しろくま日記

読んだ本の感想を記録してみたいと思います。
なんだか忘れてしまうので。

峠 上・中・下 司馬遼太郎著 新潮文庫

2014-12-16 | 日本小説
祖父・小金井良精の記」の序盤に本作からの引用があります。
とくに大きく引用されているのが小林虎之助が火事で焼け出された時のエピソード。
あることで感激した継之助が小金井良精の父小金井儀兵衛のところに駆け込む場面です。

星新一の曽祖父に当たる訳で「昭和」までは幕末も以外に近いものだったんですねぇ..。
などと感慨もあり本作を手に取りました。

小学校、中学時代にも読みたくはなったのですが、当時はなんとはなしに読まないで今日まできてしまいました…。

今回は読みたくなった勢いで大人買い(?)して読み出しました。

上巻、下巻はブックオフで購入。
中巻は上巻読了後、存在を知り(上下巻だと思っていた)あわてて職場近くの本屋で購入。

1966年11月から1968年5月まで毎日新聞に連載された作品。
解説にもありますが「竜馬がゆく」と「坂の上の雲」の間に書かれている作品です。

内容(裏表紙記載)

壮大な野心を藩の運命に賭して幕末の混乱期を生きた英傑の生涯!
幕末、雪深い越後長岡藩から一人の藩士が江戸に出府した。藩の持て余し者でもあったこの男、河井継之助は、いくつかの塾に学びながら、詩文、洋学など単なる知識を得るための勉学は一切せず、歴史や世界の動きなど、ものごとの原理を知ろうと努めるのであった。さらに、江戸の学問にあきたらなくなった河井は、備中松山の藩財政を立て直した山田方谷のもとへ留学するため旅に出る。


幕府にも官軍にも与せず小藩の中正独立を守ろうとした男の信念!
旅から帰った河井継之助は、長岡藩に戻って重職に就き、洋式の新しい銃器を購入して富国強兵に努めるなど藩政改革に乗り出す。ちょうどそのとき、京から大政奉還の報せが届いた。家康の幕将だった牧野家の節を守るため上方に参りたいという藩主の意向を汲んだ河井は、そのお供をし、多数の藩士を従えて京へ向う。風雲急を告げるなか、一藩士だった彼は家老に抜擢されることになった。


維新史上もっとも壮烈な北越戦争に散った最後の武士!
開明論者であり、封建制度の崩壊を見通しながら、継之助が長岡藩をひきいて官軍と戦ったという矛盾した行動は、長岡藩士として生きなければならないという強烈な自己規律によって武士道に生きたからであった。西郷・大久保や勝海舟らのような大衆の英雄の蔭にあって、一般にはあまり知られていない幕末の英傑、維新史上最も壮烈な北越戦争に散った最後の武士の生涯を描く力作長編。


一般的に河井継之助といえば「本作」のイメージになるんじゃないかというくらいの有名作かと思いますが…。

坂本竜馬のように「討幕」側にいたわけでもなく、新選組のように強烈に「佐幕」というわけでもない譜代の小藩の藩士として生きた河井継之助の話ですから派手な展開にはならない….。
最後は敗けるのもわかっていますし読んでいてどうも気分が盛り上がりませんでした。

読者サービス用の「お色気場面」など明らかなフィクションを排した「坂の上の雲」以降のノンフィクション風ならいいような気もしますが、本作は「竜馬がゆく」的なお色気場面も結構あるのですが…。
最後は「報われないで終わるのだろうなぁ」と思うとその辺の場面も楽しめませんでした。

「竜馬がゆく」の千葉さな子やお田鶴さんなどの女性はとても魅力的に描かれていましたが本作では作者も迷いがあるのか吉原の小稲太夫や京都のやんごとなき女性や継之助の奥さんなどもどこかおざなりで魅力が薄い….。

主人公の河井継之助のどこか陰がある感じが最初から最後までしました。

司馬遼太郎もなにか迷いがあって、あまり筆がのらなかったのかもしれんませんね。

作者は本作の前に短編で河井継之助を主人公にした「英雄児」なる作品を書いているらしく、そちらでは生まれる場所、活躍する場所を間違えた「英雄」として悲劇的に書いているようです。
河井継之助は長岡を焼土にした大悪人として「墓に鞭うつ人が絶えなかった」というようなエピソードも紹介しているようですが、本作ではその辺省きかなりポジティブに描いています。

