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三千里コラム-北はなぜ、離散家族の再会を一方的に延期したのか

2013年09月25日 | 三千里コラム

『祖国平和統一委員会』の談話を放送する「朝鮮中央テレビ」(2013.9.21)



北はなぜ、離散家族の再会を一方的に延期したのか

本来なら今日(9月25日)、金剛山で南北の離散家族が再会しているはずでした。直前の9月21日になって北の『祖国平和統一委員会』が談話を発表し、「南の対決的な姿勢によって正常な対話と交流が出来る状況ではない」との理由で再会事業の延期を表明したのです。

『祖国平和統一委員会』が南の対決姿勢として挙げたのは、以下の三点です。
①最近の南北関係好転は北の誠意と譲歩の結果であるのに、南は朴槿恵政権の原則的な対北政策の成果だと一方的な宣伝に利用している。②南は北の体制と制度を全面的に否定し、米韓合同軍事演習を通じた軍事的圧迫を続けている。③李石基・統合進歩党事件に北が関与していると誹謗し、公安政局をつくり上げている。

今回の談話発表に至るまでには、いくつかの伏線がありました。「南は北の忍耐を誤認してはならない(8月20日付『祖国平和統一委員会』の談話)」、「我々の寛大さと忍耐にも限界がある(8月29日付『国防委員会』政策局の談話)」などです。その間、開城工業団地の操業再開と離散家族の再会事業が合意されましたが、北の対応はかつてなく宥和的なものでした。二つの事案とも、ほぼ南の要求と主張が貫徹されたと言っても過言ではありません。

北は離散家族の再会事業と金剛山観光の再開をリンクさせようとしましたが、南は頑なに拒否しただけでなく、観光事業再開のための会談を一ヶ月以上も延期しました。南の協調を期待した北にとっては、”一方的に無視された屈辱感”だけが残ったことでしょう。加えて、キム・グァンジン国防長官の相次ぐ強硬発言を、北の国防委員会は”容認できない挑発”と受け止めたはずです。

彼は9月15日の国防政策説明会で「北は南内部の従北勢力を扇動し、サイバー戦・メディア戦・テロなどで社会混乱を作り出す’第四世代の戦争’を画策している。統合進歩党の内乱陰謀事件はその準備段階だ」と述べました。それだけでなく、最近の南北関係における北の柔軟姿勢は、「困難な状況を脱するための偽装的な対話戦術に過ぎない」と露骨な敵意を表しています。

南の保守メディアは「朴槿恵大統領の”朝鮮半島信頼プロセス”が功を奏している。北に対する原則的な姿勢こそが相手の譲歩を引き出し、南北関係で主導権を握ることができる」と政府を讃えています。しかし、南北関係で勝敗や優劣を競うことは無意味であり、禍根を残すだけです。不信と対決を助長し、あげくには”ガラス細工のように脆い”合意を一瞬にして破綻させるからです。

とは言え、直前になって離散家族の再会を一方的に延期した北の対応は、どのような大義名分を掲げても批難を免れないでしょう。『祖国平和統一委員会』の談話は「南で起きる今後の事態を鋭意注視する」と述べていますが、南の国民世論は北のメッセージを理性的に判読する状況ではありません。北への不信と感情的な反発が全面化しているからです。何よりも再会を待ちわび、金剛山へ向かう準備を終えていた南北196名の離散家族...。その方たちが味わった挫折感と失望は、私たちの想像をはるかに超えるものです。

離散家族の苦痛を解消できるのは、当該家族ではなく南北の国家当局です。「中止」ではなく「延期」された離散家族の再会事業を速やかに実現するためには、南北当局が協調できる条件を作り出すしかありません。南は常に、「離散家族の再開は人道的な問題なのに、北が政治的な状況と関連付けて妨害している」と批判してきました。

