中米時間 2011年5月9日(月)
2時間余の睡眠ゆえ、半ばボーとしたところであったが、
無理やりシャワーで目をさまさせて朝7時にホテルを出発。
コスタリカの英雄である宇宙飛行士(コスタリカ系アメリカ人)、
フランクリン・チャン・ディアスの名を冠した研修センターへ。
コスタリカに4つある国立大学の連合機構、
CONAREの社会貢献活動としての講義&ワークショップ。
出来については……、多くを語るまい。
H専門家の講義は、さすが、であったが、
「旅の坊主」の講義&ワークショップは……。
1 BOSAIの精神とコスタリカにおけるJICA・BOSAI活動
2 DIG(DIGA)実習:カリージョ市における住民参加型洪水対策早期警戒システムを事例に
3 東日本大震災の教訓とBOSAIの精神
最初と二番目はともかく、三番目の東日本大震災の教訓についての講義は、
やはり厳しいものがあった。
津波防災の町、岩手県田老町(現宮古市)の10m防浪堤の話をする。
1960年5月23日のチリ地震津波の時には、
142人の死者が出てしまったが、田老町では一人の犠牲者もでなかった。
その意味では、人口の構造物を作ることによるBOSAI効果は間違いなくある。
だが、その旧田老町でも、東日本大震災では129名の犠牲者を出してしまった。
土地利用に難があった、とは言いたくないのだ……。
途上国においては、人工の構造物を作って予防するよりは、
土地利用規制のほうがはるかに安上がり。
そのようなことを、「リスクとの共生を学ぶ」という、
プロジェクトBOSAIのキーコンセプトと共に語ったのだが、
さてさて、どのくらい印象に残ったことやら……。
参加して下さった方のコメントを聞けば、
みな「よかった!」と言って下さるのだが、
個人的には、決して満足できる出来ではなかった。
ではあるが、これから先も機会をいただけそうなので、
まぁ、よしとしておこう。
夕方、いろいろとお世話になったY女史をお招きして、
クラウンプラザ内の日本食レストランで食事。
一つの山を越えたということで、
日本酒をかなりいただき、
ホテルに帰った時には単なる酔っ払いと化していた……。
(パナマ時間 5月16日深夜アップ)
2時間余の睡眠ゆえ、半ばボーとしたところであったが、
無理やりシャワーで目をさまさせて朝7時にホテルを出発。
コスタリカの英雄である宇宙飛行士(コスタリカ系アメリカ人)、
フランクリン・チャン・ディアスの名を冠した研修センターへ。
コスタリカに4つある国立大学の連合機構、
CONAREの社会貢献活動としての講義&ワークショップ。
出来については……、多くを語るまい。
H専門家の講義は、さすが、であったが、
「旅の坊主」の講義&ワークショップは……。
1 BOSAIの精神とコスタリカにおけるJICA・BOSAI活動
2 DIG(DIGA)実習:カリージョ市における住民参加型洪水対策早期警戒システムを事例に
3 東日本大震災の教訓とBOSAIの精神
最初と二番目はともかく、三番目の東日本大震災の教訓についての講義は、
やはり厳しいものがあった。
津波防災の町、岩手県田老町(現宮古市)の10m防浪堤の話をする。
1960年5月23日のチリ地震津波の時には、
142人の死者が出てしまったが、田老町では一人の犠牲者もでなかった。
その意味では、人口の構造物を作ることによるBOSAI効果は間違いなくある。
だが、その旧田老町でも、東日本大震災では129名の犠牲者を出してしまった。
土地利用に難があった、とは言いたくないのだ……。
途上国においては、人工の構造物を作って予防するよりは、
土地利用規制のほうがはるかに安上がり。
そのようなことを、「リスクとの共生を学ぶ」という、
プロジェクトBOSAIのキーコンセプトと共に語ったのだが、
さてさて、どのくらい印象に残ったことやら……。
参加して下さった方のコメントを聞けば、
みな「よかった!」と言って下さるのだが、
個人的には、決して満足できる出来ではなかった。
ではあるが、これから先も機会をいただけそうなので、
まぁ、よしとしておこう。
夕方、いろいろとお世話になったY女史をお招きして、
クラウンプラザ内の日本食レストランで食事。
一つの山を越えたということで、
日本酒をかなりいただき、
ホテルに帰った時には単なる酔っ払いと化していた……。
(パナマ時間 5月16日深夜アップ)