そうはいっても下巻では継之助の方針を「根本的にまちがっている」とする藩士を論破できず排除していく姿などを描いておりそれなりにネガティブではあります。

結果的に「中立」を目指した継之助の理想は木端微塵になるわけですが…。
(史実として中立を目指していたかは異論あるようですがすくなくとも本作では)

「祖父小金井良精の記」でも描かれていましたが、長岡の町を焼土にし明治初期の長岡藩士を困窮させた状況を考えると、確かになにか根本的に間違っていたのかもれませんね。

この時代の東国の譜代の小藩としては「何もしない」「何もできない」状況のまま流れに従うのが一番だったような気もします。

なまじ藩政改革をしてお金を捻出し、有り金はたいて最新軍備を固めてしまったがために官軍に協力して会津を討つか、会津と協力して官軍と戦うかしか選択肢がなくなってしまいます。
なにもなければ、なにもできないので流れに任せていればよかったのに…。

継之助の根本的誤算は徳川幕府があまりにも早く政権を放り投げて恭順の意を固めてしまったところなんでしょうか?
譜代の小藩としては「まさか」でしょうから、なかなか流れについていけなかったのではないのでは。

継之助「太平洋戦争のような無謀な戦争に突っ込んでいった人」と思えばネガテイブですし「日露戦争位までの日本のように強い意志をもって富国強兵を進めた人」と思えばポジティブな評価ですし...。
作者もいまいち的が絞れず中途半端だったのかなぁというような感じも受けました。

でもまぁ長年読めなかった作品読めてうれしかったです。

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新・男はつらいよ 小林俊一監督

2014-12-13 | 映画
男はつらいよシリーズ第4作です。
1970年2月27日公開、本作も監督は山田洋次ではなく小林俊一監督です。
小林俊一氏はTV版「男はつらいよ」の演出を手掛けていた人のようです。

内容(amazon商品紹介)
競馬で大穴を当てた寅さんは、柴又へ帰り、恩返しとばかりにおいちゃん夫婦にハワイ旅行を手配した。喜ぶおいちゃん達の出発の日、旅行会社の社長に金を持ち逃げされたことが発覚。近所の手前から電気もつけないでひっそり暮らすことになった。ところが留守の筈のとらやに泥棒が入ったから大変!それから一ヶ月、寅さんは自分の部屋に下宿している美しい幼稚園の先生・春子を見てウットリ。恋人がいるのも知らずに日増しに熱をあげるのだった。 ■ロケ地:葛飾柴又 ■マドンナ:栗原小巻


前作の公開から1ケ月ちょっとでの公開…いくらなんでも強行軍ですよね。
そのためか地方ロケには行っていない模様。
途中までハワイに行きそうな感じでしたが...結局羽田までで、あとは柴又(笑)

寅さんが名古屋で競馬の大穴を当て柴又までタクシーで帰ってくる場面がありますが、未舗装の江戸川土手を普通に車が走っているのが新鮮でした。

今は土手のこのあたりは舗装されサイクリングロードになっています。

「ハワイ」に行くのは今でもうらやましい感がありますが、当時は大変なことだったんでしょうね。
近所の人総出での壮行会も当時の風俗が垣間見られて興味深かったです。

泥棒役の財津一郎がチョイ役でしたが、いい味を出していましたが、その後まったくでないので残念でした。

せめてラストで寅さんが列車の中でバカ話をしている場面辺りで登場させればよかったのにねぇ。

ハワイ旅行がらみの話がメインの前半から、かなり唐突にマドンナ登場となります。
(ハワイ旅行騒動はTVでも同様のエピソードがあったようです)

今回のマドンナは「栗原小巻」
当時は大人気だったんでしょうね。
今の眼で見るとメイクの問題か…私にはそれほど魅力を感じられませんでしたが…。

1-3作までと違うのは、マドンナの職業が幼稚園の先生、かつなにやらわけありの父親のようで母子家庭で育った模様。
これまではいかにも「お嬢さん」という感じのマドンナであったわけですがぐっと庶民的になってきます。

