながらも呟く。
「山の主って所かな」

山一族は足元の倒したばかりの雌鹿を見る。

熊は本来なら木の実や芽を食べるが
味を覚えた者や、飢えた者は鹿も食べるという。
あの熊がそうじゃないとは言い切れない。

「これは、諦めるしかないな」

「ダメだ!!」

希が言う。
「狩りで成果を上げないと。
 獲物を持ち帰らないと」
「希、でも、今回は危ないから」

おかしい、と規子は思う。
この切羽詰まった状況ではあるが、
冷静な希が今回はやけに必死になっている。
むきになって山一族に突っかかって行ったのも
いつもの希らしくない。

「次じゃ、ダメなんだ」

「いいよ兄さん」

燕が言う。

「もう、決まってる事だから」

「何のこと?」
何か変だ、と規子は思う。
自分が知らない何かが今の希を動かしている。
そして、その理由は恐らく燕だ。

「よく分からないが、
 とりあえずこの雌鹿を持ち帰れたらいいんだな」
山一族が規子達に訪ねる。
「そうなれば、ありがたい」
希は絞り出すように声を出す。

「さすがにあれは仕留められない」
山一族が言う。
「俺もだ」
希が言い、燕も頷く。
「だけどまぁ、足止めがあれば
 ある程度安全な所までは、いける、か?」

山一族がちらりと馬に乗った規子を見る。


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