興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

臨床心理学を学ぶのは日本の大学院がアメリカの大学院か

2019-08-30 | アメリカで心理学者になる方法

皆さん、こんにちは。

今回は、Matsuyamaさんからの質問にお答え致します。Matsuyamaさん、ご質問ありがとうございます。質問内容は以下の通りです:

質問なのですが、私は心理学部卒で低賃金の心理に関わる仕事をしているのですが、自分のスキルアップを目指して日本の大学院に進学するか、海外に出るか悩んでいます。しかし調べてみると、アメリカに行けたとしても黒川さんのように博士まで取得し、資格試験に合格できるかかなり不安を感じます。TOEFL iBTでは最高で84点ですのでギリギリ授業についていけるかもしれませんが、心理学の授業は言い回しも難しいように感じられます。そこでなのですが、修士のLicensed Clinical Social Workerであっても取得しアメリカ・日本で生活に困らないレベルで生きていくことはできますでしょうか?なぜ海外を希望しているかと言いますと、なるべく多様な意見を聞き、それを日本の中で苦しんでいる人々に知らせたい、と思っているためです。

順を追ってお答えしていきますね。

質問なのですが、私は心理学部卒で低賃金の心理に関わる仕事をしているのですが、自分のスキルアップを目指して日本の大学院に進学するか、海外に出るか悩んでいます」

両者にそれぞれ一長一短があり、これは確かになかなか難しい問題ですね。とくに公認心理師という国家資格ができた今、ご自身のニーズと日本の心理臨床の現状の様々な側面を慎重に考慮する必要があると思います。

しかし調べてみると、アメリカに行けたとしても黒川さんのように博士まで取得し、資格試験に合格できるかかなり不安を感じます。TOEFL iBTでは最高で84点ですのでギリギリ授業についていけるかもしれませんが、心理学の授業は言い回しも難しいように感じられます。そこでなのですが、修士のLicensed Clinical Social Workerであっても取得しアメリカ・日本で生活に困らないレベルで生きていくことはできますでしょうか?」

まず、仰せのように、アメリカに留学して臨床心理学で博士号を修得し、資格試験に合格するのは、実際かなり大変なことです。博士号を修得するところまでは何とかなっても、サイコロジストの国家試験と州試験の受験資格を得て、資格試験に合格するまでアメリカに残ること自体が、移民法の関係で、非常に難しいです。

もっとも、これはLicensed Clinical Social Worker(LCSW)のプログラムにおいても言えることです。確かにLCSWは修士号の資格なので、Psychologistと比べると、修得しやすいですが、LCSWになるためにも数千時間の実務経験が必要ですし、授業(ディスカッションやプレゼンが多い)、課題、修士論文、実習と、相当な英語力が要求されます。そういう私も英語には本当に苦労しました。

ただ、これは本質的な問題ではないかもしれません。

Matuyamaさんが中学、高校時代に留学経験があったり、インターナショナルスクール出身だったり、家庭環境が英語であったりして、SpeakingとListeningのスキルが相当ない限り、大学院である程度英語で苦労するのは必至ですし、個人的には、これ自体が実はものすごく為になる経験だったと思っています。

苦労して授業についていく中で、また、英語圏の暮らしの中で、英語は身につけていくものです。いずれにしても、Readingの分量も修士課程の時点で半端じゃないので、勉強に明け暮れる生活になるのは覚悟した方が良いでしょう。

だた、こうして苦労して身に着けた知識は、ずっと残るものですし、努力は報われます。

「そこでなのですが、修士のLicensed Clinical Social Workerであっても取得しアメリカ・日本で生活に困らないレベルで生きていくことはできますでしょうか?なぜ海外を希望しているかと言いますと、なるべく多様な意見を聞き、それを日本の中で苦しんでいる人々に知らせたい、と思っているためです。」

正直なところ、これは保証はできません。というのも、アメリカ、特に西海岸と東海岸は、Psychologist、精神科医、LCSW、Marriage and Family Therapist(MFT)、それ以外の修士号の有資格者と、Mental health professionalで溢れていて、アメリカ人の有資格者でも開業を含めたいくつもの仕事をして生計を立てているのが現状だからです。

移民法の関係で、就労においてアメリカ市民が外国人に対して優先されるので、特に移民に対して排他的なトランプ政権下では、アメリカ人の有資格者を相当に引き離す何かを持っていない限り、労働ビザの獲得も難しいです。

