外教生活 in 中国山東省濰坊-淄博-泰安-済南 & 北京

~旧タイトル:日本語教師LIFE~

残りわずかの稽古

2012年12月10日 | 日記
12月9日(日) 晴れ

朝の気温が零下6度。
2週間ぶりの詠春拳の稽古があるから、と朝の運動はやめにしておいたのが正解。

稽古が始まる前に外で少しばかりランニングと準備運動を行うのですが、ランニングは小学生
についていけるはずもなく、ひたすら最後方をチンタラと走り、準備運動に合流。
今日の準備運動は自分の首ほどの高さにある物を足をまっすぐに上げて蹴るというもの。
それをリズムをつけて足を上げるのですが、ちょうど宝塚のラインダンスの練習といえば
分かりやすいでしょうか。
元々体が硬いので足を上げるのも一苦労。それを連続50回という。なかなかの鬼教員(笑)

あまりの寒さに下はジャージの上にウィンドブレーカーを履いているのですが、稽古場の教室
に戻ってウィンドブレーカを脱ごうとしたら足が上がらなくなっていました。
明日以降筋肉痛間違いなしですね。

先々週の尤の話から1コマ60元という価格に少し疑問を感じながらも、残り数回もないので
開き直りに近い状態で参加しているのですが、英語も交えながら理論も含めて教えてくださる
先生の指導法には何度も頷かされます。

残りの回数が最大3回なので、基本的な型だけでも覚えたいと思いほぼ毎日教わった型は
自宅で練習しており先生からは高評価を受けているのですが、ただ必死なだけですね。
どこまで吸収できるか。。。

今日の稽古の後、一緒に参加している日本人の留学生の方と月謝を払おうとしたら、
「次回持ってきてくれ」と学費の値段を決める時と同じ台詞。
ひょっとしてこのまま我々は免除してくれるのかと下らぬ期待をしているのですが、さすがに
タダで受講しようとまでは思っていないので、来週にはキッチリと払うつもりです。
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試験草案終了

2012年12月08日 | 日記
12月8日(土) 晴れ

昼間の最高気温も0度まで届いたかどうかのような寒さのなか、朝の運動と夕食調達以外は
ずっと部屋の中に籠っておりました。こういう状況下ではほぼ料理をしない私のような人間
には学食が徒歩1分以内という環境は非常にありがたいものです。
こういう環境が自炊しない生活を助長させているという見方は単なる自己弁護でしょうね。。

期末試験実施は若干延長気味にしたものの、こういう時間の空いている時に済ませておかねば
宿題に追われた小学生状態になってしまう、とばかりに教科書を開いて試験の作成に。
木曜日に聴力の試験問題を終わらせ、今日作成したのははビジネスマナーを取り扱っている
総合実訓という科目の試験問題。
テキストのレベルがまるで違うため少々難しくなることを覚悟の上で学生には臨んでもらおう
と一応授業中には伝えておいたのですが、あまり低い点数になって合格基準点を割る学生が
出るのも困るので、全ての問題は選択方式に。
とは言っても、例え基準点に届かなくとも合格点は出しますし、どうしても無理であれば
『60点でOKです』と方先生に提出するだけですけどね。
男子学生の二人は完全に救済方法が無いのでその対象になります。

学生には『欠席や遅刻は当然減点対象です』と少しばかり脅しをかけておきましたが、万が一
合格点に足らず補習や再テストになって困るのは学生だけではありませんのでね。
昨年の卒業生が2年生の時だったか、1年次の成績が合格点に達していない学生を対象に
補習授業だったか、再テストを実施したと聞いたのですが、先生にもご苦労な事だと思います。
一般の4年生大学のように合格点に足りなければ翌年再履修なんてことができれば、バンバン
切り捨てることは出来るでしょうけどね。私は2科目で経験がありますが・・・。
この学校でそんなことをやっても何のメリットもありません。
事なかれ主義と言ってしまえば言葉は悪いですが、事を起こすと周りまで巻き込んでしまう
ことになりかねないので、やらない方がいいということですね。
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英語を話す局員

2012年12月07日 | 日記
12月7日(金) 晴れ

来週の実訓の間に試験を実施することを予め学生たちには伝えておいたのですが、試験科目に
よっては教室よりも外教の部屋でやった方がいいものがあり、少しばかり日程の変更を
伝えましたら、ある学生からなぜそんなに早く試験を実施するのかと質問がありました。

