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スミダマンのほのぼの奮戦記

~グルメ・旅・仕事・自然・地域~あらゆる出来事をフラッシュバック。

アートアクアリウム2018

2018-10-18 06:14:21 | イベント

7月6日(金)から9月24日(月)までコレド室町1の日本橋三井ホールで

開かれたアートアクアリウムのチケットを頂いたので行って来た。

このイベントは江戸・金魚の涼~&ナイトアクアリウム

「史上最大の作品が織り成す史上最高のアートアトリウム

その衝撃を目撃せよ・・・」というタイトルで実施。

ナイトアトリウムということで夜の部はTOP DJや

伝統芸能で真の日本を体感できる企画が盛り沢山あった。

ここは会場の入口、このイベントは今夏、日本橋以外にも

名古屋そして中国上海でも初披露されている。

今回の展覧会は大変な評判になり、累計有料入場者数は

925万人(9月25日現在)を動員したという。ここ日本橋会場でも

地下の地下鉄改札付近では長蛇のウェイティング列を

帰りに目撃し、あまりの多さにビックリした。

入口を入るといきなり、ご覧の様な衝撃的な光景に遭遇。

これは江戸時代の豪商が、ガラスの水槽を天井に造り、

金魚を見上げて鑑賞していたという伝説を現代に蘇らせた

2018年の新作「天井金魚」だ。構想期間は5年にもおよび

鏡面効果により、さまざまな角度から金魚の美しさを

見ることができる新感覚の作品だ。

新潟県長岡市山古志から取り寄せた最高級品種の錦鯉が

円筒形の水盤の中を優雅に静かに泳ぐ。全体が水で覆われた

直径1.5Mの円筒形の作品は、錦鯉と周りの水をまるごと切り出し、

まるで錦鯉が宙を浮いているかのような不思議な見え方が

楽しめる。新作「フローティングリウム」。

地球をイメージした直径1.5Mの球体の水槽の中を錦鯉が

乱舞いする作品「アートアクアリウム・ジャポニズム」

水が溢れ流れる巨大な球体水槽はアートアクアリウム史上最大の

質量と作品自体が回転するという想定外の仕掛けを施し、

観る者を圧倒する。そしてどこの作品もそうであったが、

ライティングで作品の色がどんどん変化していく。

 2016年アートアクアリウム誕生10年の集大成として誕生した

新たなる超大作「超・花魁」。アートアクアリウムの処女作でありながら

10年にわたり主役の座に存在し続け、600万人に感動を

与えたあの名作「花魁」が想像を超えた規模になり

逆に生まれ変わった。その姿は生まれる前から伝説になることを

約束された神の領域の美しさと、驚愕の大きさを兼ね備えた

まさしく世界最大の金魚鉢であり、作品名の前に超を与えられた特別な作品だ。

この新超大作は3000匹の金魚が舞泳ぎ

今迄の1000匹を大きく凌駕した七色に光輝くライティングと

神々しさを際立たせる映像効果により、まさに最高峰の

花魁となり、見るものを圧倒する作品だ。

会場全体の光景。各作品はライティングで色が変わり、

会場壁にもクラブ的な照明をしていた。今回のイベントコンセプトは

「夏の日本」だそうだ。そしてテーマは「江戸・金魚の涼」

江戸時代に日本橋で金魚が庶民文化として根付き、

金魚を鑑賞して夏の涼をとっていた文化を現代に蘇らせている。

そして日本の美のひとつともいえる金魚や錦鯉を中心とした

合計約8000匹の鑑賞金が日本的な作品の中を優雅に舞い泳いでいる。

鏡面効果を持つ三角柱のアクアリウムを積み上げた

見る角度によってい金魚の数が変化する不思議な作品

「アクアゲート」。1対の作品で会場の両側に展示することで

ゲートとしての役割を果たしている。

江戸時代から伝わる伝統工芸である江戸切子を用いた作品

「キリコリウム」。江戸切子の特徴であるカットガラス工法の良さを生かし、

上から見ても横から見ても、金魚たちが不思議で美しく見える。

作品下部は現代の工芸でもあるアクリルで江戸切子を模して

製作しており、日本が誇る新旧の工芸技術の共演による

品のある美しさを感じる作品だ。それにしても江戸切子の

器の中を泳ぐ奇妙奇天烈な金魚。多分出目金の仲間だろうが、

今にも目の玉が落ちそうだ。こんな金魚は初めて拝見した。

透明な多面体でプリズム効果をもたらすアクアリウム

「プリズリウムF12、F18」は18面体と12面体の2種類が展示

されている。光のマジックにより、中に泳ぐ魚の群れが

大きく見えたり、小さく見えたり、時には歪んで見える等、

ユニークな見方が楽しめる。

日本に古くからある道具の1つである「手毬」をモチーフとした

球体の作品、毛毬の特徴である色とりどりの可愛らしい

模様を伝統工芸である伊賀組紐と中を泳ぐ生きた金魚で表現している。

伝統工芸とアクアリウムが完全に融合した名作だ。

新作の「大政奉還金魚大屏風」

大政奉還は日本の歴史においてさまざまな影響を与え、

芸術の世界も大きな転換期を迎えた。この作品では

日本美術史の移り変わりを表現したプロジェクトマッピングによる

動く屏風絵を屏風型のアクアリウムを投射し、

その中を金魚が優雅に泳ぐ。映像は、大政奉還の時期とその

前後の時代というように、3つの時代のテーマで創り、

大政奉還がもたらした日本の芸術への影響へが

理解できる幅約5.4Mにもおよぶ18連(ビョウプリウム)の大型作品だ。

生きた金魚の動きと映像の融合による、掛軸のアートアクアリウム

「床掛け金魚飾り」手前に展示された月山作の日本刀(翔英美天命)に合せた

映像を新たに制作。飾り立てられたシルバーアートはイタリア最古の

宝飾ブランド「Cuusi」とのコラボレーション。

よく見ると壁には江戸切子のグラスを利用した照明器具が。

遠くから見るとこの照明器具は変わっていて何だろうと思ったが

そういうことであった。これはグッドアイディアだと思う。