やはり、何といっても、Matuyamaさんが大学院生時代にどれだけ臨床経験をして、どれだけ臨床心理学の知識と技術を身に着けて、どれだけプロフェッショナルなネットワークを作るかに掛かっています。

とはいっても、Clinical Social Workの修士号を修得し、LCSWの資格を取れる時点で、Matuyamaさんは相当な臨床技術と専門的知識を身に着けていることになるので、きっとその頃にはある程度道が開けているのではないかと思います。

CSWにしても、修士号を修得するまでは何とかなっても、ライセンスの受験資格を得てライセンシング・イグザムに合格するのは別次元の問題です。こうしたハードルを越えてLCSWの資格を得られるならば、その時点で、アメリカはともかく、日本では、かなりスキルのあるセラピストの部類に入るでしょうし、大幅なスキルアップは確実です。

ただ、Matuyamaさんもご存知のように、日本は医療機関や教育機関で働くには、公認心理師の資格が今後ますます重要になってくるため、もし公認心理師の受験資格がおありでしたら、今現在の移行期間中にまずは公認心理師の資格を取ってから進学されるのが良いと思います(もしまだ取っていないのでしたら)。日本の大学院は、公認心理師の資格ができてから、だいぶ様子が変わってきていると聞いています。私は詳しいことは分かりませんが、今後、条件を満たした心理学の学士号がないと、大学院を出ても公認心理師にはなれないと聞いています。

今後日本のメンタルヘルスの分野がどのようになっていくのか、正直ちょっと先が読めないのです。

Matuyamaさんが、心理臨床のスキルアップのみを目指しているのであれば、確かにアメリカの大学院が最善だと思います。多様性という観点では、アメリカ、特に西海岸と東海岸の心理臨床に勝る場所はないでしょう。

ただ、「生活に困らないレベルで生きていく」ことは、また別の話です。ご存知のように、有資格者であっても、日本の心理臨床は、決して高収入の業界ではありません。臨床心理士の有資格者が時給1000円で雇われていたりする国です。スクールカウンセラーなど、比較的お給料は良いですが、人気があり、競争率も高いですね。「生活に困らないレベルで生きていく」には、やはり、どこかに就労するだけでなく、ご自身で独立開業などをしていく必要があると思います。

とはいっても、LCSWの資格を取れるぐらいの実力があれば、日本で独立開業をすることは十分に可能だと思います。ただ、先述したように、公認心理師の資格が導入されて以来、日本の心理臨床の様子が急速に変わりつつあるので、常に情報収集しながら、様々な可能性に対応できるように計画を立てていく必要があると思います。

老婆心からいろいろ言ってしまってすみません。この回答がMastuyamaさんの進路決定に少しでもお役に立てば幸いです。

 




学部時代の専攻は心理学である必要があるのか?

2019-01-22 | アメリカで心理学者になる方法

皆さん、こんにちは。

今回は、eさんから頂きましたご質問にお答えします。

今回頂いた以下のご質問は、実のところ、良く受ける質問です。アメリカの大学院で心理学を学びたい方にとってはとても大切なことですし、せっかくですので、今回はここでじっくりとお答えさせていただきます。

eさん、有意義なご質問をありがとうございます。

以下がeさんから頂いたご質問です:

「初めまして。現在大学学部生で、専攻は経済学です。アメリカの大学院について、質問をさせて頂きたいです。日本で経済学部卒業し、アメリカの大学院で心理学を専攻することは可能なのでしょうか?大学生活を過ごすうち、心理学に興味が沸いてきて、独学で心理学を勉強しようか、通信制で勉強しようか、日本の大学院で心理学を専攻しようかと考え、調べていると、アメリカは心理学最先端の国であり、より機会も多く与えられているということを知りました。また、私自身、現在アジア圏で交換留学中であり、英語で授業をとったり、日常会話の英語はある程度は問題ありませんが、ネイティブと話しているうちに実際に英語圏に行って英語に触れたいという思いが強くなりました。現在の専攻が、心理学ではないため、新しく学ぶ心理学を英語で学ぶとなると大変だとは思いますが、その前にそのような選択が可能なのかをお伺いしたいです。ぜひ、宜しくお願い致します。」

