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スミダマンのほのぼの奮戦記

~グルメ・旅・仕事・自然・地域~あらゆる出来事をフラッシュバック。

阿波おどり PARTⅡ

2017-11-02 08:52:27 | イベント

☆2011-8-20付ブログ参照

阿波おどり会館は徳島市が設置する阿波おどり関連の展示、

実演を行う文化施設だ。毎年8月のお盆期間4日間に開催される

日本の著名な伝統芸能の一つである阿波おどりが年間を通じて

楽しめることをコンセプトにしている。当会館は阿波おどりの

高張り提灯をモチーフとして逆台形のユニークな外観に

設置されており、1999年(平成11年)7月に開館した。

1階にある徳島県物産観光プラザ「あるでよ徳島」

ここでは徳島のお土産品が揃っていて色々な買物が楽しめる。

入口の所には四国八十八箇所をすべて巡礼した掛軸が

飾ってあった。四国八十八箇所とは四国にある空海(弘法大師)

ゆかりの88ヶ所の寺院の総称で、四国霊場の最も代表的な札所である。

「南無大師遍照金剛」 境内にある納経所で、持参した納経帳や掛軸や

白衣に札番印、宝印、寺号印の計3種の朱印と寺の名前や

本尊の名前、本尊を表す梵字の種字などを墨書してもらう。

すべて廻りきると「結願」(けちがん)結願成就となる。

3階には阿波おどりの歴史やその魅力を楽しみながら学ぶことが

できるミュージアムがある。

入口の所に展示してあった阿波おどりのリアルな人形が待ち受けていた。

1873年(明治6年)に発布された廃城令により、徳島城は存城処分となり

城内のすべての建築物が撤去された。徳島城は1585年(天正13年)に

蜂須賀氏によって築城された。この写真は貴重な1枚だ。

徳島の昔の街並の中で踊りまくっているミニチュアの人形。

江戸博物館にもあったが、なかなか良くできている。

昭和9年(右上端のポスター)からの古い阿波踊ポスター(昭和37年まで)が

展示してある。映画のポスターと同じでアナログのにおいがプンプンする。

有名連の浴衣と団扇と提灯。

現在の主な鳴り物は、三味線、鉦、大太鼓、締太鼓、笛などだが

鳴り物も時代と供に移り変わってきた。大正時代から多様化してきたらしい。

2階のギャラリースペースの窓際には毎年おどる阿波おどりに

出演する有名連33連の高張提灯が展示されている。

これだけ並ぶと単なる提灯ではなく立派なディスプレィになる。

本日の昼の出演連は徳島市観光協会の専属連「阿波の風」だ。

1日4回公演で上演時間は40分。入場料は800円だ。

「踊る阿呆に見る阿呆 同じ阿呆なら踊らにゃソンソン」と見て

踊って体験する阿波おどり公演。古風な踊りから現代の踊りまで

時代の変遷とともに変化してきた踊り方を披露する。

リーダーがわかりやすくユーモアな口調で話し、初級阿波おどりが良くわかった。

踊り方のレッスン

1、「女踊り」 手を高く上げ手のひらを内側に

「男踊り」 顔の前で肘を張り、手足を外側に出す。

2、右手を前に出したときに同時に右足を半歩前に

3、元に戻して

4、左手を前に出したときに同時に左足を半歩前に

5、元に戻して

6、右、左の連続

7、リズムは2拍子で

8、1で前に出して、2で戻す(その繰り返し)

一通り阿波踊りのレクチャーを受けた後公演の最後に観客の

皆さんと一緒に踊る阿波おどり体験コーナーがある。

ほんのわずかな時間に「阿波の風」のリーダーが5人の優秀踊り手を選出。

1人のグランプリと他の4人に表彰状と記念品を贈呈した。

グランプリに輝いた女性は広島から来た人で阿波踊りの経験者の様だ。

 