また前作までの「マドンナ」は寅さんが勘違いしてもしょうがないような行動をしていましたが、今回はそれほどでもない気もしました。
寅さんの誘いで水元公園のボートに乗ったのはどうかとも思いますが….。
まぁ好意の範疇でしょう。
(第一作では自分から飲み屋に誘っていましたからねぇ)

マドンナの恋人はちらっとしか出てきませんが、妙に声のいい人で「誰かなぁ」と思っていましたが後で調べたら「横内正」。
のちの水戸黄門の角さんですね、なるほど。(笑)

寅さん失恋発覚後にたこ社長が間が悪く寅さんを冷やかすのは本作から恒例になっていくようですね。
(確か1~3作にはなかった設定のような…)

御前様が寅さんの父親の命日にお経を上げに来る場面のドタバタ感などは落語っぽいベタな喜劇ですが、おっちゃん役の森川信の名演で見応えあるのですが全体的に薄味な作品と感じました。

けっこう短期間で作ったんでしょうからまぁしょうがないでしょうかねぇ。
監督もTV畑の人なので「映画」というよりもTV的な演出なようにも感じました。
(後知恵かもしれませんが)

山椒太夫・高瀬舟 森鴎外著 新潮文庫

2014-12-10 | 日本小説
小学生か中学生頃「祖父・小金井良精の記」を読んだ後に当時未読だった森鴎外の作品を読みたくなり本書を読んだ記憶があります。

今回も「祖父・小金井良精の記」を読んだ後、無性に本書が読みたくなり手に取りました。
(森鴎外の妹小金井喜美子が、星新一の祖母)
実家に帰れば昔読んだものがあるはずですが、地元の公民館でやっていた古本バザーのようなイベントで見つけて無料で入手。

この版は昔読んだものと表紙のデザインが変わっていないのでなんだか嬉しかった。

内容(裏表紙記載)
人買いのために引離された母と姉弟の受難を通して、犠牲の意味を問う『山椒大夫』、弟殺しの罪で島流しにされてゆく男とそれを護送する同心との会話から安楽死の問題をみつめた『高瀬舟』。滞欧生活で学んだことを振返りつつ、思想的な立場を静かに語って鴎外の世界観、人生観をうかがうのに不可欠な『妄想』、ほかに『興津弥五右衛門の遺書』『最後の一句』など全十二編を収録する。


昔読んだ時は半分以上理解できず、正直「つまらない」と思いながら無理やり読んだ記憶がありますが….。
今回も正直「おもしろくはない」というのが感想(笑)

中学時代と違い一応内容は理解できたつもりですが、どうにも面白さがわからない。
「明治、大正にはこんな話が書かれて読まれたらしい」という程度の評価の作品ならわかるのですが、漱石とならぶ「文豪」森鴎外のかなりポピュラーな作品として読むとどうにも…。
今回読んでみて「夏目漱石」の作家としての「すごさ」がよくわかりました。
漱石の作品は時代を超えて「小説」としての本質的な価値を持ち続けている気がします。

この短編集だけ読んで「文豪」森鴎外を評価するのは非常に乱暴ですが…。
鴎外は良くも悪くも「時代精神」的なものを反映している分「時代を超越できなかったのかなぁ」などと感じました。
(鴎外の神髄は当時不評だった「渋江抽斎」などの史伝にあるという説もあるようですが。)

解説にも書かれていましたが、歴史小説は別として作中の随所にフランス語やドイツ語やらを挟んでいます。
なにやら「俺は教養人なんだぞ」「俺の書くもの批判したかったらこれくらいわかれよ」という嫌味が感じられました、この辺もどうも….。
漱石にはそういう嫌味もあまりないですね。

と、かなりけなしながらも冷静に各編見てみたら歴史・時代小説はそれなりに楽しめた気はします。
(ただ山本周五郎の短編の方が上な気もしたりしましたが....。)