まず、一番大事なところ、「日本で経済学部卒業し、アメリカの大学院で心理学を専攻することは可能なのでしょうか?」ですが、結論からお話しますと、答えはイエスです。アメリカのほとんどの私立の臨床心理学の大学院は志願者の学部時代の専攻はそれほど重要視しておりません(脚注1、脚注2)。実際、アメリカの大学院は、実にさまざまなバックグラウンドの人を受け入れています。入学してみるとお分かりになりますが、クラスメイトは実に様々な学部卒の人で構成されています。ちなみに、世代もかなり幅広いです。日本の臨床心理学の大学院とはこの辺りも大きく異なります。学校によって異なるものの、かなり多くの方が、一度社会に出て心理学とは全く異なるフィールドで社会経験を積み、何らかの理由で心理カウンセリングの分野に興味を抱いて心理学の大学院に入学してきます。そういうわけで、アメリカの臨床心理学の大学院は、そうした多様な背景の人たちが無理なく臨床心理学を学べるように、一年次には、心理学入門や生物心理学、行動心理学、認知心理学などの学部でも学べる基礎的なクラスを用意しています。この辺りは心配要りません。

大学生活を過ごすうち、心理学に興味が沸いてきて、独学で心理学を勉強しようか、通信制で勉強しようか、日本の大学院で心理学を専攻しようかと考え、調べていると、アメリカは心理学最先端の国であり、より機会も多く与えられているということを知りました」

やはり本格的に臨床心理学を学びたいのであれば、通信ではなくて、実際のスクーリングのある大学院がよいと思います。というもの、臨床心理学という学問の学びは、文字通り、実際の臨床を通して学ぶところが非常に大きいからです。そして、院生時代の実習経験の機会という観点では、アメリカの大学院は、日本の大学院と比べて圧倒的に有利です。

ただ、ひとつお話しておかなければならないことがあります。確かにアメリカの臨床心理学者は精神科医に匹敵するような権限が与えられており、とても幅広い機会がありますが、学位取得後にアメリカでライセンスを取得してアメリカで本格的に働くことは、現在、移民法の問題で、非常に困難であるということです(もしあなたがグリーンカードや市民権などをお持ちでしたら全く問題ありません)。実際、アメリカで本格的に働くためには、スポンサーになってくれる雇い主を見つける必要があり、そこには労働ビザ取得のための高額の弁護士費用が掛かります。そして、アメリカ市民の雇用を最優先している移民局に対して、どうしてアメリカ市民ではない自分をその雇用先が雇うのか、その正当性を証明しなければなりません。つまり、アメリカ市民の心理学者と同等以上であり、平均的なアメリカ人の心理学者にはないものを持っている、ということを客観的に示す必要があります。

また、私自身、現在アジア圏で交換留学中であり、英語で授業をとったり、日常会話の英語はある程度は問題ありませんが、ネイティブと話しているうちに実際に英語圏に行って英語に触れたいという思いが強くなりました。現在の専攻が、心理学ではないため、新しく学ぶ心理学を英語で学ぶとなると大変だとは思いますが、その前にそのような選択が可能なのかをお伺いしたいです。ぜひ、宜しくお願い致します」

素晴らしい志だと思います。確かに大変かもしれませんが、現実的なプランです。

ただここで、もうひとつだけ、老婆心をお許しください。

ご存知のように、今年から日本では、「公認心理師」という4年制大学の学士号レベルの新しい国家資格ができました。

これから4年ほどは移行期間であり、様々な背景の人の資格取得が可能ですが、その後は恐らく日本の4年制大学で心理学を専攻していることが条件となってくるようです。こうなると、海外の大学院卒の人がこの資格を取得することがかなり難しくなるともいわれています(この辺りは私もあまり詳しくないので、該当機関に連絡して実際のところどうなのか、お確かめになってください)。

そういうわけで、eさんが大学院で学位を取得後に、どのようなキャリアをお考えなのかによって、アメリカの大学院が最善であるかどうかが、決まってくると思います。いずれにしても、アメリカの大学院での学びは、他では得られない、掛け替えのない貴重な経験となりますし、eさんのようなバックグラウンドの方にはピッタリだと思います。それぞれの選択にはメリットとデメリットがありますが、この回答が少しでもeさんの最適な進路選択のヒントになればと思っております。



脚注1: 州立大学の大学院などの研究機関では、原則として、学部時代に心理学を専攻している必要があります。ただ、州立大学の大学院が求めているのは、心理学専攻そのものよりも、大学院に入る段階で取得している必要がある必須科目(prerequisite)であり、たとえば志願者が心理学を副専攻していてその条件を満たしていれば、応募資格があります。