浦和の花火

2017-08-30 05:02:01 | イベント

今年もさいたま市の花火大会が7月30日の大和田公園周辺

8月19日の岩槻文化公園、そして8月11日東浦和大間木公園周辺の

3ヶ所で開催された。この花火大会は関東では有数の規模を誇っているそうだ。

浦和会場はJR東浦和駅から徒歩20分の所が打ち上げ会場。

打ち上げ開始1時間半前というのに駅前広場はご覧の様な人出だ。

因みに前年の人出は約9万人だったそうだ。

武蔵野線沿いには花火大会には欠かせない屋台がズラリ並んでいた。

以前はずーと浦和競馬場で開催されていたが、

東浦和の会場へ移転してこんなに近くで見るのは初めてだ。

ここが打ち上げ場所の見沼田んぼエリア。この緑地地帯なら

近所迷惑にはあまりならないはずだ。有料観覧席も無いそうだ。

当日花火鑑賞をした会場は東浦和駅前にあるパチンコ屋の屋上。

この日の天気はどんよりした曇り空で、今にも雨が降って来そうな空模様。

やはり夏の花火は暑い晴れた日でうちわを扇ぎながら見たいものだ。

打ち上げ花火の数は約5000発。花火大会といえばよく聞くのがスターマイン。

これは速射連発花火のこと。いくつもの花火を組み合わせて

短時間に数十発から百発の大量の玉を連続的に打ち上げる花火。

そのスターマインを一定の間隔をとって数ヶ所に並べて設置し、

同時に又は端から順番に打ち上げる花火をワイドスターマインという。

打ち上げ始めて約1時間、心配の雨も小降りですみ、

駅近の道路、歩道は人又人。観客は圧倒的に若者が多く、

浴衣を着たカップルも大勢居た。今若い女性には夏に浴衣を着るのが流行のようだ。

本当に花火を撮るのは難しい。デジカメで花火撮影モードに切り替えて

何枚もトライしてみたが、何回もシャッターチャンスを逃し、納得のいく写真が

なかなか撮れない。写真がもっと上手になりたいと一番思うのが花火を撮る時だ。

 

 最後の最後に動画を撮ってみたがこれが一番上出来だった。


青森ねぶた祭

2017-08-25 06:23:59 | イベント

短い夏を惜しむように圧倒的パワーで北の大地が

熱く燃える日本の火祭り「青森ねぶた祭」は

8月2日(水)~8月7日(月)まで6日間、毎年全国から

延べ260万人以上の観光客(2015年)を迎えて今年も行われた

尚、青森ねぶたは1980年国の重要無形民俗文化財に指定されている。

いきなり、今年のねぶた大賞を受賞した、あおもり市民

実行委員会の北村麻子作「紅葉狩」の動画から紹介いたします。

史上初の女性ねぶた師 北村麻子はねぶた大賞

受賞最多の12回の第6代ねぶた名人、北村隆の娘であり弟子だ

この親子のねぶた作りは

大分以前だがドキュメンタリーTVで放映されたのを

見たことがある。因みにねぶた大賞は

ねぶたの歴史に名を残す名誉ある賞だそうだ

続いて同じ市民ねぶた実行委員会の跳人グループの動画です。

時には輪になったり数人で競うように跳ねたり

ラッセラーの声を出しながら跳ねるとみんなと一体感を覚えるそうです。

一台のねぶたに多い時は2000人以上のハネトが歓喜乱舞する

ねぶたの運行は夜7:10から。街角の至る所で

祭りに参加する市民グループが食事をしたり、もう

アルコールを入れている人々も見かけた

祭がいよいよスタート。ねぶたの出陣位置は

夜間運行の5日間、毎日変わり、花火の合図で

一斉にスタートする。ねぶたには大型ねぶた以外に

地域ねぶた、子供ねぶた(主に町内会が主流)もある

この様な企業PR用のねぶたみたいなものが

グループの先頭で参加していた

最初に現われたのが「サンロード青森」グループ

ねぶた師 千葉作龍作の「源頼光・足柄山中に公時と出会う」だ

氏は第5代ねぶた名人

大ねぶたの大きさは幅約9M、高さ5M

奥行約7Mという規定がある。

製作費は一台約2000万円、ねぶた師の報酬は400万で

一台だけでは赤字になってしまうらしい。

このねぶたが知事賞(2位)のヤマト運輸ねぶた実行委員会の

「赤沼伝説」。作者は前述した第6代ねぶた名人の北村隆氏。

2代名人北川啓三の弟子だ

ご覧の様にねぶたの台の下には重いねぶた曳く

曳き手(ひきて)という人達がおり、観客の拍手を受け

右や左にある時はくるっと回ってみせたり、ピタッと

観客の前で止めたり、自由にねぶたを操作する

ジャガラギとも言われる手振鉦(てぶりかね)。ねぶた囃子の重要な囃子の1つで

シャカシャカと大人から子供まで鳴らし続ける。きれいな音だが

簡単そうに見えて実は難しいそうです。リズムに乗った人達は

表情が自己陶酔、恍惚状態であった。

消防第二分団ねぶた会・アサヒビールグループの

「布引の滝 悪源太義平」。作者は立田龍宝

2014年現在ねぶた師は15人いてそれぞれ作風が異なる

ねぶた師はテーマをどこから持ってくるか?