各編紹介・感想など
「杯」
泉で少女たちが大きな銀の杯で水を飲んでいる所へ、一人の少女が来て小さな陶器の杯で飲もうとすると、他の少女たちはその杯を馬鹿にするが…。
少女は「わたくしの杯は大きくはございません。それでもわたくしはわたくしの杯で戴きます」と。

「俺はそこらの自然主義文学者と違うんだ」ということなんでしょうか….?
決然たる異端の表明はかっこいいといえばかっこいいですが、小説としては直截すぎるような…。

「普請中」
渡辺参事官は人と会うためホテルに行く、ホテルは普請中。
そこへ待ち合わせ相手のドイツ人の女がやって来て…。

日本も「普請中」だという寓意ももっているようですが、単なる別れ話ですね。

「カズイチカ」
学校卒業後間もない花房医学士は、父親の診療所の手伝いで様々な病人を診る。
色々な病院で診ても原因不明の腹痛の婦人が運ばれて来て…。

ちょっと「ユーモラス」な作品、太宰治辺りが書きそうなイメージ(いい加減です)
小品として素直に楽しめました。

「妄想」
白髪の主人は別荘で生と死について思い、20代の頃のドイツ暮らし時の回想に結びつき…。

いろいろ悩みがあるのでしょうが「俺は色々知ってるんだぞ」と自慢しているだけのような…。

「百物語」
作者の分身的「僕」は知人に誘われ百物語に参加することになる。
その会場で豪遊で有名な飾磨屋と美しい芸者に会い自分と同じ傍観者的なものを感じ…。

飾磨屋のどこか虚ろな存在が不思議で楽しめました。

「興津弥五右衛門の遺書」
興津弥五右衛門は殿様の墓の前で切腹をすることになり、なぜそうなったかの遺書を残す。

鴎外の初めての歴史小説とのこと。
「遺書」の部分の時代感と、その子孫歴代を記していく部分とのギャップで時間と時代の変化を表しているのかなぁと思いました。
思い返してみると結構名作な気がしてきました。

「護持院原の敵討」
山本三右衛門は、城で宿直をしているところを金目当ての強盗に斬られて「敵討ちをしてほしい」との遺言を残す。
息子と三右衛門の弟は、犯人の顔を知っているという文吉を家来に従え旅に出る…。

「なるほど」という感じでしたが、面白みが今一つ理解できない作品でした。
上でも書きましたが山本周五郎風でもあるように感じました。

「山椒大夫」
筑紫に行ったきり帰らない夫に会いに行くための旅の途中に人買いに騙され母と子はばらばらに売られてしまい…。

安寿と厨子王のお話。
鴎外独自の切り口がどこにあるのか今一つ理解できませんでした。

「二人の友」
小倉で務めている〈私〉へ青年F君が訪ねて来てドイツ語を学びたいと言う。
もう1人、学問上の友達安国寺さんという僧侶がいて…。

エッセイ風なんでしょうが3人の交友関係が楽しめました。

「最後の一句」
廻船業の桂屋太郎兵衛は、罪に問われ斬罪が決まる。
それを知った太郎兵衛の子供たちは嘆願書を書きお奉行様に出そうとするが…。

子供たちの「必死」さと、奉行所役人の「役人根性」の対比の妙を楽しむ作品。
奉行と長女の会話の緊張感がよかったです。
これもよく考えると名作かもしれない。

「高瀬舟」
高瀬川で罪人を遠島まで運ぶ小舟「高瀬舟」で護送役が静かで、やけに落ち着いている罪人喜助の話を聞くが…。

これは昔読んだのをなんとなく覚えていました。
「幸せ」は人それぞれというわかりやすい話ではあるので中学生にも理解しやすかったんだろうなぁ。

最初の方にも書きましたが、どうも私には森鴎外の「偉大さ」は感じ取れませんでしたが、普通に「昔の日本の小説を読む」と思えばそれなりに面白い作品群だとは思いました。

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海外SF読書状況

2014-12-07 | 本リスト
ここ数年重点的に海外SFを読んできました。

まぁ読みたいものを読めばいいいんでしょうが、それほどSFに詳しいわけでもないので'12年ローカス誌の20世紀長編オールタイムベストと’06SFマガジンベストを参考にしてターゲットを決めています。

