興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

セクハラの心理学~勘違いしやすい男と疑り深い女~(Psychology of Sexual Harassment)

2014-03-14 | プチ進化心理学

 男性は、女性と比べると、「勘違いしやすい」とは昔からいわれていますが、これは心理学的な観点からみると、どうなのでしょう。ここでいう「勘違い」とは、ストレートの男性が、異性の友人、同僚、部下、生徒などとの交流において、ある種の曖昧な状況下での好意に対して、「この人俺に気があるのかな」と錯覚するという現象です。あなたが女性であれ、男性であれ、今までの経験を思い起こしてみて、確かにそれはあるかもしれない、と感じる方は多いのではないでしょうか。また、これとは反対に、女性の場合、同様に曖昧な状況での男性の好意を、「このひと何か下心あるのかな」と、男性に比べて感じやすい、という感覚も、言われてみるとしっくりいくものではないでしょうか。

 さて、このようにあなたが普段経験的に感じているかも知れないこれらのことは、実際に、脳の構造における男女の違いによるものであることが知られています。それでは、この男女における認知の違いはどこから来ているのでしょう。

 これは進化心理学(Evolutionary Psychology)の話ですが、人間の様々なほとんど無意識的な行動は、あらゆる他の動物たちと同じように、種族保存や、子孫繁栄に有利なように、プログラムされていると言われています。

 自分の遺伝子を次世代にいかにうまく残すか、これはあらゆる生命の原点だけれど、人間も、その長い歴史のなかで、様々な戦略をとってきました。自分の遺伝子を残すには、同性のライバルとの競争に勝たなければなりません。

 この競争において、男達の場合、一番有効な手段は、身も蓋もないお話ですが、できるだけ多くの女性と子供を作ることです。文字どり、「蒔かぬ種は生えぬ」、男は種を植えつけなければなりません。よって、男達は、その「種を植えられる可能性」には常に敏感でなくてはならなかったのです。「目の前の女が自分に気があるかも知れない」。その子孫繁栄のチャンスを逃さななかった男達がわれわれの祖先であり、男の脳はそのようにプログラムされている、ということです(脚注1)男は相手のその曖昧な気持ちを見逃さないようにしなければならなかったのです。このように男性の認知は発達したと考えられていますが、これはキッチンのスモークセンサーにもたとえられます。

 キッチンのスモークセンサーの誤作動には2種類あります。一つ目は、よくあることで、センサーが過敏であるため、火事でもないのにアラームがなるケースです。これは、うるさくて不便ではあるけれど、大して害はありません。本当にまずいのは、2つ目の問題で、実際に火の気があるのに、センサーがならない場合です。このFalse negativeがもたらすダメージは、前者のFalse positiveと比べものにならないくらいに大きいでしょう。

 つまり、男性の異性に対する認知は、台所の過敏なスモークセンサーのようになっています。勘違いしてなんらかのアクションを起こして失敗するよりも、本当に自分に気があった女性との性交渉のチャンスを逃すほうが、生物学的なダメージはずっと大きいわけです。

 さて、女性の場合、確実に自分の遺伝子を次世代に残すための戦略は、男性のものとはだいぶ異なります。

 古代に、うまく自分の遺伝子を残せた女とは、自分と自分の生んだ子供に対して誠実で貢献的な男を選んだもの達だったといわれています。昔から女にとって、妊娠、出産、その後の子育ては本当に大変なことでした。そのため、誠実なパートナーのサポートがどうしても必要だったわけです。そのなかで、女達が身につけたのは、男の下心を見抜く力でした。ただセックスしたいだけの男と子供を作ったときのダメージは計り知れません。女は、子を産んだ後も、その子を健全な大人に育てる必要があります。その子がさらに次の世代に自分の遺伝子をつなげるわけですから。そういうわけで、女の男に対する認知は、とても慎重で用心深いものなのです。

 このような理由で、男は勘違いしやすいく、女は疑い深いといわれています。女性の方は特に、「なんでこの人こんな自信過剰なの」とか、「この人なに勘違いしてんの」と思う男性が近くにいませんか。

 興味深いことに、セクハラ的な言動をとる男性の多くは、女性との温度差に気付かないで、「まさかそれがセクハラになるとは思わなかった」と驚くことが多いです。相手も自分に好意を抱いていると思って、親しみや馴れ合いのつもりでそんな行動に出てしまうのです。女性はもともとこういう人たちには警戒しているから、その温度差はますます大きくなったりします。(中には、相手が自分に好意がないのがわかっていて権力などを利用して迫ってくる人もいますが、そういうひとは本当に困ったものです)。