当然ですよね、1学期終了まで1ヶ月近くあるのです。

いつかは伝えなければいけないと思っていた早期帰国の件、伝えるならこの機会が最良と思い
元旦明け早々に帰国する旨、その為に試験を早めに実施して年内に成績を出すことを伝え
ましたら、「いつ戻ってきますか?」との再質問。
皆に会うことは出来ないと思うが、来年チャンスがあれば再び山東省のどこかで教師の仕事に
就くつもりがあることを伝えました。
教室内は少々沈んだ雰囲気にはなりましたが、早い段階で伝えることができて良かったと
思っています。

さて、午後からは小包郵送第2弾。
主に夏服と少々濡れても汚れても気にならないジャケットを一着。
念のため、数着を一纏めにしゴミ袋用の袋にに詰め込んでおきました。
これなら箱が雨ざらしになっても大丈夫でしょう。

前回は芳についてきてもらったのですが、要領が分かったので今回は一人で。
前回は客がいなかったのに、今日は数人いました。
担当は二人、一人のカウンターは既に3人が順番待ちをしていたので、一人しかいない
カウンターの後ろで待っていたのですが、この客、手続きをしている状態には見えない。
 
担当とただお喋りしているだけのような・・。
初めは椅子に座っていただけの客が、身を乗り出して話し始めている。
日本なら完全にクレームの対象ですね。

それでも後ろで待っておりましたら、横からズカズカと入ってきて封筒を5通くらい投げる
ようにカウンターに置く男性が。完全な割り込みですが、こちらではごく当たり前。
担当と話していた客が横に退いたので、やはりお喋りだったのですね。
この男性の処理を待っていたら、横のカウンター待ちをしていた初老の女性がまた割り込み。
そして新たな客も来たので、「あのう~」と担当に声をかけたら手であっち(横)に行けと。
おいおい、待たせておいてその態度?と舌打ちしようとしたところへ横にいた別の客が
「天阿(おいおい)」と舌打ちしていました。
やはり誰か学生に同行を頼んだほうが良かったかと少々後悔気味。

横のカウンターにはまだ二人の客がいましたが、連れだったようでほどなく処理が終わり
私の番に。
『船便で日本に送りたい』と話しましたら「どこの人?」と尋ねてくるので日本人である
ことを告げると、いきなり英語で話しかけてきました。
「荷物の中身を確認しなきゃいけないから、開けていい?」

これは助かる。

郵送の際に必要なやりとりの言葉は前回の会話でだいたい分かったのですが、
人によっては激しい維坊訛りがあるので要求する言葉が分からない場合があるのですね。
しかしこの担当の女性は普通語もしっかりしていて、ほとんどの会話が英語で可能。
なんでも外国人と交流することが多いのだとか。お役所商売の公務員には珍しい存在です。

荷物の量が少し大きく、私が送り状を書く間に郵便局規程の箱に収まるかどうかと悪戦苦闘
していましたが、次に待っていた男性客に手伝わせて(笑)一生懸命包装してくれました。

料金は220元、前回よりも少々重くなったので若干高めになりましたが、維坊いや中国では
なかなかあり得ないこのサービスぶりに10元くらいのチップを上げてもいいかな、という
気分にさせられました。

横に行けと指図した女性に処理されていたら、おそらく怒り半分でその場を後にしていた
可能性があります。怪我の功名とはこのことでしょうかね。
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悩みの種の荷物に新たな発案

2012年12月06日 | 日記
12月6日(木) 晴れ

天気予報の予想最低気温が零下6度、午前6時の気温が零下4度でした。
朝の運動は300mのトラックを1周歩いて1周軽くジョギング、そして1周歩いてと
膝に負担をかけない程度に身体を温めているので5分も経てば身体全体はあまり寒さを
感じなくなるのですが、マスクからこぼれる息による眼鏡の曇りを避けるため、鼻をほぼ
露出させるためトナカイさんのごとく鼻だけは冷たくなり、赤くなるようです。

今朝は昨日やってきた楊と彼に誘われるように珍しく2日連続で参加したお調子者の劉揚の
2人。結婚されて朝食を共にすることがなくなった劉先生にたまには一緒に朝食を、と
誘っておいたのですが、体調不良で参加できずじまいでした。