「オールタイムベスト」をリスト化してガツガツ読むのが「正しく」「上品な」読書とは思っていませんが、偏りなくジャンルの全体像を知るにはいい方法かなぁというのと、それなりに面白い作品が上位に来ているのではないかという期待感で読んでいます。

なぜ「海外SF」かといえば、
・まぁSFは嫌いではないし昔読んでいたので敷居が低い。
・といってそれほど多く読んでいるわけでもないので新鮮。
・ミステリや娯楽小説より割と狭い世界(のような気がする)ので全体像把握しやすそう。
・純文学は苦手だし敷居が高い、時代ものはちょっと「おじさん」な感じが....(失礼)
・SFは海外(主にアメリカ?)の方が本場な気がするので一般論としてレベルの高い作品が期待できそう、というところです。
去年の7月時点での読書状況はこちらに書きましたが

現段階での読書状況はこんな感じです。

・薄い青が最近読んだもの=52作品
・濃い青が昔読んで記憶があいまいなもの=5作品
・黄色が持っていて未読の作品=17作品

リスト123作中、既読46%と結構がんばりました。

前にも書きましたが「ゲイトウエイ」を読んだことでローカス社ベストの上位1位から22位まで既読にできました。
今年中に「光の王」と「新しい太陽の書」を読めば26位まで既読になるのですが、ちょっとSFに飽きていて今年中には読めなさそう。

海外SFは来年から読むの再開するつもりですが、長いやつ例えばハイペリオンなども後半2部を読破しようとすると分厚い文庫を4冊読まなければいけない。
「新しい太陽の書」「クリプトノミコン」も4冊でなかなか大変。

読むのが大体1冊/週ペースですのでこのリストの読破はまだまだ時間かかりそうです。

一つのジャンルでも詳しくなろうと思うとなかなか大変ですね。

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祖父・小金井良精の記 上・下 星新一著 河出文庫

2014-12-04 | 日本小説
なんとはなしに本書が読みたくなり手に取りました。
小学校頃に入手した新潮社の星新一全集版を

昨年末に実家から持って帰ってきていて「いずれ読もう」と思っていたのですが、夏頃ブックオフで河出文庫版上下各108円で売っているのを見つけて購入しました。

持ち歩きに都合がよいので今回は文庫版で読みました。
河出文庫では本書現在絶版のようで新品で手に入れられないようで残念です。
(ブックオフでばかり買い物している人が言うのもなんですが…。)

本書を最初に読んだのは図書館にあったハードカバー版だった記憶があります。
ショート・ショートの名手星新一 最長の作品なのですが、なんだか情感的な内容がとても好きで、当時文庫で出ていなかった全集版を入手して折に触れ読み返していた記憶があります。
全集版の奥付みたら昭和55年、当時10歳、小5ですねぇ、なつかしい。
当時は密かに「星新一の最高傑作ではないか?」などとも思っていたりもしました。

内容紹介(裏表紙記載)

小金井良精は安政五年(一八五八)、越後長岡藩士として生まれた。戊辰戦争を指揮して新政府軍に敗れた河井継之助や、「米百俵」で名を馳せる小林虎三郎とは姻戚関係にあった。会津への敗走行を経験して維新を迎え、東大医学部の前身に入学、ドイツ留学など、苦学力行して解剖学の草創期を築いた。森鴎外の妹との結婚、アイヌの人骨研究など、前半生を描く。


小金井良精の解剖学の関心は、人類学、考古学の方へも及び、退官後も先住民族、古事記の研究などに尽力し、晩年まで大学に通った。さまざまな出会いも広がり、娘婿星一、考古学者大山柏、政府の黒幕杉山茂丸、そして名もない市井の人々との交情を大切に、戦争へと向かう明治・大正・昭和の歴史を、時代に翻弄されずに誠実に生きた。著者畢生の大河小説。

