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「希と燕」6

2015年03月03日 | T.B.1961年

山一族との不可侵の協定。

村長からその話を聞かされた時、
希は訊ねた。

協定の証として、互いの一族から嫁ぐ花嫁。
山一族の花嫁を迎えるのは弟の燕。

それなら

「こちらからの花嫁は
 誰が選ばれたのですか?」

その言葉に村長はため息を付く。

「そこがな、
 まだ、審議の途中なんだ」

「……決まってないという事ですか?」

花嫁は今まで対立していた他民族の村に
ただ1人で行く事となる。

「二人まで絞られては居るんだが
 どちらにするか、で、悩んでいる」

協定とはいえ、その後の動き次第では
もう、帰ってくることは無いのかもしれない。

「やはり、こちらの代表ともなるからな
 ある程度の者は出したい。
 その基準をこちらで選ぶと、狩りの腕が立つ者、
 となるのだが」

やはりそう言う選定になるのだろう。
そう思っていた希に村長は続けて言う。

「山一族の女性は、こちらほどは狩りに出ないという。
 家庭を支えるという役割の方が大きいらしい。
 そちらの目線で選ぶとまた違った人選になる」

ある程度の家柄の者で、
狩りの腕とはまた別の

例えば、大人しく、家庭的な雰囲気で、
いかにも女性らしい、そんな。

1人、思い当たるのは。

「丹子?」

ぽつりと漏れた希の言葉は
幸い、村長には届かなかった様だ。

丹子が、山一族に嫁ぐ?

もしかしたら、それっきり
ずっと山一族で過ごしていく。
自分ではない―――誰かの嫁として。

それは、嫌だ。

「それは、どうでしょうか」

「ん?」

「他民族の村に行けば、
 何もかも、一から覚え直さないといけない。
 風習が違うから」

必死だ。ちぐはぐの言い分だ。
そう思いながらも、希は続ける。

「家事もそうでしょう。
 でも、狩りの腕は、こればかりは才能だから」

それが、もう1人の候補の後押しをすることも
希は分かっていた。

「そうだな、―――まぁ、そういう考えもあるな」

村長は言う。

その話はそれっきり。
気がつけば希は家路についていた。

もしかしたら、もう決まっていた事を
単にはぐらかして言っただけのことかも知れない。

希程度の者の意見が通るはずはない。

そう自分に言い聞かせた。

ただ、選ばれるのが彼女でないことを祈り。
そして、自分が後押しをしてしまったかもしれない誰かの事を
深く考えない様にした。

考えれば分かったはずだ。

嫁に出しても恥ずかしくないほどの
狩りの腕を持つ、
誰か―――の事を。


「……俺、は」

やがて、山一族との協定の話は
村の皆に公表された。

広場に張り出されたその名前を
選ればれた彼女は静かに見つめていた。

「なんだよ、それ」

いつかの自分と同じ様に呆然と呟く燕の横で
希はただ、黙って眼を閉じた。



T.B.1961年
西一族の村で

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