日頃の研究と表現力が問われ、1年がかりで考え作り上げる。

跳人の衣装を身にまとえば、歓喜乱舞せずにはいられないのが

ねぶた、正式な装束(たすき、ゆかた、おこし、しごき、ぞうりに花笠)

をまとっていればどの団体のねぶたに参加しても自由だ。県内のデパート・スーパーで

花笠を除き1式5000円程で売られている

記念すべき50回出陣の青森県板金工業組合の

「青峰山の牛鬼」作者は北村隆の双子の弟

北村蓮明

ねぶたの題材は日本や中国の伝説や歴史上の人物

歌舞伎、神仏などを題材にすることが多い。

近年では地元の伝説や偉人、テレビ番組(特にNHK大河ドラマ)

などを題材にすることもある。

このねぶたは公益社団法人青森青年会議所の「忠魂 勇往 毛受勝照」

作者は立田龍宝

ねぶた作りの工程は次の工程を経て完成する

1.題材の決定

2.設計図となる下絵を描く

3.各パートの製作

4.パーツ類を配置する為の骨組み

5.明かりを内側から灯す為の電気配線

6.針金の表面を覆う紙貼り

7.紙の上に黒いフチや線を描く書割

8.着色時の色の混濁を防ぐロウ書き

9.白地に彩色する色付け

10.持ち上げて台車に設置する台上げ

これで完成だ

笑ってほしい一心から趣向を凝らした格好で登場する

お笑いの人達が「化人(ばけと)」

それぞれが独自の格好で祭に華をそえる。

沿道からは笑いとともに大きな拍手も寄せられる人気者たちです。

このねぶたは日立連合ねぶた委員会の「吹越村の火消し権限」

北村蓮明作で市長賞(3位)と運行跳人賞、囃子賞3つも受賞している。

ここでねぶたの起源について触れてみたい

奈良時代に中国から伝わった七夕祭り。それに灯篭流しが一緒に成って

「ねぶた」になったといわれている

それらが独自に変化して扇ねぶたや人形ねぶたの形になった。

以前はよく知られていたのは坂上田村麻呂征夷大将軍が

陸奥国の蝦夷征伐の戦場において敵を油断させて

おびき寄せる為に大燈籠、笛、太鼓ではやし立てたことが

由来と言われていたが、今は1つの説になっている。

ねぶたの囃子の中で太鼓は遠くからでも聞こえる

腹に響く音だ。笛の音とあいまって音の強弱が

さらに祭りを引き立てる。遠くから近づいてくる音には

独自の風情がある。女性の叩き手も多くいる

一方笛は七節からなる哀愁を帯びた音でねぶた囃子の

重要なメロディ部分だ。その美しい音色を

会得するには約三年かかると言われている。

笛も女性や子供の奏者が多い。

今年、夏の高校野球全国大会出場を決めた青森山田学園の

「金神長五郎仁王と相撲をとる」

作者は名人 北村隆だ。

この動画でも響いている、ねぶたの掛け声

「ラッセラ ラッセラ、ラッセ、ラッセ、ラッセラ」

は酒又はろうそくをいっぱい出せのイッペラッセが

訛ってラッセラになったと言われている。

ミスねぶたはねぶた祭の期間中、ねぶたパレードを先導し彩りを添える

このブログには8つのねぶたを紹介しましたが

あと14台 合計22台のねぶたが今年の祭に参加した。

 

 

 

 


秋田竿燈まつり

2017-08-21 05:45:56 | イベント

 