であるなら、離散家族問題の進展は南が主導的に状況を作り出し、北の協調を引き出す以外に道はありません。どうすれば北を、離散家族の再会という人道事業の協調者(パートナー)にできるのでしょうか。人も国も皆、相応のプライドがあります。北が、自分からは切り出しづらい要望に配慮してあげることです。南が切実に解決したい問題があるのなら、北にとって切実な問題の解決を手助けすればいいのです。

金大中・盧武鉉政権の2000年から2007年まで、16回にわたる離散家族の再開事業が実現しました。南が人道主義の立場でコメと肥料を定期的に支援したからこそ、北も人道問題として離散家族の再会事業に協調したのです。もちろん、民族の和解という側面も無視できませんが...。

朴槿恵政権も前任政権の教訓を学んでほしいものです。原則論を掲げ、いくら口先で「離散家族の再会は人道問題だから誠実に対処せよ」と叫んでも、北を動かすことはできません。今回、『祖国平和統一委員会』の談話に明言されていない、北の”切実な事情”があります。金剛山観光事業の再開です。南がこれを無視し続けるなら、離散家族の再会が遅まきながら実現したとしても、一回だけのイベントに終わるでしょう。

朴槿恵政権が離散家族の再会を真に人道問題と見なすなら、定例的な事業としての実現を目指すべきです。金剛山に面会所を設置したのは再会事業の定例化を想定したからであり、そのためにも金剛山観光の再開は、北の積極的な呼応を引き出す不可欠な条件です。

相手を制圧し体制や政策の転換を強要する姿勢からは、和解と協力の精神は芽生えません。信頼は尚更のことです。6.15共同宣言の核心である相互尊重と平和共存の姿勢を堅持すれば、人道問題でも統一問題でも、南北が協調して前進することができるでしょう。 JHK

検察総長の辞任

2013年09月16日 | 南域内情勢

辞任したチェ・ドンウク検察総長(9月13日)



9月13日、蔡東旭(チェ・ドンウク)検察総長が辞意を表明した。16日にも辞任式が行われるという。発端は9月6日付『朝鮮日報』1面に掲載された、「検察総長の隠し子疑惑」という記事だった。チェ総長は疑惑を全面否定し、9日には『朝鮮日報』に訂正報道を要求した。婚外子の疑惑を晴らすためなら遺伝子検査を受ける用意があるとも表明していたチェ総長が、なぜ急に辞任を選択したのだろうか。前日、ファン・ギョアン法務部長官が最高検察庁に対し、検察総長への監察指令を出したことが決定的な要因と言われている。その時点でチェ総長は、「見えざる手」の強い意向を感知したのだろう。「見えざる手」とは、任命権者である朴槿恵大統領を指している。

韓国の権力構造において、国家情報院と検察は、大統領の政権運営を支える二本柱と言えるだろう。大統領に絶対的な忠誠を誓う人間でなければ、登用されない。ただし、組織系統では国家情報院長が大統領直属であるのに対し、検察のトップである総長は法務部長官の指揮下に置かれる。チェ総長とファン長官の間で軋轢が生じたのは、ウォン・セフン前国家情報院長の起訴をめぐる対立からだった。

昨年の大統領選挙に際し違法な世論操作を指揮した件で、前国家情報院長は検察の厳しい調査を受けた。現大統領の意向を反映したファン法務長官は不起訴の方針を伝えたが、チェ総長はそれを受け入れず、公職選挙法違反の罪で起訴した。一線の検事たちと国民の多数が、チェ総長の正義感と勇気に惜しみない声援を送ったことは言うまでもない。

しかし、韓国社会の権力構造から見れば、チェ総長の決断は大統領の逆鱗に触れる許し難い反乱なのであろう。「隠し子疑惑」の火元は国家情報院と言われている。最大部数を誇る極右紙を通じ、虚偽報道で公職者の名誉を傷つけ辞任に追いやったのだ。遺憾なことだが、韓国社会ではしばしば権力が使用する卑劣な報復手段である。また、大統領府が今回チェ検察総長を辞任に追いやった背景として、イ・ソッキ議員と統合進歩党の「内乱陰謀」事件を、政権の意図通りに立件させるための体制づくりという側面もあるのだろう。

