外教生活 in 中国山東省濰坊-淄博-泰安-済南 & 北京

~旧タイトル:日本語教師LIFE~

記憶に残る?冷湿布

2012年12月30日 | 日記
12月30日(日) 晴れ

昨日の雪が一晩零下の気温にさらされて凍っておりました。
場所によっては5cmくらい積もったのでしょうか、新しい足跡がより深く見えましたね。

今日は稽古も最後ということで、昨日と同じ交通状況も予想される中外に出ようとした際に
階段で足を踏み外し大きく捻ってしまいました。路上で転びそうになるとなんとか持ち直す
のですが、階段の下りで完全に体重が乗った状態で捻ってしまい数秒間立ち上がれない痛さ。
『あらら、やってしまったかな』
外ではなく、宿舎内の階段だったのが幸いでした。
とりあえず冷水に浸しておき、腫れてこないのを確認して歩いてみたのですが、部屋の中は
歩けるものの、この雪道を歩くのは危険なので稽古は不参加に。
尤から先生が我々を食事に招待するという話を聞いていたので様子見の上、問題がなければ
昼頃までに到着できるよう出発する旨を伝えたのですが、靴を履いて出ようとすると痛みが。
帰国を4日後に控え状態を悪化させてはいけないので諦めることにしました。

せっかく部屋にいるのだから、何かやっておこうと居間の壁に残してあった写真をはがしに
かかったのですが、今回は涙は出ないものの、全部はがし終わったあと、真っ白になった
壁を見て自分の部屋ではなくなったように思えて寂しくなりました。
普段は一枚一枚詳しく見ることはなくとも、数十人いや数百人の学生の笑顔がこちらを向いて
いる。それだけで幸せを感じることも幾度となくありました。
日本に帰って、大きな台紙でも使って飾れる場所でも作りますかね。。。

夕方になって芳からメールが。尤から聴いて知ったと・・・。
尤には誰にも話すなと言っておいたんですけどね。
特に芳に伝わるとこの危険な雪道を視界の悪い夜でも外に出かねない。
昨夜と今朝は一緒に学食で食事したのですが、この冬学生の間で流行っいるショートブーツを
履いており、これが雪道ではかなり滑るらしく、歩きづらそうなのですね。
『これくらいの深さならスニーカーの方がいいよ』と注意するも聞き入れない。
そんな状態で校内の端にある医務室へ薬を買いに行くと言い出すので制止したのですが、
大丈夫と言って聞かない。
暫く連絡がなく部屋のインターホンが鳴りドアを開けたら、なんと水餃子まで買ってきていた
のです。晩御飯は食べたと伝えたのですが、周りの音のせいか聞き取れなかったようで・・・。
しかも校門を出て外に買いに行ったのですね。

お礼を言う前に忠告をしておきました。
気持ちはありがたいが、心配をさせるな。

今この学校にいる学生の中で私の帰国を一番悲しんでいるのが芳なのです。
朝の太極拳に2年生の途中から参加し始めて以来、この1年間の会話力の進歩は著しいものが
ありました。授業中の私の話もだいたい理解している一人です。
1年生の頃の自信の無さゆえの大人しさが著しく変わったとは言いませんが、殻を破っている
様子が学期ごとに見て取れるような成長。
2度不合格だった日本語能力試験2級も漸く3回目で合格しそうな雰囲気。
これで合格できれば、大きな自信がついてくる、と予想しているだけに楽しみではあるの
ですが、それを見届けることなく帰国してしまうことは残念。
ただ、私の想像以上に私の叱咤激励がどこかで彼女の心の支えになっていたようです。

帰国の話になると目が潤んでしまうので、できるだけその話は避けるのですが、どうしても
その話になると、来年秋に再び戻って来れるかどうかは不確定ながら『戻ってくるから
編入試験を頑張るんだよ』と嘘も方便とばかりに慰めています。

芳が買ってきてくれたのが冷湿布と痛み止めの飲み薬。
湿布は肩こり用の温湿布しか持ってなかったので、とても助かりました。
私の制止を振り切ってまで買ってきてくれた湿布ですから、臭いは強烈なものの荷物の中に
入れて持ち帰ろうかと思っています。
今夜の出来事も後には忘れがたい思い出になるのでしょうから。
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交通機関の乱れ

