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スミダマンのほのぼの奮戦記

~グルメ・旅・仕事・自然・地域~あらゆる出来事をフラッシュバック。

ジャーナリスト 櫻井よしこ

2017-12-05 05:30:58 | レポ

ロータリークラブ地区大会でジャーナリストの櫻井よしこさんの

講演会を聞いて来た。その時は丁度アメリカトランプ大統領が

日本をはじめ東アジアの外遊をしている正にその最中であった。

氏の経歴は以下の通りです。

ベトナムで生まれ、新潟県立長岡高校卒業後

ハワイ大学の歴史学部を卒業。1971年から3年間クリスチャン

サイエンスモニター紙で東京支局勤務。その後アジア新聞財団で

NEWS記者、東京支局長を務め、1980年から16年間

NTVニュースキャスター並びにジャーナリストとして活躍。

2008年から現在まで公益財団法人国家基本問題研究所の理事長を務めている。

https://yoshiko-sakurai.jp/

(櫻井よしこオフィシャルサイト)

記念講演の演題は「日本の進路と誇りある国づくり」

話はトランプ大統領の東アジアの旅から始まった。

この旅は歴史の転換点になる。アジア諸国は大変な目にあう

決定的一歩が踏み出された。同じ様な事は100年前にもあった。

それは世界で一番強い力を持っていた大英帝国が米国に

その力を譲り渡したことだ。第1次世界大戦の時は

大国の条件を米国は得た。その1つがパナマ運河の開通。

日露戦争で大国ロシアが小国日本に敗れた理由をアメリカ大統領

セオドアルーズベルトは真剣に分析させた。その原因の1つに

2つの海軍艦隊が大きく分かれていたことが力を分散させてしまった

という教訓を得た。その後今でも米国は世界一の力を有し続けている。

ところがトランプになって心が変わってきた。

アメリカファースト、そして恫喝と懲罰。トランプには教養があるとは思えない。

櫻井氏の私見ではトランプが変わってもアメリカは変わらない。

オバマとトランプは諸外国のことはもういいという点で驚くほど似ている。

例えば2013年9月オバマはシリアのアサドをやっつけると

言いながら軍事介入はしなかった。その時から世界はガラガラと変わってきた。

ロシア、中国は今の内にと2014年3月ロシアのプーチンは

クリミア半島を併合するし、中国は南シナ海を埋め立て始めた。

これで南シナ海はほぼ完全に中国の海と成った。

トランプが日本に来た日、産経新聞は「本当に日本は注意しないと危ない」

と指摘した。これは実質的に中国と手を握るからだ。

アジアの旅に出る前にトランプは親中的なキッシンジャーを

ホワイトハウスに呼んだ。そしてキッシンジャーは

習近平のことを「He is great Man」と入り知恵し、

北朝鮮の件で中国はいろいろな面から締め続けた。

中国共産党大会で習近平は3時間20分も演説した。

この中味には恐ろしいことが書かれてある。2049年(中国の建国100年)

までに偉大な中華民族は復興し、中国の夢を実現する。

その為に人類が見たことのない様な軍事力を持つと言っている。

そして周辺国に対ししてザクロにたとえている。

そこでトランプ、習近平会談は極めて重要だ。習近平は大戦略を

出してぶつかる。トランプは戦術しかない。トランプは馬鹿だから

中国の実体のない28兆の金でごまかされる。ヨーロッパの

社説ではトランプは習近平にやられ放しと書かれてしまう。

本当に日本はあの鳩山のバカボンボンでなく安倍総理で良かった。

ベトナムでのトランプのスピーチには本当に失望した。

南シナ海の一言も無い、勝負は終わった。中国の大戦略に米国の戦術が負けた。

 


