男性は、女性と比べると、「勘違いしやすい」とは昔からいわれていますが、これは心理学的な観点からみると、どうなのでしょう。ここでいう「勘違い」とは、ストレートの男性が、異性の友人、同僚、部下、生徒などとの交流において、ある種の曖昧な状況下での好意に対して、「この人俺に気があるのかな」と錯覚するという現象です。あなたが女性であれ、男性であれ、今までの経験を思い起こしてみて、確かにそれはあるかもしれない、と感じる方は多いのではないでしょうか。また、これとは反対に、女性の場合、同様に曖昧な状況での男性の好意を、「このひと何か下心あるのかな」と、男性に比べて感じやすい、という感覚も、言われてみるとしっくりいくものではないでしょうか。
さて、このようにあなたが普段経験的に感じているかも知れないこれらのことは、実際に、脳の構造における男女の違いによるものであることが知られています。それでは、この男女における認知の違いはどこから来ているのでしょう。
これは進化心理学(Evolutionary Psychology)の話ですが、人間の様々なほとんど無意識的な行動は、あらゆる他の動物たちと同じように、種族保存や、子孫繁栄に有利なように、プログラムされていると言われています。
自分の遺伝子を次世代にいかにうまく残すか、これはあらゆる生命の原点だけれど、人間も、その長い歴史のなかで、様々な戦略をとってきました。自分の遺伝子を残すには、同性のライバルとの競争に勝たなければなりません。
この競争において、男達の場合、一番有効な手段は、身も蓋もないお話ですが、できるだけ多くの女性と子供を作ることです。文字どり、「蒔かぬ種は生えぬ」、男は種を植えつけなければなりません。よって、男達は、その「種を植えられる可能性」には常に敏感でなくてはならなかったのです。「目の前の女が自分に気があるかも知れない」。その子孫繁栄のチャンスを逃さななかった男達がわれわれの祖先であり、男の脳はそのようにプログラムされている、ということです(脚注1)男は相手のその曖昧な気持ちを見逃さないようにしなければならなかったのです。このように男性の認知は発達したと考えられていますが、これはキッチンのスモークセンサーにもたとえられます。
キッチンのスモークセンサーの誤作動には2種類あります。一つ目は、よくあることで、センサーが過敏であるため、火事でもないのにアラームがなるケースです。これは、うるさくて不便ではあるけれど、大して害はありません。本当にまずいのは、2つ目の問題で、実際に火の気があるのに、センサーがならない場合です。このFalse negativeがもたらすダメージは、前者のFalse positiveと比べものにならないくらいに大きいでしょう。
つまり、男性の異性に対する認知は、台所の過敏なスモークセンサーのようになっています。勘違いしてなんらかのアクションを起こして失敗するよりも、本当に自分に気があった女性との性交渉のチャンスを逃すほうが、生物学的なダメージはずっと大きいわけです。
さて、女性の場合、確実に自分の遺伝子を次世代に残すための戦略は、男性のものとはだいぶ異なります。
古代に、うまく自分の遺伝子を残せた女とは、自分と自分の生んだ子供に対して誠実で貢献的な男を選んだもの達だったといわれています。昔から女にとって、妊娠、出産、その後の子育ては本当に大変なことでした。そのため、誠実なパートナーのサポートがどうしても必要だったわけです。そのなかで、女達が身につけたのは、男の下心を見抜く力でした。ただセックスしたいだけの男と子供を作ったときのダメージは計り知れません。女は、子を産んだ後も、その子を健全な大人に育てる必要があります。その子がさらに次の世代に自分の遺伝子をつなげるわけですから。そういうわけで、女の男に対する認知は、とても慎重で用心深いものなのです。
このような理由で、男は勘違いしやすいく、女は疑い深いといわれています。女性の方は特に、「なんでこの人こんな自信過剰なの」とか、「この人なに勘違いしてんの」と思う男性が近くにいませんか。
興味深いことに、セクハラ的な言動をとる男性の多くは、女性との温度差に気付かないで、「まさかそれがセクハラになるとは思わなかった」と驚くことが多いです。相手も自分に好意を抱いていると思って、親しみや馴れ合いのつもりでそんな行動に出てしまうのです。女性はもともとこういう人たちには警戒しているから、その温度差はますます大きくなったりします。(中には、相手が自分に好意がないのがわかっていて権力などを利用して迫ってくる人もいますが、そういうひとは本当に困ったものです)。
「男は女の好意を勘違いして受け止めやすい」と、男性が自覚していると、このようなセクハラ言動は起き難くなるし、せっかくの良好な関係や友情がぶち壊しになったり、ギクシャクしたりする可能性もずいぶん減ることでしょう(脚注2)しかし認知というのは、ほとんど無意識のレベルで、自分にとってとても自然なものなので、それを変えていくには普段からの意識的な努力と自覚が必要です。女性のほうでも、「男にはこういう傾向がある」と分かっていると、相手が勘違いする一段階前のあたりで歯止めをかけたり、軌道修正したりして、望まない男性のアプローチの確率を軽減することもできるかもしれません。しかし、人間は、性格など含めて、本当にいろいろな人がいて、それぞれ異なった感覚をもっているので、会社などではやはり、「どういう言動が、セクハラに該当する可能性があるのか」についてみんなである程度の同意や基準点を把握しておくのも必要です(脚注3)
(オリジナルは2006年9月5日執筆)
(脚注1)進化心理学の最大の問題点のひとつに、社会的、文化的、時代的な要素があります。進化心理学は、全人類共通に見られる人間の行動について研究する学問ですが、実際のところ、我々の認知や行動に対する文化的、社会的な影響力というのは強力で、ときに遺伝子的な性向を上回るほどです。たとえば、我が国日本の現代の若い世代の男性には、とても繊細で敏感なひとがたくさんいます。「草食男子」などという言葉がありますね。この人たちに、この記事のようなプログラミングはなかったのかというと、そうではなくて、彼らが育った家庭環境や、学校、社会などの外的な影響により、進化心理学ではあまり説明ができない新しい行動をとる人たちがでてくるわけです。
(脚注2)逆に、草食男子で、すでにそうしたニュアンスがわかり、慎重すぎるというあなたは、アクションを起こしましょう。あなたが何かを感じてアクションを起こしたときに、うまくいく可能性は高いです。
(脚注3)最後に、進化心理学ではなく、臨床心理学、産業心理学観点から。実はこれが一番大切です。セクハラに関して、「相手が不快感を経験したり、嫌な思いをしたら、あなたの意図とは無関係に、その言動はセクハラに当たる」ということを自覚しておくのは、あなたの大切な人間関係、それから社会的地位を守るためにも大切です。また、あなたが、相手の意図が何であれ、「それがあなたにとって不快で、あなたが辛い思いをしたら、その行為はセクハラである」、ということを覚えておきましょう。そして、必要があれば、該当する部署に言って報告しましょう。あなたの人権は、あなたが守る必要があります。直接そうするのが難しかったら、まずは信頼できる誰かに相談してみましょう。これはあなたが男性で、加害者が女性、または男性の場合も同じことです。セクシャルハラスメントに性別はありません。