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「規子と希と燕」8

2014年11月18日 | T.B.1961年
「まいた、みたいだな」

山一族の言葉に規子はふぅっとため息をつく。

「生きた心地がしなかったわ」

熊は走るととても早い。
だから、逃げるときも本来ならば背中を見せてはいけない。
馬があって本当に良かった、が
もうあんな体験はこりごりだ、と思う。

あとは、山を少し下って希達との合流地点に戻ればいい。
2人と合流するまでは完全に安心できないが、
一息つきながら規子は合流地点を山一族と目指す。

「いや、でも初めて馬の上から射たにしては良い腕だ」
「おだてたって何も出ないわよ」
お互いに気が抜けてしまったのか、
それとも熊をまくのに協力したこともあり、
敵対する一族ではあるが雑談が漏れる。

「本当だって」

だが、山一族の次の言葉に規子は言葉を無くす。

「今度、西から来るって言う花嫁は
 お前みたいに狩りの腕があるやつだといいな」

俺たちの一族は、女でも多少狩りには参加するけど
西一族程じゃないからな。
山一族の言葉は、規子の耳には入らない。

「え?」

花嫁、西一族から、山一族に?

「なに、その話」
規子は全く話についていけない。
「何って、山一族と西一族が交わした協定だよ」
「協定?」
山一族は規子が何も知らないと分かり話すのを躊躇う。
「聞いていないのか?」
規子は首を横に振る。
本当に知らないのだ。
山一族はしばらく黙り込んでいたが、やがて話し出す。
「今、西一族は東一族とずいぶんと対立しているんだろう。
 そんな時に俺たち山一族の相手までは出来ないって事じゃないのか」

そのための協定だ、と。

「ウチはウチで抱えている問題もある。
 争いは出来るだけ起こらない方がいい。
 俺たちはお互い、狩り場さえ争わなければ特に問題は無いだろう」

「それはそうだけど」

確かに今後ろから山一族に攻め込まれたら
西一族はそちらまで対応出来ないだろう。
でも、と規子は思う。

「そんな紙上だけの約束をしたって」

本当に効力があるのだろうか、と言いかけて規子は止める。

「察しがいいな」
山一族が言う。

「そのための花嫁だ。
 山一族から西一族へ。
 西一族から山一族へ。
 お互いに嫁ぐ事で保険をかけてるんだよ」

「そんな、事」

それで協定はある程度効力を持った物になるだろう。
でも、当事者達の事を考えると。
規子はその話について行けない。

「おい?本当に聞いてないのか?
 まさか、協定の話は西一族の嘘じゃないだろうな?」

山一族は険しい顔で規子に迫る。

「こちらは嫁ぐ女も、
 迎え入れる婿の側も、もう決まっているんだぞ!!」
「分からない、
 私が知らないだけで話は進んでいるのかも」

山一族に気圧されながら、規子は答える。
答えながら思う。
あれ?
こんな風に思ったことがさっきもあった。と。

自分の知らない所で
何かあっているんじゃないか、と
思ったのは何だったか。

「俺だよ」

いつの間にか2人は合流地点の近くまで来ていた。
規子を心配して、なのか、
燕がそこまで迎えに来ていた。

「あぁ。無事だったのか」

山一族が言い、燕が頷く。
「規子も―――お前も無事で良かった。
 行こう、兄さんが向こうで待っている」
燕が、ほら、と手を差し出す。

だが規子はすぐにその手を握れない。

「待って、燕。
 あなた今なんて言った?」

あぁ、と燕が規子の腕を引く。

「俺だよ」

そして言う。

「嫁さんが来るの俺の所」


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