興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学者黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

尊敬 VS. 理想化 (Respect vs. Idealization)

2011-08-20 | プチ精神分析学/精神力動学

 人は誰でも、その人生において誰か尊敬できる対象が必要だ。これは、自己心理学では「理想化自己対象」と呼ばれるもので、人は、周りに尊敬できる誰かがいる、ということで、幸福や充足感を経験したり、また、大変なときに、精神の安定を得たり、取り戻したりすることが知られている。

 別の言い方をすれば、人生において、誰も尊敬できる人がいなかったり、また、近くに尊敬できる人がいない人は、慢性的な孤独感や、物足りなさを経験したり、また、精神の不安定を経験したりする。

 これは、人間が本質的に、相互依存的(Inter-dependent)で、ひとりひとりが誰かの存在ゆえに成り立っている、という現在の精神分析論一般に言えることだけれど、問題は、その個人の依存性がどれだけ健全なものであるか、あるいは病的なものであるか、というところだ。

 健全な依存とは、上手な甘えにも通じるもので、対人能力の高く、精神が成熟した人が持っている種類の依存性だ。これは基本的に、決して一方的なものではなくて、相互依存、つまり、適切な(対人的)境界線(Boundaries)における、助け合いに基づくもので、共依存(Co-dependency、成長の伴わない、病的な相互依存)とは異なるものだ。

 なぜ依存の話をしたかといえば、理想化とは、人間誰もが持っている、依存性に寄るものだからだ。その依存性が、病的に強いひとは、周りの誰か(上司、先輩、友人、親、きょうだい、配偶者、恋人など)を盲目的に理想化する。そこにはしがみつきのような印象も見受けられる。その対象を盲目的に理想化することで、その対象と自己とを一体化してしまう理想化で、その自分よりパワフルな、或いは優れた誰かと自分を同一視することで、自分までその人になってしまったような錯覚を経験し、それによって精神の安定を図っている人たちで、この傾向が臨床的に強い人は、「依存性人格障害」(Dependent Personality Disorder)という依存的なキャラクターを持っている。

 そこまで理想化できる誰かを人生において見つけられたのならばそれはそれで、その人は幸せなのではないか、という考え方もあるけれど、問題は、そのような理想化は概してあまり長続きしないということだ。

 たとえば、その対象が上司であった場合、そのひとの転勤、或いは自身の転勤などで、その人を失うこともあるし、恋人であれば、失恋などもあり得るだろう。彼らは、周りに理想化できる人がいる間は幸せだったり安定したりしているけれど、その別離において強烈な分離不安(Separation Anxiety)を経験し、ものすごく不安定になるので、短期間の間に必死で新しい理想化自己対象を見つけて同じような人間関係を構築し、そうしたパターンを繰り返す。
 
 こうした人間関係のもうひとつの問題は、彼らは他者を自己の延長とすることで精神の安定を図っているわけであって、その自己の本質的な成長、成熟を経験していないことである。

 さらには、相手を理想化するあまり、本来存在するその人に対する不満や怒りを表現できずに我慢してしまい(或いは意識することすらできなかったりする)慢性的な不満を経験しがちである。しかし彼らは、その対象に確かに存在する問題点、欠点などが見えなかったり、見えても直ちに否認(Denial)して、意識しないようにする。
 ところで、こうした慢性的な不満や怒りは、その対象の人間が実際長期的な理想化に足りる人物でなかった場合、時間の問題で無視できないレベルに達するので、たとえばこれが恋人や夫婦関係であったら、やがては諍いになり、破局へと繋がる。

 興味深いことに、彼らはその慢性的な不満が我慢できないレベルまで達する頃、理想化(という防衛機制)が機能しなくなり、不安や苛立ちを経験し、次の理想化自己対象を意識的か、無意識的か、探し始めている、ということだ。あなたの周りでも、恋人をしばらくのあいだ理想化していたと思ったら、その恋人を罵倒しはじめ、別れて、すぐさま新しい恋愛に移っていく、という人がいるかもしれない。

 以上のような例が、問題のある、盲目的な理想化であるけれど、それでは健全な理想化とはどんな場合かと言えば、それは等身大の尊敬であって、相手の問題点、欠点などもはっきりと認知できて、相手も自分と同じ不完全な人間であると知りながら、その人の持っている素晴らしい人間性、才能、能力などに敬意を感じ、その人から学びたい、と思うような心性である。
 そこには、過剰同一視という、病的な一体感、対人境界線の欠如などが見られず、自分と相手は二人の違う人間である、という確かな感覚が存在する。それゆえに、不満や怒りがあれば、それを上手に伝えられるし、伝えることで、見捨てられる、嫌われる、といった不安を経験することもない。

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