楊は今日午後の列車で再び北京に帰るとのことで握手をして別れました。
学校の期末試験(卒業試験)には戻ってくるのでしょうが、たぶんその頃には私は日本。
昨年の孫、そして今年の楊のように1学期終了を待たずして就職や諸事情で学校を離れる
学生は多く、激励の言葉をかけて送り出すのですが、自分自身も今期は学期終了を待たずして
学校を離れることを考えれば、見送られるよりは見送るほうが気分的に楽なのかなと思って
います。

カウントダウンが始まると時間の経過は加速しますね。
月曜日が始まったかと思えばもうすぐ金曜日。スケジュールを再度見直さないとやり残した
ことが増えそうな雰囲気になってきました。
毎日のように荷物をどのように持って帰るか考えているのですが、ちょっとした思い付きが。
安価ではないのだけど、かと言ってどうしても日本に持って帰る必要があるかと考えると
そうでもないもの。主に書籍や電子機器。こちらで次の学校が見つかっていれば全て送ろうと
考えていたのですが、送り先が日本となると送料もバカにならない。
いっそのこと、この部屋か外教共用の部屋に秋まで置かせてもらうか。
我々外教が住む教師宿舎の東棟は階段を境にして単身者用と家族用に分かれておりまして
単身者向けの方に住んでいるのは私と韓国人教師の二人だけ。あとの4部屋は誰も使って
いないはず。
以前アメリカ人教師が去った後で私が簡単に部屋の片づけをしたのですが、見たところ
退去後に何か処理をすることもないようで、放置状態。

私が来年の秋にこの山東省に戻ってくる可能性はまだまだ未知数ですが、戻れなければ誰かに
使ってもらうか廃棄処分にしてもらう。戻って来て再度使用できれば新たに買うよりも遥かに
コスト面では助かる。

外事主任との相談次第ですが、なかなかいいアイデアではないかと思えます。
ここに再び戻ってくるというメッセージを残すことで、ここを離れる寂しさを少し和らげる
こともできるのではないかと思えるのですね。
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北京から一時帰校の学生

2012年12月05日 | 日記
12月5日(水) 曇りのち晴れ

薄い雲が空を覆って暗いのが更に暗くなった朝のグラウンドに「センセイ、オハヨー」と
走ってくる一人の学生、聞き覚えのある声だと思いきや今年の春から北京の専門学校で
アップル系のソフトウェアの勉強をしている楊でした。
今は勉強をしながら働き始めたのだとか。それにしてもこちらの学生に共通するのが
事前連絡一切なしの突然訪問。サプライズと言ってしまえばそれまでですが、事前に伝えて
くれればカレーくらい作ってあげたのにね。。。
その事を話したら、学院側から書類作成の為の要請が来たのがつい最近だったそうです。

その彼が夜に部屋に来てプレゼントだと言って自らの写真を渡してきました。
男の写真を貰ってもね・・・と内心思ったのですが、裏側に彼のメッセージが記されていて
私が初めて会った外教で、初めての外国人の友達で、大学生活の中でいろいろなことを
教わり心から感謝していると。
こういう写真つきのメッセージは記念になりますね。
この学校に来て3年、数百人もしかしたら千にも及ぶかもしれない学生と関わってきましたが
彼らの大学生活という人生の中でとても重要な時期の思い出に私がいる。
非常に特別な思いです。

関わった学生の中で何かしら影響を与えたことは全体の数に比べればあまり多くはないと
思っていますが、その多くない数字の中でも私と出会って本当に良かったと思ってくれる
学生がいれば教師冥利につきますね。

来年の秋以降にまた同職につける様に頑張ろうかという力が湧いてきました。
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卒業写真

2012年12月05日 | 日記
12月4日(火) 晴れ

記憶によれば昨年と一昨年は11月に行われた卒業記念写真撮影、今年は今日でした。
一昨年はKさんが羽織をお召しになり、とてもお似合いでしたので、私も何かあればと
昨年だったか浴衣を持ってきたのですが、さすがに秋深い季節に夏物は風邪を覚悟になる。
とりわけ12月となれば自殺行為としか思えないので今日も断念しスーツ姿。
とはいえ、こちらに持ってきたスーツは夏物なので、スラックスの下は発汗しそうなくらい
厚手のモモちゃんを履いておきましたが。