だが、検察内部ではチェ総長を擁護しファン法務長官を批難する声が挙がっている。9月13日にソウル地方検察庁の検事たちが抗議したのに続き、14日には最高検察庁の監察課長キム・ユンサン検事が、ファン長官の監察指令を拒否し辞意を表明した。同じく最高検察庁の未来企画団長パク・ウンジェ検事も、ファン長官に対する抗議書簡を検察の内部通信ネットワークに公開し、辞表を提出している。パク検事は公開書簡で、「検察の独立性を損なう重大事件だ。大統領府の意向に沿わないからといって、検察総長を古草履のように棄て去る状況なら、裁判官とて信念に基づく判決を下せるだろうか?」と鋭く指摘している。検察の正義を守り、人間としての良心に忠実であろうとする彼らに、心よりの賛辞を送りたい。

以下に、9月14日付『ハンギョレ新聞』の社説を翻訳紹介する。今回の事態が抱える問題点を的確に整理した内容であり、参考になるだろう。 (JHK)
http://www.hani.co.kr/arti/opinion/editorial/603361.html


検察総長を「権力と言論の合作」で追放する政権

チェ・ドンウク検察総長の「隠し子疑惑」には当初から、権力と『朝鮮日報』が結託して行った「チェ・ドンウク追放作戦」の悪臭が充満していた。言論機関では入手困難な私生活情報だ。それがあれほど詳細に報道されたのは、国家の情報機関が深く介入したからだろう。この作戦の総指揮者は、チェ・ドンウク体制が気に入らない大統領府だというのが、一般的な観測だった。そして大統領府は、ついにチェ検察総長をその職から追い落とした。

権力と『朝鮮日報』が合作した検察総長追放の1次作戦は失敗した。チェ総長が遺伝子検査に応じるとの姿勢を示したので、真実が白日の下に明かされるのは時間の問題だった。おそらく『朝鮮日報』の完敗に終わるだろうと予測されていた。だが、チェ総長を追放すると決心した権力は執拗だった。現職の検察総長に対し監察を実施するという、空前絶後の「2次作戦」を敢行することで、結局は自らの意志を貫徹した。大統領府の民政担当首席秘書室に属する公職規律チームが、チェ総長の辞退に向け執拗な圧力をかけ続けた。これは、パク・クネ大統領の意向を反映してのことだろう。

パク大統領は今回の事件を通じて、またもや残忍で容赦ない側面を遺憾なく見せた。法律に明示された検察総長の任期保障などは、眼中にもないようだ。誰であれ、彼女が引いた境界線から半歩でも踏み出すのを決して容認しないという、傲慢で冷酷な性格を感じさせる。チェ総長体制の検察が、ウォン・セフン前国家情報院長らを選挙法違反容疑で起訴した。自身の逆鱗に触れる行為を、パク大統領は決して容認しないのだ。

パク大統領は今回の件で、最小限の常識と道理さえも放棄した。普通なら、遺伝子検査の結果を待つのが常識だろう。この政権がいつから、「疑惑が提起されたという理由」だけで公職者の首をすげ替えたのだろうか。長官任命の公聴過程で、道徳性に問題多しとされた人物に対しパク大統領が見せた寛大な態度を思い起こせば、検察総長に対する電撃的な監察調査には苦笑を禁じ得ない。論理も一貫性もなく、ただ検察を完全に手中に入れるための、露骨で暴圧的な力の論理だけが横行している。

真相究明が必要なのは、検察総長に関する根拠のない私生活情報を『朝鮮日報』に流し、公職社会を混乱に陥れた国家機関がどこなのかを明らかにすることだ。物証はないが、多数の国民は、今回の事件に国家情報院が深く介入していると信じている。大統領府が「速やかに真相を明らかにして疑惑を晴らすべき」なのは、チェ総長の「隠し子」問題ではなく、国家情報院の逸脱行為の有無だ。国家情報院の汚名をそそいでやるのか、あるいは、国家情報院の仕業であると明らかにして厳重に責任を問うのか、どちらかである。パク大統領が、こうした「工作政治」を手助けする一方で国家情報院の改革を行うというのだから、その言葉の真意を疑わざるを得ないのだ。