金魚は人の手で生み出されたアート。その生きるアートをコレクションとして

沢山の作品の品種を1作品づつ鑑賞してもらう金魚コレクションの1つ。

普段中々目にすることの無い珍しい品種を展示。

金魚を妖艶に映し出す演出が楽しめる。

今回金魚鯉を中心に約100枚の写真を撮った中で

一番良く撮れたと思う金魚写真でこのブログをクローズします。

このイベントで江戸時代の花街に彷徨いこんだような非日常的な

涼しい世界を充分楽しむことができました。


越中八尾おわら風の盆

2018-09-25 06:08:35 | イベント

これが今年のガイドマップの表紙の写真、本当にこのおまつりの

写真は絵になる。越中八尾(やつお)町は2005年の平成大合併に

よって富山市を中核とした富山地域6市町村と合併した。

毎年9月1日から3日にかけて行われる「おわら風の盆」に

だいぶ以前から行きたいと思っていたが、とうとう今年行くことができた。

このおまつりはとにかく歩く。坂を登る。流しを捜す。こちらが

待っていては何も見られない。そんなおまつりだそうだ。

越中八尾の街には11支部おわら保存会がある。

おわら風の盆はその支部毎に日程を定め行なっている。

各町にはそれぞれの個性があり、踊り、囃子、着物などに微妙に違いを出している。

ここ「福島」は旧町から移り住んだ人達を中心として結成された

最も新しい支部だ。歴史は浅いものの、11支部の中で

最大のおわら人口を誇る支部だ。風の盆期間中は駅横の

特設舞台でステージ踊りが実施される。又、大人数で広い通りを

流す福島独特の町流しは見応えがあり、大変好評だそうだ。

おらわ風の盆は雨に弱い。おわらに使用する楽器(胡弓など)は

雨が降ると使用不能になる。又高価な衣装の保護の為、

雨が降るとこのおまつりは中止になってしまう。今年はこの時期の

天気予報が微妙で半ば中止を覚悟していたが、当日の夕方は

ご覧の様なビックリする程の美しい夕焼けに成って観光客を迎えてくれた。

JR越中八尾駅の近くの地鉄バス駐車場から「坂のまち大橋」を渡り

天満町あたりからダラダラ坂になり、おわら演舞場まで約40分歩く。

八尾が全国に誇る民謡「越中おわら」は300年の歴史をもち

叙情豊かで気品高く、綿々としてつきぬ哀調の中に

優雅さを失わぬ詩的な唄と踊りだ。

今町の青年男女がスタンバイに入った。旧町の古刹聞名寺の正面に

位置する今町支部はかつては中町と呼ばれていた。

青年男女が絡む男女混合踊りはこの支部が他支部に

先駆けて取り入れたものと伝えられており、創作当時のスタイルを大切に守っている。

東町に入った所に男女の踊り手と一緒に記念写真が撮れる店を発見。

ところで「おらわ」の起源については、口伝によると

八尾町の開祖米屋少兵衛の子孫が保管していた町建に

関する重要秘文書の返済を得た喜びの祝として、

三日間、歌舞、音曲は言うに及ばず、その他いかなる賑わい事でも

とがめないから面白く町内を練り廻れというおふれを

町役所より出し、俗謡・浄瑠璃・その他思い思いの催しをなし、

三味線、太鼓、尺八、鼓などの鳴り物に和して昼夜の別なく

町内を練り廻ったのが始まりとか。この祭日三日が孟蘭盆3日に変わり

やがて210日の厄日に豊穣を祈る「風の盆」に変わったと言われている。

風の盆を見るには大きく2つの見方がある。ステージでの鑑賞と

各町内踊りでの町流しだ。初めての人にはおわら演舞場

(八尾小学校グランド)がおすすめ。但し有料だ。

丁度到着PM7:00。この日の当番支部は7:00から

25分間福島支部だ。席は地方席のサイド、前から4列目の最高の席であった。

越中八尾1

越中八尾2

往時を偲ばせる佇まいの家々が建ち並び、坂のまち風情を

色濃く残している諏訪町支部。東新町へと続く緩やかな坂道に

ボンボリが並び、狭い家並みにおわらの音曲が反響し、

道の両脇を流れる「エンナカ」と呼ばれる用水の水音と

相俟っておわらにとって最高の舞台を演出する。

越中八尾3

越中八尾4

東町は旧町でも古い町にある支部で、かつては旦那町と呼ばれた程

大店が連なっていたと伝えられており、他支部と違う

色合いの女性の衣装に当時の旦那衆の遊び心が伺い知れる。

この町からはおわらの名手が輩出され、おわらの芸術性を育んだ町でもある。

演舞場ではこの日最後の下新町支部出演が8時30分からであったが、

時間の予定もあって町流しを捜しにおわら演舞場を後にした。

越中八尾5

町流しで最初に出会ったのが、西町支部。ここは東町とともに

旧町の中心にあって旦那町として栄えた支部。

今でも土蔵造りの家や風情ある酒蔵、格子戸の旅籠など情緒あふれる

建物が残っている。又禅寺橋の石垣をバックにした

輪踊りには独特の風情が感じられる。

富山県出身のタレント柴田理恵のお母さんの実家が経営している

老舗旅館「宮田旅館」は江戸時代から続く古い建物だ。

柴田理恵はおわら風の盆の時期は必ず八尾に帰って来ているらしい。

正面に見える白い建物が曳山展示館ホール。風の盆のやっている3日間、

午後2時から午後4時までおわら踊り方教室を開催している。

又1日4回踊り説明と舞台踊りの鑑賞もここでは出来る。

八屋にはたくさの川があり、大雨が降る度、川が氾濫し、

人々は高台へと移り住むようになった。石垣の上に家が建ち

並んでいるのは今では八尾を代表する景色の1つになっている。

動画6

11支部の中で最も南に位置する西新町支部。新しく区画割されたことを

あらわす「新屋敷」という通称でも呼ばれる。腰を深く落としてから

大きく伸びあがる所作の男踊り、また繊細かつ優美な女踊りと

相俟っての町流しは見応えがある。

諏訪町の先に合って、おわら保存会11支部の中で最も

高台に位置する東新町支部。夜10時も過ぎて、夜食休憩か、

