7月24日 はれ 35℃
ベトナムの歴史は奥が深い
ルンケー城址は、ハノイから車で1時間位のバックニン省にある、川の自然堤防に囲まれた、2世紀半ばくらいから6世紀くらいまでの城郭遺跡である
ここが有名なのは、昨年交通事故で亡くなられた、西村昌也先生が、銅鼓の鋳型をベトナムではじめて発見した場所となっているから
ベトナム人の自慢の銅鼓とは、銅製の片面太鼓のことで、歴史博物館にはこれがたくさん並べられている
銅鼓の文様は壁飾りになったり、ギネスに登録された長い堤防のタイル画のなかにあったり、ベトナム航空のフライトアテンダントのエプロンの模様とか、観察すればいたるところで見つけることができる
銅鼓が造られていたのは、紀元前3世紀から紀元後数世紀にかけて北部ベトナムを中心とした文化時代のドンソン文化期で、
中国南部、東南アジア地域全体から発見されているが、誰がつくり、どうやって運ばれたか…
ベトナムの中国支配は10世紀まで続いていたのに、ベトナムのオリジナル文化である銅鼓がどこで造られていたのか…
それは、中国が支配するお城のなかで、造られていたという重要な発見となった場所である
奥の少し高くなった木が茂っているところが土塁で、その内側が城跡
城跡のなかには田んぼが広がり、1000年以上も前からひとびとの生活が営まれているのが不思議だったけど、
この空間は、本通りから続く細い道をくねくねとゆっくりたどってゆくとことで、じょじょに
現在からの時空間を通りぬけ、過去にもどったような気分にさせられる
城跡のなかでは、田植えとともに、その横で細々と発掘も行われている
発掘されたものは、池で洗われ、乾かされ、分類されるようだ
広げられたもののなかには、無釉陶器片とか、施釉陶器片とか、煉瓦片とか、わたしにはただのがれきにしか見えないけど、
大事なものがたくさん詰まっているのだろう、これらが2000年もの過去につながっていると思うと、どきどきしてきた
発掘作業者のなかに西村先生と一緒に働いていた人がいて、発掘現場に案内していただけたことも幸いだった
いまではそこはただの草むらでしかなかったけど、ベトナムの人も大切に思ってくださっていることにあたたかいものを感じた
城跡の田んぼは一枚が狭いので、機械は使えずすべて手作業、しかも男性はいない、昔の日本と同じ文化で、田植えは早乙女しかだめなのかなあ
ルンケー城跡は、現在から隔絶された時空間を漂わせてくれる、時間が切り取られた不思議なところだった