脚注2: 心理学を学部で専攻していた学生のメリットももちろんあります。たとえば、それ以外の学生が取らなければならないいくつかのクラスが免除されて学費が安くなる可能性もあります。それから、学部時代から心理学を勉強していると、当然ですが、大学院の授業の理解力という面においても有利です。




日本の大学院 VS. アメリカの大学院

2018-11-16 | アメリカで心理学者になる方法

皆さん、こんにちは。

久しぶりの、質問コーナーです。

今回は、Fumiyaさんから頂いた、臨床心理学における留学の意義についてのご質問に回答させていただきます。Fumiyaさん、大切なご質問、ありがとうございます。

以下が、Fumiyaさんからのご質問です:


現在心理学部四年で、卒業後アメリカ、イギリスのどちらかの院で臨床心理を学びたいと考えています。ただ、就職は日本でしたいと思っています。(カウンセラー系の仕事)、日本の資格を持っていなければ日本では海外の経験はあまり評価されないとも聞き、ただの遠回りでコストとリターンが見合っていないでしょうか。公認心理士には海外の院卒業が、日本の院卒業と同じとして扱われるということも聞きましたが。現在休学して留学していることもあり、この英語力や留学経験を自分の専門分野にさらに生かしたいと思っています。長くなりましたが、海外で働く気がなく、教授などを目指しているの出もなければ、海外院はあまり意味がないですか?アドバイスいただけると幸いです。


実は、これに関連したご質問は、いろいろな方からよく頂くものです。今回は、せっかくですので、じっくりと回答していきたいと思います。

まず、

現在心理学部四年で、卒業後アメリカ、イギリスのどちらかの院で臨床心理を学びたいと考えています。ただ、就職は日本でしたいと思っています。(カウンセラー系の仕事)、日本の資格を持っていなければ日本では海外の経験はあまり評価されないとも聞き、ただの遠回りでコストとリターンが見合っていないでしょうか」、

ということですが、確かに日本のメンタルヘルスの現場は、日本の資格(現在は臨床心理士、今後、公認心理師の資格が重視されるでしょう)が不思議なくらいに重視され、海外の資格は、不思議なくらいに軽視される傾向にあります。

これは実際、私が5年前に実家の事情で帰国した時に、痛切に感じたことでした。

帰国後まもなく私は臨床心理学系の就職活動を始めましたが、どの精神科・心療内科クリニックも、とにかく「日本の臨床心理士の資格」がないと、門前払いで、戸惑いました。不毛な就活はしばらく続きました。いくつかの施設では、途中まで話が良い感じに進んできたところで、たとえば、そこの理事長さんが出てきて、「やはり臨床心理士の資格がどうしても必要」だという理由で、頓挫します。

海外の大学院を卒業して、臨床経験のある者は、日本の精神科の病院や心療内科のクリニックで3年以上の臨床経験を積むと、臨床心理士の試験の受験資格が得らえるということですが、そもそも、海外の大学院出身の人間は、なかなか雇ってもらえず、3年の臨床経験のスタート地点に立つことすらままならない、という現状です。しかも、雇われたところで、「未資格者」は恐ろしく薄給です。当時の私は経済的にも余裕がなく、その薄給で3年続けるという事はオプションにありませんでした。

こうした現状に気づき、私は戦慄しました。

しかしこれは、日本の大多数の精神科・心療内科のクリニックが日本の臨床心理士の資格にこだわる、ということであり、すべての精神科医がそのようではないということでもあります。

つまり、精神科医のなかには、アメリカをはじめとする欧米の臨床心理学の高い水準の研究と実践に理解があり、正しく評価できる人もいる、ということでもあります。つまり、評価をする人間による、というわけです。そして、こうした精神科医は、意識が高く、勉強熱心で、国際感覚にも優れている方が多いです。

私に関していうと、ようやくそうした先生の一人である塙美由貴先生と出会い、意気投合し、先生のクリニックの一室を貸していただけることになり、そこを基盤として、活動範囲を広げていきました。気が付くと自分は、アメリカの大学院の日本校や、国際学生の多い大学のキャンパスカウンセリング(バイリンガル枠)などでも働いていました。