池田 純 ㈱横浜DeNAベイスターズ前社長

2017-09-26 06:41:05 | レポ

清水勇人さいたま市長のフォーラムで、今大変注目されている

若手のマーケティングコンサルタント池田純氏の示唆に富んだ話を聞いて来た。

現在スポーツを切り口とした街づくりを進めているさいたま市としては

非常に参考になったのでは。

氏は1976年(昭和51年)1月23日生まれの41歳。まだまだ若いのに

大変変化に富んだ経歴の持ち主だ。県立鎌倉高校卒業

早稲田大学商学部卒。住友商事に入社し、石油掘削用パルプの貿易輸出業務に従事。

その後㈱博報堂にて、マーケティング・コミュニケーション・ブランディング業務

企業再建業務を担当。2005年㈲プラスJを設立して独立、マーケティング、

コミュニケーション・ブランディング等のコンサルを業務とした。

2007年㈱ディー・エヌ・エーに参画、執行役員としてマーケティングを総括。

2010年NTTドコモのJV、㈱エブリスタの初代社長、2011年㈱ディー・エヌ・エー

による横浜ベイスターズ買収に伴い、㈱横浜DeNAベイスターズの

初代社長に就任、5年間社長を務めた。2016年6月にブランド再建の為

㈱大戸屋ホールディング社外取締役、(公)日本プロサッカーリーグ特任理事、

明治大学学長特任補佐等他にも役職をいくつも兼務している。

氏は高校時代、水泳のオリンピック強化選手だったが、身長が176cmと

低かった為、断念。その時将来社長になるゾと決意したとか。

6年前に一般消費者の顔が直接見える仕事がしたいと

リアルなビジネスの最先端に立った。

スポーツと街とどう関係があるのか?このテーマはさいたま市の政策の

一助になる。スポーツを知っている経営者がすごく少ない。

スポーツ人材の育成が大事だ。ほとんどのスポーツは

マーケティングをしていない。これをして会社自体の

ブランディングを図ることが重要だ。そして良いものは残す他は変えること。

横浜NeNAベイスターズの初代社長に就任し、野球のマーケティングを実施。

その結果球団と球場の別経営より一体経営が望ましいと

ハマスタを100億円で買収した。

そして球団自体のブランディングを進めた。継承と革新、良質な

非常識に挑戦し続けた。その結果観客動員数は110万人から197万人へ

5年間で180%増加。球団は5年間で単体での売上が52億円から

100億円超へ倍増し、黒字化を実現した。

良質な非常識に挑戦とは

① アツイゼチケット 試合に不満ならチケット代全額返却

② 100万円チケット   リムジンで出迎え、ハマスタ裏側ツアー、

試合前ヘリクルーズ、選手とも触れ合えるラウンジで試合観戦、

勝利セレモニー一体感。スイートルーム宿泊、監督と中華街で晩餐

③ハマスタキャンプ 夢のプロテスト(遠投90m以上、50m6.5秒以内に挑戦)

④ ハマスタBAYビアガーデン(ビール半額まつり)

⑤ B食祭 (B級グルメフェア)

