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「戒院と『成院』」4

2019年10月22日 | T.B.1999年

「容体はどうかな」

医師が戒院に尋ねる。
今は医師と患者だが
医師と医師見習いでもある。

「順調ですね。驚く程だ。
 ただ、だるさが抜けるのにかなり時間がかかる。
 この薬の副作用かと。
 体力の無い子供や高齢者には
 これがどう影響するか分からない」

「うんうん。
 若い君だから試せた。
 一か八かの薬だ」

じきにベッドから
立ち上がる事ができるだろう、と
医師は診断する。

それで、と。

「気分はどうだい」

「最悪だ、これ以上ないくらい」

具合ではない。
心持ちの話。

「俺にこれから
 どう生きていけと言うんだ」

「君は自死を選ばないだろうからね」

「当たり前だ。
 そうでなければ何のために成院は
 犠牲になった」

ふぅん、と医師は椅子に腰掛け
戒院に向き合う。

「一つ、提案を」

「なんでしょう?」

「これから君、
 成院として生きていくつもりは無いか」

「????え?」

「例えの話じゃない。
 戒院は死んだ事にして
 君は成院になりすまし、
 これから生きていく」

すっと、医師は鏡を指差す。
そこには医師とそして、戒院が映っている。

「都合の良い事に、
 君たちは一卵性の双子だ」

「はあ??
 俺に成院になれと??
 そんなの」

「もちろん、君たちは
 性格も得意な事も違う、
 慣れるまでには時間がかかるだろうが
 そこは、こう押し通すしかない」


「あいつは、弟が死んでから
 変わってしまった。
 弟をなぞるように生きている、と」


ぽかんとした後、
しばらく戒院は押し黙る。

「ははっ、傑作だな。
 代わりになったのはどちらだろう。
 俺はあいつになるために生き残ったのか」

でも、それならば
生きる意味はあるのかもしれない。

「なんだ、結局生き残ったのは
 成院でも戒院でもない、誰かじゃないか」

戒院は乾いた笑みを浮かべる。

「しばらく考えて、と言いたいが」

実の所、と
医師は言う。

「戒院、君は死ぬ予定だった」
「そうですけど?」
「病でではない。
 原因は病でだが、
 宗主に君の病が知れたからだ」

「光院がどうして死んだか
 君も知っているだろう」

「あぁ」

先に病に罹った宗主の息子。
戒院とは親戚だし、
歳も近いのでよく話していた。

宗主と大医師
彼らが決めた病の対策。
病が広がる前に終わらせる。
患者は苦しむ前にその特別な薬で。

「だから、もう
 君は死んだ事になっている。
 成院として生きていくしか無いんだ」

「……………」

「それ、成院は知っていましたか」
「いいや。
 知っていたら今のこの状況は
 変わっていただろうか」

ここに居るのが
戒院ではなく、成院だったかと。

「いや」

戒院は答える。

「同じだったと思います」

窓の外、病院の窓から
僅かに見える湖を戒院はじっと見つめる。

8つの一族の村が囲む、
大きな湖。

「そうか」

医師はそれだけ答え
病室を後にする。

数日後、戒院は
ある提案をする。

「君が医師見習い?」

「はい」

医師は首をひねる。

「医師を目指していたのは、戒院だっただろう」

えぇ、と戒院は頷く。
これから彼は成院として生きていく、
医師見習いを目指すのはズレが出てくる。

「俺は、やっぱり
 命を救う事がしたい。
 武術は成院の様には出来ないし、
 多分、これしかない」

助かった命の代わりに、と。

「君が悪いわけではないよ」

誰でもない、憎むなら病を、と。
医師は言う。

「それでも、ですよ」

医師は病室の窓を開ける。
そこから湖をながめながら言う。

「君がそう決めたのなら、
 成院もきっと、喜ぶだろう」
「どうだか」
「真面目だったからね、彼は」
「真面目すぎて、
 融通きかないし、
 かと言って変に突拍子もない事するし」
「全く正反対の兄弟だったね
 君たちは」

「うまくやりますよ。
 十何年近くで見てきた訳だし」

医師は窓を開けたまま病室を後にする。
もう、彼から感染を恐れる必要が無い。

「じきに起き上がれるようになるだろう。
 そうしたら、君は医師見習いだ」

医師はいう。

「とりあえずは、体調を元に戻すんだな、
 戒院…………いや」

おおっと、と
医師はこれからは違ったな、と
彼をこう呼ぶ。

「――― 成院」

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