この卒業写真、メインは集合写真ですが、その順番を待っている間に学生同士や教師と一緒に
そこここでシャッターを切るのが風物詩になっているのですが、その光景が最も激しくなる
のが我々のクラスです。仕掛けは私だといえない事もありませんが・・。
一昨年はKさんとカウボーイハットの似合うアメリカ人教師も参加したので、その賑わいが
楽しかったのですが、昨年と今年は私だけでしたね。
他のクラスが羨ましそうな眼差しを向けるので、希望者には一緒に収まってあげたくなる
こともあるのですが、やはり自分の学生が優先になりますね。

途中から私のカメラを『自由に撮っていいよ』と学生に持たせましたら、アングルに疑問符が
つくような撮影が多かったものの、いろんなポーズをした学生を撮っておりまして、これは
これで楽しいものでした。

中国での大学探しより日本での仕事探しに注意を向け、正月早々に帰国することをほぼ決定し
方先生と外事主任には了解を得たため、30日のカウントダウンが始まりました。
最近はそのことを考えないようにしても意識せざるを得ませんから、こういうひと時が今まで
よりも貴重に感じられます。
昨年までなら、『卒業後にまたどこかで会えるかな』と期待感もありましたが、今年は
『この別れが永遠の別れになるかも』という予感さえしています。
そうなればそれも運命ですね。
ここにいた3年半と彼女らと過ごした2年半の記憶は消えるものではありませんから、たまに
思い出しながら楽しみたいものです。
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くじ引き

2012年12月03日 | 日記
12月3日(月) 晴れ

試験が終わった後で興奮状態が残っていたのか、夜なかなか寝付けず、しかも昨日は朝の
運動を控えるためアラームを切っておいたのをそのままにしてしまい、朝6時半に芳の電話で
起きてしまいました。今まで何度か芳からの電話があったのですが、だいたいグラウンド上で
私がどこにいるのか分からないとき。かなり暗いですからね。
モーニングコールになってしまったのは初めてですね。
既に朝食の時間だったので、学食で待ち合わせにしたのですが、私がいつも食べる物は心得て
いるので既に用意してくれていました。

さて、先週から始めた日本語の書籍と雑誌の整理、書籍は好きなものを持たせたのですが
ファッション雑誌は数が人数分ないのでジャンケンにしたのですが、ジャンケンは得手不得手
があるから不公平ということで、くじを考案しました。

割り箸を20本ほど用意してうち3本の先端部分に色をつける。
入れ物はこちらで購入した日本の梅酒の瓶がちょうどいい頃合だったのでそれを使用。
方法はまだ雑誌を手にしていない学生に有利に働くような手段を考えました。
まだ手にしていない学生8人、既に手にした学生5人。
先に手にしていない学生に引かせる、ハズレくじは再度瓶の中に入れて既に手にした学生へ。
手にした学生が引いたあと、残りのくじで再度手にしていない学生に引かせる。そのハズレ
くじを再度瓶に入れて・・。
最初のくじ引きで手にしていない学生の当たりはなし。
既に手にした学生の最初の引きでいきなり当たり。
この学生、最近恋人ができて春爛漫のオーラを漂わせているのですが、その運気たるや
やはり凄いものがあります。
その後、手にしていない学生の2回目の引きで一つ当たりが出たのですが、もう1本は誰も
引かずじまいで1冊は持ち越しとしました。

手にしていない学生に出席率の高い学生が多いので、勝負運だけで決めるのはどうかと思い
出席率による表彰に使うこともできますね。
数がやはり足りないので、他に何か上げられるものも考えておかないと・・・。
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手応えあり

2012年12月03日 | 日記
12月2日(日) 晴れ

快晴で風も無く、少々暖かい、受験には最高の天候となりました。

いつも通り10時半に校門で待ち合わせて一緒に受験会場の学校へ。
試験会場へ到着してからまず会場の教室を確認したのですが、ここで興味深い状況を学生が
発見。ごく一部なのですが、校舎内で携帯電話の電波が入らない。
携帯電話を使う不正行為はこの会場では当たり前なので防止策だと思われますが、後で
聞いた話だとそれでも携帯電話の音が鳴っていたそうです。更に悪いことにはそれでも
試験監督が警告しなかったのだそうですから、本当に腐っている。

