興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学者黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

カップルにおける2種類の喧嘩 (権威闘争 その2)

2014-07-06 | プチ臨床心理学

 カップルセラピー(Imago Relational Therapy, Emotionally Focused Couple Therapy)において、夫婦や恋人、ライフパートナーの間に起こる喧嘩には、大きく分けて、2種類あると言われています。ここでいう喧嘩とは、暴力を含まない口喧嘩、口論を指します(脚注1)。

 ひとつめのタイプは、前回触れた、カップルの間の主導権争い、権威闘争によるもので、つまり、相手の行動をコントロールしようとする試みであり、相手を自分の望むように変えたい、自分の思うように動かしたい、という気持ちに基づくものです。こうした動機については、自覚のある人たちもいれば、全く無自覚な人たちもいます。問題が深いのは当然、無自覚な人たちです。自覚は、問題を改善する第一歩であり、何が問題であるかわからないうちはその問題の解決のしようがありません。

 この喧嘩にはいろいろな特徴があります。まずありがちなのは、「どういうわけか毎回同じことで争っている」人たちです。彼らの多くは、自分たちの「典型的な争いごと」についての自覚すらあります。「私たちは毎回○○のことで喧嘩するの」、というわけです。また、全く同じではなくても、良く似たことで毎回喧嘩しているカップルも少なくありません。たとえば、トイレの便座の開け閉めで争っていたカップルがこの問題を解決したと思ったら、今度は風呂場の髪の毛の処理について争い始めたりします。こうした人たちは、「自分たちは『同じこと』では争っていない。そうしたひとつひとつを喧嘩のたびに解決している」と合理化していたりもします。しかし、その根本にあるパターン(脚注2)は同じです。

 二つ目の特徴は、この喧嘩がしばしば後味悪く終わります。たとえば、どちらかがある時点で口をつぐんで無反応になったり、相手を無視するようになったり、どちらかが爆発して怒鳴ることで終わってしまったり、どちらかがその場を去ってしまったり、どちらともなくいつもの決まり文句でお茶を濁して終わらせてしまったりと、つまり、その口論に、明確で生産的な着地点がありません。

 この結果、これは三つ目の特徴ですが、この喧嘩の後、どちらかが、あるいはふたりとも、とても嫌な気持ちになります。傷つきます。怒りがなかなか収まらなかったり、不満が残ったり、憂鬱になったり、悲しくなったり、寂しくなったり、不安定になったりします。アルコールの問題のある人は、この時にお酒を飲むし、摂食障害を持つ人は、過食に陥り、買い物依存の人は、無性に買い物がしたくなります。仕事中毒の人は、しばらく仕事に没頭してパートナーとの親密な接触を回避します。ほかにもいろいろな不適応が考えられます。

 さて、もうひとつの種類の喧嘩についてお話します。仲の良いカップルは争いごとをしない、と信じている人がいますが、そんなことはありません。どんなに健全で機能の高いカップルでも、喧嘩はします。ふたりの人間が、その異なった主観の交流によって人生を共に歩んでいるわけで、当然意見の相違はあります。全く争いがない人たちというのは、どちらかが自分の意見を出さなかったり抑制してしまっていることが多いです。そういうわけで、喧嘩はあるのですが、既に予想されている方もおられるように、このタイプの喧嘩は、「健全」です。どのように健全かといえば、彼らの喧嘩の目的は、本当の意味で、相互理解であるからです(脚注3)。

 こういう人たちの間には、自分が何か難しい話題を出しても、相手がきちんと耳を傾けて聞いてくれるという信頼があります。相手は自分に対して支持的である、という信頼があるのです。また彼らは、それぞれの意見や価値観を、ひとりの人間として尊重します。相手をコントロールしようという動機がありません。この人たちは、前回お話した、カップルの関係性の第二段階、「権威闘争期、主導権闘争期 (power struggle period)を克服した人たちです。彼らは、カップルの関係性で最も高レベルな、「深い意識と自覚のあるパートナーシップ期 (Conscious Partnership Period)」にいます。彼らの喧嘩は平和的で、お互いにとりあえず納得できるまで、理解し合えるまで、話し合います。もし時間の問題などで途中でやめなければならないときは、後ほどその続きをして終わらせます。そして、終了後に、どちらも傷つきません。「話し合えてよかった」、「より深く分かりあえた」「分かってもらえた」、という感覚が残ります。話し合いを通して、さらに親密になります。

 残念ながら、多くのカップルたちは、権威闘争期の特徴である、前者の喧嘩を繰り返します。カップルがカップルセラピーにやってくるのもこの時期です。この主導権争いの喧嘩が続くと、ふたりはやがて別れることになります。

 しかし、別離とは異なった問題を抱える人たちも少なくありません。彼らはやがて、話し合うこと、分かりあうことを諦めてしまいます。こうした大切なことを諦めてしまうと、何しろ本当に大切なことを話し合えないので、会話もどんどん少なくなっていきます。「話すことない」、「共通の話題がない」という彼らは本当に話題がないのではなくて、大事なことを話せないから話せることも話せなくなってしまっている場合が多いです。そして、大事なことを話せていないこと自体忘れていたりします。そのようにして、親密さを失ったまま、離婚や別離はせずに「結婚とはこんなものだ」と自分に言い聞かせて満たされない距離のある結婚を続ける人たちが本当にたくさんいます。こうした人たちは、主導権闘争期を乗り越えて深い意識と自覚のあるパートナーシップ期に到達することができないまま、関係を複雑化させてしまっています。近年は日本人の離婚率も上がり、こうした「家庭内離婚」は少しずつ減りつつはあるものの、この国には、そういう人たちが依然として多いです(脚注4)。「結婚は人生の墓場」などという言い回しはこうした現象を如実に表しているように思います。

 しかし、そのようにして親密さを失ってしまったカップルに希望がないわけではありません。お互いの努力次第で、親密さは復活してゆきます。そのためには、ふたりの相当な覚悟と決意が必要ですが。大変な作業ではありますが、そのようにしてパートナーとの親密さを取り戻した人たちは、当然ながら、人生が今までよりもはるかに豊かで充実したものになります。互いに人間として成長し、高め合えるからです。

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(脚注1)暴力によって配偶者を傷つけることが起きているカップルは、一時的にでも、別居するなどして、まずは暴力が起こらない程度に物理的な距離を確保することを強くお勧めします。さもなければその暴力は、時間の問題でその関係性そのものを破壊します。

(脚注2)このパターンを専門的には、力動、Dynamicといい、これは、ふたりが無意識のうちに繰り広げているドラマを指します。

(脚注3)主導権闘争期にいるカップルのなかには、自分たちの口論の目的は相互理解であると信じているひともたくさんいます。信じていながら、実際にはそのようにできていないのです。相互理解を深めているところもあるのですが、相手を攻撃したり、支配したり、コントロールしたりする動機が常に潜んでいます。

(脚注4)ここで私はこうした人たちが離婚すべきだと言っているわけではありません。というのも、今の相手と主導権闘争期を乗り越えることができないまま別れを選んだところで、次の出会いでも時間の問題で、遅かれ早かれ同じような問題に出くわすからです。あなたの持っている根本的な問題は、それに向かい合うまで、あなたがどこへ行こうと、どこまででもあなたに着いてきます。それならば、今の人間関係で解決するほうがいろいろな意味で良いでしょう。たとえ解決に至らなくとも、とことん向き合って取り組んだ、という経験が、次の人間関係の質に良い影響を及ぼします。

コメント (3)
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