2012年12月29日 | 日記
12月29日(土) 雪のち晴れ

昨日午後から降ったり止んだりしていた雪が夜半に本格的に降り出したようで、朝にはまたも
路面が真っ白でした。校内が休みに入っても職員の方々はお仕事なのか、宿舎の目の前で
路面の雪を掃く人が。大変な作業ですね。
いつも朝食に利用している食堂がこの元旦節の休み中は閉鎖になり別の少々遠い食堂だけが
営業中という情報を方先生から頂いていたのでそちらへ。
休みの日とあってまだ足跡の少ない雪道をザクザクと歩いていきました。
この道が夜には固く凍りつき一歩間違えれば転倒の危険がある氷道へと変化していました。

先週の降雪では朝方には止んでおり、一般道路はほぼ除雪されていたそうですが、今日は
断続的に降る雪の為にそんな作業も追いつくはずもなく、市街地に行けばいくほど交通の
乱れが激しくなりました。

市街地を走るどの車もチェーンを装着していない。
私には見かけで判断はつかないのですが、雪用のタイヤを履いているとも思えないのですね。
バスにしろ、出発の際になんだか後輪が滑っているような気がしました。
ほぼ車体の重さだけを滑り止めの方法に使っているような雰囲気です。

今日は午前中に維坊学院の別の日本人留学生を研修派遣会社に紹介することになっており
維坊学院のバス停で待ち合わせをしていたのですが、乗換えのバスがなかなか来ない。
タクシーを拾うにもタクシーの数が極端に少ない。空車のランプが光っているタクシーは皆無。
私が最も嫌う遅刻を15分もしてしまいました。

会社での顔合わせが終わったあともまた珍しい光景が。
この派遣会社があるビルの最寄のバス停は終点から2つ目の所にあり、バス停がだいたい
目視できる距離にあるのですが、始発点となる場所にバスが見えない。
普段は10分に一本の割合でやってくるバスが無い。待つ間にその終点へと向かうバスが
2台連続でやってきて、その数分後にまた2台、その数分後に1台、また2台、1台、1台と
計9台がやってきたのですね。
その日本人留学生が「この路線の本数凄いですね」と驚いたほど。
この始点から終点になる駅が約40~50分の距離ですので、理論上から言えば、この路線を
走るほぼ全てのバスが一方の始点に集結したことになります。
途中の停留所で待つ客はこれから一体何分バス待ちをすることになるのでしょうね。

私は途中のバス停で降りて維坊学院に向かいうちの学校の卒業生とお別れの食事をして
夜にまた別の食事の約束があったので4時に出発したのですが、途中で時々反対車線を走る
車を眺めていても相変わらずタクシーの数は少なく空車のサインはありませんでした。
うちの学校の学生と外で食事を取ることにしていたのですが、帰りのタクシーを拾えない
危険性があったので、外出は控えることにしました。

維坊出身の学生に聞いても、これほどの雪が降ることは珍しいそうですが、それにしても
公共の車輌がノーマルタイヤで雪道を走るのもいかがなものか。
年にわずか1度でも降雪の可能性があるならチェーンくらいは持っていて欲しいものです。
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渡したくない物、貰いたくない物

2012年12月29日 | 日記
12月28日(金) 晴れ時々小雪

毎学期末に行われる外教のパーティー。1学期末はクリスマス・新年・忘年会を兼ねている
のですが、もう一つ重要な意味がありまして、去り行く外教の送別会でもあります。

今年の学期末バーティーで送られる人物は私だけだったはずなのですが、韓国人教師も契約
終了なのですね。それを知ったのは1ヶ月ほど前ですからもう驚きはなかったものの、
それを外事主任から聞いたときは驚きました。
日本語科が閉鎖されるため私が契約終了になるのは当然の成り行きですが、韓国語科はまだ
残るため、彼も当然残るものと思っていましたら、学部側の判断で口語(会話)の授業が
なくなり、彼も契約終了となったのだそうです。

同じ09年の9月に赴任してきた、パーティーでは喫煙仲間。
この学校の外教最長滞在記録は私と彼の二人だけだったので、彼が最長になるのは悔しいに
してもこのまま頑張って欲しいと思っていたのが、同時に学校を去ることになるとは。