道路に座り込んで飲んだり食べたりしていた。この支部には

カイコを奉った若宮八幡社があり、その境内で披露される

おわらには独特の風情があるという。

東新町から諏訪町へ向けての一本道。ここが八尾のメインの通りで

坂道になっているのが、ボンボリの光で分かる。

この道は日本の道百選通りに選ばれている。それにしても

今回つくづく感じたのは夜あまり照度が無い中で

踊り、舞う姿を上手にカメラで撮るには技術と知識と良い道具がいることを

痛感させられた。難しいものだ。

諏訪町で、2階から町流しを見る為、又疲れを取る休憩所として

旅行屋さんが借り上げてあった町屋「山笑庵」。

しばらく流しが来ることを期待して待っていたが、

とうとうこの前には町流しは来なかった。

越中八尾6

夜も更けてきて、午後11時、最後の町流しを見ようと

鏡町に来たがご覧の様にもう立錐の余地も無い程の混み様。

しかも疲れてきた。かつては花街として賑わった町の鏡町支部。

女踊りには芸妓踊りの名残もあって、艶と華やかさには定評がある。

鏡町支部への入口でもある、おたや階段下が支部のメイン会場と

なっており、その会場で行われる舞台踊りや輪踊りをおたや階段に

座って鑑賞するスタイルが有名だ。

おわら風の盆の踊手の特徴は顔が見えないくらいに深く編笠を被る事。

風の盆が始まった当初は、照れや恥ずかしさから人目を忍び

手拭いで顔を隠して踊ったのが始まりだったと

伝えられている。編笠に変わった今もその名残で顔が見えないくらいに

深く被る。この2枚は踊りが終わって休憩を取っている男女の踊り子。

編笠を被って踊っている時はとても色気があり、又颯爽としていて

大人のにおいがプンプンするが、終わって素顔を見ると

ほとんどの人がまだあどけない。一体この落差は何なんだろう。

とにかく暗闇の中での幽玄の世界へどんどん引き込まれていく。

このおわら風の盆は俗にいうインスタ映えがするまつりだ。

と同時に写真のセンスとテクニックもいる。今まで数多くの写真を見て

女子踊り子さんの帯が黒いのに気が付いたでしょうか?

その昔、おわらの衣装を揃えた際、高価な帯まで手が届かなかったので

どこの家庭にもあった黒帯を用いて踊った名残と言われている。

この日はテクテク歩いて結局8支所の踊りを見ることが出来た。

残りは上新町支部、下新町支部、天満町支部だけだった。

アーくたびれた。ホテルに着いたのは夜中の午前1時過ぎに成っていた。


YOKOSUKA軍港めぐり

2018-06-18 06:08:19 | イベント

YOKOSUKA軍港めぐり(A CRUISE OF YOKOSUKA NAVAL PORT)

のポスターと船の発着所にあったステアリングホイール(舵輪)。

横須賀は戦前は海軍の軍港、現在は海上自衛隊と

アメリカ海軍第7艦隊の母港になっており、英語の多い街だ。

ポスターも英語で書かれ横須賀もYOKOSUKAだ。

操舵に使うハンドルはステアリングホイールと言い、

昔はこの様な木製だったそうだ。

これが軍港めぐりと航路案内図。1周約45分位かかり、

AM10:00から1時間おきにPM3:00まで6回出港している。

大人は1,400円 団体(15名以上)の大人は1,260円、

小人は700円の料金だ。

横須賀の歴史建造物として存在したEMクラブ(旧海軍下士官集会場)を

イメージして再現したチケット販売所の汐入ターミナル。

人気の海上自衛隊カレーをはじめとした軍港オリジナルグッズや

横須賀のお土産も販売している。

これが汐入桟橋から出ているクルーズ船。

ヨコスカならではの未体験ご当地クルーズが味わえる。

横須賀港は今から150年前の嘉永6年(1853年)米国ペリー艦隊の

黒船が浦賀に来航して以来、横須賀製鉄所、

海軍工廠、軍港として発展を遂げた。

クルーズ船艦内の光景と専属クルーズガイドさん。

このクルーズガイドさんがアメリカ海軍や海上自衛隊の

艦船を徹底的に実況生解説してくれて45分間全く飽きさせない。

実はこのガイドさんは2015-10-31付ブログアップした

「観艦式」の時にもアナウンスしてくれた同じ青年で、

本当に説明が上手で唯々感心したのを思い出した。

手前に見えるのが海上自衛隊の潜水艦で奥に見えるのが

アメリカ海軍のイージス艦。この様に狭く入り組んだ

横須賀港の中で、2ヶ国の軍艦が仲良く同居しているのを見ると

日米軍事同盟の絆の結びつきが深いことを感じさせる。

訪れたこの日のアメリカ海軍の艦船は皆半旗になっていた。

理由はアメリカ国内で大きな事件が起きたことに対して

哀悼の意を表しているとの事だが具体的理由は忘れた。

ガイドさんの話によるとこの日は運良く、横須賀港を

母港にしているアメリカ海軍原子力空母ロナルド・レーガンが

12号バースに寄港していた。ロナルド・レーガンはミニッツ級航空母艦の

9番艦で、第40代アメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガンに因み

存命中の人名が付けられた3番目の空母で、

唯一海外を母港としている。全長は333m、最大幅は76.8m

乗員はなんと5,680名、搭載機は90機前後、

重量は103,000トンという巨大な空母だ。

尚、アメリカ海軍横須賀基地には

約2万人以上の人々が生活しているというからすごい。

ここは海上自衛隊自衛艦隊司令部。この司令部は帝国海軍の

連合艦隊等に相当する事実上の実戦部隊の総括部隊で

司令官は海将をもって充てられている。この3つの桜は

大将旗といって、これが上がっている時は司令官が在庁している印とか。

各停泊していた自衛艦とそれを熱心に写真を撮っていたカメラマン。

汐入桟橋では女性モデルの撮影をしているカメラマンも居た。

被写体の背景として軍港は新鮮なインパクトがあって

この地を選択したのだろうか?