パク大統領は来る16日、与野党の代表委員と会って政局の正常化方案を議論する予定だ。 この出会いが実を結ぶためには、国家情報院の改革と民主主義回復に対するパク大統領の信頼できる意志と決断がなければならない。しかし、検察総長の追放事態が示すパク大統領の傲慢な態度を見れば、そのような期待は木に登って魚を求めるようなものではないかと思う。国をますます過去の暗いトンネルへと後進させるパク大統領の国政運営が、真に憂慮される次第である。

再考、イ・ソッキ議員の「内乱陰謀」罪

2013年09月09日 | 三千里コラム

9月4日、国家情報院に連行されるイ・ソッキ議員


9月4日、統合進歩党・イソッキ(李石基)議員に対する逮捕同意案が国会を通過しました。289人の議員が投票し、賛成258,反対14,棄権11、無効6という集計です。翌日、イ・ソッキ議員は拘束されました。しかし、与党の攻勢はとどまることを知らず、セヌリ党議員全員の153名が署名した「イ・ソッキ議員除名案」が9月6日、国会の倫理特別委員会に提出されています。

議員除名には在籍議員三分の二の賛成が必要なので、即刻除名とはならないでしょう。一方的な容疑を掛けられ、まだ裁判どころか検察の起訴もされていない議員を政治的立場の違いから抹殺しようとするのは、民主主義の根幹を蹂躙する暴挙です。

韓国社会は今、極めて危険な方向に行こうとしています。「北の脅威と国家安保」を掲げ、民主主義と人権を破壊した朴正熙政権を彷彿とさせます。時計の針が、一挙に40年前に戻ったかのようでもあります。与党指導部と『朝鮮日報』など極右メディアは、統合進歩党の強制解散を声高に叫んでいます。おそらく、朴槿恵政権の究極目標もそうだと思います。

こうした状況を警告した記事を紹介します。9月2日付『オーマイニュース』に掲載されたアン・ヨンミン氏の投稿です。
http://www.ohmynews.com/nws_web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0001901519

彼は月刊『民族21』の編集主幹として、祖国の平和統一と南北和解に関する優れた記事を書いてきました。日本でも何度か講演しています。その彼が、「北のスパイ」容疑を掛けられ一方的な世論の攻撃に苦しんだ体験を述べています。彼の裁判もまだ継続中ですが、当初の容疑内容は大幅に縮小されています。イ・ソッキ議員の事件を考えるうえで、何らかの参考になれば幸いです。 (JHK)



あなたも「イ・ソッキ(李石基)」にされる、私もそうだったから...。 アン・ヨンミン
北朝鮮の体制宣伝活動をした容疑-「『民族21』スパイ事件」被害者の訴え


今度は内乱陰謀だ。銃器を奪取、基幹施設の破壊、人命殺傷という話まで出てくる。凄じい。イ・ソッキ統合進歩党議員に掛けられた容疑だ。これだけでも十分過ぎる衝撃だろう。政局を一瞬にしてマヒさせ、大統領選挙に違法介入した国家情報院への国民的糾弾まで冷却させた。進歩的な人々さえも、容疑内容への反論を躊躇するほどだ。「事実関係の把握が優先」として自らの保身を図るしかない。すでに民主党は、ロウソク・デモ政局から一歩引いている。

そのような渦中に「まさか」という考えが、人々の間にじわじわと広がっている。ところで、この「まさか」が問題だ。「仮にも国会議員という立場で“内乱”を陰謀するだろうか?」という思いからの「まさか」ではない。「考えてもみろ、国家機関が根拠もなしにそのような主張をするか」という点での「まさか」なのだ。加えて、「その人、従北なんだって!」、「あの連中は主体思想派だと言うじゃないか」、「どうせそんな言動をしたんだろう…」といった推測や連想がつきまとう。