しかし我々以上に寂しい思いをしているのは外事主任なのです。
毎回学期末には誰かしら(主にアメリカ人教師)学校を離れるので、その度に寂しい思いを
しているのですが、今回は3年も一緒にいた友人2人を一気に失うのです。
「この栄誉証書と記念品を2人に渡すことがあるなんて考えたことも無かった」と酔った
勢いもあるのでしょうが、3度くらい繰り返していましたね。
私もいつかはこの記念品を手にすることがあるにしても、その日が来ないで欲しいと思って
いましたから、主任から渡されるのは複雑な気分ではありました。

さて、そのパーティー、今回は珍しく鍋料理。いわゆるしゃぶしゃぶ。
会場はいつも昼食を取っている教職員食堂の中にある宴会用個室なのですが、この食堂の料理
はだいたい美味しいのですね。業者が変わり味も少しずつ変化がありますが、今学期から
入ってきた業者は素材もいいのか、更に美味しいと感じています。

飲み物。当然酒を勧められる訳ですが、今日は少々趣が異なりました。
白酒は飲まないよと言っている私に白酒を注いで、これを飲み干すまではビールは注がないと。
当初は少しずつ舐めるように飲んでいたのですが、やはり一気には飲めませんのでかなり
ゆっくりなペースで白酒、一方でお茶を飲んでいました。
しかし、途中から中国式乾杯の為にビールに切り替えて暫く経った頃に頭痛が。
間違いなく白酒の酔い。
なにせ、日本酒を飲んでも頭痛を起こすほどの酒の弱さです。アルコール度数30度を超える
白酒を何もなしに飲んだら結果が見えている。しかもすきっ腹に。
我慢できる程度の頭痛だったのですが、ここで少しひらめきがあり演技を始めました。
額を押さえ、下を向き、さも苦しげな表情を浮かべ『先に帰ってもいいか?』と告げましたら
周りが驚き、水とお茶を持ってきてくれ、主任も顔が青ざめ「もう酒は飲まなくてもいい」と。
いつもしつこく酒を勧める韓国人教師も私の状況に驚き「すまなかった」と。
実際、まだこちらの酒習慣に慣れない頃、断りきれずに白酒を飲んで、帰りのバスの中で
頭の中が真っ白になり学校に到着した後学生に抱えられて部屋に戻ったことがあるのですが
その状況を主任も韓国人教師も知る由はないのですね。

こんなことならもっと早くに演技しておけば良かったですね(笑)

パーティーが終わったあと、中国人の英語教師から「他の教師も学生もあなたのことが好き。
お別れになるのは寂しいわ」と挨拶されました。
彼女と彼女の旦那の話によると、校内や教職員食堂で顔見知りの教職員を見ると必ず会釈や
お辞儀をしていたのがとても好印象だったようです。こちらの人々は西洋式に手を軽く上げて
挨拶するのが通例ですが、私は教職員に対しては礼節を重んじたいと思っていたので日本式を
貫いたのですね。彼女の言葉を聴いて日本の礼節文化の素晴らしさを改めて実感しました。

また、どこかの大学でお世話になったとしても、この姿勢は貫きましょうかね。


2012.12.29 最後の外教聚会
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維坊名物で食事会

2012年12月28日 | 日記
12月27日(木) 晴れ午後から雪

晴れ続いた天気の後なのでグラウンドを確認してみたのですが、氷がさらに固くなって
いまして、ジョギングするのは難しい状態でした。
歩くことは辛うじてできますが、少々危険。それでもウォーキングしている人がいるのが
不思議でした。

さて、今日は維坊学院で中国語の授業に参加する最後の日、せっかくだから何かお菓子でもと
以前アメリカ人教師にもらった日本式スイーツ(大福)を買って行きました。
本来は大福のように皮が柔らかく、その食感も美味しいのですが、気温零下5度の中を歩いた
せいか、完全にアイスクリームになっておりました。
最初に先生に取ってもらったのですが、箱に入っていたプラスチック製のフォークが
刺さらない。。先生には申し訳ないのですが、皆爆笑。
その後それぞれ手で掴んで食べて、賞賛の嵐。一つ7~8元しますからね。
他のスイーツとは格が違います。

今日は既に教科書を全過程終えたこともあり、早めに授業を終わって皆で昼食へ。
大学から歩いて10分くらいのところにある維坊美食街という維坊特産の店が並んでいる
場所へ行きました。中には四川料理の店もあったりしますが・・・。

