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自縄自縛日記

斎藤修『環境の経済史 森林・市場・国家』

2014-11-17 00:05:16 | 環境・自然

斎藤修『環境の経済史 森林・市場・国家』(岩波現代全書、2014年)を読む。

「日本は、古来から自然を尊重し、大事に育ててきた」とは、よく言われることである。しかし、それはイメージのみに基づく常套句であり、正確ではない。日本の「潜在自然植生」は、現在の姿とはずいぶん異なる(たとえば、関東にもともとあった植生は、シイ、カシ、タブなどの常緑広葉樹であった)。保全を目的とはしない人間の手が入った結果である。

本書によれば、江戸初期(17世紀)において、森林は激しく伐採され劣化したという。それを押しとどめたのは、海外で広く信じられているように「徳川幕府の中央集権的な伐採規制」などではなかった。官ではなく民の側こそが、森林の保全に長期的な利益を見出し、木材や薪炭材の市場と森林保全とをうまく組み合わせるような形を作り上げたのだという。

他にも、このような「神話」が挙げられている。産業革命が直接森林伐採に結びついたというストーリーも、地域の経済発展が森林減少を必ず引き起こすという因果関係も、正確ではない。ヨーロッパでは近代に森林が回復に転じており、単に「環境クズネッツ曲線」の事例として分析するほど単純ではないようだ。

一方で、中国の森林減少は統計的にも激しいもののようで、著者は、この要因を民族のメンタリティなどに求めるのではなく、統治の失敗にあったとしている。このあたりは仮説の域を出ないように思われるがどうだろう。近年、中国政府が非常に熱心に植林を進めていることはよく知られているが、そのあたりへの言及はなかった。効果と現在の問題点についても知りたいところ。 

●参照
上田信『森と緑の中国史』
只木良也『新版・森と人間の文化史』
そこにいるべき樹木
園池公毅『光合成とはなにか』
館野正樹『日本の樹木』
荒俣宏・安井仁『木精狩り』
東京の樹木
佐々木高明『照葉樹林文化とは何か』
湯本貴和『熱帯雨林』
宮崎の照葉樹林
オオタニワタリ
科学映像館の熱帯林の映像
森林=炭素の蓄積、伐採=?


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