興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学者黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

抱っこ紐のトリセツ

2018-11-27 | 戯言(たわごと、ざれごと)

赤ちゃんの抱っこ紐の取り扱い説明書の始めの方に、赤ちゃんの落下と窒息の危険について明記してありますよね。

この「落下」と「窒息」に対する警告は、たとえばエルゴベイビーは、商品にも直接タグ付けされています。国際的に使われているものなので、いくつもの言語で、言語の数だけタグが付いているので、枚数が多く、ちょっと厚みがあります。

基本的に、とても便利で安全性の高い抱っこ紐ですが、赤ちゃんの落下と窒息に対して親が常に注意している必要性は、言語や文化を超えて万国共通だという事ですね。

ものすごく当たり前のことを言っていますね。

ただ、この世のあらゆる事物が象徴的であるように、この取り扱い説明書が象徴するものはなかなか含蓄があるように思います。

というのも、子供の落下と窒息に注意するのは、子供が小さい時に限った事ではないからです。

物理的、文字通りに、落下、窒息の危険があるのは乳幼児の頃ですが、たとえば、成人で実家暮らしの方が、(親との同居が)「窒息しそう!」というのはよく聞きますし、お子様が大学で進級できずに落第(落下)したと嘆かれておられるのもよく聞きます。

他にも、子供が引きこもってしまったり、逆に非行に走って社会的な問題を起こしたりと、家庭的な窒息や社会的な落下という例は枚挙にいとまがありません。

良い育児というのは、子供が窒素する事もなく、落下する事もなく、親子ともに心地の良い適度な距離感です。

それはなかなか難しく、過保護、過干渉は子供を窒息させてしまいますし、放任主義が過ぎるとそれはネグレクトとなり、子供の社会的な落下に繋がります。

万能で絶対安全な抱っこ紐は存在しません。

どんなに高品質、高機能の抱っこ紐でも、子供の落下と窒息の可能性はあります。

だから親は、抱っこ紐という便利なツールを使用しつつも、子供の様子に注意しています。よく子供の様子を見ています。

先ほどの、過干渉が子供を窒息させるというのも、親子の距離が近すぎると、距離がゼロになり、子供は息苦しくなる、という事です。

ここが過干渉の親のパラドックスで、子煩悩が過ぎて、距離が近過ぎて、子供の様子が見えていない、という事があります。距離が近過ぎて、子供の表情も見えません。これはなかなか危険な状態です。

ところで、多くの家庭において、夫婦が一つの抱っこ紐を一緒に使っているわけですが、通常夫婦で背丈も体型も異なるので、紐の長さや腰の位置などの微調整が必要で、つまりは、同じ事をするにしても、父と母で、子供との距離感が異なってくるので、注意が必要です。たとえば母親が使った後の抱っこ紐を父親が調整しないで使用すると、赤ちゃんは圧迫されて苦しくなるかもしれません。父親が使った後の抱っこ紐を調整しないで母親が使用すると、隙間があり過ぎて、赤ちゃんは落下の危険に晒されるかもしれません。

父親と母親が子供に同じ事を言っても、その意味が子供にとって大きく異なったりするのもこのためです。

子供が自由に動けるけれど、安全は守られていて、親から子供の様子がよく見えて、互いの温もりと心の繋がりが感じられる、両者にとって心地の良い抱っこ紐の適度な締まり具合というか弛み具合がベストなわけですね。

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今年の悩み、今年のうちに~横浜カウンセリング 2018年12月16日 日曜日

2018-11-25 | 横浜出張カウンセリング

皆さん、こんにちは。

いかがお過ごしですか? なんだか急に寒くなってきましたね。

横浜カウンセリングも、「今年の悩み、今年のうちに」の名のもとにはじめてから、早くも2年になります。

横浜出張カウンセリング、2018年12月分は、以下の通りになります。

諸事情により、提供できる枠が少なくて申し訳ないのですが、ご希望の方は、ぜひお気軽にご連絡ください。

 

【日程】: 2018年12月16日 日曜日

【料金】(いずれも税込み価格)

個人セッション 1セッション 50分 7000円

※ご希望の方には、スカイプセッションも可能です。料金は7000円になります。

カップルセッション 1セッション 50分8000円

※ご夫婦、カップル、親子、友人など

 

【予約可能な日時】 

 2018年12月16日(日)

A)10時30分~

B)11時30分~

C)12時30分~

D)13時30分~

 

※数に限りがありますので、興味のある方は、お早めにご連絡ください。

 

【場所】

横浜駅東口から徒歩2分の小さな会議室で行います。

*詳細の場所は予約が確定した方にお知らせいたします。

 

