しろくま日記

読んだ本の感想を記録してみたいと思います。
なんだか忘れてしまうので。

祖父・小金井良精の記 上・下 星新一著 河出文庫

2014-12-04 | 日本小説
なんとはなしに本書が読みたくなり手に取りました。
小学校頃に入手した新潮社の星新一全集版を

昨年末に実家から持って帰ってきていて「いずれ読もう」と思っていたのですが、夏頃ブックオフで河出文庫版上下各108円で売っているのを見つけて購入しました。

持ち歩きに都合がよいので今回は文庫版で読みました。
河出文庫では本書現在絶版のようで新品で手に入れられないようで残念です。
(ブックオフでばかり買い物している人が言うのもなんですが…。)

本書を最初に読んだのは図書館にあったハードカバー版だった記憶があります。
ショート・ショートの名手星新一 最長の作品なのですが、なんだか情感的な内容がとても好きで、当時文庫で出ていなかった全集版を入手して折に触れ読み返していた記憶があります。
全集版の奥付みたら昭和55年、当時10歳、小5ですねぇ、なつかしい。
当時は密かに「星新一の最高傑作ではないか?」などとも思っていたりもしました。

内容紹介(裏表紙記載)

小金井良精は安政五年(一八五八)、越後長岡藩士として生まれた。戊辰戦争を指揮して新政府軍に敗れた河井継之助や、「米百俵」で名を馳せる小林虎三郎とは姻戚関係にあった。会津への敗走行を経験して維新を迎え、東大医学部の前身に入学、ドイツ留学など、苦学力行して解剖学の草創期を築いた。森鴎外の妹との結婚、アイヌの人骨研究など、前半生を描く。


小金井良精の解剖学の関心は、人類学、考古学の方へも及び、退官後も先住民族、古事記の研究などに尽力し、晩年まで大学に通った。さまざまな出会いも広がり、娘婿星一、考古学者大山柏、政府の黒幕杉山茂丸、そして名もない市井の人々との交情を大切に、戦争へと向かう明治・大正・昭和の歴史を、時代に翻弄されずに誠実に生きた。著者畢生の大河小説。

冒頭部分は長岡藩士である小金井家の歴史をなぞり、幕末・明治初めの長岡藩の様子は親戚の河井継之助を司馬遼太郎の「峠」から、叔父である小林虎三郎を「米百俵」から援用して描いています。
この調子で書いていけば内容紹介にあるように「大河小説」になったのかもしれませんが、
序盤で小金井良精本人による完璧な日記が見つかり「あれこれ調べて足りないところを想像で埋めて適当に仕上げる」ということができなくなった事情が紹介されます。

結果、作者本人が書いていますが「本当の人生」と「書かれた人生」は違う…という当たり前といえば当たり前の事実に直面します。
ましてや「解剖学」というかなり地味な学問で、物凄い世界的な業績をあげた人物というわけでもないのでもともと起伏が激しいわけでもないですし…。

「困った」とは書いていますが、エピソードごとに小編にまとめてつなげていくという、いかにもショート・ショートの名手らしい解決策で描かれていて、いわゆる「大河小説」でなく多量のエッセイ・随想の寄せ集めという感じの作品で情感たっぷりににうまく仕上がっています。
良精の日記が軸ですが、随所に良精の妻にして森鴎外の妹 小金井喜美子の文章も援用しています。
小金井喜美子の文章は小、中学生が面白みわかるにはつらい文章な気がするので当時は流し読みしていたかもしれません。

エピソードごとに時には時代を大きく下ったり、遡ったりして話は進んでいますが、徐々に時代を下って行きラストに至る手際は見事です。
とにかくこう、全編淡々とした展開でショート・ショートで見せる機知あふれる内容とはかなり色合いが異なりますが随所に「星新一」ならではの独特の視線が生かされています。

結果、幕末、明治、大正、昭和(戦前)の日本を生き抜いた、「普通」の「良識的な」中上流階級の人物の伝記としてなんともこう「独特」な作品になっています。

小、中学生時代に何回も読んだはずなのですが今回読んで、嫁姑の問題やら小金井喜美子が育児ノイローゼ気味になったりや、どうやら困り者であった良精の兄との関係など家族関係の問題が目につきました。
この辺は自分が年を取って家族を持ったりして新たに持った視点ですね。

上巻では良精が自分の地位を確立していくまでが中心ですが、後半は交友関係やら、著者 及び著者の父 星一も随所に登場し、星新一の「自分史」のようなものになってきます。

途中、良精の日記と星一、星新一の日記が併記されている部分がありますが、星新一のお坊ちゃんぶりも楽しいのですが、星製薬社長の星一の政治家との付き合いぶりもずいぶん精力的で感心しました。
戦前の企業経営はいろいろ大変だったんでしょうねぇ….。

交友関係では北里柴三郎やら野口英世など有名人物も出て来ますが、人類学に興味を寄せた大山巌の息子公爵:大山柏など比較的無名な人物との交友も楽しめました。
森鴎外の息子で良精と同じ解剖学に進んだ森於兎などのエピソードも興味深かったです。
それに関連した大学の教授選びや教室運営などの話もなかなか生々しくて楽しめました。

北里柴三郎や野口英世は華々しい業績を上げていていわゆる「有名」な人ですが、現実に家族を持って生きるには、良精くらいの方が好きなことしていて幸せそうだよねぇなどという感想も出て来ました。
良精の解剖学的見地の人類学の業績は現代では評価されているんだろうか?
殆ど残っていないのかもしれません….。
(そういう意味では野口英世もですが...)

とにかく静かに淡々と「普通の人」小金井良精が生きている姿と星新一の自分史がラッピングしたなんとも「ノスタルジック」な展開の後に、良精のこれ以上はないだろうという大往生で物語は幕を閉じます。

「激しい」生涯ではなく、激しい感動は出てこな作ですが、作品とともに長々つきあった「普通の人」良精の死に哀しさのようなものをしみじみと感じました。

今回読み返してみて、正直「星新一の最高傑作」とも「伝記文学史上に残る名作」とも思いませんでしたが、淡々と一生懸命生きた人物の記録として、心に残る名作だと思いました。
大河ドラマ向きではないですが、小金井喜美子を主人公にして朝の連ドラならけっこういけそうな作品な気がします。

このまま埋もれ去るのは惜しいかとも思いますので是非新潮文庫辺りに入れて長く販売してもらいたいものです…。


↓よろしければ下のバナークリックいただけるとありがたいです!!!コメントも歓迎です。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へにほんブログ村