維坊名物の火焼という平らな焼きパン?朝天鍋という名の惣菜の餅巻き。
いつもながらに不思議に思う鍋という字がついておきながら何故か餅巻き。
先生の話によると昔とても大きな鍋を大勢で囲んでその鍋の中から肉などを取り出しては
餅(小麦粉を練ってクレープ状に平たく焼いたもの)に巻いて食べたのでこの名前に
なったのだとか。
見かけからすれば、~餅でもいいと思うのですが、地元の方もプライドもあるでしょうから
大きな声では言えないですね。
味は美味でした。火焼とこの朝天鍋で結構お腹いっぱいになりましたね。

食事のあとは一度学校に戻り、皆とお別れ。
韓国人の留学生の女の子達も近々帰国するのでもう会うことはありません。
別れを告げると女の子二人が握手とハグを求めてきました。これにはちょっと驚き。
授業に参加した時間は少ないながらもiphoneとネットを駆使して授業やイベントの思い出作り
に貢献したのが喜ばれたかな。
先学期のクラスは4カ国の学生と国際色豊かで楽しかったのですが、今学期は今学期で先生の
質も良く授業の雰囲気から楽しめた感がありました。
来年の秋にこの学校でお世話になることがあったら、無料で受講が出来る訳ですが、また
何か出会いがあるかな。。。

2012.12.27 中級食事会
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サプライズと宝物

2012年12月26日 | 日記
12月26日(水) 晴れ

もう10日を切りましたよ。でも倒時計(カウントダウン)はやめましょう。寂しくなるから。

今朝の食事中に芳があと何日か計算しようとするので止めさせました。
カウントダウンが始まると時間の経過が加速するかのように早まります。
しないからといってそれが遅くなるわけではないのですが、今はただ一つ一つの時間を大切に
過ごす、ただそれだけです。

今日は午後の遅い授業、出席率が格段に下がる時間帯なので、出席点を上げる意味も込めて
『明日は先生から皆さんへプレゼントがありますよ』と昨日の授業で餌を蒔いて置いたの
ですが、そんな私の稚拙な計画も杞憂に終わりました。

いつもと違う教室に学生が案内するのですね。何か会議による教室の変更でもあったのかと
思いきや、とんでもないサプライズが待っていました。

学生の話によると方先生の計画だそうで、きれいにはまったわけです。

当初は平静を装っていたものの、元々が涙腺の弱い私、目に湧き出てくる水分をこらえる事が
難しくなっておりました。

方先生がいらっしゃって開始の挨拶をされることにはもう溢れるものをこらえることが
出来なくなり、学生からティッシュを渡される始末。

先生が宿題と称して学生たちに贈る言葉を作文させ、その手紙が集まった箱から私が一枚ずつ
選び出してはそれを書いた学生が教壇で手紙を読むというもの。
全てが全て上手な文章とはいかないので、途中は微笑みながら聴いていたもの、雪と芳に
ついては涙にむせびながらに読むので、私も流れてくるものを拭わずにただ聴きました。

彼女らが入学したばかりの頃の事、学校から外教にプレゼントされあまりの量に学生達に
配ったリンゴ、雪の日の雪合戦、2年次の凧揚げ大会、夏と冬の日本語能力試験と慰労餃子
そしてカレーパーティ。
よくもここまで覚えているなと感心することしきり。

最後は私からの挨拶、用意しておいた紅包(主に結婚式に使われる赤い祝儀袋)に日本円の
硬貨と最近私がはまっているチョコレートを一つずつ入れてお年玉とばかりに皆に配り
感謝の言葉と学期終了を待たずに帰国してしまうことへの詫びを述べました。

山東省内もしくは山東省に近い地方の大学への赴任を決め、学生たちの卒業を見送り、『また
新たな学校へ遊びに来てね』というのが最も理想型ではあったのですが、万事思い通りに
行くはずも無く、一度帰国し日本で仕事をしながら来年秋の復帰を目指すことになりました。
しかし、この方先生の計らいで学生たちの熱い言葉を手紙という形で残してもらえて、また
一つ忘れえぬ宝物を手にすることができました。

来年の秋もどうなるという保証はありませんが、この学校に残ったことは間違いではなかった
そう感謝するひと時でした。

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大きなクリスマスギフト?

