興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

二種類の変化:First Order Change Vs. Second Order Change

2006-10-05 | プチコミュニティー心理学

アメリカには、コミュニティ心理学(community psychology)
という、とてもユニークな、応用系の心理学が
あるのだけれど、臨床心理学などの従来の心理学に
対するアンチテーゼ的な要素の多いこの心理学は、
人間の「強さ」や「可能性」に重点を置く傾向があり
大変示唆に富んでいる。

活動家と呼ばれる心理学者にはこのスタンスをとっている
人が多い。フェミニストのコミュニティ心理学者が
多いのも、必然的なことのように思える。

コミュニティ心理学にはいくつかの中核となる
コンセプトがあり、以前紹介した、victim-blaming
(被害者を責めることの問題点)も、そのうちの一つだ。

今回の、first order changeとsecond order changeも
コミュニティ心理学の基本原理の一つで、これは、私たちの
日常生活のあらゆる場面に応用できる有益な概念に思える
ので、一緒に考えていただけたら幸いだと思う。

私たちの人生には、大小さまざまな変化が起こる。
変化とは、実に多岐に渡るもので、日々の比較的
小さな変化(コンピュータが壊れた、自転車が壊れた、
パチンコで1万円勝った、社内の配置換え、
スケジュールの変更、恋人や配偶者との喧嘩、
インターネットプロバイダーの交換、車がパンクした・・・)
から、人生に大きな影響を与えるような変化
(長年勤めていた会社を辞める、宝くじで1億円当てる、
離婚、長年付き合っていた恋人と別れる、大きな事故に
遭う、大きな病気にかかる、大切な人の死、長年
住んでいたところから全然知らない土地への引越し・・・)
と、本当に枚挙にいとまがないけれど、このように、
私たちの人生は、ある意味で変化の蓄積だったりする。

これだけ多くの変化があるけれど、特に、私たちが
選んで起こす変化は、次元的に捉えると、2種類に
分類することが出来る。

first order changeとsecond order changeだ。

first order changeとは、どちらかと言うと、日常的で、

1)現在のシステムや構造内での変化や調整、
2)どちらかというと元に戻せる変化
3)崩れたバランスの調整
4)システムそのものには変化なし
5)元来のルールに基づいた変化
6)新しく何かを学ぶことは必要ない
7)さじ加減の変化(労力を増やしたり減らしたり)

などの特徴がある。

一方、second order changeは、より根本的な変化で、

1)システムそのものの変化
2)不可逆的な変化
3)一見馬鹿げて見えたり、ナンセンスに見えたりする
4)いろいろな学習が要求される
5)新しいルールに基づく、
6)全く新しい価値観や物の見方
7)比較的大きなエネルギーが要求される

といった特徴がある。

少々抽象的だけれど、たとえば、10年以上結婚して
いるけれど、常に夫婦仲の悪いカップルが居たとする。
このカップルが、「このままでは良くない」と思い至って
マリッジカウンセリングなどを利用して、夫婦仲を
改善していく試みは、「現在のシステム(結婚)内での
変化」であり、first order changeと言える。

逆に、このカップルが、「やっぱり私たちはどうしたって
合わないのだから、ここらで思い切って別れよう」と離婚
(システムそのものの崩壊と新しいシステムの形成)する
のは、2nd order changeだ。

他にも、長く勤めている会社で、慢性的な問題が
起きているときに、姿勢や態度などを改善して、
その職場でやっていこうという試みがfirst order change
だとすると、やはり自分には今のところは合わないのだ、
まだ余力があるうちに、辛いけど思い切って他のところに
移ろうと、会社を辞めるのは、2nd order changeだ。

心理療法でも、現状を維持して、なんとか日常生活が
出来るように、それ以上悪くならないようにといった
ことを目的とする、Supportive Therapyと、
問題となっている人格そのものを改善していく、
精神分析などの、根本的な変化を目指すものがある。
これは精神科医の投薬療法と臨床心理学者の精神療法の
違いでもある。

この他にも、first order changeとsecond order changeの
例はいくらでもあるけれど、基本的に、私たちが普段体験
している変化と言うのはfirst order changeだ。

人は、大きな変化を嫌う傾向があり、多少悪くても
現状を維持したい気持ちがあるので、個人レベルでも、
グループや組織や、さらに、社会レベルでも、基本的に
私たちはfirst order changeを選ぶ。

もし、first order changeで事が足りるならば、それに
越したことはない。大きな犠牲もなければ、エネルギー的に
みても非常に経済的で、大きな危険もない。たいした
リスクを背負わずにとりあえず調整して、「まあこれで
しばらくはだましだましやっていけるだろう。これでまた
駄目になったら微調整していけばいいんだ」と、ほとんど
無意識的に、私たちは選択し、行動する。会社で、誰かが
大きな変化を伴う企画を出したときに、それがなかなか
通らないのは、この傾向と関係している。

しかし、世の中には、本当に壊さなければならない、
機能不全なシステムというものは存在する。

例えば、 先程の例で、夫婦仲が本当に悪いカップルが、
「子供のためだから」と言って離婚しないケース。

多くの場合、これは子供にとって非常に悪影響で、
それよりもむしろ、離婚して幸せになった親と暮らす
方が子供の精神衛生上ずっといいことが知られている。

離婚は本当に大きなエネルギーや痛みや傷を伴う
けれど、思い切ってそこへ踏み出す価値があることは
決して少なくない。

では、First Order ChangeとSecond Order Changeという
概念はどのようにして日常に役立つだろう。

その一つとして提案してみたいのは、私たちが、
自分の生きている環境を見回してみて、さまざまな問題を
発見した時、それらの問題点の質や次元を見極めるための
目安としての使いかたがある。

現存するシステム内で十分に修復可能な問題もたくさん
あれば、何度も何度も同じところで躓いている、慢性的な
問題もあるかもしれない。これは別に大袈裟なことじゃなく
例えば、本当にしょっちゅうフリーズするガタガタな
コンピュータをだましだまし使い続けるか、それでは
あまりにも効率が悪いと、思い切って新しいPCを購入
するかといった、比較的小さなfirst order changeと
Second Order Changeの選択もある。


お気づきの方も多いと思うけれど、捉え方によっては、
ある人や状況下においてはfirst order changeであるものが、
別の人や物事においては、Second Order Changeだったりも
するので、これらの概念はあくまで相対的なものであって、
絶対的な基準はない。