新・日曜炭焼き人の日記

炭遊舎のホームページで書いていた「日曜炭焼き人の日記」を引きついで書いていきます。

大阪市の愚行?

2018年08月06日 | 日記

 大阪市が小中学生の学力調査の結果を、学校の教員の給料、ボーナスに反映させる方針を打ち出した、というニュースが新聞に載った。それについてひとこと。
 学力調査の結果を教員の給料に反映させる方法で、生徒の学力向上を図ろうとする方策は、アメリカでは以前からおこなわれていたことで、大きな問題が生じている。マークシート方式で児童に答えさせ、それを機械処理する方式を悪用して、教員がマークシートの答えを改ざんする不正がはびこった。自分が教えた生徒たちの成績で自分の給料の金額が決まるとなると、教員もいろいろな手段を考える。生徒たちに学力をつけさせようと短絡的な方策を講じる教育委員会にたいしては、安易な方法で自分の給料の額を確保しようとする教員が現れるのは理の当然だろう。
 教育委員会は教員による不正を摘発するため、調査チームを設置した。マークシートの改ざんはどのようにしておこなわれるか。マークシートに一定の法則性を見いだして悪徳教員の摘発に乗りだす。
 アメリカでのその辺の経緯をくわしく書いたものが「Freakonomics(邦題「やばい経済学」)だった。書架のどこかにあるはずだが見あたらず、かわりに「Super Freakonomics」という本が見つかった。これは当該の本の続編らしい。自分の書架で探すより図書館で邦訳を検索する方が早いかもしれない。
 アメリカの愚をくり返さないようにしてほしい。




高校野球が始まった

2018年08月05日 | 日記

 延長戦に入った試合で相手チームに6点とられた。これでもう勝負あったと思った。だれもがそう思ったはずだ。ところがその裏、6点を取りかえし、最終的に勝った。私の脳裏にはっきりと焼きついている報徳学園の試合だ。自分の家でなく祖父の家のテレビで観たような記憶がある。1961年のこと、相手校が倉敷工業だったこと、試合結果が7対6だったことを先ほどネットで知った。そうそう、その試合をだれかがユーチューブにアップしてくれている。よくそんな古い試合の動画が残っていたものだ。
 私にとっては強烈な記憶として残っているが、きょうの朝日新聞の記憶に残る試合の一覧には、兵庫代表として報徳学園の試合には違いないが、1981年の荒木大輔と金村義昭が対決した試合が取りあげられていた。スター選手がいた試合だから印象的だったのか、それとも私のように古い時代を記憶している人が新聞社のなかにもういないせいだろうか。
 さて、ことしはどのような奇跡が起こるか、どのようなスター選手が誕生するか、楽しみだ。





ジュンク堂書店発祥の地

2018年08月01日 | 日記
  
 サンチカから三宮センター街(写真)を元町まで歩いてみた。半世紀ぶりだろうか。そして探していたものを見つけた。ジュンク堂書店発祥の地(写真)を。
 神戸、三宮駅を降りると地下街がある。むかし三宮地下街といえば「サンチカ」の愛称で呼ばれるモダンな地下街だった。ガラス張りのブースにサテライトスタジオがあり、そこでラジオ放送がおこなわれていた。1960年代後半、そこを通り抜け、元町へ向かってつづくアーケード街をよく歩いたものだ。三宮センター街にはモダンな店が並んでいた。星電社という電器店があり、そこで当時としては最小、最軽量のカセット式テープレコーダーを購入した。映画館に持ちこんで英語の音声を録音するためだった。南雲堂から出ていたシナリオつき映画録音テープはまだオープンリールのもので、大きな再生機を必要とし、取り扱いにくかった。
 それから20年が経過した1980年代の後半、ジュンク堂書店の書籍通信販売を利用するようになった。ジュンク堂書店は書籍通信販売の草分け的存在で、注文専用はがきに必要事項を記入して送ると1週間もたたないうちに注文した本が届いた。便利だった。「道標」という書店の月刊広報誌も無料で送ってくれた。「道標」と書いてたしか「しるべ」と読んでいた。たぶんその「道標」でだったと思う、本店が三宮センター街にあることを知ったのは。商店街のあの辺にあるのか、と親近感がわいた。ファーストネームを淳久さんという人が開業した店だと思っていたが、ネット情報ではこれは間違いだったようだ。また1976年開業とのことで、私がよくぶらついた1960年代後半には書店自体はまだ存在しなかったことになる。
 さて1995年1月、あの忌まわしい阪神淡路大震災がその地を襲った。三宮駅南ののっぽビルが傾き、老舗デパート「そごう」の一階部分がいまにも崩れ落ちそうな写真がメディアに流れた。ジュンク堂書店本店が営業不能になったことをなにかで知ったのもそのころだった。月刊誌「道標」の送付が止まった。
 いまでは日本を代表する大型書店網をもつジュンク堂書店だが、三宮のせせこましいアーケード商店街でもりっぱに営業を続けているのを見ることは、うれしい。なんといっても、ジュンク堂書店はここから始まったのだから。