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「キム・ジェドンのトットっト」ー訪問者チョンヨンジュ前KBS社長

2010年03月18日 | 管理人のつぶやき
トットっトとは、門をたたく音。訪問の意。キョンヒャンサイトに載った。3回目だそうだが、さて1,2回は誰?namsang

「キム・ジェドンのトットット」(3)

チョン・ヨンジュ前KBS社長

“私がコード人事なら、この頃は‘族閥人事’,

言論なぜ沈黙しているのか”

パク・ギョンウン記者コメント

登山して腰をちょっと痛めた。 チョン・ヨンジュ前 KBS社長インタビューを早目に約束しておいたが、痛みのために約束を守れないかと思ってハラハラした。 幸い週末公演をし終えると良くなった。 ところが今度は公演ゲストにきてくれたヒョン・ジョンイ姉から酒を誘われた。少しだけ飲もうとしたが、シャンパンに焼酎まで混ぜて飲んだ。 天下を号令する‘美女’が薦めなので…。
チョン社長を最後にお会いしたのは、昨年聖公会大で開かれたノ・ムヒョン財団発足記念音楽会の時。 その日は、私が<スターゴールデンベル>から下ろされた日でもある。


キム・ジェドン氏が、先週ソウル,大学路のあるカフェでチョン・ヨンジュ前 KBS社長に会った。 政治,経済からTVドラマ,芸能界まで多様な主題に対して対話をした。 昼に会った二人がカフェを出た時、空は薄暗くなっていた。

-社長に会うとツイーターに文を載せた。質問がものすごくあふれました。 KBS社長に復帰された?との質問も多かった。

“裁判に勝ったという便りが伝えられて,私もそのような質問たくさん受けます。”

-それでは,出勤はしませんか。

“解任取り消し判決を受けた日が任期が終わる11日前なので、なんのアクションを取る時間がなかった。 重要なことは私が止めたのが誤ったと法的に判決が下されたことでしょう。 いつかは必ずKBSに帰って残った15ヶ月任期を満たしたいです。 その時キム・ジェドン氏も<スターゴールデンベル>にまたMCとして立って下さい。”

-ああ,社長も本当に…. 私はむしろ進行者としての私の資質に対して、反省してみる契機にしているのに…。
その間、どのように過ごされました。

“コラム書いて大学講演通いで、死ぬほど忙しいです(笑い).悔しかったが、それでも6ヶ月の間はゆっくり遊ぼうとした。 突然恐ろしい罪目で構成された6000ページの捜査資料が届き、休息どころではなかった…. 家内がまた受験勉強でもするのかとからかうし…。”

-そんなことにあえば,血圧上昇して大変でしょう?

“私をよく知らない質問だ。私は‘明日のことは明日考えよう’と考える。”

-社長も任命されられる時は、落下傘という批判があったじゃないですか。

“そうでしたな。 ノ・ムヒョン大統領と、価値と哲学が似ていたからコード人事と言われた。 当時‘朝鮮,中央,東亜日報’がものすごく批判しました。 ところで今 コード人事よりはるかに深刻な直系親族縁戚人事だ。 選挙キャンプに直接入っていた人を社長に座らせる。
それなら私を批判した当時より激しくて批判してこそ言論ではないのですか。
盧大統領が真のアイロニーでしたよ。 任期中一貫して報道機関と検察の独立を追及した。しかし、結局その二つの機関によって死の道を行かされた。”


私(ジェドン)と盧大統領との個人的な縁は、 厳密に話せばお母さんと盧大統領の縁だ。 以前にテレビ<朝の広場>にお母さん,姉,姉の夫らと共に出演する機会があった。 お母さんが出演のためソウルにきていたが偶然にサービスエリアで当選者身分だった盧大統領一行に会った。 田舎者のお母さんには<朝の広場>に出演するということがこの上ない自慢の種だったようだ。それで 警護員をかき分け盧大統領に行って“私の息子はキム・ジェドン、<朝の広場>に出演しに行く、必ず見てよ”と言って指かけゲンマンまでした。
夫なしに6兄弟姉妹を育てたお母さんは、以前から官公庁に行ってくれば“家に男手がなく,馬鹿にされる…”と泣いた。 そして私に“必ず出世して、郡の書記になれ”と口癖のように言った。 そのようなお母さんを初めて接待した公務員が盧大統領だった。 そのような方が亡くなって哀悼する気持ちでマイクをとった。なのに、なぜか政治的に解釈される。 ただ人の道理を通しただけなのに….