 「男は女の好意を勘違いして受け止めやすい」と、男性が自覚していると、このようなセクハラ言動は起き難くなるし、せっかくの良好な関係や友情がぶち壊しになったり、ギクシャクしたりする可能性もずいぶん減ることでしょう(脚注2)しかし認知というのは、ほとんど無意識のレベルで、自分にとってとても自然なものなので、それを変えていくには普段からの意識的な努力と自覚が必要です。女性のほうでも、「男にはこういう傾向がある」と分かっていると、相手が勘違いする一段階前のあたりで歯止めをかけたり、軌道修正したりして、望まない男性のアプローチの確率を軽減することもできるかもしれません。しかし、人間は、性格など含めて、本当にいろいろな人がいて、それぞれ異なった感覚をもっているので、会社などではやはり、「どういう言動が、セクハラに該当する可能性があるのか」についてみんなである程度の同意や基準点を把握しておくのも必要です(脚注3)

(オリジナルは2006年9月5日執筆)


(脚注1)進化心理学の最大の問題点のひとつに、社会的、文化的、時代的な要素があります。進化心理学は、全人類共通に見られる人間の行動について研究する学問ですが、実際のところ、我々の認知や行動に対する文化的、社会的な影響力というのは強力で、ときに遺伝子的な性向を上回るほどです。たとえば、我が国日本の現代の若い世代の男性には、とても繊細で敏感なひとがたくさんいます。「草食男子」などという言葉がありますね。この人たちに、この記事のようなプログラミングはなかったのかというと、そうではなくて、彼らが育った家庭環境や、学校、社会などの外的な影響により、進化心理学ではあまり説明ができない新しい行動をとる人たちがでてくるわけです。

(脚注2)逆に、草食男子で、すでにそうしたニュアンスがわかり、慎重すぎるというあなたは、アクションを起こしましょう。あなたが何かを感じてアクションを起こしたときに、うまくいく可能性は高いです。

(脚注3)最後に、進化心理学ではなく、臨床心理学、産業心理学観点から。実はこれが一番大切です。セクハラに関して、「相手が不快感を経験したり、嫌な思いをしたら、あなたの意図とは無関係に、その言動はセクハラに当たる」ということを自覚しておくのは、あなたの大切な人間関係、それから社会的地位を守るためにも大切です。また、あなたが、相手の意図が何であれ、「それがあなたにとって不快で、あなたが辛い思いをしたら、その行為はセクハラである」、ということを覚えておきましょう。そして、必要があれば、該当する部署に言って報告しましょう。あなたの人権は、あなたが守る必要があります。直接そうするのが難しかったら、まずは信頼できる誰かに相談してみましょう。これはあなたが男性で、加害者が女性、または男性の場合も同じことです。セクシャルハラスメントに性別はありません。


嫉妬心とうまく向き合うには

2013-11-06 | プチ進化心理学

 こんにちは。今回は、人間誰もが多かれ少なかれ経験する感情、嫉妬について考えてみたいと思います。

 嫉妬とは、人間にとってとても自然な感情ですが、同時に、誰にとっても不快な感情でもあります。しかし、現在人間が自然に抱くあらゆる基本感情がそうであるように、この厄介な感情も、進化心理学的に、人間のサバイバルや子孫を残すことにおいて不可欠な感情であるといわれています。つまり、人間の歴史において、嫉妬を感じることをできた祖先は、嫉妬を感じなかった祖先に比べて、子孫を残すことに有利であったため、嫉妬を感じなかった祖先の遺伝子は淘汰され、嫉妬を感じる祖先の遺伝子が現代人に引き継がれている、という話です。

 それではなぜ嫉妬を抱くことが大事だったのかということですが、この質問に答えるには、人はどういうときに嫉妬を感じるのか理解することが大切です。嫉妬とは、基本的に、私たちの生活における、特別な人の愛情が、自分にではなくて他の誰かに向いている、と認知されたときに起きる感情です。たとえば、あなたの恋人が、他の誰かに好意を寄せているのを感じたら、あなたは自然に嫉妬を感じます。これは我々の先祖たちの間にも起きていた感情で、自分の配偶者が他の異性に興味を抱き出したときに、それを認知して嫉妬を感じたひとは、何らかの行動を取って、配偶者の軌道修正を図りました。しかしそういうことに鈍いひとは、その危機感を感じられなかったため、異性が自分から離れていくのに気づけずにうまく子供を作れなかった、子孫を残せなかった、ということです。