2012年12月26日 | 日記
12月25日(火) 晴れ

日中の最高気温も零下とあっては例え太陽光があってもグラウンドの雪と氷は解けにくい
ようでここしばらくは朝の運動は控えざるを得ない上、週末もまた降雪の予報ですので、
ひょっとしたらなくなるかもしれませんね。

さて、維坊を離れることになったらあげるよ、とサニーと約束しておいた私の自転車。
渡せる機会がもう今週しかなく、木曜日には雪の予報のため、零下の中久々に自転車での
通学を敢行しました。

中学校~高校~予備校にいたるまで自転車は通学の足でしたから路面が凍結する冬でも
変わりなく走っていましたが、零下5度の中を走るのはあまり記憶がない。
とりあえず授業の教室が寒いので上はダウンコートを着ざるを得ないのと頭の防寒のため
耳あてとマスクはつけておいたのですが、出発して10分後には耳あては一度取るほどに
熱くなっておりました。
その後ほぼ全ての信号に引っかかってしまい、その度に冷やされてしまったので結局最後
まで耳あては着けたままでした。
下は動きが滞らないように秋から履いていたスリムタイプのジーンズをモモちゃんなしに
履いていたのですが、さすがに信号ごとに停まってしまってはかなり冷やされるものの
それでも維坊学院に到着する頃には芯は温かく表面は寒さで感覚をなくしそうな微妙な
体温でしたね。

それにしても、自転車で通学して実際に道路を走って何度も思ってきたことですが、誠に
この地方(他の地方の状況は分からないので敢えて限定的な表現にします)の運転のマナー
というのは酷い。自転車から電動車、自動車に至るまで周りを気にしながら走っているのが
どれだけいるのでしょうね。
もちろん日本でも東京や大阪のような大都市では朝晩の渋滞時には強引な割り込みをする
ドライバーは数多くいますが、ここ維坊ではそれさえも可愛い行為と思えます。

雪が降った当日の夜、路面が凍結し始めているのでさすがにタクシーも無理な追い越しは
躊躇しながら走っていましたが、突然左折する前方車に舌打ちしながら走っていました。
普段なら車線変更もウィンカーなしで行うのが当たり前なので、お互い様といったところ
なのでしょうが、急停車が危険を伴う路面ではそういうマナーは欲しいものですね。

中国はジュネーブ条約加盟国ではないそうなので国外からの国際免許証は発行できないわけ
ですが、この半年を見てきた限りでは(あくまでも維坊を中国のモデル地域と考えて)
例え中国が加盟国になったとしても、中国からの旅行者もしくは渡航者に国際免許証を与えて
はいけない、もしくは与えても仮免許状態にして現地で筆記試験だけは受験させて不合格者
には発行しないようすべきですね。
この交通法規無法地帯のドライバーを巷の市街地に放流する、考えただけでも恐ろしいです。

無事に維坊学院へ到着し、授業が終わった後でサニーと会い、鍵を渡しました。
夕食を共にする予定にしておりましたので、盗難を避けるため敢えて自転車は持っていかず
明日持ち帰るように促しました。

乗った回数は10回もあるかないかの愛車ですが、あとはサニーに可愛がってもらうことを
祈るのみです。
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羊焼肉のクリスマスイヴ

2012年12月25日 | 日記
12月24日(火) 晴れ

昨日の会食に続き、今日はクリスマス食事会に招待されて再び日本語学校へ。
昨年もクリスマスイブに招待されて内モンゴル式の羊の焼肉を食べたのですが、今年もまた
別のお店で同じ料理。
店を替えた理由は学校から近いためタクシーを探さなくて済むというのが一つだそうですが
冗談のようで、この時期はタクシーを拾うのに一苦労します。今夜も私はタクシーを拾う
までに20分くらい歩きました。場所にもよるのですが、酷いところだと空車のサインを
つけたタクシーが100mも進まないうちにまたそのサインを下ろすといった状態です。

さて、その内モンゴル式羊の焼肉、このお店に1ヶ月ほど前に校長に連れてこられたことが
あり、その店舗は私は2度目。今日は知り合いの日本人を全員招待しますというありがたい
お言葉を頂いたのですが、結局参加できたのは一人だけ。維坊学院の別のクラスで中国語を
勉強している方です。

初めて見る羊の足まるごと焼きに目を丸くしていましたが、「美味い」を連発していました。
どれだけ肉をカットしてもその度にジュワっと出てくる油、その油が下にある炭を刺激して
火を起こす。見ているだけでも食欲をそそりますね。

昨年は店の造りの関係で4人卓を3台使っての食事だったのですが、今年はスペースに余裕が
あるため、10人が一つのテーブルに収まり更に楽しく食事ができました。

帰国するまであと10日、校長先生の招待としてはもう一度チャンスがあるかもしれません。


羊焼肉のクリスマスイヴ
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ルールは誰が守るもの?

