興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

テレビを長時間見ることについて

2013-02-15 | プチ臨床心理学
 お久しぶりです。今回は、しずこさんから頂いた興味深い質問、テレビの視聴について回答いたします。パートナーが長時間テレビに釘付けになってしまって反応に乏しい、情緒応答性(Emotional availability)が良くない、という問題は、日本人に限らず、欧米でも良くみられるものですが、実際そうでない側の人間からすると、それはなかなか理解に難しく、これはまた親密な関係の障害にもなりえるもので、あまり議論されることはないものの、実はなかなか厄介な問題です。以下がその質問の引用です。
 
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テレビ大好きの不思議。ありがとうございます。 (しずこ)
2013-01-31 14:28:39
お忙しいところを恐縮です。わたしは主婦ですので家族の食事がすみ片付けなどしていればそうそうテレビ漬けではおられません。夫です。50代後半、家での飲酒はありません。帰宅して着替えもそこそこにテレビの前に座ります。食事中はダイニングにテレビがないのでさっさと済ませまたリビングへ。
観る番組は、まず録画している韓流ドラマ、お笑い番組も観ます。定時のニュース番組はスルーで討論番組などは欠かさず観ています。映画もドラマも、わたしなどよりはよほど詳しいです。
サッカーは好きで、野球は全然観ません。
晩酌をしないのでだらだらと日付がかわるまでテレビがついています。
喫煙が嫌でわたしはリビングにはいません。たまに映画など一緒に観ることもあります。
趣味は全くなく、かといって偏屈ではなく、新聞も本も全く読みませんが年相応の社会情勢の知識は豊富です。
自営で農業しています。自然相手の毎日ですがさほどストレスがあると思えません。
以前なぜそれほどテレビ漬けなのか訊ねたところ、自分が寝ている間に知らないうちにいろんな事件があるかと思うとたまらない、と訳のわからないことを言っていました。
弊害…子供たちの話しもテレビが上の空で、画面から目が離れなく。
現実逃避なのでしょうか?疲れているなら早く休むことを考えそうなもの、と思ってしまいます。

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 頂いた質問文の文脈から、いくつかの要素が絡み合った複雑な問題であることが分かります。まずは、どうして一般的に、長時間のテレビの視聴が良くないのかについて触れてみたいと思います。

 人間が何かに集中(Attention)するとき、それは大きく分けて2種類の集中があり、ひとつは、積極的な集中(Active attention)で、もうひとつは、消極的な集中(Passive Attention)であるといわれています。

 前者の積極的集中は、行為者が対象に対して文字通りアクティブに、積極的に精神を向けている状態で、誰かと会話をすること、勉強をすること、運転をすること(集中していない方もいますがそれは困ったものです)、スポーツをすることなどで、逆に後者の消極的集中は、まさにこの質問文の中の男性のようなテレビの視聴で、これは、行為者の意思とはあまり関係なく、対象のほうから情報が一方的に提供されるもので、行為者はただただテレビの前に座って動画を見続けることに集中するだけです(脚注1)。

 文中の男性は、なるほどいろいろな番組を見ていますが、「番組を選択する」こと以外はその人の意思とはほとんど無関係に、一方的に刺激が提供されています。テレビは情報の嵐で、それぞれの番組制作側も、現在、インターネットなど、様々な別の娯楽との競争という死活問題で、いかに視聴者を確保するか、リピーターを増やすか必死なので、「見るのが楽で精神的なエネルギーも最小限で済み、且つ面白いもの」を提供します。これは、疲れている人、いろいろな理由で気力やモティベーションの沸かない人、趣味がなくて刺激を必要としている人にとっては非常の都合がよく、心地よいもので、ゆえにこうした要素をもった人は中毒のようにテレビが止められなくなります。さらに、このように楽に刺激を確保できる手段があると、モティベーションの低いひとは、それで満足してしまって、何か別の活動をしようという気にはなかなかなれません。

 進化心理学者のなかには、男性が仕事から帰ってきて呆然とテレビを見続けるのは、我々の祖先がかつて狩猟時代に、夜、帰宅後、洞窟の中で呆然と焚き火の前に座って棒などで食べ物を焼いたりしながら火を見続けて疲れを癒した行為から来ている、リモコンを持ってテレビの前に居座るのは焚き火の前で棒切れを持って居座る原始人とそっくりではないか、などと主張する人もいますが、まあ、なかなか面白い理論で、説得力もあり、本当かもしれませんが(脚注2)これは全然しずえさんの助けにはならない理論です。