 さて、ここまでで大事なポイントは、1)嫉妬は人間にとって自然な感情である。2)嫉妬とは、人間の生存にとって必要な感情で、我々の愛着の対象が、別の誰かに愛情を向けている、他の誰かのところにいこうとしている、というシグナルに基づく感情である。ということで、さらに、3)非常に不快で強い感情であるため、この感情取り除こうと、人は何らかの適応行動にでる、ということです。

 しかし、問題は、こうしたシグナル的な感情は敏感に働くようになっているので、キッチンの煙探知機のように、誤反応も多いことです。どうして敏感になっているのかといえば、キッチンの煙探知機が、実際の火の気ではない少量の煙に反応してしまう不便さと、実際の火の気があるのに反応しない鈍感さと、どちらの方が深刻な問題かについて考えてみると、なぜこの感情がときに不便なまでに敏感にできているのかもお分かりになるでしょう。

 とはいえ、我々の祖先が生きていた時代と比べて、現代社会は非常に複雑であり、文化もずっと多様で、我々の置かれている人間関係もずっと複雑です。そうしたなかで、嫉妬心が過剰なひとは不適応を起こしがちで、これは敏感過ぎる煙探知機がうるさくて仕方ないため取り外されて捨てられてしまうのとも似ています。皮肉なもので、愛するものの注意が他にむいてしまっている「可能性」を探知する嫉妬が、その人を愛情の対象に対して過剰で不適切な行動に駆り立てて、その結果対象は嫌気がさしてその人から離れてしまい、実際に愛情を失ってしまう、というケースは少なくありません。

 ここで大切なのは、嫉妬とはどういうときに経験するのかを自覚した上で、自分の認知が現実に基づいたものであるのか、落ち着いて検討してみることだと思います。恋人や配偶者、仲の良い友人など、大切な人が、自分ではなくて他の誰かに興味を示し、自分から離れていくような気がしたときに、本当にそうなのか、よく考えてみるのが大切です。大体において、それは一時的でごく自然なことで、つまり、その大切なひとは、あなたと同様に、社会のなかでいろいろな人との人間関係があり、いろいろな人に注意を向けて生きているので、ある状況で、その人が他の誰かに注意を向けるのは当たり前のことなのです。とはいえ、火のないところに煙は立たぬというように、何の理由もないところで人は嫉妬心を感じないもので、「どうして今この瞬間に自分は嫉妬を感じているのか」立ち止まって考えてみると、今の自分とその人の人間関係についての洞察が得られたり、誤解や認知の歪みに気づいたり、自分が何を求めていて、何が欲しいのかにおいて気づきが得られたりして、不適応に陥らずに、その感情の根本を解決することも可能です。こういう意味でも、「ネガティブな感情」である嫉妬心は、あなたがより健全で幸せになるにはどうすればいいのか示唆してくれる、とても有意義な感情であるともいえそうです。


騙されやすい女性

2010-05-19 | プチ進化心理学
 随分前に、「異性が自分に抱いているかもしれない好意」における感覚の進化心理学的男女差について書いた。
 進化心理学的視点とは簡潔に述べると、個体の生存及び、その遺伝子がいかに確実に次世代に続いていくか、という観点における適応とその脳へのプログラミングである。その「進化心理学的」観点において、妊娠を経験してその間身重になり、パートナーの物理的、精神的サポートが不可欠になる女性は、自分に好意を抱いている男性に対して、その好意の真偽やコミットメントの深さについて懐疑的であることが適応的である。この能力を欠く女性は、ただセックスがしたいだけの非支持的で無責任な男と子供を作ってしまう可能性が高く、支持的で責任感の強い男性と子供を作った女性に対してその子供を健全に育て上げることに大きなハンディを持ち、その遺伝子は淘汰されてしまったと考えられている。
 
 つまり、今現在の女性は、男性のコミットメントの本質について見極める能力が高かった女性の子孫だということだ(これとは逆に、妊娠を経験せず、「いかにたくさんの種を蒔くこと」そのものが自己の遺伝子を次世代に残すことに直結する男性は、「自分に気があるかも知れない女性を見逃してしまう」ことのダメージのほうが高く、そのため女の自分に対する好意に対して過敏である必要があったため、その子孫である現在の男性も、女性と比べて、「勘違い」が多いのだとされている)。

 このようにして、異性の誠意の真偽について見極める能力をもともと兼ね備えているのが女性であるのだけれど、それにも関わらず、無責任でモラルの低い男性に騙されてしまう女性は世の中にたくさんいる。

 前置きがだいぶ長くなったけれど、本題はここからで、それではなぜ、ある種の女性は良くない男に騙され続けるのだろうか、ということについて考えてみたいと思う。彼女たちは、この能力がないのだろうか。