⑥ ホームラン打ったら、船の汽笛を鳴らす。

 色々な事があったが、結果として球団のイメージが作れてすごく成功した。

徹底したビックデーターマーケティングをした結果、観客者数が多く、

増加率も高い20代30代男性を戦略ターゲットにした。このアクティブサラリーマン層は

球場での野球観戦は居酒屋談義の延長線上。野球場の雰囲気が好き。

勝敗だけではない。流行に敏感でスマホ多用。SNSで来たらFBアップ、

私生活ではスポーツ等をするアクティブ層。そこにフォーカスして

「野球にビール」ビールの売上は7億から13~14億に伸びた。

スポーツはもっとも地域が重要。野球周辺に存在するあらゆる接点を

創出していく。横浜370万市民+神奈川県民=約1000万人を

すべてマーケットと捉える。野球はつまみでマーケットを大きく捉え

戦略ターゲットとそれ以外のバランスを取る。

池田純氏の話にはヒントアイディアが満載だ。清水市長是非このエキスを

さいたま市政スポーツ戦略に活用して下さい。

池田氏を市政アドバイザーにしてみてはいかがですか。


大相撲元大関タレントKONISHIKI

2017-09-20 06:40:55 | レポ

ハワイ出身の元大関「KONISHIKI」の話を聞いて来た。

演題は「KONISHIKIが見たニッポン」。あの巨体は相変わらず、

迫力がすごい。講演後握手をしたら、「ずい分大きな手だネ」と言われたが

その手を見ると自分の手が子供の手の様であった。今は日本国籍を取り、

日本が好きで、世話に成ったお返しの気持ちで活動しているとの事。

氏の略歴は1963年生まれ、54才。米国ハワイ州出身。

82年ハワイ大学付属高校卒業後、高見山(元関脇)にスカウトされて

大相撲の高砂部屋に入門。同年小錦のしこ名で初土俵。

87年夏場所後に外国出身力士として初めて大関に昇進。

97年九州場所を最後に現役引退。年寄「佐ノ山」を襲名するも

98年に退職し、タレント活動を開始した。

話は相撲との出会いから始まった。高見山との出会いは

知り合いのプロレスラーの紹介で、「とにかく来なさい」と言われて会った。

こういう時は話を聞かなければいけないのがハワイの習慣だ。

それまでは相撲は全く知らなかった。その時は大鵬、柏戸の時代で

「北の湖ソックリだネ」と言われたが北の湖のことは全く知らなかった。

相撲界の厳しさははっきり聞かされたが、ハワイ大学へ行くのをやめ

親とも相談なしで1ヶ月後に日本へ行った。

成田空港に着いた時は、誰も迎えに来ていない。お金も持って来なかったので

空港に入国時の費用2000円、リムジンバスのお金は

飛行機で一緒になった日系人に払ってもらった。

東京の事も何も知らなかったので座頭市の映画と同じだと思っていた。

しかしマックもケンタッキーもあったので生活はできるなと思った。

高砂親方(初代朝潮)高見山の話し方を上手にものまねしながら

何を言っているのか分からないと言っていた。驚いたのは

まさか「ケツ」を出してまわしを締める。これは恥ずかしかった。

ハワイではこんなことをしたら捕まってしまう。相撲の文化、

日本の文化が違うのが分かって来たので「ハイ」だけを

言っていれば良かった。8場所で関取に成って、いじめられた先輩が

付き人に成った。若い衆7人位に食事をおごると1回70万円かかる。

若い衆は焼肉を食べる量が半端でなく金がかかった。

相撲は白黒はっきりしているのでやっていけた。言葉が分からなかったのも

助かった。給料は1ドル310円の時代に30万円もらっていた。

家族は貧しかったのでお母さんにお金を送っていたが

何の礼も無い、家族は誰も相撲を理解していなかったので

おかしいと思い妹に銀行へ行って来いと言ったら、

口座に数百万円あり、銀行の人が玄関まで送ってくれた。

それまでは母親は「嫌になったらやめなさい。帰って来なさい。」と

言っていたのが「帰って来るな!」と言われやっと明るい気分になった。

横綱に成りたくて、悔し涙を随分流した。14連勝して千秋楽旭富士に

負けて優勝を逃した。相撲の世界では2位は全く価値が無い。

引退の時角界に残らない道を選んだ。相撲に対する愛情は変わらない。

相撲の良さを外から伝える事ができる人は少ない。

小錦の名が残っているから英語で日本の事を外国人に伝える。

日本の文化を伝える。「日本みたいな所、世界に無いヨ!」。

日本に外国人が増えているのは日本の文化が大好きだから来ている。

サービスが全然違う。外国人が勉強してもできない。面倒くさい事を

日本人はやっている。日本のお母さんは一番大変だ。

今ハワイへ帰ってもハンバーガーとコーラしかなく、

まずくて2日も経つと日本へ帰りたくなる。小錦さんは温泉が大好き。

一番日本の文化が分かり易い所。食事は一人ですべて説明してくれて感動する。

すごい満足感を感じる。どんな超一流のリッツカールトンホテルに

泊まってもただ寝るだけ。日本人にはやさしさがある。

アメリカ人はアグレッシブだが、個人プレーの文化だ。日本人に成って良かったと思う。

日本は地味な職人さんが日本の文化を支えていると思う。例えば

力士の大銀杏を結うのは床山さんという職人。この職人の弟子が

少なくなっているので心配。日本が世界と戦うのは数ではなく

良いもので競う。職人さん達が国を守ってほしい。

アメリカがやっているインターンシップが大事。

子供への投資は何倍にも返ってくる。日本にはまだまだ深い所、

知られていない所がいっぱいある。

この方はKONISHIKIさんの奥さん。プロダクション社長をやっている。

KONISHIKIは今、NHKの日本語で遊ぼうを15年間、

NACK5のDJもやっている。他に奥さんとハワイアンライブもやっている。

「僕以外に上手いんだヨ」と言って2000年からCDも出している。

講演活動も多く、外資系企業で外国人がやめる理由を聞かれると

「ここは日本だから。」と答える。外国の文化交流も多く

ドバイの王様とは3回食事した。この5年でイスラエル、オマーン、

アブダビ、日本代表でニューヨーク、サンフランシスコへ行って

メチャメチャうれしかった。

又、東日本大震災後は復興支援としてその年の夏から

岩手、宮城、福島に毎回1000人ずつの支援をやっているとの事。

死んだら骨を隅田川に半分、ハワイのナナクリの川に半分まいて

墓はいらないと言っていた。一番印象深い取り組みは

初土俵の最初の相撲。自分も相撲の事何も知らず相手も知らなった。

とにかく他人を見て真似ろと言われてブチカマシたら

相手が飛んでいった一番だそうだ。

 