学生たちと昼食を済ませ、私は一足先に私の受験会場である隣の学校へ。
5級の受験者は私を含め3人、あとの二人も知り合い。
一人は夏休みに一緒に内モンゴルへ旅した日本人留学生、もう一人は同じクラスの韓国人の
女の子。3人ですから座る場所はもちろん適当。
私の背後に座った女の子に
『HSKは(韓国の大学の)卒業単位に必要なの?』と尋ねたら
5級は必須だと答えるので
『私に自信があれば見せてあげるのだけど、自信がないから見せられないね』と言ったら
爆笑しておりました。

試験対策として実施機関の北京語言大学が出版している問題集を少し解いてみたのですが
模擬試験の読解の出題が意味不明だわ、聴解の音声のスピードが普段聴いている中級のCDの
1.5倍くらいあり、いきなりこの速度じゃ無理、と半ば白旗状態だったのですね。
しかし、いざ始まってみると最初の数問と最後の長文は難関だったのですが、他は大体理解
できて、6割は超えたという感触。
読解についてはおそらく8割強。
単語の並べ替え及び小作文についても8割近い感触。
試験後半は『あのクラスで勉強しているならこのレベルは軽く突破しないといけない』とさえ
思えてきました。
たぶん、韓国の女の子も好感触だったのではないかと思えます。
しかし、まだ見ぬ6級はまだまだ先かもしれませんね。

試験終了後には二人を見送り、私は再度日本語能力試験の受験会場へ。
合流した学生たちは比較的明るい顔をしていました。夏の試験よりは易しく感じたのだとか。
1級は前回よりも難しかったそうで、少々暗い顔でしたけどね。

今日もまた学生を餃子に誘って、いつもの店に。
女の子だけ7人だったので、酒も飲まず、120元少々と懐にも優しいお勘定でした。

帰りはタクシーと思いきや、一人が「歩きたい」と言い出し、それに釣られて他の学生も。
学校まで歩いて30分程度の距離ですから、消化と楽しかった食事の余韻を楽しむという
意味も兼ねて歩きたいようです。
時間はありますから私も付き合いまして、9月に湿地公園を歩いて以来の散歩となりました。
途中、この10月末に開業した茶葉市場を見ながら、再度遊覧のチャンスでも探ろうかと
考えておりました。


2012.12.2 JLPT
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期限は一週間

2012年12月02日 | 日記
12月1日(土) 晴れ

12月に入るのを待ったかのように朝の気温が零下になりました。
既に0度の日も何日があったので、驚くほどの寒さではありませんが、朝食を終えて部屋に
帰った後暫く咳き込んでしまい、そっちに驚いてしまいました。
試験の前の日に風邪を引いたら話になりませんね。しかも体調管理を謳っている教師が。

風邪を引くと決まって学生達に言われるのが「水をたくさん飲んでください」
水といっても「白開水」といって白湯のことですね。そうだと知らなかった頃は常温の水を
ゴクゴク飲んでいました。
今日はこの教えに倣ってお湯を飲んでおりましたら、いつの間にか落ち着き午後には何の
問題もなくなりました。これも中国4千年の秘術?

試験日を前にしながらも気になるのは求人の件。
最近頻繁にやりとりをしている例の紹介会社から先日山東省より少し南側にある街を紹介され
お願いしておいたのですが、なかなか返事が来ない。
今日漸く連絡が来たと思いきや、その件ではなく、新たな紹介で河南省にある武漢からそう
遠くない小都市。
沿海部からさほど遠くないにしても、また内陸部。
実は先日武漢のにある街の大学に勝手に書類を回され、採用が決まりそうだから書類を
提出するよう要請があったのですが、断ったのです。
沿海部は無理かな、と諦めていたところに山東省近くの街の話が来て期待していたらまたもや
内陸。私もその一人かもしれませんが、内陸部はあまり人気が無いのかもしれません。
日本への交通手段が限られてきますからね。

仮にどこかに決まったとしても中国の手続きの遅さを考えれば、もう時間はギリギリ。
来週末になければ、そのまま帰国ですね。
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