私は何故、投票しようとするのか
在日「投票2012」 代表 都 相太
約40年前、1973年8月金大中氏が韓国情報部により拉致される事件が発生した。
金大中救出運動が日本国内に盛り上がり、私もその救出運動の渦中の一人になった。その運動の過程で、何度か「韓国の国会議員」が紹介された。このような救出運動にかかわっている議員もいるという事実の確認だけで、その後さほどの興味も示さなかったが、今回海外同胞にも選挙権が行使できることになり、40年前の「海外不在者投票」の実態がどのようなものであったのか気にかかることである。
海外同胞に対する選挙権は、韓国内の政治状況によって左右され、国内の民主化の水準が試されているといっても過言ではないだろう。
昨年9月25日、私たちは「投票2012」という市民運動を立ち上げた。その呼びかけ文には「この国政参政権が、海外同胞が国政に自らの意見を直接反映できる権利であると同時に、海外同胞としての私たち自身のあり様を問い直すよい機会であると考えています。」と書かれています。
今回の投票行動は、在日の民主主義にたいする水準を試されていることでもある。海外に「隔離」された在日の民族と祖国との結びつきを再確認する機会でもあろう。
私の手元にある資料では次のようになっている。
関連年表
1967年~1971年 海外不在者投票の実施(第6・7代大統領選挙、第7・8代総選挙)
1972年 統一主体国民会議の制定により、海外不在者投票制度廃止。
1997年 日本、フランス居住の海外国民が憲法訴願を提議。
1999年 憲法裁判所、合憲決定。
2003年~2008年 中央選挙管理委員会が、4回にわたって在外選挙制度導入の改定意見提出。
2004年 日本、アメリカ、カナダに居住している在外国民が憲法訴願提議。
2007年 憲法裁判所、違憲決定。
2009年 公選選挙法等の改正法案を可決。在外選挙制度を導入。
この年表をみても、海外同胞の必死な訴えが聞こえてくる。
2009年の公選法選挙法の改正により在日にも投票する機会が生まれたが、その方法論において大きな問題が生じている。
問題の根本にある行政担当の在日に対する不信・不勉強・差別感情・冷戦思考にあると思える。
個人の思想性までもチェックしようとする議論が一時持ち上がったが、民主主義とはまったくかけ離れたものである。
パスポートがなければ投票できない現行制度は、果たしてまともなことだろうか。パスポートの所持と選挙権はどのような関連があるのか、説明を受けたことは無い。
選挙人登録のために領事館に出向かねばならないが、これは在外国民を国民として韓国政府が把握していないことを暴露したものである。
投票は全国の領事館で実施されるが、日本の47都道府県の中に10箇所しかない領事館に選挙人登録と投票のために2回も出向くことは、実質的に遠隔地に住んでいる国民に棄権を強制しているといっても過言ではないだろう。
このような事態は民主主義の原理とはかけ離れているものである。
このような問題を解消するために憲法裁判所に憲法訴願を提出する予定である。
昨年12月末ソウルに出向き、ハンナラ党、民主党、進歩統合党に対し、今回の総選挙の比例代表区に在日の候補者を立てるように要請してきた。各政党には複雑な党内事情があるのは承知しているが、海外在住の国民に対する選挙権は、被選挙権があってこそ合理性があるはずである。各政党には、海外の代表を立候補者として指名することを改めて要求する。
私たちの祖父母、父母の世代である在日一世は、祖国の故郷へ帰ることを夢見ながら異郷の地で亡くなった。
朝鮮半島の平和と統一を願い、異郷の地で精神的にも物質的にも塗炭の苦しみの中で生涯を閉じた。
それを引き継ぐわれわれは、海外同胞として、その声を届けなければならないし、その義務を負っている。
朝鮮半島の平和と統一に対し海外同胞として、南北両国家とは別視点の主張があるとすれば、そのことも堂々と届けたい。
日本の植民地支配から100年以上を経過した今、いまだに清算されない課題は山積している。
今回の投票は、それらを解決するための一里塚としたい。