林芳正文部科学大臣

2017-09-08 07:20:49 | レポ

林芳正大臣は、これまで閣僚として日本の経済、防衛、農業政策に

取り組まれてこられ、現在はこれら分野に加え、環太平洋パートナーシップ協定や

科学技術政策など様々な分野に取り組まれている。度々テレビ番組等にも

出演されている。派閥の宏池会では座長も務めていて、

将来の日本のリーダーの一人と嘱望されている。

厚生、大蔵大臣を務めた林義郎の長男として昭和36年1月19日に

生まれた。東大法学部卒業後三井物産に入社。退社後林家の

ファミリー企業であるサンデン交通に入社。平成6年ハーバード大学

ケネディ行政大学院終了後、平成7年第17回参議院議員選挙で

初当選、現在4期目。その間防衛大臣、内閣府特命担当大臣

(経済財政政策)、農林水産大臣を歴任。この度の内閣改造で

文部科学大臣に就任した。

この講演会は村井ひでき内閣府政務官の会で

冒頭村井代議士から興味ある話が聞けた。村井氏は前任が

最年少でなった自民党の副幹事長だった。その時の筆頭副幹事長が

小泉進次郎。村井は絶えず小泉の斜目後で供に仕事をしてきた。

子供保険の政策立案も一緒にやった。そんな小泉進次郎とこの夏

一日だけ休みが取れて、上野鈴本演芸場に落語を一緒に

聞きに行こう誘われた。小泉は落語が大好きで4時間も食事せずに

付きあわされた。その間この「まくら」がいいんだとか、

最後に聞いた演目は5回目で最後の落ちの所では人目もはばからず

涙を流していた。そして小泉は言った。「こういうことを演説に使って活かすんだヨ!」と。

・林大臣は以前副大臣を務めていた内閣府のことから話を始めた。

内閣府ははっきりと縦に割った様な仕事が無い。各省庁の

扇の要みたいな所で、まず棚卸をする。そして他省では

できない難しい問題が集まる役所だ。

・次に北朝鮮のミサイル問題に成った。この日の早朝、

北海道上空を通るミサイルを北朝鮮が打ったのでこの日は

訪問中止になるかと思った。ミサイルの細かい話とそれを迎撃する話の後、

北朝鮮には脅しが効きませんよという姿勢を持つことが大事。

北朝鮮は本当に撃ったらお終いだということは分かっているはずだ。

・次にイギリスのEU離脱について、EUから出ない方が良いのに

なぜこういうことが起きたのか?1990年から今日までの

富の格差の推移のデーター分析して説明した。

それによるとこの25年間でアメリカ、イギリス、ドイツでは

富める人は富み、貧しい人ははもっと貧しくなった。ただフランスだけは

格差が拡がっていない。今後のマクロン大統領は注目だ。

・今後のアメリカトランプ政権はどうなるのか。興味深い分析があった。

ホワイトハウス高官の部屋の所在が様々な事を予測させる。

トランプ大統領の執務室グローバルルームに誰が近い所にいるか?

バノン首席戦略官辞任の後、最も近く、しかも見られずに

大統領の所へ行けるのはロイヤルファミリーと言われている

クシュナー上級顧問。又軍事安全保障ではマクマスター補佐官と

マティス国防長官のMMライン。これを見ると段々現実路線に成っていく。

唯一問題がまだ1人いる。それはツイッターでペラペラ書き込むトランプ本人だ。

そして最後に文科大臣に就任しての抱負として、貧困、格差は

チャンスは平等にあり、頑張ろう。政策を教育、文化、スポーツ、

科学技術等でやれば希望は持てる。教育はすぐに結果は出ないが

最も大事なことだ。50年100年のスパーンで考えていきたい。

 


小池百合子都知事ーⅡ

2017-08-05 05:52:18 | レポ

今や日本中でその言動が注目されている

小池百合子東京都知事の講演を聞いて来た。

テーマは「2020年オリンピック・パラリンピックに向けた東京大改革について」

さすが人気政治家の話を聞こうと全国から

1,700人もの経営者が集まった。因みに自民党広報本部長の

時代の小池氏は2013-5-31付ブログで掲載しています。

小池百合子氏は昭和27年7月15日兵庫県芦屋市に生まれた。

甲南女子高校、関西学院大学社会学部中退。

「国連の公用語にアラビア語が加わる」旨の新聞記事をきっかけに

アラビア語通訳を目指してカイロ大学へ留学。

卒業後1988年よりテレビ東京「ワールドビジネスサテライト」

初代メインキャスターを務め日本女性放送者懇談会賞を受賞した。

1992年政治の世界を目指して日本新党に入党。

「政治を変えるには大きな中古車を修理するのではなく

小さな新車の方がいい」との理由だ。参議院選挙比例区で初当選。

1994年新進党結党に参加、小沢一郎の側近になり、

その後自由党、保守新党を結成、保守クラブを経て

自民党に入党した。2003年小泉内閣で環境大臣。

2005年夏、軽装化キャンペーン「クール・ビズ」の旗振り役を務めた。

2007年、第1次安倍内閣で防衛大臣、2009年谷垣総裁下で

党広報本部長、2010年総務会長。この様な経歴から

「政界の渡り鳥」と言われている。そして2016年無所属で

東京都知事選で圧倒的に勝利。

現在地域政党「都民ファーストの会」を率いて都知事を務めている。

・スピーチはオリンピック・パラリンピックから入った。知事が

子供の時代、東京オリンピックのマラソンでアベベ(エチオピア)の

ことがとても記憶に残っている。2020年も記録と記憶に残る

オリンピックにしたい。特にパラリンピックに重きを置きたい。

・その為には意識改革が必要だと訴えた。

その一つの政策として「時差Biz」の推奨。朝が変われば毎日が変わる。

(GO! Smart Tukin) 時差Bizは働く人にも企業にもメリットがある。

(メリット1) ちょっと満員時間をずらすだけで通勤ラッシュの緩和

(メリット2) 朝・夕の時間を自由に活用して、こころにも暮らしにもゆとりが生まれる。

(メリット3)働く意欲につながって、企業の生産性がアップする。

今年7月11日(火)から7月25日(火)まで鉄道11社、

企業300社が賛同して実施したとか。

これをキッカケにして働き方改革をスローガンに終わらせない。

知事は環境大臣時代「クールビス」を成功させた当事者で

この政策はやり遂げるのではないか。「早起きは三文の徳」

・次に自宅で会議をする「テレワークデー」政策

先日、都庁で管理職以上が実施した。オリンピック期間はテレワークで。

今から始めて3年間で定着させたい。これはロンドンオリンピックのレガシーだ。

ランディングコストもかからない。

都市鉱山からつくる「みんなのメダルプロジェクト」オリンピックでは

約5000個のメダルが必要。家庭などに眠る携帯電話をはじめとした

小型家電等に含まれる金属資源をメダル作製に使うプロジェクトだ。

現在都庁に4万6000個持ち込まれている。オールジャパンで

目標2000万個を設定している。これによって世界に対して

日本のリサイクル社会、エコ運動をPRしたい。とても良いアイディアだと思う。

東京オリンピック・パラリンピックを国民の祝宴として捉え、

もう一度日本が元気になるキッカケにしたいと知事は訴えた。

昨年都庁へ登庁してほぼ1年。データー等で己(東京都)を知ることから始めた。

例えば、ミュシュランガイドは世界一。水道水を飲める都市は

本当に少ない。空気も良いなど。さらに東京に磨きをかけ輝ける都市へ。

(Make Tokyo Great Agin!)