 しずえさんは、旦那さんが農業で、自然を相手にする仕事でストレスはないと仰いますが、ストレスで意外と知られていないのは、「人は、刺激が少なすぎる状況、チャレンジがない状況に、かなりのストレスを感じる」ということです。人間は知的刺激を必要とする生き物なのです。彼がテレビを見るのは、そうした刺激に対する渇望を補う行為のようで、今の生活環境のなかで強化され、彼の生活のシステムの一部に組み込まれて永続化しています。

 もうひとつ気がかりなのは、彼にとって、テレビを見ることがどこか強迫的になっていて、「自分が寝ている間に知らないうちにいろんな事件があるかと思うとたまらない」、つまり、見ないわけにはいかない、見ないと大変、という強迫観念があり、それを行動化する、つまりテレビを見る、という強迫行為でその不安が軽減しているようであり、この強迫性もまた、彼がテレビを長時間見ることを永続化させているように思われます。強迫観念があり、また、刺激を必要としているので、疲れていても見続けます。

 人間関係(Interpersonal relationship)的観点から見ても気がかりです。

 あなたと、お子様たちとの人間関係に、明らかな問題が生じていますね。それから、彼の社会的な孤立(Isolation)も気がかりです。もしかしたら、軽度の鬱など患っている可能性もあります(もし心当たりがあるようでしたら、精神科の受診をお勧めします)。ただ、彼は飲酒もなく、偏屈なところもない、ということなので、いろいろ工夫していけば、問題は改善する可能性が高いです。

 ここで質問ですが、あなたは、彼のテレビの長時間の視聴によって困っている、というあなたの気持ちを言葉にして伝えていますか。もしまだでしたら、少しずつでも、辛抱強く、言葉にしていくことを強くお勧めします。もしかしたら、あなたが困っていることを知らないのかもしれません。もし既に伝えているとしたら、それがまだ足りない、または、伝え方を変える必要がある、という可能性があります。

 ここで注意すべきなのは、彼を責めるような口調にならないように、「You statement」(「あなたがテレビばっかり見ていて家族に全然向き合ってくれないのが困る」)ではなく、「I-Statement」(「私は家族でもっと交流する時間が欲しいし、あなたとの時間がなくて寂しい」など)、「私」を主語に気持ちを伝えることを心がけてください。

 それから、前述したように、テレビというのははっきりいって彼においてはかなり強力なものなので、そのテレビという刺激に取って代わるような、別の楽しい刺激を用意することが大切です。テレビほどではなくても、何か彼が興味を持てる、楽しめる可能性があるものを用意すると良いでしょう。家族みんなでゲームをするのもよいし、短時間でもみんなで出かけるのもよいし、また、夫婦の時間を充実させていくのも大切だと思います。

 テレビ以上に面白くて大切なものがあるのだと、彼自身が、頭ではなく経験を通して理解していくのが大切です。

 もうひとつ大事なのは、今の彼にとって、テレビは友達のようなもので、見ないようにするのは現実的でなく、それでは最初うまくいったとしても長続きしないので、視聴時間を少しずつ少なくして、その削った時間に用意した別のことをしていく、たとえば、5時間視聴を4時間にして、できた1時間を家族で、また、夫婦で、という風にしていくと、実行しやすく、成功しやすいです(脚注3)。それから、彼がそのようなことに参加してくれたら、言葉に出して、あなたの嬉しい気持ちを伝えたり、彼の努力を褒めてあげたりして、その新しい行為を強化することを努めてください。

 そうした人間関係的な刺激の力というのは、計り知れません。

 

 

脚注1:ところで、テレビの視聴にももちろん例外はあり、たとえば、高校3年生の入試を控えた受験生が、小論文の授業で講師が用意したNHKの特番を録画したものを視聴してそれについて文章を書く、という状況において、彼らは当然積極的にテレビを見ます。そこから得られる情報を最大限に生かそうとするし、その情報をいかに自分がもともと持っている意見や知識と繋げて意味のある文章に展開していくか常に考えながら視聴します。また、息子が出場している甲子園の高校野球の試合の中継を固唾を呑んで見ている両親の集中は、消極的とはいえず、つまり、便宜的に2つのカテゴリーに分けられるものの、これらはどちらかというと程度問題です。

脚注2:こういう面白くてどうでもいいトリビアも日本のテレビの前に座っていると得られますね。でもこうした理論に強い興味を持って、インターネットで調べたり、本屋に行って本を探して読んだりする人は少ないですね。

脚注3:これは臨床心理学においてHarm reduction modelと呼ばれるもので、アルコールなど、依存症の治療によく用いられます。たとえば、アルコールの過剰摂取(Harm、害)を一気にやめて禁酒するのではなく(これでは長続きしないし、また、人によっては禁断症状など危険です)軽減していく(Reduction)ことを続けて改善していくという方法で、無理がないため、実行しやすく、長期的な改善が期待できるのです。