 結論からいうと、彼女達にこの能力がない、というわけではない。

 問題は、彼女達が、進化心理学的、つまり生まれ持っての傾向であるその能力を打ち消すような環境で育った可能性が高いということだ。
 生まれつきの傾向があったところで、環境における学習の影響力とは非常に大きなもので、つまり彼女達は、何らかの理由によって、親から、周りから、自分の気持ちや感情を大切にしてもらえなかった、という可能性が高い。また、自分の気持ちを抑制したり無視することが、その環境における適応であった可能性がある。自分の気持ちに向き合うことが苦痛な環境だったり、相手にあわせることが極端に強化される環境では、自分の気持ちに敏感であることが難しい。こういう環境で生きていると、異性に限らず、同性の好意の真偽についても見極められなくて、悪意のある同性を受け入れてしまって利用されたり傷ついたりするひとも多い。自己評価が低くて、自分の気持ちを大切にできないという問題もある。

 このような問題を抱えた女性に精神療法の現場で出会うことは多い。サイコセラピーをはじめてすぐに彼女達が気付くのは、誰かと交流していて、「何か直感的に変だなと感じることは確かにあるし、なんだか嫌だな、と感じることもある」、ということだけれど、そのときに彼女達は、「人を疑っちゃ駄目だ」とか、「もしかしたらいい人かもしれない」、とかほとんど自動的に自分に言い聞かせて、自分の気持ちを無視してしまうことが多い。
 
 ここで治療の中心になってくるのは、いかにして彼女達が、自分の気持ちを大切にしてあげられるか、敏感になってあげられるか、という課題だ。サイコセラピーの美徳は、こうした人たちが、セラピールームという安全で守られた環境の中で、セラピストに自分の気持ちを首尾一貫して大切にしてもらう、という体験をすることで、その交流のなかで、彼女達は、自分の気持ちを大切にすることを学んでゆく。大切にしていいのだ、ということを経験的に知るのだ。これは専門的に、修正感情体験(corrective emotional experience)と呼ばれるもので、このような体験を重ねるなかで、彼女達は問題の根本的な解決をしていくことになる。

 良いサイコセラピーを経験することに越したことはないけれど、現在そのような金銭的、時間的な余裕がなかったり、準備がなかったりするひとでも、自分でできることはある。
 まず一番大切なのは、自分の気持ちに敏感になる練習とその習慣付けである。自分の気持ちをきちんと認識することなしに、相手の気持ちの真偽を読むことはできない。自分の気持ちを大切にして、そこに敏感になる習慣が付いたら、「なんとなく直感的に嫌」だと思ったときに、その気持ちを大切にして相手ときちんと線引きをすることもできるようになるし、交流していて本当に幸せな相手も見極められるようになる。

 

人が花を好む理由

2006-10-03 | プチ進化心理学

人間は、文化や民族や風習をを超えたところで、
花を愛する存在だけれど、それはどうしてでしょうか。

原始時代といわれる時から、私たちの祖先は、
お墓に花を供えていた証拠も知られていますね。

入院している知人を見舞うときに、私たちは
花束を持って行くけれど、実はこの花束には、
かなり現実的な効果もあります。

花束をもらった患者は、病気からの回復が促進され、
精神的にも向上することは、いくつかの研究によって
支持されています。

世界中の人たちが、花を愛しています。
別に食べられるわけでもないのに、不思議じゃ
ありませんか。

(書いていて菊の花が食べたくなりました。
 それから、桜茶が飲みたい)

「そんなのきれいだからに決まってんじゃん」

と言われると確かにそれまでなのだけれど、
これには、進化心理学的な仮説もあるんです。

その昔、狩猟などが食糧の全てだった時代、
木の実も果物も野菜も何もない冬は、私たちの
祖先にとって、それはそれは過酷な時でした。

花は、そんな過酷な冬の終わりを示唆し、
緑や果物の到来を知らせる、とても大事なサイン
だったわけです。その時から、人類は、花を見ると
こころが明るくなり、その条件反射的な感情が、
長い時代をかけて、私たちの脳の一部に
組み込まれた、という説なんです。

そういうわけで、私たちの祖先は、花によって、
希望に満ちた春の到来を知らされていた、故に
花が好きになった。現代人が花を好むのは、その
進化の過程のなごりである、というお話でした。

これが本当かどうかは、推測はできても、特定する
ことは誰にもできないわけだけれど、感慨深い説だなと
思うんです。そこに、何らかのロマンのようなものを
感じたりします。