狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

改訂版 沖縄戦訴訟 最高裁も訴え認めず

2019-08-18 00:15:06 | ★改定版集団自決

 

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沖縄戦訴訟 最高裁も訴え認めず

太平洋戦争末期に激しい地上戦が行われた沖縄戦で被害を受けたとして、住民や遺族が国に謝罪と賠償を求めた裁判で、最高裁判所は、原告の上告を退ける決定を出し、住民側の敗訴が確定しました。

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太平洋戦争末期の昭和20年に行われた沖縄戦をめぐり、沖縄県の住民と遺族36人は、激しい地上戦に巻き込まれてけがを負ったり、家族が死亡したりしたのは、旧日本軍の戦闘行為によって住民を保護する義務を怠ったことが原因だとして、国に謝罪と賠償を求めていました。

1審と2審は「住民に自殺をうながすなど、旧日本軍に不法な行為があっても、当時の明治憲法のもとでは、国が責任を負う規定がなかった。戦争の被害者は多数に上り、補償は裁判所が解決するのではなく、国会に委ねられるべきだ」などとして、いずれも住民側の訴えを退けました。

これに対し、原告が上告しましたが、最高裁判所第3小法廷の戸倉三郎裁判長は、13日までに上告を退ける決定を出し、住民側の敗訴が確定しました

                        ☆

>12審と2審は「住民に自殺をうながすなど、旧日本軍に不法な行為があっても、当時の明治憲法のもとでは、国が責任を負う規定がなかった

本件は「集団自決」のことを指していると思われる。

「集団自決」を証明する客観的証拠や証人は皆無である。

したがって、「軍の命令による集団自決」が在ったとは法廷でも立証されておらず、文科省検定意見でも「軍命で集団自決があった」と教科書に記載することは禁じている。

ただ、2007年9月29日のいわゆる「11万人集会」(実数は2万人弱)で、検定意見の撤回を大幅水増し集会で要請したため、当時の福田康夫首相は、集団自決に手榴弾を使用した例がある事を理由に、軍の命令は無かったが、「軍の関与はあった」などと曖昧な決着をした。

それ以降、上記記事にあるような「住民に自殺をうながす」など曖昧文言で「軍の命令」を印象つけている。

 

 

 ↓沖縄2紙の狂ったような水増し報道

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沖縄2紙が実際には約2万人程度の集会を「11万人集会」(11万6000人と表記)と大幅水増し報道で政府を恐喝した。

 

そのため、当時の福田首相・町村官房長官のコンビは、軍命削除の「検定意見の撤回要求」は拒否したものの、「軍の関与」という妥協案を飲まされた。 

 

集団自決は戦時中のことであり、中には手榴弾で自決したものもいたため、軍命の有無にに関係なく広義の「軍の関与」という曖昧な文言でごまかした。

 

これは、慰安婦問題で軍の強制連行はなくても、慰安所を軍が利用した事実をもって広義の「軍の関与」とした例と酷似している。

 

妥協の産物として「軍の関与」を認めようとする政府の弱腰に、藤岡信勝拓大教授が「『軍の関与も認めてはいけない』と、反論したが最後は押し切られてしまった。

 

「軍の関与」も認めてはならない  藤岡信勝 拓殖大学教授

 

 

 

【正論】集団自決と検定 拓殖大学教授・藤岡信勝
"トリック報道"で世論誘導
2007.10.24



■「軍の関与」も認めてはならない

≪防衛隊と日本軍の混同≫

 日本軍が無辜の住民に自決を強要するほどの悪逆非道な存在であったことにしたい一部マスコミは、正面から「命令」「強制」を論証できないので、住民の証言を持ち出して世論誘導を図っている。その際、トリックの材料として用いられているのが防衛隊の存在である。

 米軍来襲時、島には(1)陸軍の正規部隊たる将兵(2)防衛隊(3)一般住民-の3種類の人々がいた。防衛隊とは昭和19年7月に帝国在郷軍人会沖縄支部が市町村の集落単位で中隊を編成したもので、法令的な根拠はなく、住民の義勇隊という性格のものだ。中国戦線から帰還した、村長など村の顔役が隊長を兼ねて行政と一体化し、日常の生活は家族と起居をともにしていた。

 手榴弾は防衛隊に米軍上陸の際の戦闘用に支給したものであり、自決用に一般住民に配布したのではない。集団自決を主導したのは防衛隊で、時には手榴弾を軍陣地から持ち出して住民に配布した。「兵隊さんから手榴弾を渡された」という住民の証言は、防衛隊を日本軍と混同しているのだが、マスコミはこの事実をよく知りながらイメージ操作のため確信犯的にこの混乱を利用しているのである。


≪「軍命令説」と同じ虚構≫

 もう一つのトリックは、「軍の関与」という言葉である。これはマスコミの世論操作であると同時に、政府の「落としどころ」として喧伝された経過がある。すでに8月段階で伊吹文科相(当時)は、「『軍の関与』という表現であれば、次回の検定で問題とはならないだろう。出版会社にお願いしてはどうか」と沖縄選出の自民党議員に水を向けていた。

 しかし、プレゼントに送った果物ナイフが殺人に使われたからといって送り主が殺人に「関与」したとはいえないという事例を分析すればわかるように、集団自決への「軍の関与」を認める必要はない。「軍の関与のもとに集団自決が起こった」という文を作ってみればわかるように、これは結局「軍命令説」や「軍の強制」と同じ虚構を教えることになる。

 集団自決は悲しい出来事だが、当時の日本人の心理状態では米軍が上陸すれば日本中どこでも起こった可能性がある。現に沖縄で日本軍不在の地でも集団自決は起こっている。

 そもそも「関与」という定義曖昧・伸縮自在の概念の導入は事態を紛糾・悪化させるだけである。「従軍慰安婦」問題で「軍の関与」がいかに国益を損なう混乱をもたらしたかを一考すればその危険は明らかだ。なぜ政治家は同じ轍を踏むのか。

 

 

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結果的に「関与」の記述は認めたものの、依然として当時の文科省検定意見は現在も法的に有効である。

したがって教科書に「集団自決は軍の命令による」と記述することは禁じられている。

教科書に記述を禁じられている文言は、当然新聞などにも「集団自決は軍の命令による」と記述することはできない。

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