今年の秋田竿燈まつりのポスター。今年の日程は8月3日(木)から

8月6日(日)までの4日間。このまつりは昭和55年に

国重要無形民俗文化財に指定された。

平成7年に竿燈大通りと名称変更になった竿燈会場。

主会場に道路規制がかかると観覧席設営が始まり、夕方6:45に移動開始。

観覧席は桝席(定員6名)、S席、A席の3種類がある。

通りには、俄出店が出現。竿燈まつりの手拭い、バッチ、ハンドタオルなどを売っていた。

秋田の真夏の宵。お囃子の音を合図に竿燈入場。

五穀豊穣、無病息災の願いを込めて、今年もまた歴史ある祭典の幕が開いた。

光の稲穂が一斉に起き上がった。竿燈の種類は大若(長さ12m、重さ50㎏

提灯の高さ64㎝ 提灯の数46個)、中若、小若、幼若、

(長さ5m、重さ5㎏、提灯の高さ30㎝、提灯の数24個)の4種類ある。

掛け声は ドッコイショー、ドッコイショ。ドッコイショッショ。ドッコイショ。

オエタサー、オエタサ 根ッコツイタ、オエタサ。ドッコイ、ドッコイ、ドッコイショ。

 それでは動画幾本か撮りましたので、その臨場感をお楽しみ下さい。

竿燈には5つの技の妙技がある。技(1)・・・流し 技(2)・・・平手

技(3)・・・額、技(4)・・・肩 技(5)・・・腰

流しは最も握力を必要とする片手操作の基本

平手は利き腕の手の平に乗せて高々とかざし上げる力強く豪快な基本技

額は首根っこが据わった重量感あふれる技で観客を圧倒する見せ場を演出する。

型は竿燈をあげやすく最も覚えやすい技。両腕を広げ軸足と竿燈を

一直線にするのが美しいとされる。

腰はかなり修練が必要な派手な技。5つの基本技の中でもクライマックスに映える大技だ。

夜会場は竿燈大通り800m両通りに、出竿竿燈総数約280本。

竿燈提灯総数約10,000個。会場を埋め尽くす1万の灯は

大地に舞い降りた雄大な天の川となる。

小若、幼若は小・中学生が対象。竿燈への思いが親から子へ引き継がれていきます。

この日大若で妙技を披露した大人も子供の頃から経験したにちがいない。

妙技観覧ポイントは6つある

①型の美しさや安定した姿勢

②直径6mの円内での演技

③竿に両手をかけなかったか

④竿燈の安定感

⑤踏ん張りの力強さ

⑥継竹1本につき3点、花傘などは5点と技術に応じて点数が加算される。

竿燈は意外に危険なまつりだった。時折、あの大きな、しかもローソクに火が付いた提灯が

観覧席に倒れてくる。それを防御する為に、途中に引っかかる様線が張られている。

それでも観覧席に倒れて、一番前の人がケガをしてしまった。

随分長い間、警察の取り調べが続いていた。

竿燈の一番上には御幣という飾り物が付いている。たぶん神に捧げる

御神体の様なものだろう。

囃子方の観覧のポイントも5つある。

①上太鼓・下太鼓のリズムとバランス

②バチさばきの威勢のよさ

③笛と音色の伸び

④メロディーの伝統性

⑤笛と太鼓の調和

夜本番のスケジュールは1時間45分間。演技が終わると観客とのふれあいの時間が

15分間用意されている。この時に近くで竿燈との記念写真が撮れる。

竿燈の起源は旧暦7月の盆行事である「眠り流し」にあると言われている。

眠り流しは7月7日の「七夕祭り」の前夜7月6日に笹竹などに絵馬や願い事をかいて

吊るして子供たちが町を練り歩き、川に流して夏の睡魔、けがれや悪霊を流し去り

祖霊祭祀、無病息災、家内安全を祈る行事だった。やがて宝暦年間(1751年~1746年)に

提灯は豊作祈願として米俵や稲穂をかたどり、現在の竿燈の原型が生まれたと言われている。


ロータリーアトランタ国際大会

2017-06-28 06:13:57 | イベント

第108回ロータリー国際大会がアメリカジョージア州アトランタで

開催された。開催日程は6月7日~6月14日までの8日間。

今回の大会は100年前、当地アトランタにおいて当時R1会長の

アーチ・クランフが「世界でよいことをする」ための基金をつくるという

ビジョンを発表して以来、ロータリ―財団100年の記念大会となった。

会場はジョージア・ワールド・コングレスセンター(GWCC)。

ここは全米一大きなコンベンションセンターらしい。とにかく大きくて広い。

バスが着いた所からメイン会場まで歩いて10分もかかった。

1996年に開催されたアトランタオリンピックのセントラルパークの隣りで、

オリンピックのフェンシング、ハンドボール、柔道、卓球、

レスリング、重量挙げの会場にもなった。建設は1976年らしいが、

最近全面リニューアルしたのかまだまだ新しい建物という感じだった。

移動中にインドのロータリアン団体とすれちがった。

メンバーに女性が多く、この流れは世界共通の流れで

日本はまだまだ遅れている。それにしても各国の民族服は目立つ。

日本人女性の和装姿も2人見たが、とても目立っていた。

しかしアフリカのメンバーの人には勝てない。後程そんな写真を紹介します。

本会議場の近くにあった大きなラウンジ。各国のメンバーが

リラックスして談笑していた。写真の右奥にはハッピを着た

日本のメンバーが写っている。ハッピはこんな時もとても便利な服になる。

大きなロータリー歯車マークの前で記念写真を撮るメンバー達。

この黄緑色のジャンパーを着ているグループは

台湾の人か、韓国の人か。ロータリークラブは中国、ベトナムなど

共産国には無い。但し本会議国旗入場式の時、ロシアが紹介されたのには驚いた。

 

 

それでは会場内で目に付いたメンバー達の写真をアップします。

このメンバーのロータリーマーク付服装はすごい。思わず

様々な国のメンバーがこの人の横に来て記念写真を撮っていた。

この親子3人。特に女性のスタイルは特別目に付いた。カッコイイー!