【予約方法について】

A~D)のご希望の時間帯をこちらのアドレス宛にご連絡ください。

メールアドレス:drtakakurokawa@gmail.com

 お支払い方法についてご連絡いたします。

 

【お支払い方法について】

 ご入金後、予約確定となります。

 

・銀行振込(ジャパンネットバンク)

・クレジットカード(Paypal)

 

*キャンセル料につきましては、予約日から1週間以内で料金の50%、3日以内のキャンセルは、全額頂いております。

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苦手だけれど嫌いではない

2018-11-24 | 戯言(たわごと、ざれごと)
いつだったか、多分帰国して間もない頃、あるクライアントさんとセッションをしていて、その方が、「Aは苦手なんです」と言った時、ふと気になって、「嫌いですか?」と聞いてみた。

というのも、帰国して日本人のクライアントをたくさんみるようになり、多くの日本人が、「嫌い」という言葉を避けて、本当は嫌いなのだけれど、代わりに「苦手」と言っている印象を受けていたのだが、この方はなんだか違う気がしたからだ。

あえて聞き返さない事も多い。ここが微妙なところで、セラピストにとって、相手の話を聞く中で、何かを前提にするというスタンスは避けるもので、「恐らくこういう意味だろう」、という推測で話を進めない方がよい。それと同時に、いちいち正確な意味を求めて聞き返していたらクライアントが自由連想的に話せなくなる。

前置きが長くなったけれど、自分としては、直感的に何かを感じた時以外はあえて確認せずに聞いているのだが、この時は気になった。

「Aは苦手なんです」
「Aは嫌いですか?」
「うーん。そうだな。どうだろう。嫌いではないと思う。嫌いじゃないけど苦手なんです」
「なるほど、嫌いじゃないけど苦手なんですね」
「そうなんです。嫌いを苦手って言っているわけじゃないんです。よくそう言う人いますよね」
「そうそう。そうか、本当にただ苦手なんですね。どういう風に苦手ですか?」

こんな感じで話が深まっていったことは覚えているが、何の話をしていたのかはもはや思い出せない。人混みとかパーティーとかだった気がする。

今朝、外に出たら、思いのほか寒くて、しかし天気は良く、空気は澄んでいて、富士山は真っ白で、自分は冬の寒い朝がかなり苦手だけれど、嫌いではなく、むしろこの感じがすごく好きだった事を思い出し、苦手繋がりで、この古い会話を思い出したのだ。
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Remember when you wanted what you currently have?

2018-11-22 | 戯言(たわごと、ざれごと)
Remember when you wanted what you currently have?--unknown

あなたが今持っているものを、かつてあなたが切望していた時のことを思い出して。(作者不明)

なんとなく毎年触れている気がしますが、毎年11月第4木曜日はアメリカでは感謝祭(Thanksgiving)で、アメリカ人たちは、この時期になると、今年一年の良かったこと、今年一年の恵みについて思いを馳せます。

今回の記事の冒頭の引用は、ちょっと前にFBで見かけた言葉で、心に残ったのでメモしておいたものです。

あなたの人生における、今の生活の中で、普通に存在しているものの中には、かつてはどうしても欲しかったもの、憧れていたもの、必死で努力して手に入れようとしていたものが、実は結構たくさんあるのではないでしょうか?

それはあなたが愛するパートナーかもしれないし、家族かもしれないし、子供かもしれないし、自分の家かもしれないし、車かもしれないし、ペットかもしれないし、居場所かもしれないし、体型や身体能力かもしれないし、今勤めている会社かもしれないし、社会的地位かもしれないし、一定以上の収入かもしれないし、資格かもしれないし、学校の学位かもしれないし、特定の学校かもしれないし、生き甲斐かもしれないし、小さな幸福感かもしれないし、安心感かもしれないし、他にもいろいろありそうです。

毎日悩殺されがちな、めまぐるしい資本主義社会で生きていく中で、私たちは次から次へと何かを獲得したり、到達する事を、多かれ少なかれ、好むと好まざるとに関わらず、求められて生きています。

でも時々思うのです。もったいないなあと。

いろいろなものを持っている人が、自分には何もないと嘆いたり、落ち込んだり。

私たち人間は、今持っているものよりも、失ったものや、まだ手に入れられていないものの方に注意がいきがちです。実際私たちの認知はそのようにできています。持っていないもの、足りないものに注意が向くことは、向上心にも繋がっていますし。

そういうわけで、私達は、このストレス社会の中で、足りないものに捉われながら忙しい日々を過ごしがちですが、感謝祭のこの時期をきっかけに、あえてちょっと立ち止まって、意識して、今あなたが持っている、かつてとても欲しかったものに、また、その当時の日々に、思いを馳せてみるのも良いかもしれません。手に入れたもの、持っているものに対する喜びや有り難みで、しばし感謝の気持ちに包まれるかもしれません。
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日本の大学院 VS. アメリカの大学院