こうした反応を見守りながら、私は2年前の悪夢が思い返されてきた。いや、今も裁判を通じて続いている、私の心身を根こそぎ蝕んでいる悪夢だ。

悪夢のデジャビュ

2年前の2011年7月、新聞紙上をにぎわせた事件を記憶しているだろう。「『民族21』スパイ事件」だ。 "『民族21』の編集主幹と編集局長が北朝鮮の指令を受けて、『民族21』を通じ北朝鮮体制の優越性を宣伝する活動をした"というのが、当時言論に報道された事件の要旨である。

その時も今回のように始まった。朝早くから国家情報院の捜査官たちが我が家を押収捜査した。理由は「スパイ容疑」だった。突然のことで何がどうなったのか、さっぱりわからなかった。私は一度も釈明や反論をできぬまま、「スパイ」になった。

保守的なメディアは国家情報院が小出しに流す容疑内容を、事実であるかのように報道し始めた。その時点で、月刊『民族21』はスパイの巣窟に変貌した。『朝鮮日報』は『民族21』社事務室の写真をのせ、親切にも組織図まで作成して『民族21』を「先軍政治の広報部隊」に急変させた。

しかし、国情院よりも辛かったのは周囲の反応だった。進歩的な人々さえ「まさか」と反応した。「まさか『民族21』がスパイ活動をするだろうか?」ではなく、「まさか国家情報院が根拠もなしに捜査するか?」というのだった。

最初は、私が朝鮮労働党225局の指令を受けたという発表だった。「225局は主に南へのスパイ派遣、要人暗殺を専門に担当する朝鮮労働党対外連絡部の核心組織」という説明まで付け加えられた。そうするうちに、今度はワンジェサン(旺戴山)という組織の指導を受けたとも言われだした。ワンジェサン組織の体系図に、『民族21』がこれ見よがしに登場していた。ついには、偵察総局の指令を受けたという話も出てきた。偵察総局は北朝鮮の国防委員会直轄組織で、天安(チョナン)艦を爆沈した部署だとの親切な説明が書かれいた。いったい自分の上部組織がどこなのか、私自身が知りたい状況だった。

そうした報道が繰り返されるなか、『民族21』発行人のミョンジン僧侶から、すぐにでも会いたいという連絡が来た。僧侶の第一声はこうだった。「本当に違うのか?」。発行人でさえ疑うほど、国家情報院と言論の報道攻勢は執拗だった。「誓って事実ではありません」と強調する私をまんじりと見つめた僧侶はようやく、「それなら命がけで戦わなくちゃ」と言った。そして、すぐさま国家情報院の主張を詳細に反論する記者会見を準備された。

当初は妻でさえ、「スパイじゃないと言ったのは本当なんでしょうね」と私に尋ねるほどだったから、他の人々は言わずもがなである。当時、市民運動のある幹部は「この際、ウミを全部出してしまったらどうだ」と忠告もした。「今回の事件をアン・ヨンミン編集主幹の個人的な問題として処理し、『民族21』は大々的な革新宣言を出すことで存続を図るべきではないのか」という忠告だった。

国家情報院と保守メディアの挟み撃ち作戦は、『民族21』に途方もない禍を残した。まず、読者たちから定期購読を中断するとの連絡が殺到した。取材源も私たちに会うことを避け始めた。インタビューを要請しても色々な理由で断られるのだった。いくらにもならない広告収入も途絶えることになった。『民族21』は創刊以来、最悪の経営危機に直面しなければならなかった。経営難からやむを得ず、記者と職員を一人、また一人と整理するしかなかったした。私も取材の現場を去るほかなかった。『民族21』は今も、その余波から抜け出せずにいる。