今年秋口までに方向性を示し、都政のスピード感を上げる。

・小池知事の東京大改革の姿勢は基本的に3つ。都民の目線(都民ファースト)

情報公開の徹底(都政の見える化)、そしてワイズスペンディング(賢い支出)。

エビデンスをベースに特区制度などを活用して出生率を日本一にする。

・見えたものを見えない様にするインフラの見えない化。

現在東京都内5%、都内23区7%の無電柱化を進めている。

因みにロンドン、パリ、ベルリンは100%だ。

・女性防災リーダーの育成、女性視点防災を進める。

・そして新しい東京造りとして3つの街づくりを挙げた

① ダイバーシティ

働き方改革(長時間労働の削減、休暇の取得など)を行政は

キメ細かく対応し、多様な人材を積極的に活用していく。

2020年まで5000社程宣言してもらい、有能な人材の発掘、

斬新なアイディアの喚起、社会の多様なニーズへの対応を図って生産性を高めていく。

② スマートシティ

・外資を入り易くし、大手町と兜町を結び日本のウォールストリートにする。

国際金融都市の実現へラストチャンスと考えている。

・LEDの省エネ、水素社会(燃料電池バス、燃料電池自動車など)を

実現し、アジアの都市間競争に勝ち抜いていく。

③ セーフシティ

・その為にECG・・・ E・・・環境 C・・・社会 G・・・企業統治の

投資を普及していく。温故創新で国際観光都市をつくり上げていく。

・若い人の「東京未来ビジョン懇談会」を立ち上げた。

若い人にはとんでもないことを考えろと言っているが、

今の事を考える傾向にある。

・「大義と共感」が大事だ。クールビス普及は小さな共感が集まって大義となった。

会場にはNHK、日テレ、フジなど5台のカメラが設置され、

メディア取材が来ていた。それだけタイミング的に重大発言が出るのでは

という講演会だった。時事通信社の編集部長も国政進出等の

言質を取ろうと質問していたが、「マスコミはシナリオを書きたがる」と

軽くかわし、小池百合子都知事が一枚役者が上の様な結末になった。

 


