興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学者黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

横浜カウンセリング 2019年7月28日 日曜日

2019-06-27 | 横浜出張カウンセリング

皆さん、こんにちは。

横浜出張カウンセリング、2019年7月分について、お知らせします。

 

【日程】: 2019年7月28日 日曜日

【料金】(いずれも税込み価格)

個人セッション 1セッション 50分 8000円

※ご希望の方には、スカイプセッションも可能です。料金は8000円になります。

カップルセッション 1セッション 50分8000円

※ご夫婦、カップル、親子、友人など

 

【予約可能な日時】 

 2019年7月28日(日)

A)10時30分~

B)11時30分~

C)12時30分~

D)13時30分~

E)  14時30分~

 

※数に限りがありますので、興味のある方は、お早めにご連絡ください。

 

【場所】

横浜駅東口から徒歩5分の小さな会議室で行います。

*詳細の場所は予約が確定した方にお知らせいたします。

 

【予約方法について】

A~D)のご希望の時間帯をこちらのアドレス宛にご連絡ください。

メールアドレス:drtakakurokawa@gmail.com

 お支払い方法についてご連絡いたします。

 

【お支払い方法について】

 ご入金後、予約確定となります。

 

・銀行振込(ジャパンネットバンク)

・クレジットカード(Paypal)

 

*キャンセル料につきましては、予約日から1週間以内で料金の50%、3日以内のキャンセルは、全額頂いております。

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否定から肯定へ

2019-06-24 | プチ精神分析学/精神力動学
「少なくとも今は何が嫌で何が自分に必要ないかはよく分かるようになった」とか、”At least now I know what I don’t like or what I don’t need.” とか、ひとりの人とまとまった時間サイコセラピーに取り組んでいると、文化を超えて、しばしば聞こえてくる言葉があります。

こうした言葉を聞くと私は嬉しくなります。なぜなら、一見否定的にも聞こえるこうした言葉は、その人の自己感やアイデンティティが確かなものになってきている現れだからです。

それはまた、これまで長いこと抑圧されてきたその人の主体性が息を吹き返して元気になりつつある現れです。

こうした現象からよく思うのは、まだ言葉を話すことのできない赤ちゃん達の日に日に強くなる自己感や主体性です。

赤ちゃん達は、まだ言葉が話せない段階から、個人差もありますが、生後10ヶ月ぐらいになると、かなり力強い自己主張をするようになります。

まだ言葉を身につけていないので、「何が欲しい」と言うことは当然できません。

しかし、何が欲しくないのか、何が嫌なのかは、とてもはっきりと主張するようになります。

例えば離乳食を与えている時に、いくつかの料理があると、食べたくないものがスプーンで口元に運ばれてくると、口を開かなかったり、一度口に含んだものを「ベーっ」と吐き出すようになります。

もう少し進むと、首を勢いよくブンブン横に振って、「それじゃない」と養育者にはっきりとわかるように伝える事ができるようになります。

面白いものです。

その子なりの食べたい順番があって、結局は全部食べるけれど、例えば「今水が飲みたい」時にご飯を出されるとブンブン首を振り、お豆腐を出されても首を振り、養育者が水だと気付いてマグカップを差し出すまで他のあらゆるものを口にするのを拒否するけれど、ひとたび水を飲むと満足して食べるようになります。

ピンポイントで「○○が欲しい」と言えないから、養育者が、「これかしら?」、「これ?」、と、その子の反応を見ながら何が欲しいのか順番に試していくわけですが(指を指すようになりますが、何を指差しているのかわかりにくい事もあります)、この子達の「否定」や「拒否」が、肯定へと繋がる否定であることはよくわかります。

サイコセラピー、特に精神分析的・精神力動的心理療法は、しばしば「育て直し」と言われますが、その人が生まれ育った家庭環境で、嫌なものを嫌だという事が親から受け入れられなかったり、欲しいという事が許されなかったり、欲しくないものを受け入れることを強制されるという経験を重ねていると、人は自分が何を欲しいのか、また何が必要でないのか、わからなくなります。