2012年12月24日 | 日記
12月23日(日) 晴れ

昨日の天気では雪を溶かすには不十分で、校内には固まった雪があちらこちらに。
さすがにこの状態では危険なので朝の運動は中止、明日も明後日も同様になりそうです。

金曜日の午後に日本語学校の先生から授業の要請がありまして、時間帯が稽古と被って
しまったのですが、この日本語学校の授業も最後になる可能性が高いので引き受けました。

日曜日とあって学生数は少なく、たったの5人。クラスは一つだけ。
担当の先生からは「自己紹介」をさせて欲しいと依頼がありましたので、何か面白い話題をと
ネットで質問をリストアップして行ったのですが、対象クラスがまだ3ヶ月目の初級だった
のでごく一般的な自己紹介の方法を説明するに留まりました。

授業は1コマだけ。普段は2コマなのでいつもより少ないのですが、私も挨拶に伺う機会を
見計らっており、ちょうど良い機会を学校側から提供していただいたような状態になりました。

授業が終わった後で校長先生と少し早い昼食へ。学校からほど近い北京ダックのある少し高級
なレストランへ。高級な割には卓が入り口に近く、コートを脱ぐことができない寒さでしたが。

まだ午前中だろうが迷わず酒を注文する先生にとりあえずビールでお付き合い。
おそらく北京ダックは初体験だと思うのですが、なかなかの美味でした。

校長先生と食事をするとだいたい政治や経済の話になるのですが、今日は中国の風習や思考を
いろいろと教えてくださいました。
その中で印象に残った言葉が「日本ではルールは皆が守るもの、中国では他人が守るもの」
中国では上から決められたルールは気にするものの、その上の人間や関係者と酒の席を持って
友達もしくは知り合いになっておけば、たいていのことは見逃されるということなのですね。

私が授業で携帯電話の使用を禁止し、違反者は取り上げる行為は却って逆効果で、毎度毎度
同じことでも繰り返し言い続け、思考を変える努力をする。またはその状態に持っていくため
の方法を話し合い学生にどうするかを話させて決めさせる、と。つまり自分が決めたことは
守るということなのだそうです。
言い得て妙ですね。

それが私の学生達に通じるかどうか、いや通じるというよりそういう思考になってくれるかは
疑問符がたくさんつきますが、次にまた教師になれることがあれば役に立ちそうな考え方です。

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早期海外渡航のススメ

2012年12月22日 | 日記
12月22日(土) 曇り

太陽が薄いカーテンの後ろを移動しているような一日でした。
今日も外出はせずひたすら部屋の整理でした。
整理をしていると衣類と書籍以外はさほど荷物はないことに気づきますね。
まあ、その二種類が大変なんですけどね

さて、昨夜日本人留学生と日本語を勉強する中国人との食事会(忘年会?クリスマス?)に
参加してきました。
先月だったかに一度参加して今回が二度目。初参加の時はあまり面識の無い面々で少々緊張
しましたが、今回は初参加の学生の相手をするなど既に古株の面をしておりましたね。

この集まりの中に当ブログをご覧頂いている日本人が二方いらっしゃいました。
その一方は途中で私に打ち明けてくれて少々驚いたのですが嬉しかったですね。

年齢は私より2回り下だったか、同じ干支だったような覚えが・・。
ご家族のお仕事の関係で維坊に来て、仕事の傍ら維坊学院で中国語を勉強しているというお話
を聞いたような気がします。
初めて会ったのが今年の春だったか。若い人だなと思いつつ、何か見知っているような妙な
感覚があったのですね。しかし出身地も違うし会ったことがあるはずもない。

自宅で野球のニュースを閲覧していて気づいたのですが、私の地元広島のスターであり
エースピッチャーのマエケンこと前田健太投手に似ているのです。
一応名古屋出身で野球のことが分かる他の留学生に尋ねたら「そう言われれば」と。