その撮影会を横目に見ながら歩いていた水兵さん。

横須賀では当たり前の風景だろうが、

海なし県の埼玉県民にとっては非日常の光景に見えてしまう。


春日部藤まつり

2018-04-29 05:25:02 | イベント

春日部駅西口から徒歩7分くらいの所から約1㎞続く藤棚があり、

ここを会場に4月22日(日)に今年で第37回目の

藤まつりが開催された。因みに春日部の街路樹の

藤棚は日本一の長さだそうだ。

当日は4月としては超が付く程の暑さで30度にも達した様だ。

それにも関わらず、ふじ通りは大変な人出で、来場者数は

約23万人も来られるようだ。ところでこの写真を見た瞬間、

左のオバサンの顔がキティちゃんに成っている。(笑)

よくよく見ると子供の持っている風船がオバサンとかぶった様だ。

全くおもしろい事が起きるものだ。

お祭りには屋台がつきもの。この日も通りの両サイドに

沢山の屋台が出ていた。最近の屋台はバリエーションが増え、

富士宮流やきそばとかばななちょことか

ザ・ディズニー焼とか他にも色々出店していた。

藤棚が始まる前の商店でも沢山の店が店頭販売をしていた。

この菓子店ちぐさでもちまきや柏餅、焼だんごを

露店で売っていた。店の前では生バンドが

演奏をしていて、まつりを盛り上げていた。

 通りの真ん中では大変な人数の女性が太鼓のリズムに

合せて踊りは始まった。この藤まつりは地元参加型の

イベントでよく見ると着物を着ていないTシャツの女性達も参加している。

春日部は奥の細道で有名な松尾芭蕉が一泊目の宿泊地の様で

それに因んで俳句大会が行われ、秀作が56作発表されていた。

その中で目に止まった句を紹介します。

百年を使い切ったる兜太逝く

老人でない年寄が春耕す

獅子舞の口より覗く目と出会う

今や日本三大阿波踊りに成長した南越谷の天水連の一団。

このお祭りは本当に色々なものが参加する、ちゃんこ鍋のようだ。

通りに分かれていくつもの太鼓のグループもいた。

藤の種類ムラサキカピタンは葉より先に花が出るので

棚一面が紫色に輝く。花は紫色で花房は10~20㎝になる。

そう言えばここ数年藤の花のブログをアップしてきた。

これを期に他のブログにももう一度アクセスしてみて下さい。

川越の藤の花 2016-9-7付ブログ

亀戸天神藤まつり  2016-5-21付ブログ

あしかがフラワーパーク  2017-5-11、2017-5-12(ライトアップ編)

埼玉県警からはサイドカー白バイとパトカーを展示していた。

特にこちらの白バイは人気でファミリーが試乗して記念写真に納めていた。

ロータリークラブ第6グループ(春日部市内、杉戸町内、庄和)の

ライダースクラブのメンバーの自慢の愛車を展示してあった。

特に下のバイクはとても目立っていた。

春日部市はクレヨンしんちゃんの街として有名だ。

春日部市コミュニティバス「春バス」は春日部市の魅力を

広くPRするため、クレヨンしんちゃんのデザインで運行中だ。

このラッピングしたバスは4台あり、「しんちゃんと野原一家号」

「しんちゃんとヒーロー号」「しんちゃんと友だち号」「おでかけしんちゃん号」だ。

この藤まつりに国際ロータリー第2770地区第6グループは

Intercity Meetingをコラボさせた。スピーチするのは

今年度の大貫等ガバナーだ。

前半のセレモニーが終わり、ステージでは良き昭和時代の

歌謡曲バンド「ザ・昭和歌謡団」が炎天下の下、昭和の大ヒット曲を熱演した。

バンドの皆さんはおそらく青春時代を音楽とともに駆け抜けて来たのだろう。

 

その中の一曲、ザ・ピーナッツのヒット曲

「情熱の花」を最後にご紹介します。


さいたマーチ見沼ツーデーウォーク

2018-03-30 06:26:27 | イベント

毎年、行きたいと思いつつ実現できなかった「さいたマーチ

見沼ツーデーウォーク」に参加してきた。今年は第6回目

3月24日(土)見沼田んぼ南ルート(見沼代用水と芝川満喫ルート)

3月25日(日)見沼田んぼ北ルート(大宮公園と人形のまち岩槻ルート)の

2日間で8団体の認定大会になっている。そしてキャッチコピーは

「さいたま市見沼田んぼなど楽しく歩こう」だ。

今年は2日間とも絶好の晴天に恵まれた。日程、コースを

色々考えた結果24日(土)見沼田んぼ南ルート(見沼代用水西縁、

東縁と芝川の川沿いを歩く、まさに見沼田んぼの満喫コース)

10kmコースを当日申込参加2000円に参加した。

今年のスケジュールは30km、20km、15km、5kmの

5タイプで特に30kmコースは美しい日本の歩きたくなるみち

500選認定コースに成っている。

スタート・ゴールは中央会場の高沼遊歩道。JRさいたま新都心駅から

東口下車徒歩5分の所にある。10km、5km組の

一番最後9:30から受付開始。続々と参加者が集まって来る。

受付で大会資料(ゼッケン・コースマップ・記念品等)をもらいスタンバイ。

会場の両側には「2018さいたまるしぇ」のブースが連なり、

協力、協賛団体、会社のブースもあった。開会式前には

大変な人数の参加者が押し合いへし合い状態になり、

何か熱気の様なものを感じる程であった。

10:00 いよいよ開会式、ステージには青空の中での桜の花びらが

描かれていたが、実際も6~7分咲きのソメイヨシノと雲一つない空が

迎えてくれた。軽い気持ちで参加したが、会場は何かハイテンションにさせる

空気が流れ、頑張ろうという気に成って来た。

 