確かに普通に日本の大学院に行くことと比べて、アメリカの大学院は、かなり時間とお金が掛かります。あらゆる意味で、コストは大きいです。

しかし、リターンも大きいです。 ただこれは、Fumiyaさんがどこで働くかにもよります。Fumiyaさんはご存知かもしれませんが、日本の病院やクリニック勤務の臨床心理士のお給料は、正規採用でも、決して高くありません。むしろ、海外水準と比べると、驚くほど安いです。それから、病院勤務では、心理士の仕事は、精神科医の指示の下で、ひたすら心理検査をしたり、精神科医の診察の補助的なカウンセリングをしたりと、海外の大学院出身である必要がない業務内容のところが多いです。 つまり、Fumiyaさんが病院やクリニックなどに就職することを考えておられるのであれば、確かにリターンは見合っていないかもしれません。

しかし、私のように、フリーランスとして、個人開業を含めて、いろいろなところで働いている人間にとっては、計り知れないリターンがあります。まず、経済的なリターンですが、正直なところ、申し分ありません。高額の留学資金も、随分前に回収出来ました。

経済面でのリターンも大きいですが、それよりも大きいのは、プロフェッショナルとしてのリターンです。

私がアメリカの大学院の日本校や、留学生相手のカウンセリングができるのも、やはり、私がアメリカの大学院を出て、アメリカで臨床経験を積み、アメリカで資格を取ったところが大きいです。というのも、2018年現在でも、英語で効果的な心理カウンセリングのできるサイコセラピストは非常に少数で、需要があるからです。こうしたスキルがあり、フリーランスで活躍するのではれば、日本の資格はあまり重要ではありません。

これは英語が話せればよいという話でありません。

それよりも大事なのは、Diversityを非常に重視した、多文化にセンシティブな臨床心理学の教育と、臨床経験です。私が臨床に携わっていたロサンゼルスは、超多文化社会であり、とにかくいろいろな人種の、いろいろな宗教の、いろいろな年齢層の、いろいろな価値観の、いろいろな性的志向の、いろいろな社会階級の人たちが、待ったなしで、どんどん現場にやってきます。アメリカのメンタルヘルスのシステムは、インターン生の労働力に依存しているので、大学院在学中から、ものすごくたくさんのケースを持たされます。

臨床内容も、日本とは大きく異なります。 精神科医と臨床心理士の社会的地位も権限も伯仲しているアメリカでは、臨床心理士は基本的に精神科医と独立して治療に携わります。 つまり、臨床心理士が診断を行い、ひとりで全体的な治療を行うのです。 大学院に通うインターン生(インターンシップはほとんどの大学院ではカリキュラムに含まれていて必須)も、自分に割り当てられたクライアントを、ひとりで診断して治療していくことになります。 もちろん、インターン生には、ライセンスを持った臨床心理士がスーパーバイザーとしてついています。診断についてスーパーバイザーと話し合い、臨床指導を受けます。 このスーパービジョンのシステムも、アメリカは徹底しています。日本のように、オプションではなく、法律で定められていて、スーパービジョンが行われない臨床時間は認められません。 ただ、スーパーバイザーは通常インターン生が働いている施設に所属していて、インターン生がその施設で無償で働いてくれる代わりに、無償で徹底的なスーパービジョンを毎週行ってくれます。日本の院生のように、経済的な理由で十分なスーパービジョンが受けられない、ということはまずありません。この徹底したスーパービジョンと、圧倒的な臨床時間とケース数が、実力のある臨床家を育みます。

一方、日本の大学院の研修は、決して十分でないケース数の場合が多いですし、実質的に実習を行っていない院生も多いです。スーパービジョンも必須でなかったり、指導者の臨床スキルに問題があったりして、決して十分ではありません。臨床心理士の資格を取った時点で、臨床経験がほとんどない方も少なくありません。

アメリカでは、臨床心理士の資格を取るためには、特定の大学院の博士号を修得し、3000時間の厳格に規定された臨床経験を修了し、国家試験と州試験に受かる必要があるので、ライセンスを取れた臨床心理士は、すぐに独立開業をはじめます。ライセンスを取れたという事実が、確かな自信になるからです。

まだまだ書きたいことはたくさんありますが、ここまでのお話でも、アメリカ(欧米)の大学院で学ぶ意義が大いにあることは、ご理解いただけたかと思います。

アメリカ(欧米)の大学院という選択肢は、確かに、かなりのリスクを伴います。アメリカ人にとっても非常に大変なカリキュラムで、実際、ドロップアウトした方もたくさん見てきました。そして、無事に卒業して、資格を取ったところで、日本での就職は保証の限りではありません。