なぜなら、そうした否定的な環境で、受け入れられない自分のニーズを意識し続けるのは本当に辛いからです。

受け入れてもらえないなら感じることをやめよう、という意識的、無意識的な試みは、子供の知恵です。

そうして否定的な家庭環境を生き抜くわけですが、そうしたことの代償は、その人が大人になって、自分は何が欲しいのかわからなくて、自分にとって正しいものを選べなかったり、間違ったものを選んでしまうことです。

それはキャリアかもしれないし、結婚相手かもしれないし、ライフスタイルかもしれません。

それでも、サイコセラピーを通した、否定されたり裁かれたりする事のない、受容的で共感的な治療関係のなかで、その人がかつて無意識に抑圧してしまっていた主体性が少しずつ息を吹き返してくるのです。

本当は嫌いな事、欲しくない事を、相手の反応を心配しなくても良い安心安全な雰囲気ゆえにプロセスできるようになり、冒頭のような言葉が発せられるようになるのです。

これは発達促進的な関係性であり、一種の修正的情緒体験です。

このように、発達心理学的見地からも、人間はもともと否定から始まるわけで、しかしその否定が他者から大事にされることで、強い主体性や自己肯定感に繋がっていくのだから、ある種の否定は決して悪いものではないと思うのです。
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サービス内容 (2019年6月現在)

2019-06-19 | ┣ サービス内容
くろかわ心理学サービス
サービス内容 (2019年6月19日更新)


【ビデオ通話によるカウンセリング】(スカイプ、ZOOM、LINEなど)
1セッション 50分 7,000円 (税込)
心理カウンセリング、サイコセラピー、コーチング、
スーパービジョン
(ご希望により音声のみでの対応も可能です。通話料を御負担していただく形で、電話でのカウンセリングにも対応しております)

【メールセラピー】
2往復 7,000円 (税込)

【横浜カウンセリング】
通常毎月第4日曜日
1セッション 50分 8,000円 (税込)
心理カウンセリング、サイコセラピー、コーチング、
スーパービジョン

【LINEセッション】
1セッション 50分 7,000円 (税込)

お問い合わせ、ご予約をご希望の方は、drtakakurokawa@gmail.com までご連絡ください。
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無意識の攻撃性

2019-06-14 | プチ精神分析学/精神力動学
前回書いた「無意識のストレス」、意外に多くの方が読んでくださっていて、肯定的な感想をくださいました。誰もが経験しているのが無意識のストレスであり、その潜在的な問題に、気づいておられる方は多いようですね。

今回扱う「無意識の攻撃性」は、「無意識のストレス」と密接に関係しているものです。

この「無意識の攻撃性」が問題になっている人は、日本社会に遍在しておられますし、この攻撃性は、本人の自覚がないままに蓄積されていくこともあり、それが極端に大きくなった時が怖いです。

その攻撃性が他者に向けば、対象を著しく傷つけることになるし、それが自分に向いた時、極端な場合、自殺にも繋がります。心優しい人が、本来他者に向けるべき正当性のある怒りを表現できずにその破壊力が自己に向いて自分を傷つけるのは本当に痛ましく、やり切れません(自殺のすべての原因が自己に向けられた攻撃性とか言っているわけではありません。ひとつの可能性としての話です)。

ストレスが溜まってイライラする、という経験は誰にでもあるでしょう。

こういう時、健全なあり方のひとつとして、自分が強いストレスを感じていたり、慢性的にストレスが溜まっている事をきちんと自覚して、「ストレスでイライラする」と、自分のストレスにも攻撃性にも自覚のある状態が挙げられます。このように自覚のある人は、不機嫌になるものの、自分も他人も傷つけるには至りません。なんとか時間を見つけてその人なりのストレス軽減法を実行しますし、可能な限り、ストレス源そのものの解消を試みます。

問題は、こうした自覚があまりなかったり、皆無だったりする人達です。自分は機嫌がいい、絶好調と思っているけれど、無自覚の攻撃性がすごくて職場や家庭や学校などで自分よりも弱い立場の人に八つ当たりします。

カスタマーハラスメント(カスハラ)とか煽り運転などにもこうした原因があるかもしれません。

声を荒げたり、相手に対してものすごく無遠慮で無神経な、暴言とも取れるようなことを言っていて、無自覚に他者を傷つけているひとも多いです。こういう人は、その時の自分の言動を覚えていない事も多いです。なにしろ、自身の攻撃性に無自覚ですから(ストレスが溜まっている事を自覚していて他者を使ってストレス解消をしている方はまた別の次元のお話です)。

