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インクルーシブな社会のために

障害の有無程度に関わらず支え合う社会へ ~ハマジョブネットワーク~

実習生さんおつかれさま

2008年10月04日 | 記事
9月25日、松風学園で実習をしていた学生さんが
12日間の実習を終えた。

慣れないところで、突然多くの利用者と、
ローテーションで出入りする職員に囲まれ、
よく頑張ってくれた。

慣れないからこその、素朴な疑問ももらい、
施設としてもいい勉強になった。

施設入所に関するシンポジウム

2008年10月04日 | 記事
9月24日、横浜ラポールにて、
施設入所待機者調査についてのシンポジウムがあった。

この調査では、施設入所を希望している人は、
「施設」という形状を求めているのではなく、
安心な機能を求めているとの結果が出ている。

福祉に携わる人間として、
既存の制度ありきではなく、
個々の人に対して、何が大事なのかを考えることが必要だ。

例えば、入所施設じゃないとしたら、
グループホームというワンパターンな考え方が
福祉に携わる人間にさえもあるように感じる。

もちろん、結果的にグループホームに住むことはあっても、
障害者すなわちグループホームという図式も、
障害のある人を「障害者」とカテゴライズし、
個々の人間を見ない考え方ではないだろうか。

手の言葉で生きる

2008年09月24日 | 記事
9月21日、教育テレビのETV特集で
「手の言葉で生きる」という番組を見た。

平塚ろう学校に通う児童やその親たちを取り上げ、
手話で生活するということとは何か、
そして共生社会とはを考えさせてくれる。

当校は、珍しく手話を容認するろう学校。
普通のろう学校は、聴覚障害のある児童には手話を禁じ、
口話を教え、健常者の社会に溶け込めるようにしてきた。

だが、手話は、聴覚に障害がある人にとっては
コミュニケーションを豊かにし、自己表現するための
重要なツール。

それを奪い、障害者を健常者に融合させようという
考え方は見直されつつある。

ただ、手話は、普通の日本語と同じ語順ではあるが、
助詞がないなど、厳密には異なる。
また、聴覚障害者たちが通常使う手話は、
テレビや手話講座でやるものと多少違い、
省略があったり、より表情を使ったりする。

そこで、手話だけでは、やはり日本語がままならなくなるため、
平塚ろう学校でも、教師が暗中模索しながら、
小学1年の児童に日本語の文法を教え、
子どもたちも懸命に学ぶ。

また、番組ではこんな場面もあった。
児童の一人が、手術で頭に埋め込んだ
人口内耳を使うのを拒否し、親もそれを支持し、
手話で会話することで家庭が円滑になっている。

だが、人口内耳を入れた医師は、
言語を獲得するこの時期に練習しないと
社会では生きていけないと警告する。

これに対し、その親は、かつて自身も
どうにかして子どもに口話してほしいと願い、
人口内耳に踏み切ったのだが、
手話によるコミュニケーションの意義に気付き、
医師の忠告を鵜呑みにせず、
どうするかは本人が判断できる年になってから
判断してもらえばいいと話す。

聴覚障害者を「できない人」として捉え、
できるようにするアプローチをするのか、
その人なりの文化を尊重し、
かつ共に生きる道を探すのか、
社会のあり方が問われるところである。

故郷を訪れる

2008年09月22日 | 記事
9月5日、今年度初の一日休暇をとり故郷の山口宇部に帰った。
早稲田大学院が宇部市役所の行政改革に関わっていて、
その中で院生が市役所に向けて発表するというので聴講。
テーマは山口宇部空港の国際化。
写真は発表の様子である。

その夜は、元三重県知事の北川教授が、
宇部市民に向けた講演会に行った。
不思議と、ここから日本を変えるんだという気になってくる。

自分は横浜に住み、横浜で働いているが、故郷を考えると
いろいろな意味で恵まれた横浜より、心配になってくる。
何か、自分にできることはないかと。

施設見学

2008年09月22日 | 記事
9月4日、都筑区にある知的障害者の入所施設
「東やまたレジデンス」を見学した。

将来のグループホーム等への移行を見込み、
大きな建物の中がいくつかのユニットに分かれ、
ユニットごとに、居間や台所、いくつかの個室がある。

また、運営している社会福祉法人横浜やまびこの里
自閉症の方への支援を得意としていることもあり、
ここの入居者も自閉症の方だそうだが、
中には壁や畳に損傷を与える方もいるそうで、
丈夫な造りになっていた。