いよいよスタート。およそ100人程のグループの塊で出発。

ゲートには「いってらっしゃ」の文字。それでは10kmコース

(実際は12km)のポイントポイントの写真をアップしながら

紹介をしていきます。正に大作ですがお付き合いください。

スタートして東に針路を取ると思いきや、逆の新都心駅西口に出て

官庁街、ラフレさいたまを抜けて郵政庁舎の方へ。ラフレさいたまでは

しょっちゅう来ているが、この先を歩くのは初めてでちょっと新鮮であった。

郵政の庁舎を過ぎると東西に走る新しい道路を左折。

旧中山道の立体交差を越えてここから東方面へ。

区画整備されたエリアだけに広々とした空間が続き気持ちが良い。

産業道路までの半分位にある横断歩道橋を渡り(富士倉庫運輸の所)、

浦和区上木崎地区の住宅街(上木崎小グランド裏)を歩く。

与野駅前の大通りに出たら左折、一路東へ真っ直ぐ産業道路

上木崎4丁目の交差点を(ヤオコー上木崎)渡り、

県立浦和西高のグランドの前を左折。

そしてここ浦和西高正門前を過ぎていく。

、、、、、、 

ここから見沼田んぼの景色が現れる。ここで5kmコースの人達と別れ、

右折して見沼田んぼの縁を歩いて行く。ここの桜はまだつぼみのままであった。

見沼田んぼにもようやく本格的な春が訪れようとしている。

しばらく歩いて行く。紅白に咲いた桃の木(?)が目を奪う。素晴らしく美しい。

参加者は元気な高齢者、特に女性が多くいて、仲間内なのかよくぺちゃぺちゃ

井戸端会議をしながら歩いていたのが印象深い。

第2産業道路をくぐる。緑区三室山崎の地区でこの橋の欄干には

見沼の竜神伝説に因んだ龍神の彫刻がある。

見沼代用水西縁沿いを歩いている参加者。

この一帯の桜は木々によって多少差があるが、

2~3分咲きに成っていた。一週間後位が一番の見頃になるのでは?

山中橋を過ぎた辺りにはベンチが設置してあった。スタートして5km位だろうか、

やや疲れてきて一服休憩したくなる頃だった。この御影石のベンチを

よく見るとなんと浦和東RCの寄贈したベンチであった。これにはビックリした。

木蓮など花々が咲き出した遠い向こうに見える3階建の建物は

当社が施工した特別養護老人ホーム「あおぞら」だ。

ここは現在新築工事が始まったさいたま市立病院の現場。

平成32年1月頃開院予定とか。(2016-8-6付ブログ参照)

ここが中間チェックポイントのみむろ桜広場。

ここでチェックシートにチェックを受け、暫し芝生の広場で休憩。

ここでは仮設トイレ、給水タンクもあり、おせんべいと飴も配られていた。

このウォーキングには各支部ののぼり旗を持った

さいたま市シニアユニバーシティ校友会の年配者が多く参加していて

このミッドポイント広場でサックス4重奏のグループを

招いていた。幾曲か演奏した後、シニアユニバーシティの

方々と合唱をするとアナウンスしていた。

合唱が始まる前に後半戦に向かってサー出発。今回のウォークは

散策散歩ぐらいの軽い気持ちで参加したが、この時点でこの考えが

過ちであったということに気付いた。結構足がパンパンに成り、

後半は気合を入れないと顎が上がるのでは?