受付に居たこの人はフランクな日本語で話しかけてきた。

聞くと厚木で育ってアトランタに来た日系アメリカ人と言っていた。

カナダとブラジルのメンバー

歩いて歩いて何回もエスカレーターに乗ってメイン会場室へ。

道中色々な国のメンバー、様々な服装のメンバー。

ユニフォームを着た団体は特に目が向いてしまう。

巨大な友愛の家エリア。ここでは様々な活動や余興を楽しむことができる。

今回の友愛の家では米国南部ならではの食べ物、音楽

工芸、芸術を紹介している。ロータリー展示市での

免許取得業者のブースや、地元の特産物を販売する

マーケットブース、ロータリーのプロジェクト、

ロータリー親睦活動、ロータリアン行動グループ、国際ロータリー、

ロータリー財団のブースなどがあった。

友愛の家のスナップ風景

来年の世界大会開催地カナダのトロントのブースもある。

アフリカザンビアのロータリーの出店。

民族服的デザインのシャツを売っていた。

この垂れ幕の下を通って本会議場へ。

これが本会議場の開会を待つ各国から来たメンバー。

この本会議が午前午後と2回行われる。おそらく5~6万人位の

世界中のロータリアンがこの場に集まって来る。

この時期は街中がロータリアンで溢れ、様々な出会いがある。

今年度会長ジョンF、ジャーム会長(テネシー州)の歓迎スピーチ。

ロータリー財団100周年の鐘の紹介と開会宣言。

 

アメリカ独立当時の演奏と開催国アメリカのアメリカ国歌

「星条旗 The Star-Spangled Banner」斉唱。

全員起立でのアメリカ国歌を聞くと何か胸ジーンと来るものがあった。

今大会のダイアモンンドスポンサーはコカ・コーラ。

プラチナスポンサーはデルタ航空だ。

アトランタに本社があるビック企業は他にCNNがある。

 

アトランタの街を歩くと様々な所にロータリー世界大会のPR広告があった。


ミュージカル劇団四季 

2017-06-17 05:18:16 | イベント

久し振りに劇団四季のミュージカルを見る機会があり、

しかも2週間連続で行って来た。このブログを永く書いてきて

感じることの1つに「なんでこんなに続くの、不思議!」ということがある。

例えば2015年には鎌倉幕府3将軍の墓へ初めて行ったこと、

2016年にはJALと ANAの機体工場見学へ行ったことなど。

偶然ではなく何かの力を感じてしまう程だ。

今回も国内では「マンマ・ミーア」以来本当に久し振りに、

しかも同じ館内で違うミュージカルを見て来た。

東京都港区浜松町にある劇団四季の専用劇場四季劇場「秋」。

同じ建物の中には「春」もある。JR東日本のメセナ活動の一環で

JR東日本アートセンターが運営している。

2003年11月11日に開館し、初のミュージカル公演は「コーラスライン」だった。

四季劇場「秋」では6月25日(日)までミュージカル「ノートルダムの鐘」を

「春」ではロングランの「ライオンキング」を上演している。

ノートルダムの鐘は来年4月から横浜公演が決定。

ライオンキングは7月から大井町にある四季「夏」へ大移動する。

チケット売り場には2つのミュージカルの売場がいっしょだ。

因みにS席11,880円 /A席8,640円 /B席6,480円

C席3,240円 /バルコニー席5,400円 /バルコニー席(学生)2,700円。

四季の会会員料金はS席のみ10,800円だ。

ノートルダムの鐘は、1996年公開のディズニー長編アニメ。

原作はヴィクトル・ユーゴー。原題はノートルダムのせむし男だが、

日本の放送コードに抵触する為、邦題は変更された。

このような処置がとられているのは世界中でも日本だけだ。

日本では2016年12月に初演された。初演キャストは

公開オーディションで決定され、演出台本は浅利慶太だ。

入口を入るとそこは共通ロビー。チケットは全て売り切れだ。

尚劇団四季劇場はここの2ヶ所以外に汐留の電通四季劇場「海」

大井町の四季劇場「夏」、そして名古屋、大阪、福岡、札幌にもある。

劇団四季の創立メンバーの1人、日下武史さんが

去る5月15日に逝去した。享年86才。

ここで劇団四季について書いてみる。昭和28年、東大文学部仏文科学生

(米山晰)と、慶大文学部仏文科学生(浅利慶太、日下武史)を

中心とする10人で結成した学生演劇集団が始まり。

浅利は専用劇場の確保を模索。昭和58年西新宿で

テント張り仮設劇場で昭和59年11月10日まで「CATS」のロングラン公演をした。

現在劇団四季は700名以上の俳優、スタッフにより

年間3000ステージを上演し、年間観客動員数は

リピーターを含めて300万人に達している。

劇場は客席の奥行きと舞台の奥行きがほぼ同じで

席と舞台が近く出来ていて、臨場感を感じやすい。

客席数は約500席ある。

それぞれの劇場にはそのミュージカルのオリジナルグッズを

中心としたスーベニアショップがある。ここはライオンキングに

比べるといまいち人だかりが少なかった。

 

 

