鼠喰いのひとりごと

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青の炎

2005-05-20 11:39:25 | 本(小説)

「青の炎」 貴志祐介
角川文庫 2002年

***

追い詰められる恐怖感を見事に映像化した「黒い家」に引き続き、主人公に嵐の二宮和也、
ヒロインに松浦亜弥を起用して映画化。幅広い年齢層にアピールし、話題になった作品。
私は映画を先に見ていて、原作は貴志祐介かー、と気になってはいたのですが、
今回やっと読みました! 黄泉がえりのときと同じパターンです。


ストーリーは、爽やか系青少年の殺人計画。

酒びたりですぐに暴力を振るい、家族を脅かす「元・義理の父」。
何故か再び家に入り込み、追い出すこともできないその男から母と妹を守るため、
少年は完全犯罪の計画を練りはじめる。
最初は、ただの空想で終わるはずだったそれ、日常の些細な出来事の中で、
どんどん信憑性を帯び始め、「戻れない一線」に向かって運命は急激に傾き、そして…。
計画の綻び、些細な誤算、そして破綻。
きっかけはただ、大切なものを「守りたい」と思う純粋な気持ち。
しかしそれは、次第に少年を次なる犯罪へと駆り立ててゆく。



原作付き映画の場合、2時間足らずの時間の中に原作の全てを表現しきれずに
「うわっつら」だけになってしまうものも少なくありません。
で、原作を読んだあと、こっちのほうが断然いいじゃない、と思ったり。

でも「青の炎」は今原作を読んでみたあとでも、映画への失望感は感じませんでした。
ん、まぁ…正直、映画の方は見る前からあんまり期待してなかったせいもあるかな。
キャストがキャストだったから(笑)ただのアイドル映画になってるんじゃないかなって。
思ったよりいいじゃない?ってプラス補正が入った分、原作との差も感じなかったのかも(笑)

「倒叙推理小説」という言葉を、この小説で初めて知りました。
まず、犯人の側から語られる物語。
犯人がいかにそれを計画し、実行に移し、その犯罪を為しえたかを小説の前半部で描き、
そして、後半、警察や探偵が捜査をはじめ、些細な手がかりや齟齬からそれを暴いていく。
普通、まず事件が起こってしまった部分から始まるミステリーとは逆の手順で語られるので、
「倒叙」と呼ばれるらしいです。

考えてみれば、事件は起こってしまったあとでなく、それ以前に動機が生まれた時点が
発端であるとも考えられるわけでー、そう考えれば、倒叙はすごく納得のいく書き方
なのかもしれない。
普通のミステリーは「いかにして」人を殺したか、が一番の見所ですが、
倒叙推理だと「何故」人を殺したか、が重要視されるぶん、ドラマ性が強いような気がします。

で、この「青の炎」の魅力は、一番に主人公。
動機がね、欲じゃないんですね。
ある意味、彼とその家族は、暴力と圧制に長年虐げられてきた犠牲者なわけです。
やっとそこから抜け出して、平和な生活を営んでいたところに再び現れた義父が、
彼の目にどう映ったか…
「過去の悪夢」「またあの日々が始まるのか」そんな絶望が、きっとあったでしょう。

でも、今は彼も成長し、もうただ殴られることに怯えるだけの幼児ではない。
男である自分が、母や妹を守らなければ、という思いと、
それでも自分はまだ法的にはなんの力もない子供なのだ、という無力感。悔しさ。
そして、きっと自分ならできるかもしれない、という若い奢りと無鉄砲さ。
それらすべてが、彼をどんどん走らせていきます。自分の走るその道の向こうが、
どこに続いているのかをまだ知らぬまま。

読んでるうちに、主人公の怒りややるせなさ、哀しみ、そんなものがヒシヒシと感じられて、
多分、読む人たちの半分くらいは「こんな男は殺されて当然だ。やっちゃえやっちゃえ」
という気分になるはず(笑)

でも、その代償はあまりにも大きくて。

なんていうかねー、読んだあと、この世って無常だ! 神も仏もあるもんか!と思いますね。
殺人に成功したあとの主人公の気持ちの変化とか、見ていて痛々しくってね。
17歳が「子供」とはさすがに私は思わないのだけど(私の甥は私よりオトナな考え方するしね)
やはり、まだ庇護されているべき対象が、その肩に見合わない重荷を負っている姿は、辛い。
動機が動機だけに、彼は他のものを守るために全ての罪を背負った…
いわゆる「殉教者」っぽくも見えてしまうわけですよ。
(あ、殉教者…は教えに殉ずるという意味だから、ちょっと違うかな?
でも、他に適切な言葉を知りません。すいません)

で、作中の母親しかり、弁護士しかり、刑事しかりを通して、私たち大人は、
自分達の不甲斐なさで彼に罪を犯させてしまったことに後悔の念を覚えてしまう。
読んでいても、不思議と最後まで、殺された側への同情は浮かびませんでしたね。
むしろ「お前がそもそも悪いんだよ!」と怒りを覚えるくらい(笑)

とはいえ、現実であっても、フィクションであっても殺人は殺人。
罪に問われるのは仕方がありません。
結局、主人公の彼は、最後には追い詰められてしまいます。
しかし、最初の動機が動機ですから…「家族を守りたい」がゆえにする、彼の最後の選択は…
この先はもう、涙なくしては語れない(涙)



…映画版に少し触れますと、主人公役の二宮くん、上手でしたね。
あれが彼の地なのかわかりませんが、思春期独特のむっつり感(?)とか、とても自然。
原作では、主人公はむしろ才気走った、年齢に見合わない思考を持った少年のように
思えましたが、映画版のほうが、あー高校生だな、って感じでした。

そして「あやや」ですが。
…思ったより…ずっと良かった(笑)
いや、だって不安だったもん。ここが一番。
彼女のアイドルアイドルした感じが前に押し出されて、グラビアみたいな無意味なカットが
一杯あったらどうしようかと(笑)
でも、ちゃんと、役どころに見合った…むしろ、押さえ気味な演技と出演で、好印象。
映画にあややが出てる、ではなく、ちゃんと「演じてる」って感じがありました。
これは、ジャニーズと一緒に出演したのが良かったのかな? 彼を彼女が食わないように、
また彼女を彼が食わないように、というバランスの良さがよかったのかもしれない。

いろんな意味で、いろんな年齢層のひとに読んでもらいたい、見てもらいたい物語でした。
その結果、感じることはそれぞれだろうけど、答えを出すことではなく、
考えることそのものが大切だと思える。そんな話です。

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