日頃の運動不足を痛感した次第です。

ここからは見沼田んぼの真ん中、芝川沿いの土手を歩く道。

ゴールの新都心のビル群も見え、心地良い土の道を歩く。

これが、芝川。見沼田んぼが開かれる際、排水路として

見沼田んぼの最も低いところが開削されて、現在の

芝川の河川が作られたそうだ。

芝川の土手にも春が来た。土手の中に入って、女性が山野草を

摘む姿がポエム素敵だった。正に「うさぎ追いしかの山、小鮒釣りしかの川・・・・」

の童謡唱歌「ふるさと」の世界。見沼田んぼにはさいたま市のふるさとがある。

ここまでは10kmコースのテクテクウォーキング。のんびりした人たちがどこまでも続く。

しかしここからは様相が変わった。20kmコース、30kmコースの人達と合流。

彼らは我々より5倍から3倍歩いているのに疲れた様子も見えない。

まるで競技に参加している様な歩き方だ。

見沼田んぼの素晴らしい黒土の中で農業をしている男性。

服装も農家の古いイメージが無い。ファーマーだ。

シンボルツリーのようにな1本のポプラの木。そこを20km組、30km組の

人達が10km組の人達を追い抜いて行く。彼達は普段もウォーキングを

している健康オタクの人達なのだろう。

歩いている道の横に満開の桃の花が群生していたので思わずパチリ。

参加者のリュックサックの背中にはこの様なゼッケンを貼っている。

どんどん追い抜かれていく度に思わずどこから来たのか

見てしまう。たまにさいたま市在住以外の人もいて

この人は2日間30km20kmをエントリーしている

茨城から来た人。もう一人は10kmコースを2日間歩く台湾から来た人だ。

コースのポイント、ポイントにはこの様な道標が立っていて、

迷子にならないように成っていた。2日間で10コースに

設置する準備だけでも大変なことだ。

第2産業道路下のトンネル。トンネルの右上に見えるのが

首都高速道路の料金所。ここが東京に向かう首都高速の出発点だ。

この首都高の所には見沼田んぼのビオトープが設けられている。

ビオトープとは地域の野生の生きものがくらす場所のことで

この写真を見るときつねらしき動物が写っている。それ以外に

タヌキ、ホオジロ、ジョウビタキ、チョウゲンボウ、ツグミ、

イタチ、カシラダカも生息しているようだ。

遠くには高層ビル、足元は自然の土と草。人間は土から生まれて

土に帰るというが、ここには「トカイナカ」の素晴らしさが同居している。

見沼田んぼはいつまでも大事にしたい宝物だと改めて感じた。

ところが高速道を右折した所から、ゴミが大量に散乱している道に出た。

これは一体どういうことなのか。昔に比べて日本人のマナーは格段に

向上したとはいえ、日本にはまだまだ不届な輩もいる。

 最近はほとんど見なくなった「つくし」。おばさん達はこれを見て

「つくしを煮ると美味しいのよネ」。と言っていた。人によって見方は色々あるものだ。

見沼田んぼはほとんど畑、あるいは苗木を植えた土地だが

このエリアは田んぼが広がっている。

いよいよ見沼田んぼを終えて又、市街地に入って来た。

ここは浦和区大原地域にある東京成徳短期大学のグランド。

サッカーの街浦和のグランドは野球ではなくサッカーがメインスポーツだ。

このエリアには「見沼田圃の散歩みち」の表示が

ポイントポイントにある。ここは田園風景と新都心の

眺めポイント。見沼たんぼのホームページは

http://www.minumatanbo-saitama.jp/

昭和29年に創立されたさいたま市立大原中学校の正門。

小説家の大西赤人氏、サッカー元日本代表の

上野良治氏などの卒業生がいる。

前述のコース案内表示板以外にも、地域の人に

告知案内しているお知らせ看板も掲示されていた。

大原中学校の隣は浦和レッズの練習拠点、さいたま大原サッカー場がある。

クラブハウスの2期工事も最近完成し、たくさんの熱心な

ファン・サポーターが見学に訪れている。

クラブハウス2階の「サポーターズカフェ」と1階前面の

「観戦スダンド(197席)」はファン・サポーターが利用できるようになっている。

いよいよゴール間近。産業道路に面して昨年11月27日に

移転したばかりの大宮警察署。新大宮署は敷地3300坪

建物はRC7階建てと低層棟の2棟があり、

延べ床面積は約3700坪もある。庁舎6階、7階には

埼玉県警察鑑識科学捜査センターが入った。

大宮警察署の隣りには2016-2-17ブログに掲載した

造幣局東京支局が、平成28年10月にさいたま支局として

新たに開局した。工場や併設の造幣さいたま博物館があり、

当日も無料にて見学できたが、その時は見る気力も起きず、パスした。

とうとうゴール。フィニッシュしたスタンプを押してもらい

完歩証をもらった。10kmコース、のんびり歩いたとはいえ、

約4時間もかかった。おかげさまで晴天の中、気分は

最高であったが、足の裏には豆ができ足はパンパンに成った。

つくづく運動不足を感じる一日であった。

この数字は昨年の参加者の人数。昨年の全コースの

参加者は延べ5630名。因みに10kmコース南コースは

458名であった。今年はいったいどの位の人が参加したのやら?

このイベントは今後も是非続けてほしいと思った次第です。

後から 聞いた話、今年の参加者は,約7000人程だそうだ。

 