2018-11-16 | アメリカで心理学者になる方法

皆さん、こんにちは。

久しぶりの、質問コーナーです。

今回は、Fumiyaさんから頂いた、臨床心理学における留学の意義についてのご質問に回答させていただきます。Fumiyaさん、大切なご質問、ありがとうございます。

以下が、Fumiyaさんからのご質問です:


現在心理学部四年で、卒業後アメリカ、イギリスのどちらかの院で臨床心理を学びたいと考えています。ただ、就職は日本でしたいと思っています。(カウンセラー系の仕事)、日本の資格を持っていなければ日本では海外の経験はあまり評価されないとも聞き、ただの遠回りでコストとリターンが見合っていないでしょうか。公認心理士には海外の院卒業が、日本の院卒業と同じとして扱われるということも聞きましたが。現在休学して留学していることもあり、この英語力や留学経験を自分の専門分野にさらに生かしたいと思っています。長くなりましたが、海外で働く気がなく、教授などを目指しているの出もなければ、海外院はあまり意味がないですか?アドバイスいただけると幸いです。


実は、これに関連したご質問は、いろいろな方からよく頂くものです。今回は、せっかくですので、じっくりと回答していきたいと思います。

まず、

現在心理学部四年で、卒業後アメリカ、イギリスのどちらかの院で臨床心理を学びたいと考えています。ただ、就職は日本でしたいと思っています。(カウンセラー系の仕事)、日本の資格を持っていなければ日本では海外の経験はあまり評価されないとも聞き、ただの遠回りでコストとリターンが見合っていないでしょうか」、

ということですが、確かに日本のメンタルヘルスの現場は、日本の資格(現在は臨床心理士、今後、公認心理師の資格が重視されるでしょう)が不思議なくらいに重視され、海外の資格は、不思議なくらいに軽視される傾向にあります。

これは実際、私が5年前に実家の事情で帰国した時に、痛切に感じたことでした。

帰国後まもなく私は臨床心理学系の就職活動を始めましたが、どの精神科・心療内科クリニックも、とにかく「日本の臨床心理士の資格」がないと、門前払いで、戸惑いました。不毛な就活はしばらく続きました。いくつかの施設では、途中まで話が良い感じに進んできたところで、たとえば、そこの理事長さんが出てきて、「やはり臨床心理士の資格がどうしても必要」だという理由で、頓挫します。

海外の大学院を卒業して、臨床経験のある者は、日本の精神科の病院や心療内科のクリニックで3年以上の臨床経験を積むと、臨床心理士の試験の受験資格が得らえるということですが、そもそも、海外の大学院出身の人間は、なかなか雇ってもらえず、3年の臨床経験のスタート地点に立つことすらままならない、という現状です。しかも、雇われたところで、「未資格者」は恐ろしく薄給です。当時の私は経済的にも余裕がなく、その薄給で3年続けるという事はオプションにありませんでした。

こうした現状に気づき、私は戦慄しました。

しかしこれは、日本の大多数の精神科・心療内科のクリニックが日本の臨床心理士の資格にこだわる、ということであり、すべての精神科医がそのようではないということでもあります。

つまり、精神科医のなかには、アメリカをはじめとする欧米の臨床心理学の高い水準の研究と実践に理解があり、正しく評価できる人もいる、ということでもあります。つまり、評価をする人間による、というわけです。そして、こうした精神科医は、意識が高く、勉強熱心で、国際感覚にも優れている方が多いです。

私に関していうと、ようやくそうした先生の一人である塙美由貴先生と出会い、意気投合し、先生のクリニックの一室を貸していただけることになり、そこを基盤として、活動範囲を広げていきました。気が付くと自分は、アメリカの大学院の日本校や、国際学生の多い大学のキャンパスカウンセリング(バイリンガル枠)などでも働いていました。

確かに普通に日本の大学院に行くことと比べて、アメリカの大学院は、かなり時間とお金が掛かります。あらゆる意味で、コストは大きいです。

しかし、リターンも大きいです。 ただこれは、Fumiyaさんがどこで働くかにもよります。Fumiyaさんはご存知かもしれませんが、日本の病院やクリニック勤務の臨床心理士のお給料は、正規採用でも、決して高くありません。むしろ、海外水準と比べると、驚くほど安いです。それから、病院勤務では、心理士の仕事は、精神科医の指示の下で、ひたすら心理検査をしたり、精神科医の診察の補助的なカウンセリングをしたりと、海外の大学院出身である必要がない業務内容のところが多いです。 つまり、Fumiyaさんが病院やクリニックなどに就職することを考えておられるのであれば、確かにリターンは見合っていないかもしれません。

