興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学者黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

Introjection (摂取、取り入れ)

2012-08-10 | プチ精神分析学/精神力動学

 少し前に、Projection(投射、投影)について紹介しましたが、今回は、その投影(Projection)と反対の精神機能、Introjection(取り入れ)について触れてみたいと思います。
 投影とは、おおまかに言うと、本来自分の性質(感情、問題など)であるものを、自分から切り離して他者に投げかけて、その結果、自分のなかにあったものを他者のなかに見る、ということでしたね。たとえば、自分の欲求を押し殺して生きている人が、自由気ままに我がままに振舞っている人に不快感を感じたとき、その人の心の中を分析してみると、その不快感は、その人が実は持っているけれど受け入れ難い自己中心性を相手に投げかけて、それゆえその相手に自分の中の嫌を経験している、というようなものです。自己嫌悪を経験する代わりに、他者を嫌悪することで自分の心の平安を保つ無意識の防衛機制です。

 さて、今回紹介する「取り込み」ですが、これは逆に、他者が持っている性質(気持ち、問題、特徴など)を、自分が持っているものだと錯覚して経験する精神機能です。これは、小さな子供が、親の気持ちや欲求を自分自身のものと錯覚してそのように行動しようとする現象に見られ、これは、親の価値観、道徳、社会のルールなどが、その子のこころの中に「取り込まれ」て内在化(Internalization)することによって、超自我(Super-ego)が形成される、という過程のとても重要な役割を果たしています。しかし、賢明なあなたはお気づきのように、これは同時に、親の問題のある価値観、歪んだ道徳観、親の劣等感、偏見など、ネガティブなものも子供は同時に取り込んでしまう、という性質で、たとえば人格に重篤な問題がある親のもとで育った子供が、成長過程で、また大人になってから、大きな心の問題や葛藤を経験することに関係しています。

 取り込みは、小さな子供の成長過程に限らず、我々人間が生涯を通して、日々経験している現象です。これは精神分析学において非常に重要な概念で、複雑なものですが、紙面と著者のやる気の問題で、今回は私たちが日常で経験している取り込みに絞ります。ここではとりあえず、「取り込みとは、他者の性質を自分のものと錯覚して経験、内在化すること」と定義して良いと思います。
 ところで、精神分析学でよく言われることですが、この投影と取り込みという正反対の二つの性質は、実は一枚のコインの裏表である、ということです。そして、投影と取り込みは、基本的にワンセットで起こります。

 たとえば、真由美さん(18)が夜中に自室でマスターベーションをしているところに、母親の加奈子さん(48)がたまたまドアを開けて入ってきて、真由美さんの行為を発見してしまいました。加奈子さんは真由美さんの行為に怒りを感じ、「あなた何やってるの!?汚らしいわね!信じられない!」と怒鳴って出て行ってしまいました。真由美さんはそれまでマスターベーションにおいてそれほどネガティブな考えはなかったのですが、これを機に、その行為に深い嫌悪感、罪悪感、羞恥心を経験するようになってしまいました。

 さて、この例において、加奈子さんが経験しているのは投影です。加奈子さんは、出張や残業でほとんど家に居ない武さん(50)とのセックスレスが続いていて、それがいつしか当たり前になってしまい、知らず知らずのうちに自身の性欲を抑圧して生活するようになっていました。また、加奈子さんは古風で厳しい母親のもとで育ったため、マスターベーションに強い抵抗と嫌悪感がありました。そうしたもの(抑圧している性欲、もっと自由でありたい、しかし受け入れ難い性行為)を娘の真由美さんに投げかけて、その結果真由美さんのなかに自分自身の受け入れ難い性質を見て、非難してしまったわけです。

 しかし、そういう事情など知らない子供の真由美さんは、マスターベーションが汚らしい、恥ずかしい、間違った行為だというメッセージを無意識に思いっきり取り込んで内在化してしまい、その結果、本来加奈子さんが経験していた嫌悪感を、自分の気持ちのように経験するに至ってしまった、というわけです。

 取り込みは、しばしば、深い人間関係のなかで起こります。それは親子間だったり、きょうだい間だったり、親しい友人、夫婦、恋人間、上司と部下、師弟間だったりします。私たちは、人生における大切な人から、思っている以上に強い影響を普段から受けているし、また、与えています。それがうまく作用している場合は良いのですが、距離が近すぎる人間関係では、これが高頻度で不健全に起こり、自分と相手との見境があいまいになり、その人間関係に争いや問題が生じてきます。
 たとえば、タイトで息苦しい恋人間で、浮気願望があるけどそれを押し殺して生活している彼氏が、実は彼女は浮気しているんじゃないかと突然不安になってきてその疑いを彼女に投げかけたりします。厄介なことに、その息苦しい恋人関係に苦しんでいたけれど忠実な彼女は心密かに誰かもっといい人いないかな、などと時々思ったりしていたので、投げかけられた疑いを、自分の気持ちのように経験してとても嫌な気持ちになったりします。このようにして、タイトな人間関係の悪循環は続いていきます。

 投影の解決策としては、普段から、自分が誰かに何か不快感や悪感情を経験したときに、それを行動化したり相手に投げかける前に立ち止まって自分自身を見つめてみることが考えられます。「この感情はどこからくるのか」、「なぜその人にその感情をそのとき感じるのか」、「自分を不快にしているその人の要素は、実は自分のなかにあったものではないか」、「その感情をそのひとに対して経験しているのは自分だけか、それとも他の多くの人も同じように経験しているものなのか」、などと自問して見ましょう。

 悪い取り込みについてはこれとまったく逆のことがいえます。誰かに何かを言われて嫌な気持ちになったとき、言われたことが「本当に自分の問題なのか」、「相手にそういう性質はないだろうか」、「なぜその人がそのときに自分にそういうことを言ったのか」、「その人がそういうことをいうのは自分だけか、それともその人はいろいろな人に同じようなことを言っているのか」などと自問してみましょう。

 ノートなどに書き出して分析してみるものよいです。ところで、人間多かれ少なかれ、投影されたものは実際もともと自分の中にあったもので、また、他者から取り込んだものも、もともと自分の中にあったもの、という場合が多く、たとえば、誰かがあなたに「自分勝手だね!」といったとき、人間だれでも多かれ少なかれ自分勝手さはもっているわけで、それが言われたことで刺激されて誇張されて、ものすごく自分が自分勝手な人間な気がしてきた、というようなことはよくあります。
 つまり、気をつけるべきは、その度合いであり、自分が誰かに投影しているかもしれない、と思ったときは、「本当にその相手はそんなに悪いのか」、また、自分が誰かから取り入れを経験しているかもしれない、と思ったときは、「そんなに自分がは悪いのか」、と今一度立ち止まって考えてみるといいでしょう。そうすることで、自分の問題と相手の問題をうまく切り離して見ることが可能になり、まずい人間関係のダイナミズムから抜け出すきっかけが生まれます。

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