このミュージカルは全体的に暗いストーリーで特に前半は

盛り上がりに欠けたが、後半はグッグーと迫ってきた。

このドラマは人間の光と闇を深く美しく描き出す荘厳なもので

愛は宿命を変えられるのかがテーマ。特に印象に残ったのは

舞台仕掛けの展開が良く出来ていて感心した。

こちらはまるで魔が差した様に、一週間後に行った

「ライオンキング」劇場は「春」だ。「春」のこけら落とし作品が

「ライオンキング」で、それから日本最長の15年以上の

ロングラン公演を記録している。

「ライオンキング」は1994年全米で公開されたディズニーの

長編アニメ(32番目)で、1997年ニューヨークの

ニューアムステルダム劇場で初演された。「オペラ座の怪人」を

抜いてブロードウェイ史上最高の興業収入を上げた。

又日本国内の公演は「CATS」の記録を塗り替える公園回数を続けている。

幕が上がると悠然と歩く2頭のキリンが姿を現す。

巨大なゾウ、シマウマ、チーター、客席を埋め尽くす動物たち。

そして躍動するエルトンジョンの音楽。心ふるわせるパワフルで

刺激的な生命の連鎖を巡る物語はあらゆる想像を超えて、

深い感動に包みこまれる。又高さ4mを誇るプライドロックなど

大掛かりな舞台装置を使うことでもライオンキングは有名だ。

ライオンキングの売場は学生の団体客が多かったせいか

ショーウィンドに何十もの人だかりで大変な繁盛だった。

劇場内にはちょっとお洒落なカフェ&バー「モンカフェ」がある。

ミュージカルを見てここでお茶する。頭の中は

非日常でいつものコーヒーと味が違うはずだ。

皆、心なしか満たされた顔をして劇場を出る。

劇団四季は1970年年代以降、海外ミュージカル作品の

ロングラン上演を通じて日本にミュージカルを

定着させるのに大きな役割を果たしている。

 


グラスハープの調べ

2017-02-07 07:09:38 | イベント

ロータリークラブの例会で会員の妹さんご夫妻(佐々木ご夫妻)

によるグラスハープの調べを聞いた。その調べの音色は清純で繊細。

身が洗われるようであった。限られた時間でグラスハープの

説明を交えながら6曲演奏をしてくれた。

ではその内の3曲をお聞き下さい。

(唱歌 ふるさと)

佐々木氏が高校生の頃、NHK教育テレビの番組で

グラスハープを知り、自作して演奏するうちその原理の面白さと

澄んだ美しい音色に惹かれたそうだ。その後約30年のブランクがあったが、

15年ほど前に勤務先の国立科学博物館の科学教室

「忘れられた楽器たち」でグラスハープを取り上げ、復活させた。

(グノー作曲 アベマリア)

グラスハープは市販されているいろいろな大きさのワイングラス、

シャンパングラスなどを利用して、自作、少しずつ改良を続けて

現在6台目。ここ数年はもう1台グラスハープを加えて

夫婦で「クリスタルハーモニー」という名でアンサンブルを組み

地元の音楽祭、科学館や小学校などで演奏活動をしているそうだ。

(シークレット・ガーデン ユーレイズ・ミー・アップ)

このグラスハープを演奏しているグループは知り得るところで

世界で10グループ。その内の半分5グループが日本で活動しているとの事。

ご夫妻のレパートリーはクラシック、ポピュラーを

問わず約30曲で、日本歌曲や童謡にも今挑戦しているとか。

演奏終了後、グラスハープに皆で挑戦をさせていただいたが

全く音が出なかった。氏曰く、昔は前日にかつ丼、天ぷらを

食べると指が滑って音が出なくなったが、最近は指が

かさついてきたせいが、かつ丼を食べると丁度いいといった

うそみたいな話をしていた。又練習を一生懸命すると

指紋がすり減るといった苦労話もしていた。

 