田中良生国土交通省副大臣

2017-07-31 05:39:06 | レポ

某協会の県外研修で埼玉15区の田中良生国土交通省副大臣の

お計らいにより、副大臣室の見学をさせていただきました。

本来は合同庁舎2号館にある国交省防災センターの視察が

目的でしたが、北九州方面、秋田方面の豪雨災害で、同センターが

国の災害対策本部に成り、関係者以外は入れないということで

残念ながら中止となってしまいました。被災者の皆様には

是非頑張ってほしいと願っています。

こちらが国土交通省が入居している中央合同庁舎第3号館。

国交省の任務は簡単に言うと、国土の総合的かつ体系的な利用、

開発及び保全、その為の社会資本の整合的な整備、

交通政策の推進、気象業務の健全な発達並びに海上の安全、

及び治安の確保を図ることだ。

2001年(平成13年)1月6日、中央再編に伴い、建設省、

運輸省、北海道開発庁、国土庁がいっしょになり国土交通省が誕生した。

気象庁、海上保安庁も含み膨大な官庁に成った。

2008年(平成20年)10月1日には観光庁が新設され、

国交省の所轄に成っている。職員は約6万人もいるそうだ。

当然と言えば当然だが、入館するのにセキュリティチェックが厳しい。

国交省の平成29年度一般会計は当初予算(歳出)で

5兆7946億円もある。ロビーには種々の人々が陳情、

相談等(?)で待ち合わせをしていた。全国の市町村長さんも

大勢いたのが印象的であった。

これが田中良生国交省副大臣デスクと棚。窓からは国会議事堂、

皇居等日本の中枢機関の建物が良く見えた。この日は正に

日本を動かしている中心に居るといった実感を強く持った。

この方が田中良生副大臣。副大臣自ら国交省の内容、政策、

実体などを事細かく説明をしていただいた。田中良生氏は

1963年(昭和38年)11月11日生まれの53才。

蕨市出身で立教大学経済学部卒業。お父さんは永い間蕨市長をされていた。

現在蕨ケーブルビジョン㈱会長。政界に入る前は蕨青年会議所理事長。

2001年日本JC埼玉ブロック長を務めた。2005年埼玉15区で

自民党公認で衆議院初当選。2013年9月第2次安倍内閣で

経済産業大臣政務官に就任。2015年10月自民党経済産業部会長

そして2016年8月5日に国土交通省副大臣に。

現在当選回数3回。趣味は浦和レッズでよく埼スタで会うことがある。

昨年8月5日に副大臣に任命された任命証。「明仁」の

署名は天皇陛下の実筆だそうで、宮中で直々に手渡されたそうです。

その時の事も事細かに話をされてくれました。

首相官邸での各省副大臣の記念写真。来月3日に予想されている

内閣改造があるので、この視察見学は最後のチャンスとなった。

本当に有難うございました。

副大臣室の壁には大臣、副大臣、政務官、事務次官から

各審議官、局長、課長までの在庁、不在が一目で分かる様に

なっている。田中副大臣室のあるフロアーの廊下は時期になると

人が歩けない程の人込みになるそうだ。


コリア・レポート編集長 辺 真一氏(ぴょんじんいる)Ⅱ

2017-07-28 06:35:29 | レポ

北朝鮮の度重なるミサイル発射実験、核開発など緊迫を増す

北朝鮮半島情勢。辺氏は冒頭からTVで語っていない、心臓が

止まるかもしれない程の怖い話をしますとの前振りで講演を始めた。

尚、氏のブログは2015-6-10付に続いて2回目になる。

辺氏は1947年生まれ、東京都出身。明治学院大学英文科卒業後、

71年から朝鮮新報記者として活躍。81年からフリーに転身した。

82年コリア・レポートを創刊。現編集長を務めている。

演題は「激動する朝鮮半島情勢と日朝関係のこれから。」

・今までは南北ともに共倒れになるのが分かっていた為、

手打ちをしようとしていたが、今年はそうはいかない。

トランプ大統領と金正恩とは嚙みあわない。米朝チキンゲームが始まっている。

・まず初めに朴槿恵大統領が手錠を掛けられた姿など日本では有り得ない。

サムスン副会長の李在鎔などは手錠の上に縄で縛られている。

日本でいうと経団連会長がしょっぴかれたのと同じ。元検事総長、

美人の文科大臣逮捕とそこまでやるのか。あれもこれもブタ箱へ。

日本人とはDNAが違う。キムチの文化で激しい。

気質、国の物差しが韓国は違う。

・全ては朴槿恵に繋がる。驚いたことに最高権力者朴の上に人物がいた。

霊感があるというオバサン崔順実。

組閣名簿を崔にチェックしてもらってその通り組閣した。

・韓国人はウソをつく、約束を守らないことを許さない性格だ。

(私は経験上?だ)安倍総理夫妻は韓国に生まれてなくて良かった。

というブラックユーモアを言っていた。

・次に文在寅政権の話に移った。新大統領の反日はそう気にしなくて良い。

いざ大統領になると現実的になる。しばらく様子を見て、

今より悪くはならないと思う。

・親北政策はアメリカ、日本に評判が良くないが、そうせざるを得なかった。

トランプ会談でこのままでは大変なことに成りかねない。

朝鮮半島を戦場にしてはならない。

・次に米朝関係に話が移る。アメリカ国民の脅威国の意識調査では

第1位は北朝鮮55%、第2位IS30%、第3位ロシア15%。

軍事委員会では軍事力を使ってもタタく絶好のチャンス。

トランプ政権の支持率upにもなるという意味だ。

トランプは今もろに生々しい話をしていないが、17年前の本に

狂った連中と交渉はしないと書いている。戦争をすれば

米国人、韓国人、日本人に大変な被害が出る。1994年

ペンタゴンのブリーフィングで90日間で59,000人が死亡、

韓国軍49万人、民間人8万~10万~100万人の被害者が出ると

シュミレーションした。現在の緊迫した状況は韓国にいる

アメリカ人が7年振りに避難訓練を始めたことでもわかる。

横田、座間~10万~20万人の脱出訓練だ。

・北朝鮮が強気の原因に金正日の遺言がある。アメリカは核保有国と

戦争をしていない。そしてアメリカ自国で戦争をしたことがない。

核は50発まで持てだ。国民性の違いとして金正日は

ケンカの捨てゼリフがある。「俺も死ぬ代わりにお前も死ね。道連れに死ね」

・北は核、ミサイルは絶対にヤメない。6回目の核実験は今までの

10~20倍規模のものをやる。ウソつき国家の北朝鮮は

核・ミサイルは嘘をつかないと信じている。

(今回の辺さんはいつもより気合がちがう、大変熱が入っていて、

ドンドン話の中に引き込んでいく。山本リンダではないが、どうにも

止まらない悲壮感が伝わってくる)

・トランプは平和的にギブアップさせようとする金は屈服するか?