しかし同時に、リターンの大きさも、計り知れません。文字通り、ハイリスク、ハイリターンなのです。Fumiyaさんの最優先事項が日本での就職であるのならば、確かに日本の大学院に行くのが一番確実ですが、本当に実力があり、効果のある治療ができる臨床家になりたいのであれば、海外の大学院という選択は、大いにお勧めです。良い臨床を続けていれば、最初は半信半疑だった現場の人たちも「やっぱり海外の大学院出身の人はすごい」と評価してくださるようになっていきますし、つまりは、海外の大学院出身者の母体数そのものがまだ少なく、それゆえに、海外の大学院の素晴らしさもまだ広く知られていないだけなのかもしれません。入り口は狭いかもしれません。しかし中は広いです。アメリカ(欧米)の大学院は、大変な事もたくさんありますが、掛け替えのない貴重な体験となることでしょう。それはあなたにとって一生の財産となります。

 



アメリカで心理学者になる方法

2014-03-11 | アメリカで心理学者になる方法

 せっかく心理学を学ぶのであれば、本場アメリカで学びたい、という方は結構います。ついこの間も、日本の大学で心理学の学士号を取ったものの、もっと専門的なことは本場アメリカで直接学びたい、という学生さんにお会いしました。

 しかし、実際にどうやったら心理学者になれるのか、そういう人たちも意外とご存知でないようなので、今回は「アメリカで心理学者になる方法」について書いてみたいと思います。

 とくにここでは、臨床に携わる、臨床心理学博士になるためのプロセスについて説明します。

 まず、日本と異なり、心理学者(Psychologist)と呼ばれるには心理学の博士号保持者(Ph.D., Psy.D., Ed.D.)であることが必要で、実際、博士号のない人がアメリカでPsychologistと自称すると、法に触れます。

 日本の臨床心理士のように、修士号保持者のセラピストは、アメリカ(カリフォルニア州。州によって、修士号レベルのサイコセラピストの名称は異なります)では、Marriage and Family Therapist(MFT)、 Licensed Clinical Social Worker (LCSW)など、別の資格が与えられます。

 また、免許を取り締まっている機関も別で、Clinical Psychologistは、Board of Psychology(BOP)という機関であるのに対し、MFT, LCSWは、Board of Behavioral Science(BBS)という機関です。

 日本の臨床心理士資格認定協会の「臨床心理士」を英語にすると、Clinical Psychologistになりますが、アメリカのClinical psychologistは、博士号に基づくもので、社会的にも精神科医と同等レベルの扱いで、もちろん心理カウンセリングに保険が適用されます。

 また、Clinical psychologistが薬を処方できる州も増えています。刑事訴訟の精神鑑定などをするのも、Forensic Psychologist(法廷心理学者)という、特化した分野のClinical Psychologistの領域で(日本では精神科医が精神鑑定をします)。

 つまり、日本の臨床心理士と、アメリカのClinical Psychologistは、全く異なるものです。

 ただ、心理学者になるためには、博士号のため、4~6年掛かるのに対し、MFTやLCSWは、修士号でよいため、2〜3年で卒業できます。知識や訓練的に言えばもちろん心理学者のほうがずっと有利ではありますが、現実的に、時間や金銭面の事情から、MFT、LCSWを選ぶひとは多いです。

 それから、Clinical PsychologistもMFTもLCSWも、コミュニティーのクリニックや独立開業においては、実質していることはほとんど同じで(日本のように、心理テストを日常的にするPsychologistはあまりいません。心理テストを専門としたPsychologistはいますが、少数派です)、当然、MFTやLCSWの心理カウンセリングにも保険は適用されるので、大きな遜色はありません。

 また、博士号を持っていても、ひどいPsychologistは結構いますし、ものすごく才能のある、素晴らしいMFTやLCSWもたくさんいます。私が尊敬して已まない同僚や先輩セラピストにも、MFTやLCSWの方がたくさんいます。私が指導していたMFTやCSWの院生にも、素晴らしい人たちはたくさんいました。

 それから、心理カウンセリングは、芸術、音楽、スポーツとよく似たところがあり、良いセラピストになるにはもちろん血のにじむような努力は誰にとっても必要ですが、才能によるところもかなり多いです。

 そういうわけで、アメリカで本場の心理学と臨床経験を、と思う方は、心理カウンセラーになることが目的で、アセスメントや法廷や学校で働くことに興味がなければ、MFTやLCSWのプログラムを考慮するのも大いにありだと思います。カリフォルニア州にも、良い学校がたくさんあります。