ストレスに、意識化できている領域と、無意識の領域があるように、攻撃性にも、自覚できている部分とそうでない部分があります。

ここでよくある誤解ですが、すごく穏やかで優しい人は、実はものすごいレベルの怒りを無意識に抑圧しているのでは、という話ですが、本当に健全で、攻撃性の低い方も世の中少なからずおられますし、この仮説は基本的には不正確なものです。この仮説のような人は確かに存在しますが、こうした人は、どこか無理をしているのが伝わってくるものです。

ついつい話が横道に逸れてばかりでなかなか本題に入れません。

さて、今回私が問題にしたいのは、先述した、「無意識のストレスに起因する、無意識の領域の攻撃性」です。

本人が自分のストレスや攻撃性に全く無自覚、ということはあまりありません。ほとんどの人が、多かれ少なかれこうした事には自覚があります。

問題は、本人が思っている攻撃性のレベル、つまり、ストレスレベルが、かなりの過小評価であり、実際は相当な強度の攻撃性が抑圧されて無意識に存在している状態です。

昨今、幼児虐待の報道が後を絶ちません。親側に明らかな悪意があり、深刻な病理があるケースもあれば、突発的に取り返しのつかない事をしてしまうその瞬間までは、すごく良いお母さんであったと周りから定評のある方も少なくありません。

周りからのサポートがなく、頼れる人もいない中で、ストレスを感じながらなんとかワンオペで育児をしていた母親が、ある晩衝動的に、というケースです。

彼女達は、深刻なレベルにまでストレスが溜まっている事を感じています。私やばいかも、とも思っていたりします。

でもまさか、自分が衝動的に子供を殺めてしまうとまでは思っていなかったかもしれません。

鉄道自殺をする人達もそうです。

「飛び込み自殺は、後日遺族に高額な賠償金の請求がいくから、飛び込み自殺をする人は家族に恨みのある人だ」という説が、大間違いである事も、自殺学がはっきりと示しているところです。

例えば、自殺をされた方の遺留品の鞄の中からは、その日の会社の会議で使う予定であった資料や、有効期限がずっと先の定期券などが出てきます。

彼らの多くはむしろ、その日も昨日と同様になんとか生きるつもりだったのです。

しかし、疲れ果てて、視野狭窄の精神状態に陥り、判断力が低下し、吸い込まれるように飛び込んでしまうのです。

自殺を、自己に向き変えられた攻撃性とみる立場には賛否両論があり、認知行動療法の創始者のベックなどはこれをきっぱりと否定しています。しかし、精神力動的な心理療法で自殺念慮が消失していった数え切れないほどのクライアントさんを見てきた臨床経験から個人的に思うのは、こうした側面は確かに存在する、という事です。

というのも、ぼろぼろになって、自殺念慮に苛まれてやってきたクライアントさんと対話を重ねていく中で、今まで「自分が悪い」と激しい自責の念や罪悪感に苛まれていた人たちが、そうでない要因、本質的な問題に少しずつ気づき始め、そうした対象に対して激しい怒りを経験するようになります。

それは時に本人も驚くほどの強烈な怒りですが、そうした怒りに二人で向き合い続けていくうちに、自殺念慮は次第に減退し、その人が心の整理ができて怒りが解消して元気になる頃には、自殺念慮もすっかり消え失せている、という事が本当に多いからです。

こうした事は、多くの皆さんにとっては極端なお話かもしれません。

ただ、こうした大変な事になる前の予防策として、自分がイライラしているなと感じている時、そのイライラの原因についてゆっくりと考えてみるのも良いと思うのです。

実はそれはものすごい怒りの氷山の一角なのかもしれないし、本当に小さな苛立ちに過ぎないかもしれません。

原因がわかってきたら、早い段階で、できれば根本的なストレス源の改善、解消を目指したいですし、それが現実的でないのであれば、他者に助けを求めたり、自分のリソースを増やしたりして、ストレスを一定以上溜めない事を心掛けましょう。本当につらかったら、逃げたっていいんです。

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