「小夜が知らないこと、ほかに何があるかなー」
そう云う宗主の息子は、少し、楽しそうだ。
「そうだ。小夜は、天院のお母さん、知ってる?」
宗主の息子の隣にいる小夜子は、何も云わない。
ただ、首を振る。
少し離れたところにいる天院は、その場から動かない。
「そうかー。知らないかぁ」
宗主の息子は、小夜子をのぞき込む。
「会いに行ってみる?」
「いえ……」
小夜子は、目を合わせない。
「そんな、私はとても……」
「ふーん」
そう云って、宗主の息子は、自分の足下を見る。
「あっ。見て」
そこに、いつのまにか一匹の蛇がいる。
「僕の蛇なんだ」
宗主の息子は、その蛇を持つ。
「ほら。父さんと同じ蛇だよ」
そう、天院に、見せようとする。
「天院は、いつ、お付きをもらえるのかな?」
まだ若い蛇、は、身体をうねらせる。
高位家系の者は、お付きとして、何か生き物を連れている。
生き物を従える能力が、備わっているのだ。
「小夜、見てよ」
小夜子は後ずさりをする。
「この子、すごい毒を持っていてね」
宗主の息子は、自慢げに話す。
「かまれると、すっごいしびれるらしいよ」
「そう、……ですか」
「早く試してみたいなー」
「…………」
「西一族とかで、さ」
宗主の息子は、小夜子を見る。
そして、天院に向く。
天院は、何も云わない。
宗主の息子は、天院の表情を見る。
「あ。西一族のそっくりさんでもいいかなー」
「…………」
「例えばー、天院のお母、」
その瞬間。
天院は、宗主の息子の胸ぐらを掴む。
離れたところにいたはずなのに、宗主の息子の目の前に、いる。
「ひ!」
天院は、宗主の息子を見る。
「天、院……」
天院は、もう片方の手で、宗主の息子が持つ蛇の頭を、捕らえている。
「あ、いつのま、に……」
「西一族のそっくりさん、て、お前のことかと思ったよ」
天院は、宗主の息子を掴む手に、力を込める。
「天院……、やめて」
宗主の息子は、顔をこわばらせる。
「ほら、……また、父さんに怒られちゃう、……よ」
「別に」
天院が云う。
「慣れてるし」
「あ、あぁ。じゃあ、小夜で試す?」
宗主の息子は、天院に掴まれたまま、あざ笑う。
「……小夜子」
天院は、震える小夜子を見る。
云う。
「行くんだ」
小夜子は動かない。
「小夜子!」
顔をこわばらせたまま、小夜子は小さくゆっくり頷く。
少しだけ、身体を動かす。
「小夜!」
今度は、宗主の息子が云う。
「行かないでよ!」
小夜子は、背を向けて歩き出そうとする。
「ねえ、小夜!」
宗主の息子が云う。
「今、ここからいなくなったら、罰だよ!」
小夜子は、顔だけ振り返る。
その表情は、こわばったままだ。
天院が、小夜子を見る。
「大丈夫だから。行くんだ」
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FOR「天院と小夜子」8