 MFTやLCSWになるためにも、ものすごい臨床時間と訓練が要求されるもので、素晴らしい経験だと思います。私は臨床心理学者になりましたが、やはり実際に従事しているのは治療なので、自分の歩いてきた道と、その教育と訓練のレベルの高さにはとても満足はしているものの、自分と同じように問題なく働いているMFTやLCSWの人たちをみて、「あれ、MFTのプログラムでも良かったかも」などと思うことはあります。実際、私のクラスメートのなかには、Doctorと呼ばれたいから、という理由でPsychologistになるのを選んだ、という人が意外といて、不思議なものだなと思いました。

 さて、アメリカでは、日本とは異なり、心理学者は州によって発行される有効な免許(Psychologist)を保持していないと、治療に従事することはできません。

 免許をこれから取る、博士課程の学生や無免許の博士号保持者は、免許をもっている心理学者の特定の条件下の臨床監修(Clinical Supervision)のもとにのみ治療にあたることができます。免許のガイドラインは、アメリカ心理学会(American Psychological Association)(この学会の名前はAPAスタイルなどで日本でも知られていますね。また、日本臨床心理士資格認定協会も、APAの倫理規定をモデルにしています。とても良いことだと思います)に基づくもので、州によってかなり異なります。カリフォルニア州で心理学者の免許を修得するのは特に難しいといわれています。

 免許を修得するためには、まず博士課程を終了する前の段階(Pre-doctorate)に、カリフォルニア州では、1500時間の臨床経験が必要です(これも州によってまちまちです。ところで猛烈インターンであった私は、若気の至りで2500時間近く稼いでしまいました。しかしカウントされるのは1500時間が上限です。まあものすごく為になった、ということです)。APAに認可された大学院のほとんどは、インターンシップ(Internship)という形でこれを卒業条件のひとつとしています。この臨床経験は、免許を持つ心理学者の下で、特定の基準を満たす種類のものでなくてはなりません。1500時間というのは、フルタイムで働いておよそ1年、パートタイムで働いて2年です。インターンシップはコミュニティーのクリニック、病院、大学のキャンパスカウンセリングセンター、更生機関(刑務所など)と、実にさまざまです。

 これは残念な話ですが、近年は心理学者になりたい人がアメリカでも急増していて、インターンシップのための競争は、熾烈を極めています。インターンシップにありつけない院生が増えています。これは、卒業と直結するし、深刻な問題だと思います。

 さて、このようにして無事に臨床心理学の博士号を修得したらそれでおしまい、めでたしめでたし、というわけではありません。

 次はさらに、Post-doctorate (日本でいう「ポスドク」とは意味合いが異なり、これは必須です)の1500時間を稼がなければなりません。これも、博士課程在学中のインターンシップと同様、大学のキャンパスカウンセリングセンター、病院、コミュニティークリニックなど、実に様々な臨床現場のオプションがあります。免許を持ち、独立開業している心理学者のオフィスで、Psychological Assistantという名目で彼らの下で働くひとも多いです。ここでの1500時間にも、厳格な水準があります。多くの場合、こうした就労に際して、州のlicensing board(state board of psychology)という心理学者の免許を取り締まる機関への登録が必要です。

 さて、このようにして無事に1500時間のPre-doctorateの臨床時間と、1500時間のPost-doctorateの時間を無事終了すると待っているのが、Licensing Exams (資格試験)です。Licensing Examsは、2段階に分かれていて、まず最初に合格しなければならないのが、Examination for Professional Practice in Psychology (EPPP)と呼ばれる、国家試験で、これは全米共通です。これはカナダにも共通の試験です。

  この合格率は50%ほどで、試験勉強は正直なところかなり大変です。というのも、この試験は、範囲がものすごく広いからです。8分野に分かれていて、しかも、最新の臨床研究などで発見されたことがすぐに試験内容に反映されます(去年の5月に、DSMの最新版、DSM-5が出版されたことで、受験者は大きな不安を感じましたが、なにしろ20年ぶりの改定版で、DSM-IVしかしらない受験者は多いので、さすがにこれに関しては、期間限定の移行措置が取られています)。