冒頭部分は長岡藩士である小金井家の歴史をなぞり、幕末・明治初めの長岡藩の様子は親戚の河井継之助を司馬遼太郎の「峠」から、叔父である小林虎三郎を「米百俵」から援用して描いています。
この調子で書いていけば内容紹介にあるように「大河小説」になったのかもしれませんが、
序盤で小金井良精本人による完璧な日記が見つかり「あれこれ調べて足りないところを想像で埋めて適当に仕上げる」ということができなくなった事情が紹介されます。

結果、作者本人が書いていますが「本当の人生」と「書かれた人生」は違う…という当たり前といえば当たり前の事実に直面します。
ましてや「解剖学」というかなり地味な学問で、物凄い世界的な業績をあげた人物というわけでもないのでもともと起伏が激しいわけでもないですし…。

「困った」とは書いていますが、エピソードごとに小編にまとめてつなげていくという、いかにもショート・ショートの名手らしい解決策で描かれていて、いわゆる「大河小説」でなく多量のエッセイ・随想の寄せ集めという感じの作品で情感たっぷりににうまく仕上がっています。
良精の日記が軸ですが、随所に良精の妻にして森鴎外の妹 小金井喜美子の文章も援用しています。
小金井喜美子の文章は小、中学生が面白みわかるにはつらい文章な気がするので当時は流し読みしていたかもしれません。

エピソードごとに時には時代を大きく下ったり、遡ったりして話は進んでいますが、徐々に時代を下って行きラストに至る手際は見事です。
とにかくこう、全編淡々とした展開でショート・ショートで見せる機知あふれる内容とはかなり色合いが異なりますが随所に「星新一」ならではの独特の視線が生かされています。

結果、幕末、明治、大正、昭和(戦前)の日本を生き抜いた、「普通」の「良識的な」中上流階級の人物の伝記としてなんともこう「独特」な作品になっています。

小、中学生時代に何回も読んだはずなのですが今回読んで、嫁姑の問題やら小金井喜美子が育児ノイローゼ気味になったりや、どうやら困り者であった良精の兄との関係など家族関係の問題が目につきました。
この辺は自分が年を取って家族を持ったりして新たに持った視点ですね。

上巻では良精が自分の地位を確立していくまでが中心ですが、後半は交友関係やら、著者 及び著者の父 星一も随所に登場し、星新一の「自分史」のようなものになってきます。

途中、良精の日記と星一、星新一の日記が併記されている部分がありますが、星新一のお坊ちゃんぶりも楽しいのですが、星製薬社長の星一の政治家との付き合いぶりもずいぶん精力的で感心しました。
戦前の企業経営はいろいろ大変だったんでしょうねぇ….。

交友関係では北里柴三郎やら野口英世など有名人物も出て来ますが、人類学に興味を寄せた大山巌の息子公爵:大山柏など比較的無名な人物との交友も楽しめました。
森鴎外の息子で良精と同じ解剖学に進んだ森於兎などのエピソードも興味深かったです。
それに関連した大学の教授選びや教室運営などの話もなかなか生々しくて楽しめました。

北里柴三郎や野口英世は華々しい業績を上げていていわゆる「有名」な人ですが、現実に家族を持って生きるには、良精くらいの方が好きなことしていて幸せそうだよねぇなどという感想も出て来ました。
良精の解剖学的見地の人類学の業績は現代では評価されているんだろうか?
殆ど残っていないのかもしれません….。
(そういう意味では野口英世もですが...)

とにかく静かに淡々と「普通の人」小金井良精が生きている姿と星新一の自分史がラッピングしたなんとも「ノスタルジック」な展開の後に、良精のこれ以上はないだろうという大往生で物語は幕を閉じます。

「激しい」生涯ではなく、激しい感動は出てこな作ですが、作品とともに長々つきあった「普通の人」良精の死に哀しさのようなものをしみじみと感じました。

今回読み返してみて、正直「星新一の最高傑作」とも「伝記文学史上に残る名作」とも思いませんでしたが、淡々と一生懸命生きた人物の記録として、心に残る名作だと思いました。
大河ドラマ向きではないですが、小金井喜美子を主人公にして朝の連ドラならけっこういけそうな作品な気がします。

このまま埋もれ去るのは惜しいかとも思いますので是非新潮文庫辺りに入れて長く販売してもらいたいものです…。


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