バレンタイン交通安全キャンペーン

2018-02-24 06:55:14 | イベント

2月11日(日)、パルコ前の市民広場で「バレンタイン交通安全

キャンペーン」と称して交通事故防止の意識高揚イベントが行われた。

キャッチコピーは「チョコっとの思いやりで事故防止」

参加団体は浦和警察署、浦和区、南区、そしてバレンタインディーに

因んで㈱ロッテ浦和工場、埼玉県立浦和第一女子高校吹奏楽部。

昨年の埼玉県内の死亡事故は177名。これは過去10年間で

3番目に少ない死亡数だったが、全国ではワースト2位という

不名誉な数であった。因みに全国ワースト1位は愛知県の

200名だった。そして浦和署管内(浦和区、南区)は5名、

浦和東署管内(緑区)は4名の方が亡くなった。

今年も県内では「セーフティプラン150―交通事故死者数

150人以下を目指して」の運動を展開している。

この日のキャンペーンもこの運動展開の一環だ。

今年の交通事故の現況は残念ながら既に県内で32名の方が

亡くなっている。(2月20日現在)これは前年比8名で増加して

全国ワースト1位という危機的状況だ。

この日は県警マスコットのポポ美ちゃん、さいたま市のマスコット

ゆるキャラ「つなが竜ヌゥ」も応援に来てくれた。両ゆるキャラは

子供には大変人気、皆一緒に記念写真を撮っていた。

この日のメインイベント、浦和一女高吹奏楽部による

交通安全コンサート。多くの市民の前で約30分間演奏をしてくれた。

浦和一女の吹奏楽はとてもレベルが高く、各種コンテスト大会へ

出場し数々の上位入賞の実績がある。

演奏

では演奏の一部をお聞き下さい。

曲はディズニーのメドレー曲。

街角コンサート終了後、街頭キャンペーンでロッテ製の

コアラのマーチなどが入った啓蒙品の配布を行った。

「チョコっとの思いやりをプレゼント」

コンサート終了後両ゆるキャラととも吹奏楽部全員で記念写真。

「ハイチーズ」パチリ。お疲れさまでした。


津軽三味線

2018-02-05 06:21:49 | イベント

東京、埼玉、神奈川、千葉を中心に活動している北村姉妹。

幼少より父親から津軽三味線を習い、全国大会において

姉妹ともに団体の部優勝、個人の部優勝をした若きホープだ。

正統津軽三味線の研鑚を積み、最近では古く伝わる

民謡にアレンジを加え、姉妹ならではの息の合った演奏で

精力的に活動している。任天堂のCMでも主演に起用されている。

姉の「まお」さん。

妹の「みり」さん。

三味線1

三味線2

津軽三味線は叩きつけるように弾く打楽器的奏法と

テンポが遅く音数が多い楽曲に特徴がある。

楽曲の原型は新潟地方の瞽女(ごぜ)の三味線と言われている。

その他北前船によって日本海側各地の音楽が

津軽に伝わり、津軽民謡は独特の発達をしたと言われている。

津軽三味線の起源をたどる文献は僅かで、

歴史は口伝で伝わっている。始祖は幕末に五所川原の

金木地区に生まれたボサマ「仁太坊」らしい。


浦和レッズ AFC優勝報告会

2018-01-06 06:33:07 | イベント

12月20日(水)15:30からさいたま市サッカーのまちづくり

推進協議会主催による「AFCチャンピオンリーグ2017優勝報告会」が

浦和駅東口駅前市民広場(浦和PARCO)で行われた。

会場には約900名のファン・サポーターが集まり、10年振り2回目の

アジアチャンピオンに輝いた浦和レッズの監督、選手やコーチングスタッフと

喜びを分かち合った。この日は寒い中を朝からこの時の為に

並んでいた熱烈なサポーターが大勢いたのには驚いた。

司会進行はテレビ埼玉「REDS TV GGR」でお馴染みの

浦和レッズOB水谷猛と、スタジアムMC「GO REDS GO!!」の

朝井夏海が担当。浦和レッズを知り尽くしている2人が軽快で

ユーモア溢れるマイクリードで進められ、会場を大いに沸かせた。

これがACL優勝トロフィー。そしてサウジアラビアのアル・ヒラルを

決勝で破り、阿部勇樹キャプテンが高々と歓喜の優勝トロフィーを上げ

金銀の紙吹雪が舞ったシーンのパネル。(2017-12-8付ブログ

「祝 浦和レッズACLチャンピオン」参照して下さい。)

クラブ設立25周年の記念すべき年にこの栄冠を手にした

レッズの掘孝史監督をはじめ全選手(ラファエル・シルバ、

マウリシオ・アントニオ、ズラタン・リュビヤンキッチ選手は帰国)

