興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学者黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

夕暮れ

2015-05-25 | 戯言(たわごと、ざれごと)

 週末の夕方、いつもより空いた電車に乗った瞬間、車内の異様な緊張感を感じた。

 なんだろうと思ったら、ドアの横の床に腰を下ろして缶ビールを片手に持った若い男がいた。

 だいぶ出来上がった様子で、目が座っている。服装や髪型なども極まっている。何やらつぶやいており、彼の周りだけ誰もいない。しかし人々は青ざめた表情で、彼の方をチラチラと見ている。目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだと思う。

 でも僕は疲れていたし、彼の半径2メートルゆえの空席におもむろに座った。なるほど、誰も座らないわけだ、そこは彼と正面からばっちり顔を合わせる席だった。いずれにしても、僕は最近iPhoneにインストールした将棋アプリ『将皇』を開いて、レベル3のコンピュータと対局をはじめた。この将棋アプリは無料であるのになかなか本格的で、差し応えがある。将皇レベル3は最強レベルで、僕らの実力は伯仲していた。しかもこの無料ソフトは無料であるのに学習能力もあるようで、どんどん強くなっていく感じだ。そういうわけで、僕がすっかり将棋の世界に入り始めた頃、その床に座っていた男性がすっと立って、近づいてくるのが視界の端に映った。

 ちょっと緊張しつつも、試合は佳境に入っていたし、僕はゲームに熱中し続けた。しかし正直ちょっと怖かった。彼はさっきから周りの人たちをガン飛ばしていたし、妙な殺気を放っていたし、できればそのままおとなしく床に座り続けていて欲しかった。そんなことを頭の片隅で考えながら将皇レベル3と格闘してると、

「お兄さん」、

と不意に彼から話しかけられた。

 僕は将棋の世界から一気に現実の世界に引き戻された気がした。

「はい、どうしました?」

僕は仕方なくiPhoneから顔を上げ、彼の目を見て答えた。意外と素直な目をしている彼に少し驚く。つい30秒前まで2メートル先に居た彼との距離はゼロになった。彼は僕の隣の席に腰を下ろして言った。

「あ、すみません。この電車は湯河原まで行きますか?」

意外な質問と意外な低姿勢に僕は少し面喰う。しかし僕は今の今まで将棋の世界に居たし、自分の乗っている電車が湯河原まで行くかどうかは定かではなかった。

「えぇと、ちょっと待ってくださいね」、

と言い、僕は彼が座っていた床のところのドアの上の電光掲示板に目を向ける。電光掲示板は、電車の遅れ状況など、あまり関係ないこと知らせている。

「あのパネルにね、この電車がどこまで行くか、もうすぐ出るから、ちょっと待ってね」、

そう答えると、彼は相変わらず低姿勢で、はい、すみません、と言う。周りの人々からの視線を感じる。電光掲示板は、この電車の終点が熱海であると教えてくれる。

「あ、大丈夫ですね。これ、熱海まで行きますよ」、

そう答えると、彼はとても嬉しそうな表情をして、とても丁寧な礼を言った。それはなんだかこちらが恐縮するようなもので、大したことしてないですよ、と僕は答えて、再びiPhoneのスイッチを入れた。将皇との勝負はまだ終わっていない。

 しかししばらくすると、彼は再び話しかけてきた。

「お兄さん、本当にすみません、ちょっといいですか」、

やはり少しろれつの回り切らない口調で彼は言う。

「なんでしょう?」

「この電車に、トイレはありますか」。

 再び意外な質問だけれど、これは簡単だ。ありますよ、ええと、ほら、この車両じゃないけど、この次の車両、見えるかな、あそこ、でっぱってるでしょ、あれがトイレ。立ち上がって、遠くのトイレを指さしながらそう答えると、彼はまた何度も礼を言った。