箱根駅伝

2017-01-17 07:23:32 | イベント

正月の風物詩、今や国民的スポーツイベントになった

箱根駅伝を応援しに小田原まで来た。便利に成ったもので

浦和駅から上野東京ラインに乗ると乗換え無しで小田原駅まで来られる。

午前11:00に到着、既に駅頭は応援の人達で大変な混雑。

小田原中継所に行く箱根登山鉄道は1時間の入場規制に成っていた。

改札の上には大きな小田原提灯が下がっている。江戸時代に

大人気商品に成った提灯で折り畳みができるので

旅人が携帯するのに便利だった。

駅を出ると駅伝グッズ販売ののぼり。ゆっくり見る余裕がなかったが、

どんなグッズが売られていたのだろう。

駅伝コースは小田原市街地をクランク型で通っている東海道を走る。

地図でいうと左上の方から右やや下の方を走っていく。

緑色のエリアが小田原城だ。

小田原駅を降りて市街地の商店街を抜けていく。

応援に行く人達がもうゾロゾロ東海道へ向かっていく。

そして小田原城二の丸東の堀へ。とても風情のある風景だ。

まるで小田原城のレプリカが建っているような「ういろう本店」。

ういろうとは仁丹と良く似た形状・原料で大衆薬の一種。外郎薬、

透頂香(とうちんこう)とも言われ、江戸時代には万能薬として知られ、

東海道中膝栗毛では主人公の喜多八が菓子と薬を

間違えて食べてしまうシーンがある。

昨年まではここ「ういろう本店」の所が小田原中継地点であったが

今大会から、2.4km延長され変更になった。

「ういろう」隣りの駐車場では箱根駅伝応援スポットと題して

外郎太鼓(ういろうたいこ)演奏豚汁の振る舞い(無料)、

中野七頭舞輪踊りなどで周囲の雰囲気を盛り上げていた。

これが地元あしがらおそびの学校の皆さんによる

民俗芸能中野七頭舞輪踊り。岩手県の民芸とか。

後の北条早雲出陣の図を見ると今小田原の城下町にいることを実感する。

今年で第93回の箱根駅伝。読売新聞社共催で日本テレビが

2日間全国放送をする。この駅伝は国内の学生スポーツ競技会の中でも

極めて高い人気を誇っている。因みに現在の駅伝の中では

長野県縦断駅伝に続いて2番目に長い。

箱根駅伝の歴史は1920年(大正9年)誕生と、大変な歴史がある。

創設の原動力は明治45年のストックホルム五輪に

マラソン代表として出場したマラソンの父として知られる

金栗四三らの「世界に通用するランナーを育成したい」との思いから生まれた。

因みに第1回大会は早大慶大明大東京高師(現筑波大)の

4校「四大校駅伝競走」でスタートした。

 

沿道には各参加大学ののぼりが立ち、すごい数の観客が

選手が来るのを今か今かと待っていた。特にこの場所で

すごかったのは明治大学の応援。ここには明大校友会小田原地域支部の

事務所があり、校歌を流し続けていた。バンカラ時代の

紋付袴姿で学生帽をかぶったOBがエールを送っていたのが印象的だった。

残念ながら明大の選手は18位で通過。この前を走り抜けていった時、

選手が頭をペコペコ下げながら走っていたのを見て

先輩、後輩の絆を感じ変に感動した。

箱根駅伝は前年大会でシード権を獲得した10校と予選会を

通過した10校及び関東学生連合を加えた計21チームが出場している。

我々が応援している後にすごく熱心に、しかも真剣に応援している

オバサン2人がいた。片手にラジオ、片手にテレビ、横断幕を

持っていたので聞いてみたら山梨学院大学の父兄だと言っていた。

午後0時16分、先頭の選手が眼中に入ってきた。回りが急に

「来た来た」「どこの大学だ?」と賑やかになってきた。

トップを走ってきたのは青山学院大の森田選手だ。駅伝の選手は

想像していたよりずっと早くアットいう間に目の前を通り抜けていった。

結局、今年の箱根駅伝は青山学院大が完全優勝で大会3連覇。

又年間3冠王と原監督の言っていたサンキュー大作戦を完全に実現してしまった。

続いて2位の早稲田大、4位の帝京大、13位の日大、17位の山梨学院大学と続いた。

ここ4区は平塚中継所から小田原中継所まで20.9km

往路は5区間(107.5km)復路5区間(109.6km)の

合計10区間(217.1km)で競う。

最後ランナーが通り過ぎると大勢のバイクの列が続いた。

これは一般のファンの群れか?因みに大学三大駅伝は

この箱根駅伝、出雲駅伝、全日本大学駅伝の3つを言い、

今年度、青学はこの3つを制覇したことになる。

バイクの後は車が続いた。因みに三冠を成し遂げたのは4校。

大東文化大(1990年度)順天堂大(2000年度)

早稲田大(2010年度)そして青山学院大の史上初の完全優勝。

全く今青学がすごい存在になった。

そして応援が終わり、何か心の中に満ち足りたものを感じながら

大勢の人々が小田原城のお堀の横をゾロゾロと帰っていった。

 


南区ふるさとふれあいフェスタ

2016-11-24 07:57:42 | イベント

ベランダに出た社員が大きな声で叫んだ

「大きなバルーンだ!」「何バルーン?」

会社の窓から覗いてみると確かに空にバルーンが浮いていた

第14回のさいたま市南区ふるさとふれあいフェスタが

11月5日(土)浦和競馬場内で開催された

テーマは「楽しもう!ふれあい世代間交流」

正直このバルーンを見なければこのフェスタの事

知りませんでした。14回も続いているのに

そういえば、この時期、さいたま市の各区で色々なイベントが

開かれているのを思い出した

会社のベランダからズームで撮ってみると沢山の

テントと人々がいるのが見えた

そこには吹奏楽、和太鼓、JAZZ HIPHOPダンス

フラダンスetcなど20団体が参加する「ふれあいステージ」

富士宮やきそば会、ブログでも紹介した「クマネコ印」

「紅華」など19店が出店している「飲食ブース」

(富士宮やきそば、行きたかったナー)