 4時間15分の制限時間内に、225問の選択肢式の試験を受けます。この225問のうち、実際に採点されるのは175問で、残りの50問は、次の試験のための参考データとして利用されるため採点されません。どの問題が採点され、どれが採点されないのかは、受験者にはもちろんわかりません。4時間というとゆとりがあるように感じるかもしれませんが、実際に受けていると、かなりぎりぎりで驚きます(私が受けたときは、慎重にやりすぎて、最後の4分の1は泣きそうになりながら大慌てで解いた記憶があります。幸い受かりましたが)。

 ところで、EPPPは、博士号を取り、最初の1500時間の臨床時間を修了した時点で受けられます。Post Doctorateの1500時間の臨床時間の修得を待つ必要はありません。私もPost Doctorateの1500時間の臨床経験を積んでいる途中で受けました。

 さて、この試験内容はものすごく範囲が広いといいましたが、そこには大学院でも習わないような内容がかなり出るため、試験勉強のために、どうしても、教材を購入するか、試験のためのスクーリングに行く必要があります。教材はとても高いですが、スクーリングはその2倍近くします。私は経済的に余裕がなかったため、ひとりで勉強する教材を買いましたが、高くても、スクーリングのほうが人気があります。講師たちからの分かりやすいレクチャーや定期的なフィードバックがあり、また、クラスメートと励まし合いながら勉強できるので、挫折したりモチベーションを失う確率が低いからです(これも余談ですが、EPPPや、次に説明する州試験の講師やトレーナーとして生計を立てているPsychologistも少なからずいます。予備校に通って医学部に入り、医師になって、予備校のカリスマ教師になるのと似ています)。採点は、200点から800点の範囲で、500点が合格ラインです。TOEICの配点システムと似ています。

 さて、この国家試験に受かり、Post Doctorateの1500時間の臨床時間を修了(つまり合計3000時間)すると、2次試験の受験資格が得られます。

 2次試験は、州レベルのもので、カリフォルニア州では、 California Psychology Supplemental Examination (CPSE)と呼ばれます。これは、臨床心理学、心理テスト/アセスメント、治療、治療倫理、臨床心理の法律などの内容で、これは100問の選択肢によります。CPSEは、EPPPと比べて、範囲はずっと狭い代わりに、深い知識と理解を要求されるもので、紛らわしくていやらしい問題が多いです。受験日によって合格点は異なりますが、大体80%を超えないといけません。合格率は、EPPPと比べて高いです。それで、EPPPに受かったからといって油断して落ちてしまった、という人の話を結構耳にします。油断は禁物です。

 面白いことに、この試験は、合格者には点数が知らされず、不合格者のみに知らされます。しかも、コンピュータ式のため、受けたその場で結果がわかります。私のときは、合格ラインが83%でした。私の場合、移民法の事情で、決して失敗が許されない状況で、落ちたら一巻の終わり、帰国するしかない状況だったので、試験を終え、通知をプリントアウトしてくれる試験官のところに向かうときは、もう生きた心地がしませんでした。絶対に落ちるわけにはいかないもので、制限時間ぎりぎりまで何度も何度も見直したため、その部屋に残っている受験生は私が最後でした。しかも、何しろどれも正しそうな選択肢の問題や、どれも間違っていそうな問題が多いもので、自分がどのくらいできたのかはわかりません。

 そんなわけで、心臓はバクバクし、顔面蒼白、軽い吐き気すら覚えながら試験官のところにゆっくり歩いていきました。

 試験官は、ポーカーフェイスで結果を印刷して手渡してくれます。合格通知と不合格通知で表情を変えないことになっているのでしょう。

 私が受け取った通知書には、「おめでとうございます。合格です。83%を超えました」のようなことが書かれていました。

 なんだか現実感のない心境で、しかし嬉しく、私は思わずその試験官に笑いかけると、彼は厳しそうな表情を崩して、静かに笑い返してくれました。

 私は足に脱力感を感じながらその部屋を出て、ドアを閉めると、すぐに壁にもたれてしゃがみこんでしまいました。自ずと涙がこみあげてきて、誰もいない廊下で、それまで歩んできた長い長い道のりを思い出していました。しばらく立ち上がれませんでした。

 さて、これで晴れて免許取得、めでたしめでたし、というわけにはいきません。心理学者の免許は、2年ごとの更新制で、毎回、更新時までに、36単位の、特定の水準を満たしたContinuing education(クラス、ワークショップ、オンラインの授業など)を修了していなくてはならず、つまり、心理学者でいる限り、勉強は一生続くというわけです。