そしてスタッフの皆さんが壇上に整列。そのアスリートの締まった体を

目の当たりにして、皆オーラが出ており、本当にかっこよかった。

来賓として清水勇人さいたま市長、さいたま市議会正副議長

そして淵田敬三社長などが列席していた。

さいたま市長特別賞として清水市長から興梠慎三選手に表彰状が

宇賀神友弥選手に記念トロフィーが贈られた。

続いて淵田敬三社長はパートナー企業やホームタウンの皆さま

チームの礎を築いたミチャ前監督、そしてファン・サポーターの

皆さまの後押しがなければACL優勝は無し得なかったと述べた上で

ACLでの戦いを振り返り、「みなさんと一体になって供に戦う

ということはこういうことなんだと改めて実感しました。

2019シーズンには、Jリーグ王者として再びアジアの戦いに

臨めるよう、全力でみなさまと共に2018シーズンを戦って

いきたいと思います」と決意を述べた。

堀監督は水内猛氏によると、シャイな人柄でスピーチも短く

インタビューしずらいと言っていた。その監督の挨拶は

そこそこ長くしゃべったので堀と一緒にプレーした水内は

「今日は随分長くしゃべってどうしたのだろう」と冗談交じりに茶化していた。

レッズ1

レッズ2

続いて行われた選手インタビューの時間では、2人の司会者の

つっこみが良く、普段聞けない様な話がどんどん聞けて

とても愉快な時間になった。印象に残っている試合、選手、ゴールなど

ACLの戦いを振り返り、宇賀神選手は「試合前のスタジアムの

雰囲気が今までで一番すごかった」と語った後、「自分は浦和暦が長いので

いろいろなことが頭に浮かんできて、実は試合前から泣いて入ました。」

と熱い思いが込み上げてきたことを明かした。

槙野智章 選手

興梠慎三 選手

西川周作 選手

最後に選手を体表して柏木陽介選手が挨拶をし、「年々タイトルを

獲ることができ嬉しく思っていますし、浦和の一員になれたと思っています。

ただ、まだリーグと天皇杯のタイトルが獲ることができていません。

獲れるタイトルは獲れるように頑張っていきたいと思っています。

このチームでプレーできる幸せを感じて、これからも皆さんの

応援を胸に、一緒に戦っていきたいです。」と決意を述べて締めくくると

会場からは大きな拍手が送られ「AFCチャンピオンリーグ2017

優勝報告会」は幕を閉じた。

レッズ3

目の前を選手たちが退場していくので、若干ハイに成った為、

縦から横に動画ばぶれてしまいました。申し訳ありません。


浦和の酉の市 十二日市

2017-12-25 07:05:35 | イベント

会社の忘年会の帰り道、「そうだ今日は十二日市だ」と気付き、

社員と久し振りに行ってみた。時既にPM9:30。

中仙道の屋台は店じまいが始まり、警察が道路規制解除をしだした。

通りは「蛍の光」が流れていたが、せっかく来たので急いで調神社に向かった。

ここは浦和の鎮守様 調神社。正式には「つきじんじゃ」と

言うらしいが、地元民は「つきのみやじんじゃ」という。

ここは神社なのに鳥居が無く、狛犬の代わりにウサギが神社を守っている。

酉の市も終わりの時間に近づいているのに本殿の参拝者は

長蛇の列でなかなか進まなかった。調神社の酉の市は

明治時代から続いており、毎年12月12日に開かれる為

「十二日市」と言われているかなり大きな酉の市だ。

因みに東京は11月に行われるが埼玉は12月、

10日に大宮「十日市」 15日に川口「おかめ市」と南下していく。

酉の市とは、元々11月の酉の市に行われる鷲(おおとり)神社の

祭礼を言う。古くは「酉のまち」(まちは祭りの意)といい、

「お酉様」と称して親しまれている。足立区にある大鷲神社が

江戸酉の市の発祥の神社で台東区の鷲神社は日本最大の酉の市。

西の寺長國寺(台東区)は浅草酉の市の発祥。花園神社(新宿区)と

大國魂神社(府中市)は関東三大酉の市のひとつだ。

十二日市

 多くの露店で威勢よく手締めをして「縁起熊手」を売る

祭の賑わいは年末の風物詩になっている。私は本格的な熊手を

買ったことが無いが、値切ってその分をご祝儀として出すのが習わしらしい。

熊手は鷲が獲物をわしづかみにすることになぞらえてその爪を

模したと言われている。又熊手は売り手の思惑により年々大きくしていく

ものとされている。おかめや小判など招福の縁起物を飾った

「縁起熊手」、開催する寺社からは小さな竹熊手に稲穂や札をつけた

「熊手守り」を授与している。福を「掃き込む かきこむ」との洒落に

ことよせ「かっこめ」と呼ばれているものがスタンダードな熊手だ。

サーと見て回って目に止まったひときわ大きく立派なこの熊では

20万円と言っていた。全く金額の基準が分からなかった者としては

だいたい相場みたいなものが掴めたような気がした。

浦和レッズのMF宇賀神友弥の売約済の熊手を発見。

ACL優勝と書いてあるのが嬉しい。最も本人はUAEで世界クラブ

選手権を戦っている時間なのだが。

浦和の十二日市は熊手屋さんを含めて1300の屋台が出るそうだ。

屋台の場所代は電気代を含めて12,500円位だそうで、

この日、場所代だけで計算上1,625万円入る。

このお金はお祀りを主催している世話人に払われ、

最後に神社へのお布施になるらしい。神社境内は蛍の光が流れ、

人気が減り、戦い終わって日が暮れてといった寂しさが漂っていた。

昔なつかしい夜店にピッタリのスマートボールと射的。

口癖になっているのだろうが、「お兄さん寄っていってヨ」と

声を掛けられると悪い気がしない。又、今の子供に受けそうな

ディズニーキャラクターの「ミニオンズ」のぬいぐるみを売っている屋台もあった。

子供の頃からあったお化け屋敷が今でもあって変に懐かしさを感じる。

夏ならまだしも冬のお化け屋敷に入るのはちょっとネ。

 

 

浦和の十二日市。浦和で生まれて育った人にはなんとも言えない

郷愁を感じる。熊手を売っている所であった議員さんが言っていたが

「十二日市は浦和の文化だ」 全く同感だ。


祝 浦和レッズ ACL チャンピオン

2017-12-07 06:36:06 | イベント

11月28日アジアチャンピオンズリーグ決勝戦ファイナルゲームが

ここ埼玉スタジアム2002で開催された。浦和レッズの対戦相手は

ここまで無敗できたサウジアラビアのアルヒラル。

スタジアムの照明もレッズ戦の時はいつも赤にライトアップして

チームの勝利をサポートしていく。

スタジアム内に行く途中、いつもは見ない大きなブルーシートと

多くの若者がスタンばっていた。これが何かはその後分かった。

ファイナルのチャンピオンリーグゲート。いつものJリーグ、

ルバンカップなどとはやはりセレモニー、やり方が全然違う。

もうこの時にはスタジアム内は異様な空気で包まれていた。

チケットは既に完売。プラチナチケットと化したとか。この場の

入場者数は5万7727人。因みにアウェーの第1戦は5万9136人入り

2戦合計で11万6863人はACL決勝の最多入場者記録を更新した。

スタジアム内はいつも通り真っ赤だが、熱気空気がいつもと全然違っていた。

 

こちらはサウジ、アルヒラル側のサポーター席。この席以外の

一般席にも数人単位のサウジアラビアのアラブ人(?)が

結構いて、ドバイ帰りとしては目に付いた。

この日は特別に空中から撮影するカメラが設置され、

スタジアム内あるいは実況中継TV(?)に迫力ある映像が流れた。

これがACLチャンピオンのトロフィー。後で知ったことだが、

この時のプレゼンターは三浦知良(横浜FC)が務めたそうだ。

このトロフィーを獲得する為にアジアの2万以上のクラブが参加したとか。

先程の巨大ブルーシートは両チームのエンブレムのシートだった。

空中カメラで撮ったものもパチリ。

試合が始まる前にはオープニングセレモニーが行なわれた。

中央には巨大な和太鼓。そしてACLマークの旗を持った人々が走りサウジの人と

サムライの出で立ちをした球舞(?)の人達がパフォーアンスを繰り広げていた。

この日密かに期待していたコレオグラフィー(人文字)。席に着くと

赤いシートが置いてあった。「ヨッやるゾ」どんな絵が描かれれるのか?

そしてこれだ!想像を超える素晴らしさ。今年の流行語に

置き換えればインスタ映えするすごさ。これを中東メディアは

本当に綺麗と興奮気味に伝えたとか。日本でも芸術的でアートのよう。

凄すぎると話題に成ったらしい。レッズの選手もこれを見て鳥肌が立ったという

談話が出ていた。因みにレッズのコレオグラフィはプロの

デザイナーがデザインしたらしい。

アジアチャンピオンリーグとはアジアサッカー連盟(AFC)が

主催するクラブチームによるサッカーの大陸選手権で略称は「ACL」。

1967年(昭和42年)に開始され、最多優勝チームは韓国の浦項スティラーズで3回。

因みに国内リーグがプロリーグでないとACLには出られない。

非常に緊迫した空気がヒシヒシと伝わってくるゲーム展開であったが

試合終了直前にラファエルシンバが決めて10年ぶり2度目の

優勝をレッズは果たした。大会MVPには柏木陽介が選ばれ

レッズは300万USドル(3億3000万円)の優勝賞金を手にした。

後日旧中山道にあるレッズボルテージに行ったらその時は

賞金パネルが展示してあった。因みに聖地といわれている

ここレッドポルテージは来年春浦和駅西口駅ビルの中に移転する予定とか。

非常に残念なことにこの日最も大事なシーン。トロフィーを

阿部キャプテンが受け取り選手全員で喜びの雄たけびをあげる、

そして見とれてしまう程美しい金と銀の花吹雪。

それを撮るつもりだったが、ここでSDカードの容量がオーバーしてしまい

THE END。 超くやしー!!