いいところもあれば、課題もあり、
とても勉強になった。

フッサールの現象学

2008年09月21日 | 記事
最近買って時々拾い読みしている本がある。
竹田青嗣+現象学研究会「知識ゼロからの哲学入門」幻冬舎。
プラトンからデリダまで西洋哲学・思想家たちを
わかりやすく解説した本である。

どうしてこういうものを読んでいるかというと、
「協立」について考え福祉に接する中で
哲学や倫理学が参考になると思ったから。

さて本書からフッサールを紹介したい。
彼は、真理という存在を一旦保留しておいて、
人々の共通理解が客観になるのだという
現象学を提唱したドイツの学者。
一部抜粋すると…
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①自然科学や数学の領域では、「客観的な認識」は存在する。(略)
②だが、「客観的な認識」が成立しない領域がある。宗教、政治、人間の生き方(倫理観、価値観)、審美性など。これは人によってちがうということが、むしろ“原理的”。
③ここでは、対立を克服する方法は“ひとつ”だけ。「相互承認」と「相互理解」だ。「相互承認」は、この領域では、人の生い立ちや資質などで考えがちがってくるのが必然だということを、まずたがいに認め合うこと。それぞれの信念をたがいに受け容れ合って、押しつけたりしない。ちがうときには、距離を取って、尊重し合う。これは大人の人間関係の基本。
 次に「相互了解」。もっと分かり合いたければなぜそういうちがいが出てきたのかを“了解”し合う。相手が大事にしているものの「余儀なさ」がたがいに腑に落ちてくると、価値観のちがいは気にならなくなり、もっと別のところでよい関係が持てるようになる。
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現象学については学生時代に本を読んだことがあるものの、
わかったようなわからないような感じだったが、
今ではリアルに納得できる気がする。
(もっとも入門書だからだろうが)

何が正しい、どちらが正しい、のではなく、
相手の価値観を認めること。

もちろん言うのは簡単だが、
実際に歩み寄るのは難しいことだ。

中学生が来園

2008年09月15日 | 記事
9月2日、近所の中学生が松風学園を訪れ、
ふれあい体験ということで、園の利用者と一緒に
作業などの活動に取り組んだ。

自分の住む地域にこんな施設があり、
こんな人たちが暮らしているんだと初めて知ったようだ。
また、障害のある人とも初めて接して
印象が良くなった様子。

後日感想文が送られてきたが、
そんなことが中学生なりの文章でつづられていて
なんとも嬉しかった。

自分も中学生のとき学校の授業で
障害者施設に行ったことがあって、
それが今につながるひとつの原点になっている。

福祉の道を目指すまで行かなくてもいいから、
無意識の中に、ノーマライゼーションの感覚が
少しでも芽生えればいいと思う。

市役所では、新採用職員を対象に、
また健康福祉局に配属になった職員を対象に、
福祉施設で実習をすることになっているが、
やはり誰もが少しでも若いときに経験すべきである。

シニアの方との意見交換

2008年09月15日 | 記事
9月1日、知人の紹介で、会社が定年になった男性と食事。
10年以上ボランティアをやっていて、定年を機に、
本腰を入れてがんばりたいとのこと。
特に就労支援について、意見交換した。

こういう方がどんどん参加できるような土壌を作り、
業界がますます活性化するように、
そしてシニア世代の生きがいにもなればと願う。

江ノ島でヨット

2008年09月15日 | 記事
8月31日、江ノ島でヨットセイリングがあるというので出かけた。
といっても自分が乗るわけではない。
高齢者や障害者などへのヨットの普及活動に取り組むNPOが、
この日も障害のある人たちにヨットを楽しんでもらおうという企画。

このNPOは、誰にでも乗りやすいようにということで、
外国から特別なヨットを入手している。
すなわち、ヨットは普通横向きに乗るのだがそれでは危険なので、
前を向いて普通に二人がけで座り、
一人が操縦できるようになっているのだ。