事件初期の大々的な魔女狩り容疑とは違い、国家情報院の捜査は遅々として進まなかった。 どこからも偵察総局、あるいは225局の指令は出てこなかった。私の携帯電話と自宅電話、事務室の電話と電子メール、郵便物など2007年から盗聴・検閲してきたすべての通信内容とコンピュータ、USBなどの保存ファイル...。その何処からも、指令と報告の痕跡はなかった。

国家情報院に10回以上出頭したが、彼らが入手したのは、私が書いた本や講演資料をはじめとするいくつかの文書と、日本の朝鮮総連幹部と事業協議のためにやりとりした電子メールに過ぎなかった。結局、国家情報院と検察は当初の容疑が大幅に縮小された内容で、私を起訴したのだ。

もっと皮肉だったのは『民族21』の編集局長だ。私とともにスパイ容疑を掛けられた編集局長は、3~4回の国家情報院出頭後に、起訴さえされなかった。韓国社会をひっくり返し『民族21』を社会と断絶させた「偵察総局の指令」は影も形もなかった。そして私に残ったのは、傷だらけになった体と心だ。

再び「泰山鳴動鼠一匹」になるのか

それで私は、イ・ソッキ議員の事件もまた、このような経路を踏むに違いないと考えている。録音記録だ銃器発言だと大騒ぎしているが、泰山鳴動鼠一匹(泰山を揺さぶってみたが出て来たのはネズミ一匹だけ)の結末が鮮やかに目に浮かぶ。捜査が進行すれば、証拠不足の内乱陰謀容疑はいつの間にか削られ、最後に残るのは「耳懸鈴鼻懸鈴(耳にかければイヤリング、鼻にかければ鼻かざり)」で、使い勝手のいい国家保安法違反容疑だけだろう。

だが、私には分かる。彼らにとって重要なのは「泰山鳴動」だということが。数ヶ月間の驚天動地で国民の耳目を集中させることが彼らの目的なのだ。この機会に国家情報院の不法介入事件も、大統領選挙不正疑惑もみな蓋をして、更には国家情報院改革の声も押さえ込んでしまうことが彼らの目的だ。

ところが「泰山鳴動」に幻惑された世論は、後日の「鼠一匹」には関心を持たない。龍の頭だけを見る視線は、蛇の尻尾まで追わないのだ。頭の中にはただ「龍頭」だけが残る。そして同じような状況が起きれば、例の言葉をつぶやくのだ。「まさか」と...。

これは進歩的な人々も同じだ。『民族21』と私を指して「まさか」と言った人々は今日、イ・ソッキ議員と統合進歩党に対して再び「まさか」と疑う。国家情報院が流し保守言論が書きなぐる、一面的な「ファクト(事実)」にだけ関心を持つようになる。国情院が大々的な「魔女狩り」を通じて、自分たちの生存権固守に乗り出したという本来のファクトからは目を逸らしている。現政権が、大統領選挙の不正を糾弾するロウソク・デモを消火ために総攻勢に出たという、真の実体を見ようとしないのだ。

『民族21』事件の時、私は記者たちから「偵察総局の指令を受けた事実はないのか」と質問攻勢を受けたことがあった。私はこう答えた。

「なぜそれを私に尋ねるのか。容疑をふっかけた者が根拠を明らかにすべきだろう。」

殺人事件が起きたとしよう。捜査機関が隣人の一人を容疑者に捕まえ、「お前が殺さなかったことを証明しろ」と迫る。これが正しい処置だろうか。“人を殺した”という証拠を先ず明らかにするべきではないのか。

このような非常識が唯一、国家保安法事件にだけ適用される。“内乱陰謀”だという。それなら少なくとも、数丁の銃器でも押収するなり、それらしい行動計画書でも提示しなければなるまい。世の中はこのように逆転している。

イ・ソッキ議員と統合進歩党が気に入らないという人が、進歩陣営内でも結構いる。その人々の考えを批難するつもりはない。また、イ・ソッキ議員と統合進歩党に肩入れするつもりもない。ただ忠告したいのは、感情が先んじれば理性が曇るという点だ。理性が曇り始めた瞬間、主客は転倒する。