 それで終わりだと思ったら、

「お兄さん、本当にすみません。お願いがあるんです、この荷物、見ていてくれますか」、

と立ち上がった彼は座席に小さなリュックを置いて言った。

しかし僕は次の駅で降りなければならなかったので、

「悪いけど、次の駅で降りないといけないんだ」

と言うと、彼は両手のてのひらを合わせて拝むようにして、

「いいからいいから、お願いします」、

と、ペコペコ頭を下げながら言う。だいぶ酔っている。

 やれやれ。困ったことになった。でも彼が置いていったその小さなリュックは薄汚れていて、ぺしゃんこで、何も入っていないように見えた。これならば、置き去りにしても、誰ももっていかないだろう。ましてや、この車両にいる人はみんな彼のことを恐れている。たとえ僕が次の駅で下車したところでこのリュックはまず無事だろう。そんな風には思うものの、頼まれた以上、いくら強引な依頼であっても、できるだけ見ていてあげたかった。

 でも電車は僕が降りる駅のプラットホームに差し掛かっている。頼むから早く戻ってきてくれ。電車ももう少しゆっくり到着してくれ。そんな風に思いながら、気をもみつつ彼の入ったトイレの方をみているものの、彼が一向にでてこないうちに、電車はホームに着いてしまった。

 困ったものだ。でもこの電車、停車時間が数分あるというアナウンスが流れた。

 電車のドアが開く頃に、彼もトイレから出てきた。遠くから彼がきょろきょろしながら歩いてくる。先ほど床に座っていたときの殺気が戻っている。たぶん自分がどこに座っていたかも覚えていないのだろう。

「ここ、ここ!」

と僕は思わず大きな声をだして彼に手を振ると、周りの人たちが緊張した様子でこちらを見た。

 彼も僕も大して変わらないのだとこのときに気づいた。僕に気づいた彼ははっとして、とことこと歩いてきた。

「これ、リュックね。良かった、間に合って。俺、ここで降りないといけないんだ」、

そういうと、彼はとても嬉しそうに微笑み、礼を言って、握手を求めてきた。

「ホントに気を付けて帰ってね」、と思わず言うと、彼はただただ礼を繰り返した。僕は彼の手を両手でぎゅうっと握って、電車を降りた。

 なんだかすがすがしい気持ちだったけれど、最初に彼を怖いと思った自分を少し恥じた。



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自尊心と自分の時間

2015-05-14 | プチ臨床心理学

 かつて、アメリカの著名な精神科医、スコット・ペック(Morgan Scott Peck (May 22, 1936 ~ September 25, 2005) は言いました。

"Until you value yourself, you won't value your time. Until you value your time, you will not do anything with it."

 
 これはつまり、「あなたが自分自身に価値を認めるまで、あなたには自分の為の時間はない。あなたが自分の時間に価値を見い出すまで、あなたはそれをどうすることもできない」、と言った意味の言葉です。

 これは非常に示唆に富んだ言葉で、実際人は、健全な自尊心を持っているとき、自分のための時間をその生活のなかで確保していますし、その時間を有意義に使っています。本当の意味で、自分を大切にできています。逆に、低い自尊心に苛まれる人は、自分のことはないがしろにして、常に他人のことを優先して生きているため、いつまでたってもその生活は変わりません。変わらないどころか、そのようなライフスタイルは、徐々にその人を蝕み、損なわせていきます。

 ここで私が言いたいのは、「自分勝手に生きよう」などということでは決してありません。私が今回強調したいのは、バランス感覚の大切さです。他人に何も与えず、何の貢献もせずに、自分だけの時間を生きようとしたところで、その人は他者と繋がることもできませんし、真の成長はあり得ませんし、そういう人生が豊かな人生であるとは言い難いです。
 
 それとは反対に、自分のために時間を使うことに強い罪悪感を感じるために、自分の本当の気持ちやニーズを無視したり押し殺しながら、他人の気持ちや要求に応えることで、罪悪感はなんとか回避できているものの、「もっと相手の要求に応えなければ」という考えが常に脳裏にあり、慢性的なイライラや鬱感情に苛まれて生きている人の人生にも、真の成長や充足感はありませんし、そのような人生が豊かであるとは言えないでしょう。こうした生活を続けていては、いつまでたっても自分のための時間を持つことはできません。

