TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「武樹と父親」3

2020年07月28日 | T.B.2017年
「あら、おかえりぃ」

帰って来た武樹を
母親が出迎える。

ただいま、といいながら
横を通り過ぎる武樹を
うーんと笑顔で見送ろうとして

「………」

まてまて、と首根っこを捕まれる。

「おかしいな、今日は座学と鍛錬の日、よね」
「そうだったかな?」
「そうだったわ!!」

ええっと、今日は、と
武樹はもごもごと話し始める。

「鍛錬の先生が、急な腹痛で!!」
「ほーう?」
「俺も、今日はやる気満々だったんだけど」
「ふーん?」

それじゃあ仕方無いわね、と
呟く母親に、武樹はほうっとため息を付く。

「それじゃあ、先生のお見舞いに行かなきゃ。
 誰だっけ、今日の、先生は」

ひゅうっ、と
先ほどのため息とは違う意味で思わず息が漏れる。

「えええっと、今日は、きょうわあぁ」

それから暫く怒られて
明日からはきちんと通うこと、と
お説教の後、やっと武樹は解放される。

優しそうなお母さんだね、と
沙樹は言うがそんな事は無い。
すこし語尾の伸びるあの話し方で
誤解しているだけだ。

怒るととても怖い。

東一族の女性は基本大人しく、控え目だと言うが
果たしてそうだろうか、と武樹は考える。

「まぁ、仕方無いよな」

一人で武樹を育てたのだから。
母親だけでなく、父親の代わりもしている。

父親が誰なのだか
武樹は知らない。

誰も知らない。

それでも、
気になるものは気になる。

「俺の父さんは誰?」

母親に尋ねると
少し困った顔をしてこう答えた。

「あなたの父さんは
 遠い村に居るのよ」

いつか、会いに行こうね、と。

それを聞いてそうなんだ、と頷いた。
俺の父さんは違う村に住んでいる。
どこだろう、
北一族、それとも南一族。
もっと遠い、例えば谷とか海とか。

顔も知らない父親に会いに行く日を
いつかきっと、と
夢見たこともあった。

けれど
歳を重ねる毎に
なんとなく気がついていく

あれは母親がついた優しい嘘。

会いに来るのを待っている
父親なんて居ない。

自分の部屋に戻ろうと廊下をとぼとぼと歩いていると
洗面所の前を通る。
鏡に映るのは、少ししょぼくれた自分の顔。

釣り目で二重で、口元にはホクロ。

「………」

母親はたれ目で、一重で、
ホクロ一つ無い肌をしている。

武樹は直毛で艶のある髪だが
母親はふわりとして、少しうねった髪質。

武樹の全ては
きっと、父親から引き継いだもの。

どうせならば。

武樹は呟く。

「母さんに、似たかったなぁ」


NEXT

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「辰樹と媛さん」16 | トップ | 「辰樹と媛さん」17 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

T.B.2017年」カテゴリの最新記事