興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学者黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

コンタクト

2011-09-16 | プチ臨床心理学

 あらゆる人間関係において生じる問題の責任は、一部の例外を除いて、50:50だ。

 50:50というのは、その問題において自分にも責任があれば、相手にもまた責任がある、ということ。あるいは、相手にも責任があるし、自分にも責任がある、ということ。四角四面に、額面どおりに、50%、というわけではない。

 これがどういうことなのか、感覚的、経験的に、深いところで理解するのは、容易なことではない。ひとは誰でも、自分の周りに起きる、とくに人間関係の問題は、個人的に受け止める習性があるから。さらには、個人的に受け止めすぎて、完全に責任を放棄して相手のせいにする、という人もたくさんいる。「まったく個人的にとらない」風を装って、それは思いっきり個人的に取っている証拠でもある。

 でも、自分をよく見つめられて、自分という人間がよく分かると、ブレが少なくなるので、どこからが自分の問題で、どこからが相手の問題かも次第によく見えてくるようになる。相手の個人的な問題で、他者ときちんとしたコンタクトが取れない状態を、自分が何かまずいことを言ったから相手がコンタクトを回避している、と解釈するのは誤りであるけれど、相手を回避的にさせた何らかのきっかけが自分の言動のどこかにあった、という認識を怠るのもまた誤りである。たとえばこの場合、全体の力動が見えていれば、どちらかというとこの場合は相手の問題が大きいけれど、自分の出方によってはもっと違ったやり取りになったかもしれない、と一顧するのは大切だと思う。それでおしまい。それ以上考えたら、それはやはり、相手との距離が取れていないことになるだろう。

 こういうことが、認知のレベルで分かるのと、情緒的、感情的なレベルで理解できるまでには、大きなギャップがある。「頭では分かっているけどどうにもやりきれない、うまく受け流せない」、という状態がこれで、だけどこの「どうにも、なんだかうまく流せない」というもやもやをきちんと受けともめて経験しきれないと、人はそれを「行動化」してしまう。つまり、やりたくもない非生産的なことをして気を紛らわせてしまう、ということだ。そしてまた同じ失敗をする。

 でも少しずつ見据えられるようになってくると、余計なこともしなくて済むようになるし、もっと深く、ぶれのないコンタクトを他者と取れるようになる。「Feel more, Do less」とはよく言ったものだと思う。

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