しかし、私のように、フリーランスとして、個人開業を含めて、いろいろなところで働いている人間にとっては、計り知れないリターンがあります。まず、経済的なリターンですが、正直なところ、申し分ありません。高額の留学資金も、随分前に回収出来ました。

経済面でのリターンも大きいですが、それよりも大きいのは、プロフェッショナルとしてのリターンです。

私がアメリカの大学院の日本校や、留学生相手のカウンセリングができるのも、やはり、私がアメリカの大学院を出て、アメリカで臨床経験を積み、アメリカで資格を取ったところが大きいです。というのも、2018年現在でも、英語で効果的な心理カウンセリングのできるサイコセラピストは非常に少数で、需要があるからです。こうしたスキルがあり、フリーランスで活躍するのではれば、日本の資格はあまり重要ではありません。

これは英語が話せればよいという話でありません。

それよりも大事なのは、Diversityを非常に重視した、多文化にセンシティブな臨床心理学の教育と、臨床経験です。私が臨床に携わっていたロサンゼルスは、超多文化社会であり、とにかくいろいろな人種の、いろいろな宗教の、いろいろな年齢層の、いろいろな価値観の、いろいろな性的志向の、いろいろな社会階級の人たちが、待ったなしで、どんどん現場にやってきます。アメリカのメンタルヘルスのシステムは、インターン生の労働力に依存しているので、大学院在学中から、ものすごくたくさんのケースを持たされます。

臨床内容も、日本とは大きく異なります。 精神科医と臨床心理士の社会的地位も権限も伯仲しているアメリカでは、臨床心理士は基本的に精神科医と独立して治療に携わります。 つまり、臨床心理士が診断を行い、ひとりで全体的な治療を行うのです。 大学院に通うインターン生(インターンシップはほとんどの大学院ではカリキュラムに含まれていて必須)も、自分に割り当てられたクライアントを、ひとりで診断して治療していくことになります。 もちろん、インターン生には、ライセンスを持った臨床心理士がスーパーバイザーとしてついています。診断についてスーパーバイザーと話し合い、臨床指導を受けます。 このスーパービジョンのシステムも、アメリカは徹底しています。日本のように、オプションではなく、法律で定められていて、スーパービジョンが行われない臨床時間は認められません。 ただ、スーパーバイザーは通常インターン生が働いている施設に所属していて、インターン生がその施設で無償で働いてくれる代わりに、無償で徹底的なスーパービジョンを毎週行ってくれます。日本の院生のように、経済的な理由で十分なスーパービジョンが受けられない、ということはまずありません。この徹底したスーパービジョンと、圧倒的な臨床時間とケース数が、実力のある臨床家を育みます。

一方、日本の大学院の研修は、決して十分でないケース数の場合が多いですし、実質的に実習を行っていない院生も多いです。スーパービジョンも必須でなかったり、指導者の臨床スキルに問題があったりして、決して十分ではありません。臨床心理士の資格を取った時点で、臨床経験がほとんどない方も少なくありません。

アメリカでは、臨床心理士の資格を取るためには、特定の大学院の博士号を修得し、3000時間の厳格に規定された臨床経験を修了し、国家試験と州試験に受かる必要があるので、ライセンスを取れた臨床心理士は、すぐに独立開業をはじめます。ライセンスを取れたという事実が、確かな自信になるからです。

まだまだ書きたいことはたくさんありますが、ここまでのお話でも、アメリカ(欧米)の大学院で学ぶ意義が大いにあることは、ご理解いただけたかと思います。

アメリカ(欧米)の大学院という選択肢は、確かに、かなりのリスクを伴います。アメリカ人にとっても非常に大変なカリキュラムで、実際、ドロップアウトした方もたくさん見てきました。そして、無事に卒業して、資格を取ったところで、日本での就職は保証の限りではありません。

しかし同時に、リターンの大きさも、計り知れません。文字通り、ハイリスク、ハイリターンなのです。Fumiyaさんの最優先事項が日本での就職であるのならば、確かに日本の大学院に行くのが一番確実ですが、本当に実力があり、効果のある治療ができる臨床家になりたいのであれば、海外の大学院という選択は、大いにお勧めです。良い臨床を続けていれば、最初は半信半疑だった現場の人たちも「やっぱり海外の大学院出身の人はすごい」と評価してくださるようになっていきますし、つまりは、海外の大学院出身者の母体数そのものがまだ少なく、それゆえに、海外の大学院の素晴らしさもまだ広く知られていないだけなのかもしれません。入り口は狭いかもしれません。しかし中は広いです。アメリカ(欧米)の大学院は、大変な事もたくさんありますが、掛け替えのない貴重な体験となることでしょう。それはあなたにとって一生の財産となります。

 


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