たびたび神社

ライターあかりの神社ブログ

能登の結界

2018-11-22 09:22:06 |  能登の神社

<気多大社 けたたいしゃ>

 

以前、出雲神話を取り上げたブログの中で、

「オロチは越からやってきた」という内容の記事を書きました。

神話の中には、ヤマタノオロチ関連の地名として、

「越の八口」という名称が出てくることから、

歴史好きの人々の間では「富山県高岡市八口」

「新潟県岩船郡関川村八ツ口」などが

「オロチの故郷」の候補に挙がっているものの、

どれも決め手に欠けているのが現状です。

そんな中、意外にも有力視されているのが、

福井県敦賀市の気比神宮、そして

石川県羽咋市の気多大社だと言われています。

 

どちらが正しいのかはさておき、古代のある時期、

能登半島の「根元」から若狭湾にかけての一帯に、

オロチと呼ばれる賊が跋扈していたのは事実なのでしょう。

恐らく、大国主神一行は出雲でオロチ退治をしたのち、

オロチの本拠地である「越」まで攻め上がり、

邑知(オロチが語源という説も……)地溝帯

あたりにいた賊を平らげたのかもしれません。

羽咋の気多大社と七尾の気多本宮とを結ぶ「断層」は、

言うなれば「能登の結界」であり、

オロチが最後に逃げ込んだ終焉の地だったとも考えられます。