ミニチュアホースのふれあい体験ができる「ポニーに乗ろう」

先着150名無料

その他展示ブース、物販ブース(フリーマーケット)

ふれあいブースなど、多彩な企画のフェスタだったようだ

来年も競馬場で開催されるのであれば

近くだし、是非行ってみよう

これが発見したバルーン。確かに突然、普段ないものが

目に飛び込んでくればビックリするよネ。

熱気球搭乗体験 先着80人1人500円で

 


2016 絆まつり(ミニ咲いたまつり)

2016-11-19 06:36:25 | イベント

浦和駅東口パルコ前の市民広場特設会場で開かれた

2016絆まつり(ミニ咲いたまつり)。その日10月29日(土)に

さいたま新都心で開催された2016ツゥールド・フランスさいたまクリテリウムの

パブリックビューイングも同時に行われた。(15時から17時LIVE放送)

今や、パルコ前市民広場はイベントの聖地に成りつつある。

沢山のブースの1つで、浦和東ロータリークラブが熊本・大分の

震災復興の物産展を開いた。くまもとお菓子BOXがんばるばい1,000円、

熊本・大分の特産カレーセット3,000円、くまモン健康茶、

天草産めかぶ、ヒジキ、わかめ、大分産ゆず胡椒が入った

熊本・大分健康セット2,300円。大分県産香ちゃん乾し椎茸600円。

熊本名物ヘルシー太平燕セット2300円などを販売した。

全国のまつりの首都圏で活躍している6団体が舞台で演じる前に、

地元から彩の宮太鼓、竜神踊り、脇にはコルソ竜と竜神まつり会の

4号竜が歓迎の演技を披露した。

それを見物する市民の皆さん。

澁谷・鹿児島おはら祭り会による「鹿児島おはら節」おはら節は

「花は霧島、煙草は国分、燃えて上がるはオハラハー桜島」の

歌い出して有名で、鹿児島民謡の代表格。

およそ750年前から鹿児島近在の原良を発祥として歌われている。

本格的には江戸時代初期から歌われるようになった。

神戸日本南京玉すだれ協会(八房柳香)による「南京玉すだれ。」

南京玉すだれは日本の歴史ある伝統的大道芸。

長さ20~30数センチの竹製の小型のすだれで唄に

あわせて踊りながらすだれを釣竿、橋、しだれ柳、旗などに変化させる。

威勢の良い掛け声は「アさて、さて、さてさてさてさて、さては南京玉すだれ♪」

この歴史は、江戸期に富山県で発祥、同県の民謡こきりこ節に

用いられるささらが原型らしい。

若波会による「新潟佐渡おけさ。」「ハー佐渡へ(アリャサ)佐渡へと

草木もなびくヨ(ハアリャアリャアリャ♪」

佐渡おけさの歴史は熊本県天草に伝わる牛深いハイヤ節が

北前船に乗って小木港に伝わり、それが佐渡相川の佐渡金山の

鉱夫達に広まって哀愁漂うメロディになったとされる。

そして大正10年、初めて佐渡おけさとして発売された。

東龍倶楽部による「長崎くんち龍踊り。」長崎くんちは毎年10月7日から

9日まで3日間開催される。長崎市の諏訪神社の祭礼で

昭和54年国の重要無形民俗文化財に指定された。これは1643年

(寛永11年)始まったとされている。くんちで奉納される演じ物の

代表格が龍踊(じゃおどり)で、ポルトガル、オランダ、中国など

南蛮紅毛文化の風合いを色濃く残した独特でダイナミックな演し物だ。

又、長崎くんちは博多おくんち、唐津くんちと並んで日本三大くんちと呼ばれている。

琉球国まつり太鼓千葉支部による「沖縄エイサー」。エイサーは

お盆の時期に現世に戻ってくる祖先の霊を送迎するため、

若者たちが歌と囃子に合わせ、踊りながら地区の道を練り歩く伝統芸能だ。

エイサーの由来は浄土宗系念仏歌に挟まれる囃子の1つ

「エイサー、エイサー、ヒヤルがエイサー」から来ているとされている。

又、その歴史は東北出身の袋中上人が1603年から3年間

首里に滞在して浄土宗を布教したのが契機と言われている。

明治以降になると、念仏の詠唱を村の若人が代行する形で

庶民の間にエイサーが普及していった。

ミスト・ケンチによる「浅草サンバ」毎年8月最終土曜日に開催される

日本で最大のサンバカーニバル。1981年から始まり今年で

35回を重ね、約50万人の人出がある。その歴史は

昭和30年~40年代、浅草の街の活気が無くなってきて、

それを案じた当時の台東区長と浅草喜劇俳優の伴淳三郎の発案により実施された。