下村兼史『或日の干潟』(1940年)を観ることができないものかと探していて、汐留の建設産業図書館にあることを突き止めた。永六輔も、日本映画の「マイベスト10」の4位に挙げている(『大アンケートによる日本映画ベスト150』、文春文庫、1989年)。小学校の講堂で見て最初の記憶に残っている映画だそうであり、おそらくは教育映画としてあちこちの学校で上映されたのだろう。
18分ほどの短編記録映画である。先日読んだ『海辺の環境学』(小野ら、東京大学出版会、2004年)(>> リンク)によると、通説はもっぱら有明海を撮ったものだが、三番瀬も含まれているという説もあるという。映画では「大川」の河口に近いとだけ説明している。変に人工物がないため、映像からは判断ができない。
映画は、海辺に海苔採りの女性たちが現われるところからはじまる。春、土手では赤ん坊に乳をあげている人もいる。干潟の干満の説明にまずフジツボを登場させ、満潮時に水中で微生物を食べている映像、干潮時に蓋をして日光に耐えている映像が対比される。そして女性たちは、澪を伝って小さな舟で沖に出て、歩きながら海苔を平ザルに拾っていく。
ここから、生き物たちの競演となる。ニナや「逃げ遅れた」シャコが出る。そして、映画撮影隊は機材を引きずっていき、藁の小屋のなかに隠れて望遠レンズで生き物たちの様子を探る(あさま山荘みたいだ)。
「マッチの様な目」をした「シラスナカニ」(オサガニの類だろうか?)が、器用に泥を両手で口に運んでいて笑ってしまう。トビハゼの紹介はユニークだ。「あっまばたきをした。まばたきをする魚など、皆さんは他に見られたことがありますか。」というナレーションがかぶさり、小学校の講堂ではきっと子どもたちがアハハと笑ったに違いない。
次に、渡り鳥のガンが登場し、カニやトビハゼは慌てて地中に隠れる。「旅のわらじをこの干潟に脱ぐのでした」という紹介で、また親しみを覚える。本当に上手い。チドリやシギも登場する。
静かな干潟。大勢のカニが白い花のように甲羅干しをする。あるカニは、「何か繰り言を言うように」泡を吹く。アシハラガニは、「大きなハサミを持て余すように」して、泥を口に運ぶ。
静寂を破り、ハヤブサが登場する。群れで牽制されつつも、ハヤブサはガンを攻撃し、食べる。「平和であるべきこの干潟をハヤブサの撹乱に任せておいて良いのでしょうか。」というナレーションはもはや悪乗りだ。それに対する回答はない。前出『海辺の環境学』によれば、ハヤブサが出てくるときだけなぜかプロペラエンジン音が聞こえ、ハヤブサも糸でつながっているという説があるらしい。しかし、当時、干潟にハヤブサが現われて捕食をしていたという状況こそが重要なのであり、いまの干潟より大きな循環生態系があったのだとわかる。
満潮になり、海苔採りの女性たちは籠を持って帰っていく。
阿部彰『下村兼史論―内に情熱を秘めた「案山子」―』(>> リンク)によれば、映画撮影当時、鳥類研究は飼育・捕獲した鳥を用いて行うことが一般的であり、下村兼史はそれに対する疑問から、自然の生活のなかで観察・記録することを選んだのだという。そのため、藁の小屋に入り、完成まで2年間もかけたわけである。実際に、被写体深度の浅い映像からは望遠を多用したことがよくわかる。
阿部論文には、下村兼史の監督した映画リストがある。『或日の干潟』は2作目にあたり、全部で19本が製作されたようだ。富士山麓で撮られた『慈悲心鳥』(1942年)や、『雀の生活』(1951年)、『からす日記』(1953年)、『干拓』(1954年)など、ぜひ観てみたいものが並んでいる。
最近、NHK『モリゾー・キッコロ 森へいこうよ!』(>> リンク)では、横浜のどこだかの干潟にあるアマモを、海の森だとして紹介していた。子ども向けの番組だが、森林が主役の番組は少ないので、ときどき観ている。ああいうキャラクターものによる親しみやすさも悪くはないのだが、どうしても子どもたちはモリゾー、キッコロの言動の面白さに反応してしまうような気がしている。『或日の干潟』のような、地味だがユニークな映画はまだ必要だ。
●干潟の映像
○『有明海の干潟漁』