今、私たちに必要なのは理性だ。私たちの理性をただ、醜悪な書き込みで世論を誤導し、その実体が暴かれるや大々的な逆攻勢で危機脱出を図る、史上最大の非理性的集団に向かって集中しなければならない。そうでなければ、次はあなたも「イ・ソッキ」にされるからだ。

国家情報院の危険な賭け-統合進歩党を狙った「内乱陰謀」罪

2013年09月01日 | 南域内情勢

「国家情報院の内乱陰謀捏造と公安弾圧を糾弾する市民集会」(8.31,ソウル)


 8月28日午前6時半、国家情報院(国情院)と水原地方検察庁公安部は、統合進歩党への「アカ狩り」攻勢を開始した。同党比例代表議員の李石基(イ・ソッキ)氏と京畿道地区党幹部の事務所や自宅を対象に、押収捜査が行われたのだ。押収礼状に記された容疑は、刑法の内乱予備陰謀罪と国家保安法の利敵同調罪である。

 国情院が提供しメディアが一方的に報道する「内乱陰謀」の内容は、いつもの事ながらおどろおどろしいものだった。8月29日付『東亜日報』一面記事の見出しは以下のとおりである。
 「李石基、通信-鉄道-ガス施設の破壊を謀議。戦争勃発時に北支援の計画を樹立。基幹施設攻撃用に私製武器の製造を指示!」

 国情院と検察は上記の「内乱陰謀」を裏付ける証拠として、「秘密会議」の録音記録を確保したという。しかし、その入手経緯や音声記録の全体を公開しておらず、録音内容の要約だけが主要メディアを通じて煽情的に流されている。

 彼らが主張する「秘密会議」とは、今年の5月12日、統合進歩党京畿道地区委員会がソウル市内で開催した100名規模の情勢学習会を指している。当日は李石基議員が情勢講演を担当し、それを受けてグループ討論を行なったという。当時、米韓合同軍事演習に反発する朝鮮人民軍の「停戦協定破棄、戦時体制突入」宣言などにより、朝鮮半島の軍事的な緊張が極度に高まっていた。

 主催者側の説明によれば、学習会の開催趣旨は、①緊迫した情勢への認識を共有する、②戦争を回避し恒久的な平和体制を求める大衆運動への決意を固める、ことだった。地区党幹部の一人はグループ討論で、「戦争になれば互いに相手の基幹施設を攻撃する。その多くは大都市に集中しており、膨大な規模で市民の犠牲が発生する。私たちと家族も安全ではない。だから戦争だけはなんとしても阻止するという覚悟と決意が必要だ」という趣旨の発言をしたそうだ(8月30日付『統一ニュース』)。

 しかし、学習会で“北の南侵に同調して基幹施設を破壊する”決定がなされた事実はなく、破壊目的のために必要な“武器の製造と確保”を検討した事実もないという。また、学習会は地区党員を対象にした公開行事であり、「秘密会議」とは程遠いものだった。おそらく、国情院が司法機関の承認を得て「合法的」に盗聴した発言内容を恣意的に編集し、「内乱陰謀の秘密会議」として脚色したものと推測される。

 「いくらなんでも、そこまで文書を捏造するだろうか」と考えるのは、KCIA(韓国中央情報部)を始祖とする韓国情報機関の体質を知らないからだ。つい先日(6月24日)も、2007年10月の「南北首脳会談発言録」を恣意的に抜粋編集し、あたかも盧武鉉大統領が金正日総書記に領海問題で譲歩したかのように歪曲した当事者が、他ならぬ現国情院長のナム・チェジュンだった。

 このような状況を鑑みるなら、国情院が敢行した今回の「内乱陰謀」騒動も、政治的な意図から出発した謀略との見方が有力になってくる。では、「陰謀の巣窟」と見なされている国情院が、リスクを覚悟しつつもこのような賭けに出た動機は何だろうか? 