ファンではない人に「似てる」というのも失礼かと思い、なかなか切り出せなかったのですが
一度話してみましたら、戸惑いながらも拒絶ではない様子だったので、一安心。
それ以来顔を見るたびに拝みたくなるのですよね。
さすがにマエケンが敗戦投手になったからと言って激励などはできませんが・・。

私の維坊学院の授業が週2回ということもあるのか、学校で顔をあわせることは多くは無い
のですが、こうやってたまにゆっくりと会うと中国語の上達振りに目を見張りますね。
そして酒も強いようで白酒も中国人と渡り合っている。
日本人にとって中国でビジネスをするための一番大切な要素を持っています。
素晴らしいポテンシャルが羨ましくもあり、そして将来が楽しみでもあります。

彼を見ていて海外に出るなら早いほうがいい、と改めて思いました。

私がアメリカに行ったのは大学を休学してのことでしたが、受験浪人期間もあったのでほぼ
一般社会人と変わらない年齢でした。それでも若いうちに行けて良かったと決断を支持して
くれた親には感謝しています。
そのアメリカで知り合った友人は高校卒業後に渡米、語学学校を経て短大から四年制大学に
進学したのですが、英語力だけを見ると当時から私とは雲泥の差がありました。

私の学校にいる学生や維坊学院にいる学生にも留学でも研修でも海外渡航できるチャンスが
あるなら絶対に挑戦したほうがいいと話しています。
年齢が低ければ低いほど吸収できるその容量は無限に広がりますからね。
さすがに中国の家庭の所得レベルで日本留学を促すのは難しいのですが、逆は大いにありだと
思います。
日本の大学は入学に年齢の上限がありませんから、将来俗に言う「グローバルな仕事」を
目指す人であれば日本の大学にこだわらず先に海外を経験するのもいいのではないかと思え
ますね。
まだというかいつまで?独身でいるか分からない私ですが、心の中の構想では結婚後子供が
できたら、大学には進学させたいと思うのですが、その学校はどの国でも(できれば先進国)
いいと思っています。
その話が実現する頃に私がこの世にいるのかどうかも怪しいですがね・・。
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2012年12月22日 | 日記
12月21日(金) 雪のち曇り

中国時間も日付変わって22日に記しておりますが、どうやらまだ生きているようです。
雪の話では電気と水道が止まるという噂があったようで、何だか地震の警戒に近いですね。

今日は昨夜から降り始めた雪が朝まで続いて綺麗な雪景色となりました。
宿舎の窓際にある並木も雪の花が咲いていましたね。

雪を楽しんだのは何歳までか?
雪の予想に嬉しそうな学生を尻目に、校内にいるならまだいいのですが、外出するとなると
交通機関の乱れが気になりますから楽しむのは学生が遊ぶ姿を見るくらいですかね。
東京で仕事をしていた頃は、雪でも会社に遅れまいと早めに出発しますのでとても迷惑な
存在であったことは確かです。

それでもこの維坊では滅多に目にすることの無い雪景色は鑑賞するにはいいものですね。

しかし、朝から通路を作るために雪かきをしていた職員の方々と学生会の学生には頭が
下がります。我々の教師宿舎の入り口前は綺麗に雪が除けられていました。

授業が始まる前にたまたま外国語学部の学部長が車から降りてこられまして、道路の状況を
伺ったところ、一般道は完全に除雪されているので問題ないのだが、校内に入ってからが
危険だったと仰っていました。
さすがに年一度あるかないかの降雪のたねに除雪車を配備するわけにはいきませんね。

せっかくの積雪ですし、私の授業が午前中なので授業の後半は学生を外に出そうかと考えて
いたのですが、期末試験が終わったのだからとテキストを持ってきていない学生が約半数いて
しかも前半ビデオに後半が雪遊びがいいなどと身勝手なことを言い出すので、あまりの怠惰な
姿に意を翻しました。
前半は授業、後半にビデオ鑑賞か雪遊びの選択制。

気が抜けすぎて炭酸がなくなったコーラの如く授業に集中できる子が少ない。
しかも前半が終わってどちらを選択するかの挙手を求めたら雪遊びよりもビデオ鑑賞が圧倒的
な数字になりまいした。
一過性の興奮だったのか、寒さに負けてしまったか。
私も心の準備はできたので、少々驚きというか残念。
もう残り僅かなのにね。

授業が終わったあとは校内の各所に雪だるまが姿を見せていました。

2012.12.21 雪景色
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