ヨットのユニバーサルデザインである。

この日は快晴で風も強く、絶好のヨット日和。
乗る方々も気持ちよさそうだった。

オンラインジャーナルへの投稿

2008年09月09日 | 記事
このたびソーシャル・イノベーションという、
社会企業家や社会変革に関するオンラインジャーナルに、
「あなたもコスタ ~協立の社会へ~」というタイトルで投稿しました。

障害者雇用をとっかかりとして、
弱者の救済としてでなく、社会効率の追求でもない、
障害のある社会のあり方について論じたつもり。

自分がいつも気にしているのは、
単に障害のある人の生活が良くなるだけでなく、
社会にとってプラスになるかどうかだ。

下手な文章ですがよかったら読んでみてください。
これが自分の考えていることの一端です。
http://cac.socialinnovation.jp/?eid=914315

福祉がいまできること

2008年09月03日 | 記事
最近読んだ本。
著者の前田正子氏は、昨年まで横浜市役所の副市長を務めた。
もともと育児支援の研究家なので、
市役所でも福祉や教育を担当しており、
自分も何度か話をさせてもらったことがあるが、
とても気さくで、情熱を語れる方だった。

その前田さんが、副市長の任期を終えて書かれたということで、
単なる福祉の話ではないのが現実的だ。
つまり、行政として福祉を進めていくためには
理想を語って制度を創設または拡充しようとしても、
その基盤である財政が厳しい状況では不可能である。

ではどうするか。
当然、今あるものを削る、
民間でできることは民間に任せる、
といった創意工夫が必要になる。

経験に裏打ちされた面白い本だった。

生活困難者について考えるシンポジウム

2008年09月03日 | 記事
8月22日、瀬谷区役所にて、
生活困難者について考えるシンポジウムが開かれた。

ここでは、瀬谷という地域に主軸を置き、
生活保護・母子家庭・障害・高齢といったジャンルを超え、
生活に困難を抱える住民をいかに支援するかという
話がなされた。

自分は障害福祉というジャンルに身を置きつつも、
それを障害福祉の制度のみによって解決することは、
社会的に閉鎖されているだけでなく、
財政的にも非効率であり、
翻って本人のためにならないと考えている。

だから、横浜という巨大な都市の中で、
地域を主眼に置いた動きが、市の中枢からも出てきたのが
非常にうれしく思う。

囲む会

2008年09月02日 | 記事
8月12日、元厚労省の職員で、かつて障害者雇用施策において
大きな役割を果たした方が異動したというので、
この方を囲む会が催された。

参加者は10数人で、いずれも各分野でご活躍の方ばかり。
臆面もなく参加してよかったと思った。

ほとんどの方が、自分よりも古くから
障害者雇用の道に入っているのだが、
いまだにその勢いは衰えていない。
しかも年齢的にも大先輩。
刺激になりました。

また、こういう方を集められる、
主役の方の人徳にも感心させられた。

介護保険の普遍化

2008年08月30日 | 記事
介護保険制度の普遍化、という論点がある。

今年1月に行われたシンポジウム
「介護保険の被保険者・受給者範囲シンポジウム」の
パンフレットによると、介護保険制度の普遍化とは、
①負担面(被保険者)の普遍化
②給付面(受給者)の普遍化
の2面がある。

現行では65歳以上の第1号被保険者と
40歳から64歳までの第2号被保険者とがあり、
この人たちが一定の要件の下で保険料を払い、
サービスを受けているわけだが、
40歳未満の若い人たちにも、負担をしてもらい、
必要なサービスを受けられるようにするというもの。

つまり、障害により介護が必要な場合も
介護保険に含まれる可能性があるということだ。

障害者自立支援法ができたとき、
これは介護保険との統合を目指すものであり、
障害福祉サービスが改悪されると批判する声があった。

ただそれはやり方しだいであって、
高齢サービスと障害サービスを真っ二つに分けるのではなく、
介護保険を普遍化して、これでは補えない部分を
障害サービスとする考え方には一理あると思う。

コスタ=協立を進める立場からも、
障害だけの制度を作らず、
他の制度とうまく連動する制度であってほしいと考える。