ときどりの鳴く 喫茶店

時や地を巡っての感想を、ひねもす庄次郎は考えつぶやく。歴史や車が好きで、古跡を尋ね、うつつを抜かす。茶店の店主は庄次郎。

赤尾(・坂戸市) ・・・地名の裏を覗くと ・・

2014-09-25 20:47:19 | 歴史

赤尾(・坂戸市) ・・・地名の裏を覗くと ・・

越辺川の”曼珠沙華”を見に来て、”赤尾"の地名が気にかかった。
天神橋を渡ると、坂戸市赤尾になる、その”赤尾”のことである。天神橋から越辺川のやや上流の坂戸側に、「金山彦神社」がある。

金山彦神社

越辺川・天神橋付近の彼岸花

 

さて、赤尾であるが、”赤”を冠に持つ地名や川や沼は、古来砂鉄に関連しているという。恐らく、鉄が酸化すると酸化鉄として赤くなることに由来すると言う。所謂”赤さび”のことだ。この地名の付近から、実際「たたら」が発見されることは希だが、古来から砂鉄に関する伝承は多い。

この越辺川・坂戸市側は、赤尾、島田地区と呼ばれる。交通網は、少し不便で、川越、東松山、若葉へのバスのアクセスルートを持つ。その中で東武線・若葉駅が最も短距離のようだ。バスは、天神橋を渡って、川島・八幡団地と東武線・若葉駅を繋いでいるらしい。

坂戸市の市内循環のバス停に「赤尾金山」とある。「金山彦神社」がある地域だ。「赤尾金山」と「金山彦神社」と「赤尾」と重なると、砂鉄と「たたら」の影を追いかけたくなる。

バス停・「赤尾金山」


 
「金山彦神社」の祭神は、勿論”金山彦”だが、さらに”天目一箇命”もある。

”天目一箇命” の碑


谷川健一氏の「青銅の神の足跡」では、 ・・・天目一箇命は、製鉄・青銅に従事している人が信仰する神だと説明されている。製鉄では、溶かした鉄の温度を、湯の色で判断するが、昔はそれを肉眼でやっていたために、目をやられて片目になる人が多かった。そこから、この神が生まれたのではないかと ・・・

 

金山彦神社・額と社

金山彦神社があり、金山彦命は鍛冶、鋳鉄、金属技工の神。それに、バス停「赤尾金山」。

 

付近の寺:成就院        赤尾弾正 て地名?人名?

 

越辺川沿いの 天神社と東蔵寺(=天神社の別当寺)

昔、赤尾落合橋があったが、今は流失して無い ・・・

 

「坂戸風土記15号」添付の古地図に、 ・・・鍛治屋敷、カネ山、カネイ塚の地名がある。赤尾金山の南1kmの地名「別所」で金くそが出たとも。

ここからは推論 ・・・

○「金山彦神社」は、砂鉄の採砂場近くの「貯砂場」ではないのか。その跡地が、神社になった。
○この赤尾地区に、「たたら」は無理ではないだろうか。「たたら」製鉄に必要な燃料の供給源が見えてこないのだ。つまり豊富な木材の有する森林山岳が近くにないのだ。
少し足を運べば、比企丘陵に、有数な「古代窯跡」があるが、瓦や須恵器の焼き物は、基本は「登り窯」で階段状に焼き入れの物を置いて、下から火力を吹き入れる。「たたら」は炭の上に砂鉄を置き、鉄を作る。「たたら」の方が高温を必要として、燃料も莫大に費やす。炉の形も違うが、粘土質であれば、「たたら」用に転用は可能だ。
若干低温だと、玉鋼までは無理として、農具の生産は可能だったのではないだろうか。
 ・・・ しかし、比企丘陵の「古代窯跡」が「たたら」であった痕跡は見つからない。

○砂鉄が豊富な川は、越辺川。越辺川の源流は、越生の背景山岳(=奥武蔵)。 ・・・本当だろうか。 ・・・越辺川は、いくつかの支流を合流している。都幾川や高麗川など ・・・
 ・・・ 砂鉄は、都幾川と越辺川のどちらから来たのでしょうか。赤尾金山から、少し上流に、都幾川と越辺川の合流の落合があります。都幾川上流を辿ってみても、慈光寺辺りまで、砂鉄の痕跡はありません。「金山彦神社」は越辺川西岸に位置しています。かなり薄い根拠で、砂鉄は越辺川上流ではないかと当たりを付けます。しかし、越辺川にも砂鉄の痕跡はありません。怪しいところはあるのですが。 ・・・ すると、高麗川か。
○高麗川は、坂戸市内の坂戸高校辺りで、越辺川と合流します。上流は日高市。高麗神社の脇を貫流します。ここに、鉱山があったはず。
 ・・・ 次回は高麗川の源流の山岳の鉄の鉱石を辿ってみます


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