
道元さんの生涯が書かれた「永平の風 大谷哲夫著 文芸社」を読んでずっと気になるところがある。それは、有名な玄明首座の自領出去(じりょうしゅっこ)の話である。
八日目の午後のことであった。
一同が作務のため、それぞれの場において作業をしていたときのことである。何を思ったのか玄明は坐禅を止め、どこから用意してきたのか金槌や鑿を取り出し、つい今しがたまで坐っていた自分の単の板をはがし始めた。一畳ばかりの単の板を剥ぎ取リ終えると、今度はその下の土を掘り起こし始めた。ただならぬ気配を最初に察したのは、そのときたまたま所用で僧堂の前を通りかかった寂円であった。
という文章に、道元さんの気持ちを裏切った玄明の居ても立ってもいられない自責の念をみるのですが、私はここに「単の板」「その下の土」に玄明が「みているもの」に惹きつけられる。
この玄明の話は、「つらつら日くらし」さんのブログで御遺言記録という書物に書かれている話であることを知った。
私には玄明の行為は特異なことではあるが、書物に書かれているという事実、そして書物に残されるという事実などからその行為が「前代未聞」の行為と表現されてはいるが、狂気的な、また異常な行為ではなかったように思える。
床に、土に「己の醜さが沁み込んでいる」から、剥がし、掘り起こしたのであろうか。
そこで考えられるのは言霊的なものであるが、それを想定したところで剥がそうが、掘り起こそうが場の有つ言霊は払うことはできない。
そこは禅の修業の場の有つ、独特な意味があるのではあるまいか。
「永平の風」では、「お師匠さま、お許しください。私は仏道を求める者としてあるまじきことをしてしまいました。この数日よく考えました結果、お暇をいただこうと決意しました。つきましては私の寝起きし、また坐禅をしていたところを取り除き、清めたうえで去りたいと思い、こうして取り除いているのです」と玄明に言わしているが、これとは異なる何かを「単の板」「その下の土」にみているような気がする。
「自領出去」とは、自らの罪を認めて自らそこを去ることを意味するとのこと。
引き際の悪い人、鬼の首を捕ったように騒ぐ人。人の醜さが目立つ昨今である。
一押し願います。
拙僧の指導教授の著作をご紹介いただき、ありがとうございます。この箇所、従来の伝承ではただの擯出(追放)扱いだったのですが、大谷先生がどうしても、自領出去として描かなければ真意が伝わらないといいまして、このような内容になりました。
この本ですが、拙僧の実名が協力者で出ていたりします。原稿締め切り直前には、先生のお寺に泊まって、色々と作業していました。とても懐かしく、思い入れのある御著作です。
涙し土を取り除く玄明さんの姿が浮かんで、「取り返しのつかないこと」に対する身の振り方、「去るのみ」だけではなく、剥ぎ取り、穿つ行為。
抗議の行動ならば、その場の人びとの思い出したくない話であったろうから記録には残らないはずです。
tenjin95さんのログで、その元話を知り当時の求道の姿勢に感動しました。