興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

共謀 (Collusion)

2006-10-25 | プチ臨床心理学

一般に、共謀というと、二者が、主に悪事や不正を
働くために秘密裏に協力したり協定を結んだりする
ことを意味する。これは、ゲーム理論や経済学などの
用語だけれど、臨床心理学においてもCollusionという
概念がある。

基本的に、臨床心理学でCollusionというと、
therapeutic Collusion(治療的共謀)を
意味し、これは、治療者が、クライアントのもつ
問題の核心などに気付きつつも、クライアントと
暗黙に「協力」して、その問題に触れずに治療を
続けることを指す。

これは多くの臨床心理学者の間では、通常 好ましく
ない状況とされていて、Collusionはしばしば
Therapeutic Misalliance(治療上の誤った同盟)
と同義的に使われ、心理療法の進行の停滞や、後退
などの原因の一つとされている。

しかし、心理療法における全てのCollusionが
治療において有害なわけではなく、一時的なCollusionが
クッションのような役割をしていて、治療が決定的な
破局に向かうのを防止する効果も認められている。

例えば、臨床心理学者における慢性精神分裂病
(統合失調症)の治療において、分裂病患者のもつ
こころの問題の核心に触れる事象はあまりにも
患者にとって脅威的で、不用意にそれに触れるのは
あまりにも危険なため、互いにその問題を認識しつつも
あえて触れずに治療を行うことがある。

本題から逸れるので、これ以上の詳細は避けるけれど、
臨床心理学において、Collusionとはつまり、
セラピストとクライアントが暗黙のうちに協力して
ある問題を見ないようにすることだ。

でも、この臨床心理学においてのCollusionという
現象は、何も心理療法家とクライアントとの間だけに
起こることではなく、私たちの日常の至るところに
存在している。

例えば、セックスレスの夫婦やカップルにおいて、
どちらか一方が外で別の人と性的な関係を持って
いるのを、もう一方も うすうす気付きながらも、
あえてその問題を見ないようにして恋愛関係を
続けるというケースは世の中 多いと思う。

Collusionは、意識して行われていることもあれば、
ほとんど無意識的に行われていることもある。
例えば、上の例で、どちらかの浮気を、もう一方が
気付いているとき、浮気している方は、ばれている
ことに気付いていなかったりする。

また、浮気をされている側も、「もしかしたら」
という、意識レベルまでその疑念が浮上していない
無意識レベルで気付き始めていて、無意識のうちに
問題に触れる言動を控えたりする場合もある。

それとは逆に、浮気している側も、自分の浮気が
完全にバレていることを知りつつも、知らないフリを
してあえて続けるというケースも多い。

いずれにしても、こうしたカップルにおいて、「浮気」
という問題を明るみに持ち出して言語化することは、
二人の関係において致命的なダメージが予測され、
その結果破局を迎えるよりは、不正を認識しつつも
その問題には とりあえずお互い触れずにいようという
暗黙の同意や協力が存在する。

恋愛関係以外でも、友達関係において、友人が
明らかに間違ったことをしていたり、方向を誤って
生きていることに気付いているのに、友好関係に
問題が生じるのを恐れて、あえてその問題に触れない
人は世の中多いし、会社で、部下が不正を働いている
ことを認識しつつも、あえて注意しない上司もいる。

いずれにしても、Collusionの存在する人間関係
には、明らかな「ニセモノ」や「関係の不健全性」が
存在するわけで、そうした関係がずっと機能することは
ほとんどない。

しかし、ニセモノや胡散臭さや仮面の関係でも、
失うよりかはそれにすがり続けていたいのが
人間なわけで、こうしたCollusionは慢性化して、
機能不全ながらも続いていったりする。

コミュニティが崩壊し、人間関係が希薄になった
現代人において、こうようなCollusionが存在する
関係性というのは一昔前よりもずっと増えている
印象がある。もしかしたら、このような社会に、
特別なCollusionのほとんどない透明性の高い
関係を見つけるほうが難しくなっているのかも知れない。

Collusionは、二者間のもつ共同幻想が幻想であると
分かりつつも目を瞑ってみようとしない現象だけれど
それに直面した瞬間に大きなDisillusionment(幻滅)
を体験する可能性も多く、ほとんどの信頼関係において
Disillusionmentは「関係の終わり」に結びつくもので
いずれ問題に向き合わねばならぬことを知りながら、
その前段階としてCollusionの関係をもつ人は多いだろう。

前述のように、「一時的な」Collusionは、気持ちの
整理などの、こころの準備段階として、「ポジティブ」な
機能も持っているので、大切なのは、Collusionの関係を
慢性化させないことだと思う。