“民主主義の花は多様性だ。どのような話でも容認されるべきなのに、何でも二分法に分け,政治的解釈をする。

-政治と性の話をしなくて笑わせるコメディアンが多いのは、我が国が唯一でしょう。 この前に同僚芸能人らと、こういう冗談を言いました。 今芸能界で最高権力者は誰か? カン・ホドン? ユ・ジェソク? いや“まさに私です”と。 盧大統領1周期の時、公式的な席に行って“志を一つにして下さった方”,“心を送って下さった方”といいながら…。 だから“私がボス”といいましたよ(共に爆笑).
ところで‘アグリョンピ’(燃やさない煙突にも煙が出る被害者の集い)があるの、ご存知ですか。

“私がそのメンバーよ。 この政権で起訴されて無罪判決受けた人々. 皆一緒に一度集まりましょう。 これからハン・ミョンスク前総理も私たちの集いのメンバーになるだろう。”

ツイーターに質問、 視聴者が参加するの放送を作れば、初代社長職を受諾するつもりがあるのか,SBSのオリンピック単独中継に対する考えはどうか,若者の投票参加率を高める方法など具体的なことまで。

“とにかくこの頃は理論を持って闘争する時ではありませんね。 ただシンミョン(興)がわくように若者たちの方式とおりしたらと思います。 愛国する50の方法を具体的に実践することだね。 恋人の手をとって投票場行くこと,投票して来る恋人にチューしてもらう、このような形で。”

-この頃私も‘既得権’になったという感じです。 他の人々が享受することができないことをたくさん享受している。

“それを他に表現すると、‘江南左派’だね。 ハハ。”

-今私に左派と言いましたか? ビックリ驚きました。

“持つことが重要なではなく、私が持っている富,名誉,影響力をどのように使うかが重要なことでしょう。
この頃苦しい点が多いが、他の見方をすればむしろ今が歴史の祝福なのかも。 こういう経験を通じて多くの人々が次の選挙の時は、どんな選択をするか真剣に悩むでしょう。”

-社長のように一時代を熾烈に生きられた方は偉い。だが私は‘監獄でなければ妥協’を選択しろ、と言われればどっちを選ぶか悩む。 私はただ笑わせるのを、至上の価値と思い今後も人々に笑いを送り生きたい。

“ジェドン氏も迂余曲折を体験しているほうだ。 私の年が六十五、振り返れば全てのものがみな大切で、捨てることがありません。 ジェドン氏も今を、天の祝福であるように思う。 その間、抽象的な人々に会ってきたが、今は直接人々と対面して新しい形態のトークショーを切り開いているじゃない。 公演は、席がすべて売り切れるんだって? 祝福じゃないの。”

-はい。 本当に一人一人みな涙が出るほど有難いです。 ある方は‘弾圧マーケティング’が成功したと、冗談を言う方もいます。

“ビル コスビ,エディ マーフィー,ジョージ,コーリン,ロビン ウィリアムス、こういう米国コメディアンらすごい。 彼らは観客数千人を前に、卓越したトークショーを進行する。 ジェドン氏も国内で、そのようなモデルを初めてたじゃない。”

トークコンサートは2年前から考えてきたことだ。 ジョージ,コーリンの本を見てたくさん参考にしたが、彼は本当に卓越したコメディアンだ。 彼はキリスト教信者らを前にしてもギャグを連発する。 “あなたは全く分からない存在が24時間君を見つめると考えてみろ。 ぞっとするではないか?”と…。 観客らは“アーメン”といいながら、拍手喝采大笑いする。

“ジェドン氏に会っておしろい話だけしようとしたが、とても重くなったよ。 社長止めたとき、ブログをしようと決意したが,しばしば文を載せなければならなかった。 なのでそれはまた私の自由を侵害する。”

-緊急提案ですが。 社長のペンネームを‘ワンチャ’に変えては? はるかに可愛くて身近な感じがします。 私のニックネームは、‘コヨ’です。

●最後のやり取りは意味不明!久々に長い記事を訳した。でも、この二人が好き、好きな二人を知ってもらえるだけで良い、との思いです。