辺さん結論は屈服しない。正に屈服と降伏のチキンゲームでトランプはなめられている。

・今年になって北はエキセントリックになっている。

北の反撃は詰将棋みたいで落とし所は全く無い。

北は金正恩でなくてもボタンを押すのではとアメリカは今すごく

慎重になっている。辺さん曰く、「阻止する術は全く無い。」

・8月は熱い夏になるかもしれない。この話が怪談話に成ることを望む。

最後の辺さんの言葉がものすごくズシリと来た。肩を落としながら一言

「やっぱり 駄目ですネ。」と・・・


毛 丹青作家・神戸国際大学教授

2017-06-21 07:06:01 | レポ

中国はニッポンをどう見ているのか「中国若者の日本人観にみる

知の拡散」というテーマで、毛丹青作家・神戸国際大学教授の

話を聞いてきた。氏は、1962生まれ。北京大学東方言語文学科卒業後、

中国社会科学院哲学研究所助手を経て、1987年三重大学に留学。

商社勤務などを経て、日中バイリンガルによる執筆活動を開始。

日本語著作「にっぽん虫の目紀行」「歎異抄」の中国語訳など。

2011年の「知日」創刊から主筆を務める。

氏は日本に来て30年。全くちがう発想で真正面から

日本というコンテンツを見て来た。氏の論理は右脳的で哲学的。

論理を追っていくと分かりにくい。感性で聞くと本質に迫ってくる。

配られた資料を見ると、一見自己陶酔的、自己納得的で

1回や2回聞いても分かりにく。文化には表層として観光現象などを

通じて文化創知をする見える文化と、深層としての理念道理規範

宗教(人間の思い)など知への欲望の見えない文化がある。

そして情報伝達方法として政治主導のマスメディアと

情報が拡散するソーシャルメディアがあり、このビジョン型が

中国では最近急に広がっている。中国には日本へのあこがれがあり、

海底の世界は政治に影響は受けない。身近な生活のライフスタイルには強い力がある。

この写真だけを見ると何を伝えたいのか分からない。

中国人が多く来日しているのが日本に静かな心の拠り所が

沢山残されている。昔の美しい中国の懐かしさが日本に来て思い出す。

そして帰って口コミで広がっている。日本を知ることは中国自分自身の為だ。

西の文化が接近し溶け込んでいるがこれからが正念場だ。

失われた日本と言われているが、恵まれた日本だ。

あのスティブ、ジョブスは日本文化に憧れていた位だ。

日本文化の力は相手に教える力がある。

その具体例を芥川作家の又吉直樹(お笑いピース)コピーライター

(氏は言葉の匠と言っていた)糸井重里、氏が翻訳に携わっている作家

村井春樹。そして三浦友和、山口百恵のコマーシャル

「夕日を眺めながら赤ワイン半分が残っている、二人に会話もない」

この時間の美しさ。この非イディオロギー性は日本に住んでみてわかる。

2008年のリーマンショックを節目に日本人は拡大から

深化に変わった。日本は世界のモデルとして振れつつあるかもしれない。


山崎拓元自民党副総裁

2017-04-29 05:28:45 | レポ

山崎拓氏は昭和2年生まれ。終戦後は福岡でお育ち、

昭和34年早稲田大学第1商学部卒業。ブリジストンタイヤに勤務し、

福岡県議会議員を経て、昭和47年に衆議院議員初当選。

同期にYKKと呼ばれた小泉純一郎氏、加藤紘一氏がいた。

その後、防衛庁長官や建設大臣などを歴任。

小泉内閣時代には自由民主党幹事長、副総裁を務め小泉改革を支えた。

平成25年近未来政治研究会(石原派)の最高顧問に就任した。

演題は「最近の政治情勢」だが、話は氏が現役時代の

生々しい体験談が中忍となった。

・氏は、外交、安全保障が専門の国防族。37年間の

議員活動の中で陰に陽にこの重要なテーマの当事者となっていく。

・36歳で1972年当選直後田中角栄内閣の中曽根通産大臣に呼ばれ

円滑な中東産油国との関係を築く為「日・アラブ友好議員連盟」を設立し

事務局長になった。そして若いものだけで現地視察に行き、

そこでYKKと本格的に出会った。その時第4次中東戦争が勃発した。

この戦争は宗教戦争で先日のトランプ政権のシリア爆撃は

行きつく先はイスラエルを守る為である。

・ここでイスラエル建国の秘話を聞いた。第2次大戦中迫害を受けた

ユダヤ人が祖国を持ちたいと立ち上り、ロスチャイルドが

ルーズベルトチャーチルと接衝。チャーチルはその候補地に

ケニアを挙げた。(初めて聞いた話だ。)

・2003年3月20日アメリカを主体とした有志連合のイラク戦争。

その当時コリンパウエル国務大臣、アーミテージ国身副長官が来て

アメリカ大使館で、山崎、冬柴、二階、三党幹事長と会い

イラク進政の政治的判断を求められ小泉総理に進言した。

後日談だが、パウエルはC1Aから大量破壊兵器があると報告され

動いたことは人生最大のミスと後悔していると言った。

ブッシュ大統領、パウエル長官はもとより、英国首相小泉総理

そして進言した氏も今でも責任を感じていると延べた。

・先日行われたフロリダでの米中首脳会談で何の成果があったか

今の段階でわからない。この階段は重要な会談で習金平の

メンツがかかっていた。習金平は秋の党大会で「核心」の肩書がほしい。

任期なしの第2の毛沢東を目指している。中国の核心的利益は

第1が台湾第2がチベットウィグル。アメリカの同盟国の

優先順位は第1位が英国、第2位が日本、第3位がイスラエル(同盟国)

