韓国人は、日帝が民族の言語ハングルを弾圧したと主張する。
だが、ハングルが普及したのは、実際は日本統治時代である。
識字率10%以下だった李氏朝鮮時代に、どうやってハングルを弾圧するのか。
朝鮮人の識字率が上がったのは、日本が小学校を建て、国語(ハングル)の科目をつくったからで、これを妨害したのが両班だった。
焚書を逃れたハングルの古典を発見して、テキスト化したのが福沢諭吉である。
福澤諭吉は、自費でハングル活字を制作し、福澤の弟子だった井上角五郎が、朝鮮で初の漢字ハングル混じりの新聞『漢城週報』を発行した。
この時、清国や両班が反発したのは、身分の低い者に民族の文字や新聞はいらないという理由からであった。
朝鮮人が、あのとき漢字とハングル交じり文を大事にしていたら、現在のような知的退廃はおこらなかっただろう。