 上手な生き方は、どうやらこれらの両極端の弁証法的なスタンスにありそうです。つまり、自分の社会的な責任を自覚して、他者と向き合いながら、自分にできることをきちんとしながら、それと同時に、自分の本当の気持ちやニーズにもきちんと自覚して、自分としっかり向き合って、そうしたものを大切にして生きていくあり方です。これを実現するためにどうしても必要なのは、やはり、必要な時に断る勇気、Noという勇気です。なんでもかんでも断ったり、拒絶するのは、自己中心的ですが、自分自身の人生をきちんと生きるために、つまり、自分の時間を確保するために、できないことはできないと断ることは、自己中心的ではありませんし、これは、相手のニーズを呑み込むよりも、ずっと勇気とエネルギーの要ることです。

 自分は自分の気持ちやニーズを大切にして良いのだ、自分はそういう価値のある人間なのだと自覚することが、対人関係の緊張感に負けずに自分のための時間を作ることに繋がります。そして、そのようにしてようやくできた自分の時間を大切にできないと、なんとなくそうした時間をだらだらと過ごしてしまったり、無駄にしてしまったりして、その時間を有意義に使うことができません。他人を自分の人生の中心において生きている人は、たとえ自分の時間ができても、そうした時間を、他人に尽くすことで生じた疲れを取るために費やしてしまうので、なかなかその時間を本当に自分のためになるように使うことができません。逆に、自分の時間を本当に自分のためになるように使えたら、その人は、気持ちが良いですし、その経験は、自尊心を高めることにも繋がってゆきます。そのポジティブな体験は、本物であり、充足感があるので、自分の時間を確保し、うまく使うという行為は強化され、健全な自尊心に基づいた、バランス感覚の良い、豊かな人生へと繋がってゆきます。

 
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臨床心理学者 黒川隆徳 自己紹介

2015-05-14 | ┣ サービス内容

 黒川隆徳(くろかわ たかのり)

  • 臨床心理学博士。精神療法家
  • 米国カリフォルニア州公認クリニカル・サイコロジスト
  • American Psychological Association (APA、アメリカ心理学会)会員
  • アメリカの心理学大学院 California School of Professional Psychology ロサンゼルス校にて臨床心理学修士号及び博士号修得
  • カリフォルニア臨床心理大学院 東京サテライト校 非常勤講師
  • 心療内科「みゆきクリニック」所属(東京都港区品川)
  • 慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC) ウェルネスセンター バイリンガル・キャンパス・カウンセラー


米国カリフォルニア州のSan Fernando Valley Community Mental Health Centerにおいて、認知行動療法や往診を含む総合的な精神療法の研修の後、Life Skills Treatment Programにて精神疾患・パーソナリティ障害・発達障害を併発した成人のためのグループセラピーなどの臨床経験を積む。ロサンゼルスの精神力動的精神療法名門Airport Marina Counseling Serviceで研修後、臨床能力が評価され、同施設50年の歴史初の日本人、最年少のスーパーバイザーとして採用される。

長年に渡り、臨床心理学、精神分析学の本場ロサンゼルスにて、日本人を含む様々なバックグラウンドの人たちに心理カウンセリング(サイコセラピー)に携わる。人種、民族、年齢、性別、性的志向、宗教などの違いを超えて、ひとりひとりのクライアントをそのひとの立場に立って感じ、考え、深く理解することで、良い治療関係を築き、効果的な治療を提供する。

2014年帰国後は、東京高輪のみゆきクリニックなどを拠点とし、毎週40セッションのサイコセラピーに精力的に携わる。

精神分析的精神療法を基盤に、豊富な臨床経験と確かな知識を駆使し、様々なテクニックを用いてクライアントの問題を効果的に解決する。

個人のサイコセラピーに加えて、カップルセラピーにも従事し、今日に至るまで、多くの夫婦関係、恋愛関係を改善。

サイコセラピスト達の臨床指導、監修においても高い評価がある。

専門:精神力動的精神療法、認知行動療法、カップルセラピー、恋愛・結婚心理学、テレカウンセリング(スカイプ、電話、e-therapy)、スーパービジョン。鬱、復職支援、不安障害、トラウマ、育児ノイローゼ、LGBTQのアファーマティブセラピー(affirmative therapy) 、性、セクシュアリティの問題全般、パーソナリティ障害、解離性障害、発達障害、対人関係など。

(2017年8月更新)

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