・次に小泉総理の靖国神社参拝の秘話を話された。

その当時の武大偉駐日中国大使から猛烈な反対があった。

武大使は山崎氏に小泉の参拝は許さないと言った。

氏は一国の大使の分際で「許さない」とは無礼だと一喝。

大使はすいませんと謝り、次に懇願したので

加藤絋一と相談し小泉に話しに行った。小泉のDNAは棒の様に硬く

公約は必ず守るとつっぱねた。そこで読売新聞の

渡辺恒雄社主、主筆と相談し8月15日の予定を8月13日に変更し、

社説で「小泉は実に頭の良いやつ」と褒め、外交的配慮と

評価して納めた。尚小泉は総理在任中は毎年靖国参拝をしたが

やめた後、一回も行っていない。

・小泉のキャラは天真爛漫で悪く言われない。それに比べ氏は

何をやっても悪く言われる。と愚痴っていた。

だいたい田中角栄、橋本龍太郎、小泉純一郎、石原慎太郎

そして小池百合子など国民に人気ある政治家は

抵抗勢力を排除して劇場型手法の人達だ。

小泉はパン(生活を困らせない)とサーカス(アット思う演出)をする。

北朝鮮の拉致問題がそうだ。

・ここの所の北朝鮮問題は漫談をしている時ではない。

昨日の派閥の例会でも多少被害が出ても叩くべきだという意見が

支配的だったが、多少じゃすまないよ、あんたも死ぬ覚悟が

いるよと言っておいた。金正恩は氏が知っている人を全部殺した。

自分もそうだが太った豚は頭が悪いと自嘲混じりに語った。

そして第2次朝鮮戦争になったら東京オリンピック開催も

不可能になると言い切った。その足音が聞こえてくるともつぶやいた。

 

 

それにしても政治の場にいた人の話は生々しく圧倒的に迫力がある。

経験なき知識は経験に劣ると言ったのはどこの世界でも同じ。

実に重い。氏の話は理路整然としていて

1つ1つの出来事の日付を覚えている。本当に大したものです。

そしてイラク戦争の件では責任感の強さを感じだ。

ここには書けない話もあったが、それだけでも充分で

改めて政治家とはなんぞやと考えさせられた。


スポーツジャーナリスト 二宮清純氏

2017-04-18 06:05:29 | レポ

氏は、1960年(昭和35年)愛媛県八幡浜市生まれ。

スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリスト

として独立。オリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ

ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開中。

各メディアを通してコメンテーターとして活躍している。

著書は多数あり、最新刊は「広島カープ最強のベストナイン」。

尚、講演中はSNSの関係から一切写真、ビデオ、録音は禁止で、

この為今回のブログは文章中心となってしまった。

・講演テーマは「スポーツを通じた地域活性化」

・アメリカ(MLB)と日本(NPB)のプロ野球、イギリス(プレミアリーグ)と

日本(Jリーグ)のプロサッカーを取り上げて、日本のスポーツは

まだまだ発展する可能性がある。MLBはNPBの4倍、

Jリーグはスタート時プレミアに勝っていた。しかしこの20年で、

経営努力(企業努力)を怠って差がついてしまった。

・1964年の東京オリンピックと2020年の東京オリンピック、

パラインピックとはどこが違うのか?1964年のオリンピックの

コンセプトは「成長」。延びる東京、発展する日本でいけいけどんどんだった。

その当時の高齢化率は6%。日本全体は青春。

日本経済は効率を追い求めた。それに比べて2020年は

高齢化率30%。基本コンセプトは「成熟」。すごしやすい東京、

暮らしやすい日本でもっと落ち着こうぜだ。故に効率から

快適へ変わるべきだ。そこにパラリンピックの価値が出てくる。

超高齢化社会に向けて今の内にしっかり準備しよう。

しかし現在の組織委員会、文部科学省、東京都はバラバラで

1つの旗の下に寄れない。それは大義、哲学が無いからだ。

何の為に東京オリンピック、パラリンピックをするのか?

今からでも遅くは無い。大義を持ち東京が世界に先駆けてモデルを作ろう。

・二宮清純氏の最も尊敬するスポーツマンはJリーグチヤマンだった

川渕三郎氏。Jリーグプロ化そして100年構想(100年経っても

変わり続ける運動体)。キラーコンテンツはスポーツを地域に取り戻そうだ。

川渕氏は強烈な反対勢力、抵抗勢力にあいながらも

独裁者、暴君と言われても蛮勇を奮った。人が変われば

組織は変わる。ヤル気がない人はできない理由を考える。

この人達は100年経っても時期尚早と言い、200年経ても前例がないと言う、

氏はJリーグ立ち上げにあたって大反対の中、こんな趣旨の大演説を

ぶって実現させた。この過程を二宮氏は側でずっと見て来た。

・この中でリーダーシップとは何かを考えた。

21世紀のリーダーの条件は下記の3つだ。

①Passion(情熱) ブレない事が大事

②Mission(使命感、理念) 大義が大切

③Action (行動力) 難しい事をやることがリーダー。

80%賛成なものは皆に任せる。80%反対するものは俺がやる。

バカバカしい話の様だがトイレを改装することがいかに重要かという話。

氏は大の広島カープ好き。2004年カープは消滅の危機であった。

その当時の売り上げは63億円が現在は150億円。

その原因はトイレ。その当時の広島市民球場はトイレが狭い、

汚い、少ない。こんなトイレは女子が入りたくない。

女子が行きたくない所は栄えない。行きたくなると男子を連れて来る。

観客が増える。売り上げが増えヤンキースから黒田投手を呼べる(6億円)。

デパート戦争も同じで、トイレにはドレッシングルームが必要。

女性はトイレに3時間費やす。トイレを軽く見たら痛い目に合う。

落語の「風が吹けば桶屋が儲かる」の如く

(私はこの話が大好き)の論理だ。これは意外な盲点を

突いた指摘で大変興味深い話であった。