 窮地に陥った分断国家の情報機関が、局面転換を図る最後の切り札は「アカ狩り」攻勢しかない。最近の用語では「従北勢力の一掃」という大義名分だ。昨年12月の大統領選挙で国情院が犯した世論操作という違法行為に対し、全国的な市民の糾弾集会(ローソクデモ)が続いている。9月の定期国会でも国情院の規模縮小と全面改革は、優先的な議案と見なされていた。世論の矛先をかわしローソクデモの熱気を冷ますためには、国民の根強い反共・反北意識を刺激する特ダネが必須だったのだ。

 「従北勢力による内乱陰謀」事件は、存亡の危機に追い込まれた国情院が局面を一挙に転換し、存在意義を天下に知らしめる起死回生のカードと言える。8月28日付の米国紙『ニューヨーク・タイムズ』ですら、次のような解説記事を掲載している。

 「朴正熙元大統領の時代に反体制人士たちは、李石基議員と同じような容疑で逮捕され、適切な裁判を受けることもできずに拷問され時には処刑された。...国情院の前身である国家安全企画部は、独裁者が政治的な反対者を親北分子に仕立て上げる道具だった。」

 所属議員6名の少数野党であるが、朴槿恵政権と与党にとって、統合進歩党は黙過できない「従北勢力」である。そして、2002年に民族民主革命党事件で投獄されるなど「主体思想派」のレッテルを貼られている李石基議員は、第一の攻撃目標と言えるだろう。

 昨年5月、当時は与党議員だった朴槿恵氏は李石基議員の思想検証が必要だと主張し、「国家観の疑わしい人物を国会から追放すべきだ」と提案している。彼女はまた、大統領選のテレビ討論で統合進歩党の李正姫候補から厳しく追求された屈辱を忘れておらず、報復の機会を虎視眈々と探っていることだろう。

 おそらく「秘密会議」の録音記録だけでは、「内乱陰謀」罪を立証するのは困難と思われる。起訴までこぎつけたとしても、裁判では無罪が宣告されるかもしれない。しかし、実際の法廷よりも恐ろしいのは「世論の法廷」である。保守メディアによる連日の歪曲報道を通じて、統合進歩党を“労働党の指令で動く反国家集団”、李石基議員を“北の路線に追随し体制転覆を図る売国奴”とするイメージがすでに形成されつつある。「世論裁判」のダメージを克服するのは、決して容易ではあるまい。
  
 8月30日、新聞とテレビが「内乱陰謀」をトップニュースで報道するなか、水原地方裁判所は京畿道地区党の副委員長ら3名に拘束礼状を発布した。判事による拘束の適否審査で3名は、容疑を全面的に否認し黙秘権を行使したという。李石基議員に対しても拘束礼状が請求されている。9月2日から始まる定期国会での逮捕同意手続き(在籍議員の過半数参席、出席議員の過半数賛成)を経て、拘束礼状が執行されることになるだろう。

 一時的に、国情院と朴槿恵政権を糾弾するローソクデモは下火になるかもしれない。しかし、韓国市民の民主意識を過小評価してはなるまい。国家情報院の「内乱陰謀」策略は、彼らが仕組んだこれまでの全ての謀略がそうであったように、必ずや破綻するだろう。
 
 事件発表の翌日には、各階各層の市民団体と民主人士を網羅した「国情院の内乱陰謀捏造と公安弾圧を糾弾する対策委員会」が結成されている。8月31日、同対策委は国情院の建物前で糾弾集会を開催し声明文を発表した。その一部を紹介して雑文を終えることにする。

 「今回の事件は単に統合進歩党を抹殺するためではなく、今後、朴槿恵政権の政策を批判する全ての勢力にも向けられるだろう。そのことを予知するが故に、この弾圧を民主主義の破壊と規定する。この場に結集した私たちは、国情院の内乱陰謀捏造を糾弾し大統領選挙への違法介入を究明するために、この地のすべての民主市民とともに最後までたたかうことを決意する。」 (JHK)